第三百八十四話『あらゆる可能性を試す』-【長野篇】日本画家 菱田春草-
2023-01-07 11:45

第三百八十四話『あらゆる可能性を試す』-【長野篇】日本画家 菱田春草-

長野県飯田市に生まれた、日本画家の革命児がいます。
菱田春草(ひしだ・しゅんそう)。
37年に満たない短い生涯で、彼ほど新しい画風を模索し、西洋画の台頭に真っ向から挑んだ賢人がいるでしょうか。
「朦朧体」と呼ばれる、線画をなくした画法で描いた『王昭君』。
細かな点描で画いた『賢首菩薩』。
春草・最高傑作と言われる、斬新な奥行きを成功させた『落葉』など、彼は常にその場にとどまることを嫌い、新しい画風に挑戦し続けました。
春草の絵を所蔵している日本画専門の美術館が、長野県長野市にあります。
水野美術館。
長野県千曲市出身の実業家・水野正幸(みずの・まさゆき)が、長年かけてコレクションした珠玉の作品が展示されています。
水野は、なぜ、日本画を集めたのか?の問いに、こう答えたと言います。
「日本人だから」
菱田春草もまた、日本人が画く、日本画にこだわりました。
明治維新以降、日本に急速に流れ込む、西洋の文化。
日本画壇も、その大きな流れに翻弄され、西洋風な日本画がもてはやされます。
しかし、西洋画のリアリズムには、かなわない。
どこまでも三次元な画風を、日本画に移植するのは、至難の技だったのです。
そこに臆することなく挑んだ画家のひとりが、春草でした。
彼は、言いました。
「それにつけても、すみやかに改善すべきは、従来ゴッチャにされていた距離なのです」
空間、奥行き、三次元。
春草は、悩み、試し、失敗し、また悩み、試す。
その繰り返しでしか、新しい可能性の芽は育たないと、知っていたのです。
春草の師匠だった岡倉天心は、若くして亡くなった春草に、こんな言葉を投げかけました。
「菱田君のごときは、各時代に僅少なる、すなわち、美術界に最も必要なる人物の要素を備えていた人である」
明治期のレジェンド、日本画の巨匠・菱田春草が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

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