第七十話『正義と慈悲はひとを動かす』-【熊本篇】 加藤清正-
2016-12-31 10:21

第七十話『正義と慈悲はひとを動かす』-【熊本篇】 加藤清正-

熊本のシンボルともいうべき、熊本城は、今年4月の地震で甚大な被害を受けました。
修復完了までには、最短でも3年は要すると言われています。
でも、傷ついたこの類まれな名城は、今もその雄姿を残し、市民や、そこを訪れるひとたちを勇気づけてくれています。
日本三大名城には、諸説ありますが、設計の技巧や美しさから、名古屋城、大阪城と並び、この熊本城も選出されます。
この城を築城したのが、加藤清正。
安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将です。
彼は尾張、今の愛知県の生まれですが、今も熊本のひとに愛され、親しみを込めて「せいしょこさん」と呼ばれています。
清正公のあと、熊本城は、江戸時代200年に渡って、細川家が治めましたが、それでもやはり、熊本城といえば、加藤清正。
明治時代に入って西南戦争が起こり、城の天守が燃えたときも、城下町のひとたちは、「せいしょこさんの城が燃えている」と口々に言いました。
この城を攻め落とそうとした西郷隆盛は、1万4千の兵を率いましたが、4千人の籠城を打ち破ることができずに、誰一人として侵入できなかったと言われています。そのとき、西郷はこう言ったそうです。
「おいは、加藤清正に、負けもうした」。
もともと熊本という地名の熊は、動物の熊ではなく、こざとへんの隈取りの隈でした。
それを、「もっと強い名前にして、栄える町にしたい!」という清正公の強い願いから、字を換えたと言われています。
たまたま赴任した土地で、誠心誠意、そこに暮らすひとの味方であり続けた加藤清正が、なぜ長い長い時を経ても愛されるのか。
そこには、ひとの上に立つべき人間には欠かせない、勇ましさと繊細さを合わせ持つ人徳がありました。
情けと慈悲の心に厚い武将、加藤清正の人生から見えてくる、明日へのyes!とは?

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