今も、多くの作家に多大な影響を与え続ける、高知県出身の小説家がいます。
倉橋由美子(くらはし・ゆみこ)。
小説『パルタイ』で鮮烈なデビューを飾り、いきなり芥川賞候補になったのが、24歳の時。
以来45年間に及ぶ作家生活で、『暗い旅』『聖少女』というフランス文学に影響を受けた小説や、シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』、サン=テグジュペリ『星の王子さま』の翻訳など、多くの作品を残しました。
『ぼくを探しに』の訳者あとがきに、彼女はこんな文章を書いています。
「いつまでも自分のmissing pieceを追いつづける、というよりその何かが『ない』という観念をもちつづけることが生きることのすべてであるような人間は芸術家であったり駄目な人間であったりして、とにかく特殊な人間に限られる」
何かがない。
通常、人間はその感覚をどこか別の場所に置き去り、日常生活の中に入り込まないようにしています。
でも、倉橋はその感覚を見つめることで、創作に向き合ったと言えるかもしれません。
彼女は、高校時代まで高知県で暮らしましたが、土佐人の気質をこう評しています。
「全体主義的な気分で組織とか統制とか固い結束とかを保持していくことがどちらかと言えば不得意」。
さらに、「個人主義的傾向が強い」。
倉橋自身、学生運動に身を置くこともありましたが、群れることが苦手で、作家になってからも文壇になじめませんでした。
男女についても、土佐人の特質をこんなふうに述べています。
土佐の男は「いごっそう」。
「いごっそう」の美点は、独善的であり、その善を他人に施す押しつけがましさをもっていない点にあるとし、土佐の女を表す「はちきん」を、男を男というだけで尊敬する気持ちは薄く、男のために耐え忍ぶ気などさらさらないと説明しています。
従来の純文学の中に描かれる女性像の偏りに注目し、男性の主人公の前に都合よく現れる女性を指摘しました。
いまあるものを疑い、ここにないものを探す旅。
それは茨の道だったに違いありません。
でも、困難な道を歩いたからこそ、多くの作家が彼女の足跡をたどり、励まされているのです。
唯一無二の小説家・倉橋由美子が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
倉橋由美子(くらはし・ゆみこ)。
小説『パルタイ』で鮮烈なデビューを飾り、いきなり芥川賞候補になったのが、24歳の時。
以来45年間に及ぶ作家生活で、『暗い旅』『聖少女』というフランス文学に影響を受けた小説や、シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』、サン=テグジュペリ『星の王子さま』の翻訳など、多くの作品を残しました。
『ぼくを探しに』の訳者あとがきに、彼女はこんな文章を書いています。
「いつまでも自分のmissing pieceを追いつづける、というよりその何かが『ない』という観念をもちつづけることが生きることのすべてであるような人間は芸術家であったり駄目な人間であったりして、とにかく特殊な人間に限られる」
何かがない。
通常、人間はその感覚をどこか別の場所に置き去り、日常生活の中に入り込まないようにしています。
でも、倉橋はその感覚を見つめることで、創作に向き合ったと言えるかもしれません。
彼女は、高校時代まで高知県で暮らしましたが、土佐人の気質をこう評しています。
「全体主義的な気分で組織とか統制とか固い結束とかを保持していくことがどちらかと言えば不得意」。
さらに、「個人主義的傾向が強い」。
倉橋自身、学生運動に身を置くこともありましたが、群れることが苦手で、作家になってからも文壇になじめませんでした。
男女についても、土佐人の特質をこんなふうに述べています。
土佐の男は「いごっそう」。
「いごっそう」の美点は、独善的であり、その善を他人に施す押しつけがましさをもっていない点にあるとし、土佐の女を表す「はちきん」を、男を男というだけで尊敬する気持ちは薄く、男のために耐え忍ぶ気などさらさらないと説明しています。
従来の純文学の中に描かれる女性像の偏りに注目し、男性の主人公の前に都合よく現れる女性を指摘しました。
いまあるものを疑い、ここにないものを探す旅。
それは茨の道だったに違いありません。
でも、困難な道を歩いたからこそ、多くの作家が彼女の足跡をたどり、励まされているのです。
唯一無二の小説家・倉橋由美子が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
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