第三百三十一話『自分で決めた姿勢を貫く』-【神奈川篇】女優 原節子-
2022-01-01 12:56

第三百三十一話『自分で決めた姿勢を貫く』-【神奈川篇】女優 原節子-

昨年、生誕100年を迎えた、横浜市保土ヶ谷区出身の大女優がいます。
原節子(はら・せつこ)。
戦前から戦後にかけて、黒澤明や小津安二郎などの名監督と組み、日本映画を代表する女優として銀幕を彩ったレジェンド。
彼女がそのカリスマ性をより強くした理由、それは42歳という早すぎる引退、若すぎる隠遁生活にあります。
95歳で亡くなるまでの53年間、原節子は、鎌倉の自宅にひっそりと暮らしたのです。
ごくまれに外出するときは、マスクをつけ、人目をはばかり…まるで世捨て人のように。
なぜ、絶頂期に原節子は引退したのか?
さまざまな憶測が流れました。
最愛のひと、小津安二郎が亡くなったことによる喪失感、老いていく姿をみられたくないという女優としての矜持、さらには病気説など、謎は謎を呼び、いまだ藪の中です。
そんな中、優れた文章力と綿密な取材で定評のあるノンフィクション作家・石井妙子(いしい・たえこ)が書いた評伝『原節子の真実』は、本名・会田昌江(あいだ・まさえ)と、芸名・原節子の間で揺れる自己矛盾を見事に解き明かし、引退への心の流れを丁寧にひもといています。
原は、もともと学校の先生を志望していました。
女優になる気などさらさらなかったのですが、貧しい家計を助けるために、若干14歳で仕方なく足を踏み入れたのです。
美しい顔立ちが先行。
演技は「大根」と揶揄され、28年の女優人生の間、心から映画界になじむことはできませんでした。
現場で笑顔を見せた、そのすぐ後、気がつくとロケバスやデッキチェアで独り本を読んでいる原節子の横顔は、どこか崇高で孤高。
うかつに声をかけられない雰囲気を醸し出していました。
彼女には、ひとつだけ守り続けたものがあります。
それは、「自分で決めた姿勢を貫く」ということ。
集うことより、群れることより、凛とひとりで立つことを選ぶ。
波乱に満ちた人生を駆け抜けた、伝説の映画女優・原節子が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

12:56

コメント

スクロール