第百二十六話『軽々と、生きていく』-【三重篇】松尾芭蕉-
2018-01-27 13:11

第百二十六話『軽々と、生きていく』-【三重篇】松尾芭蕉-

井原西鶴、近松門左衛門と並ぶ、元禄3文豪のひとり、松尾芭蕉は、伊賀国上野、現在の三重県伊賀市に生まれました。
伊賀の生まれ、しかも先祖には忍者もいたという史実から、芭蕉も忍者ではなかったのか、という説がまことしやかに語られています。
弟子の曾良(そら)との旅をまとめた紀行文「奥の細道」も、仙台藩の謀反を事前に知るための隠れ蓑ではなかったか。
事の真偽はともかくとしても、「奥の細道」の文学性の高さは、世界中からの評価が物語っています。

「月日は、百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老いを迎うる者は、日々、旅にして、旅をすみかとす。古人も多く、旅に死せるあり」。
有名な冒頭部分でも書かれているとおり、当時の旅は、死ぬ覚悟で臨むものでした。
人生すなわち旅、という考え方は、芭蕉が思いついたものではありません。
唐の李白、日本の西行など、多くの歌人が人生を旅になぞらえていました。
では芭蕉の独創性は何処にあったのでしょうか?
それは、実践でした。自ら動き、旅をしてみて、実証していく。
あたりまえのようで、なかなかできないのが世の常なのです。
46歳でめぐったみちのくの地は、奇しくも、東日本大震災の被災地と驚くほど一致しています。
およそ、150日間の旅の果てに、芭蕉は二つの境地に辿り着きました。
ひとつは、不易流行。全ては変化しながらも、普遍であるという考え方。
そしてもうひとつが、軽み。人知を超えたことが起こりうる世の中だからこそ、できるだけ軽々と生きていきたい。
そんな祈りにも似た願いが、彼の心に舞い降りたのです。
俳句の神様、松尾芭蕉が私たちに教えてくれる明日へのyes!とは?

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