第百五十二話『胸を張って生きる』-【鎌倉篇】女優 田中絹代-
2018-07-28 14:32

第百五十二話『胸を張って生きる』-【鎌倉篇】女優 田中絹代-

来年生誕110年を迎える、鎌倉にゆかりのある映画女優がいます。田中絹代。
松竹撮影所が大船に移り、田中絹代は、由比ガ浜の背後にある鎌倉山に新居を構えました。
遥か向こうには、穏やかな相模湾。
涼しい風が吹き抜け、緑が目を休ませてくれます。
鎌倉山から大船までは、当時、自動車専用道路が通っていました。
東京の蒲田から鎌倉に移ったのは、昭和11年。
彼女が27歳になったばかりの12月のことです。
コバルトブルーの海の先には、富士山が見えました。
五百坪の敷地内には母屋と別棟があり、母親や兄弟と暮らしたのです。
戦後、さらに彼女はもう一軒鎌倉山に家を持ちます。
鎌倉をたいそう気に入ったのです。
なぜそんなにも、田中絹代は鎌倉を好んだのでしょうか?
もしかしたら、そこから見える海が故郷下関の風景に似ていたからかもしれません。
下関は絹代にとって、二度と足を踏み入れたくないほど、辛い思い出が残る場所でした。
にも関わらず、大好きだった兄の記憶が下関の海と結びついていたのです。
自分の前から忽然と姿を消した、兄・慶介。
その兄に最後に連れていってもらった海岸通り。
遠く輝く海を、絹代は生涯忘れることがなかったのではないでしょうか。
晩年、絹代はもうひとりの兄、祥平の介護に多くの時間を費やします。
女優の仕事も減らし、家を売って。
それでも映画女優としての誇りと気概は、亡くなるまで鬼気迫るものがありました。
彼女の名言に、こんな言葉があります。
「寝たきりでも、演じられる役があるだろうか」
生涯、女優として生きた田中絹代が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?

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