鳥取県米子市出身の映画監督に、今も多くの映画人に影響を与え続ける鬼才がいます。
岡本喜八(おかもと・きはち)。
『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる庵野秀明(あんの・ひであき)は、映画『シン・ゴジラ』で岡本喜八へのオマージュを捧げ、今年4月に亡くなった大林宣彦は、亡くなる直前まで、戦争映画を撮り続けた岡本への思いを語っていました。
大林が初めて東宝でメガフォンをとったとき、撮影所の製作現場では反対の声が多かったと言います。
「あいつに撮れるのか?」「大丈夫なのか?」「助監督の経験もないのに…」
そんなとき、岡本は、ひとりひとりのもとに赴き、「新しい風を迎えようじゃありませんか。彼ならきっと大丈夫」と説得してまわったと言われています。
大林はこのエピソードを後年知って、胸を熱くしました。
恩送りをするように、大林もまた、新人監督を励まし、彼等が世に出るために密かに尽力したのです。
『日本のいちばん長い日』、『肉弾』、『大誘拐』。
岡本喜八の真骨頂は、破天荒、躍動感、そして、喜劇性。
表の黒澤明、裏の岡本喜八と言われたように、芸術作品とは一線を画し、岡本は、大衆娯楽作品にこだわりました。
「映画は、面白くなくちゃ意味がない」
特に、喜劇には強い思い入れがありました。
著書『マジメとフマジメの間』にこんな一節があります。
「刻々と近づく死への恐怖をマジメに考えると、日一日と、やりきれなくなって行く。そんなある日、はたと思いついたのが、自分を取りまくあらゆる状況をコトゴトく喜劇的に見るクセをつけちまおう、ということであった」。
戦争を体験し、たくさんの命が奪われる現場に遭遇した、映画界のレジェンド・岡本喜八が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
岡本喜八(おかもと・きはち)。
『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる庵野秀明(あんの・ひであき)は、映画『シン・ゴジラ』で岡本喜八へのオマージュを捧げ、今年4月に亡くなった大林宣彦は、亡くなる直前まで、戦争映画を撮り続けた岡本への思いを語っていました。
大林が初めて東宝でメガフォンをとったとき、撮影所の製作現場では反対の声が多かったと言います。
「あいつに撮れるのか?」「大丈夫なのか?」「助監督の経験もないのに…」
そんなとき、岡本は、ひとりひとりのもとに赴き、「新しい風を迎えようじゃありませんか。彼ならきっと大丈夫」と説得してまわったと言われています。
大林はこのエピソードを後年知って、胸を熱くしました。
恩送りをするように、大林もまた、新人監督を励まし、彼等が世に出るために密かに尽力したのです。
『日本のいちばん長い日』、『肉弾』、『大誘拐』。
岡本喜八の真骨頂は、破天荒、躍動感、そして、喜劇性。
表の黒澤明、裏の岡本喜八と言われたように、芸術作品とは一線を画し、岡本は、大衆娯楽作品にこだわりました。
「映画は、面白くなくちゃ意味がない」
特に、喜劇には強い思い入れがありました。
著書『マジメとフマジメの間』にこんな一節があります。
「刻々と近づく死への恐怖をマジメに考えると、日一日と、やりきれなくなって行く。そんなある日、はたと思いついたのが、自分を取りまくあらゆる状況をコトゴトく喜劇的に見るクセをつけちまおう、ということであった」。
戦争を体験し、たくさんの命が奪われる現場に遭遇した、映画界のレジェンド・岡本喜八が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
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