2026-02-07 13:13

仮想現実かどうかの証明は可能 / 玉木さんは読んでないんじゃない

今回のテーマ:
仮想現実かどうかの証明は可能 / 玉木さんは読んでないんじゃない / 偏差値が高いと万能であるは別

元動画:
https://www.youtube.com/watch?v=ol9z-Ri175M

サマリー

このエピソードでは、仮想現実についての議論が展開されており、特に情報や欲望に関する人間の認識が現実形成に与える影響が紹介されています。また、ラマヌジャンとコーノ・ゲントの比較を通じて、数学的な能力や問題設定の重要性について議論しており、数式の証明や問題創出の独自の価値にも焦点が当てられています。

仮想現実の考察
悪魔の証明になってしまいますが、いい論文研究した。この世は高い確率で仮想現実であるを否定できますか?
否定は可能なんですよ。否定は可能なんですけど、これ言うと多分ね、バンになるんですよね。
自分の頭に銃を突きつけて引き金を引くとかやると、多分仮想現実であるかどうかの証明っていうのは可能なんですよ。
そこでスイッチが切られるので。
一応、仮想現実であるっていう考え方っていうのはあって、たまにね、結構そうなのかなと思うことがあるんですよね。
長紐理論とかで、物質というのは波と粒であるというのでいくと、
波の状態という情報というものが他の物体というのが情報を持っていて、
その情報というのが干渉しない状態で、地球上だったら60億というのがいますよ、みたいな状況というのが、
完全にその情報だけでも成立するのではないかっていうのがあって、
情報だけで成立してしまうっていう、ブラックホールになった時に情報だけ出てくるよね、みたいな考え方なんですけど、
情報だけで成立するというのが理論上行われるのであれば、
人間のようなものが勝手にこういうものがあると思い込んでいるというのは結構成立するんじゃないかなと思っていて、
人間というのは一つの自我があるというふうに思い勝ちなんですけど、
単に複数の状況というので、飯食いて、お酒飲みたいとか、座ってて腰痛いとか、ちょっと寒いから暖房入れようとか、
いろんな欲望というものがホルモンからだったり、体温を感じる神経からだったり、
胃の方でお腹空いたよっていうか、胃が空っぽだよセンサーだったりっていうのは、
いろんな信号というのが神経だったりホルモンだったり腸内細菌が出ていますと、
脳がそれに対して一個一個返答を返していくっていう、
なんかホルモンが来たから腹減ってるんだと思うみたいな、
いろんな情報をいろいろ処理してるだけで、そこに統一した自我とかないよねっていうふうなので、
結構僕は理解可能なんじゃないかなと思っていて、
考えるとこれは全部情報だけでも処理できるんじゃないかなっていうのでいくと、
現実的にはそれは可能か不可能かで言ったら結構可能なんじゃないかなって言います。
僕は人類というのは単純に地球の熱循環のために存在している生き物はね、
というふうに思っているタイプです。
人間の認識と能力
障害年金受給者が働いて550万を超えると、健康保険厚生年金の被付与者が集めます。
130万円の壁と同時に108万円を誤償すると、国民児の玉木さんにXでDMしてしまいました。
なんかブロックされたもんですか。玉木さん障害者問題関心ないでしょうか。
家族にはDMする私がおかしいと思います。DMできなくない?
なんか相互フォローとかじゃなかったら、玉木さんってDM送れないんじゃないの?
え、玉木さんって普通にDM誰でも送らせるって何だったっけ?
玉木、玉木で検索すると出てくるのは、玉木一郎国民児と、
あ、普通にオープンにしてるんだ。じゃあ誰でもDM送れるんだ。
これ本人読んでないんじゃないの?
なので多分係員の人とかが、あ、違う。
フォローしてないやつだとDM送れる設定になってるの?
あれ?あ、違う。これログインしてないからか。ごめんわかんねーや。
でもブロックされるんだとしたら、多分何か他のことをしたんじゃないかと思うんですよね。
DM送ったぐらいでいじいじブロックしないと思うので。
ひょっとしたら書いてはならないような文言を書いてしまった。
障害者絡みのことで何らかしらの放送禁止用語的なものになってしまうのがあるみたいなところで、
職員の人がブロックしたみたいな可能性もあるかもしれないですけど。
別にDMしないで、どういう文章を書いたのか、公開でとかしたのか、
それか玉木さんじゃない人に送ってしまったっていうパターンもあると思うんですけど、
検索して出てきた偽物に送ってしまったとかね。
なので正解はわかんないですけども。
でも玉木さんは器が広い人なので、そんなしょうもないことで別にブロックとかしない気はしますけどね。
しょうもないことでブロックする国会議員はこっちでしたね。
湯沢議員が病床の奥様から離婚してくださいとエックスされた件が話題でしたが、
彼はせっかくお勉強ができる上、たぐいまになるDT力を持ちなのに、
ネットミントをレスバスしちゃったり発筆しちゃったりで、
それらの才能を荒の方向に発揮しているのが日本とってもったいないと思います。
玉木さんの見解はどうですか。
答えのあるものが得意な人というのは、
答えのあることを解く世界に続けた方が良くて、
答えのない世界には向いていないんだと思うんですよね。
これは偏差値の多い人にありがちなんですけど、
偏差値が高いということと万能であることは別なんですよ。
偏差値が高いというのは往々にして記憶能力が多いということなんですけど、
計算能力が高いのかというとそうでもなかったりするし、
応用能力が高いかというとそうでもなかったりするし、
反射神経が高いのかというとそうでもなかったりするわけで、
人類が頭が良いと認識する能力というのは、
結構いろいろな分野に分かれるんですけど、
たまたま受験勉強が得意、試験勉強が得意という人は、
試験勉強に要求される記憶をして、
その記憶したものを出すという能力が高いだけで、
国会とか人付き合いというのは、
答えのないものに対してどう答えを出していくかということなんですよ。
日本ってこれをやったらうまくいくよね、みたいな答えはないんですよ。
各々のいろんな人たちに同意をしてもらって、
こっちの方がいいんじゃないのっていうので提案して、
確かにそうだよねっていうのを説得して、
投票して法案が作られ、それが各自治体とかで運用されるみたいな話なので、
答えのないことに関しては、
実は能力値がそこまで高くない人が、
能力値が高いと誤解して一生懸命やっていて、
うまくいかないということにストレスを貯めているという状態で、
非認知能力というのが言われがちなんですけど、
認知能力というのは学校のテストで出てくるようなもののテスト、
記憶だったりとか英単語を覚えるとか年号を覚えるとかっていうのは、
割と学校教育の中でやるんですけど、
我慢強いとか友達が多くできるとか、
一つのことを成し遂げるみたいな非認知能力っていうのは、
結構勉強得意じゃない子がそのスキルがあったりするんですけど、
逆に言うと勉強が得意な子って、
感情のコントロールが不得意な人が結構多かったりするんですよね。
結局自分は優秀なはずなのに思い通りにならないっていうので、
個来象がなくなってしまって、
物事の優先順位がつけられなくなってしまうっていうのがあると思うんですけど、
EQってよくわかんないんだけど何なのか。
たまにIQとEQって言われるんだけど、EQって何?
数学者の比較
人によってEQって設定違わない?
IQってIQテストっていうのがあって、
10歳の時に10歳分とか解けるだとIQ100だよねってなるんだけど、
EQって人によって定義が違うから、
これはEQだよとか言われてもわかんないんだよね。
感情とは何かっていうのって結構定義難しいんですよ。
例えば痛いと感じることも感情で、
その感情は全然関係ないコメントがあってちょっと面白かったんだけど、
僕が頭がいい人で結構例を出す、
インド人のラマヌジャンっていう数学者がいるんですけど、
そのインド人のラムジャンを紹介する動画のコメントの中に、
コーノ・ゲントさんがラマヌジャンぐらいの成果を出さないのはなぜですか?みたいなのがあって、
多分書いた人はコーノさんがめちゃくちゃ好きなんだと思うのね。
でもインド人の数学者のラムジャンという人は、
答えがないものに対して数式を作り、証明はできてないんだけど、
いまだにラムジャンを出した数式が役に立ったりっていうので、
コーノさんって東大に受かってて弁護士にも受かってて、
答えのあるのが得意な人で、
別に新しいものを生み出す能力のない、
生み出せるのが高いかどうかは別、まだわからない人ね。
あくまで誰かが作った問題を解くのが得意な人なんですよ。
それをコーノ・ゲントさんとラマヌジャンを比較してる人がいて、
コーノさんって頭いいから、
自分がラマヌジャンと比較したら全然そのレベルじゃないのねってわかってると思うし、
むしろ勘弁してくれよって思うと思うんだけど、
コーノさんの信じてる人は、
コーノさんも数学の数式が生み出せるはずだみたいになってて、
いやいやそれは違うでしょっていう。
1980年代とかにもラマヌジャンの数式が証明されたりっていうのがあったりして、
頭がいい人という能力値というより、
世間の人が頭がいいというのはいろんな方向性があって、
試験が得意っていうのと、
誰も解いたことのない問題は、
問題が解くとは別に数学者で優秀な能力っていうのが、
問題を作る能力っていうのもあるんですよ。
餅月さんが解いたABC予想みたいなんですけど、
例えばじゃあ、
数は無限であるかどうかを表明してくださいみたいな問題を作る人。
1から順番にひたすら数字を足していくと、
最後はマイナス12分の1になるみたいなラマヌジャンの数式が出されちゃうんだけど、
っていう感情だったり、
問題を作るというのも実は能力なんですよ。
その問題っていうのを作ってみたものの、
解くまでに100年かかるとか200年かかるとかって普通にあるんですよ。
200年かかるようによって、
その証明をすることによって新しく数式っていうのが生まれて、
こうやって解くことができるんだっていうのがあるんですけど、
そもそもの問題設定をするという能力もまたあるんですよ。
問題を作った人って別に自分でその問題解けると思ってないんですよ。
こういうのって解けるんじゃねーっていうので、
問題を作って、フェルマーの最終定理とかね。
問題を作るんだけど、フェルマーは問題を作って、
紙の余白に一応バーッと書いてあるんだけど、
解き方を書かないまま死んじゃったんだよね。
だからフェルマーが本当に解けたかどうかはよくわかんないんだよ。
でもフェルマーみたいな人が、
こういう数式というのが成立するはずだって言って、
世界中の人が挑戦して、これが解けて証明できると、
これはまた新しく人類がいろんなものが計算できるようになるよねって。
なのでラマヌージャンは、
演習率をすごく早く計算するための数式とかを作ってたりするんですけど、
っていう感じで、社会にいろんな貢献をしてる人っていうのがいるんですけど、
記憶力がいいとかっていうタイプとはまた違うよねって話です。
問題設定の重要性
リハックで国密外務副大臣が立憲小西議員の話を盛り上げ、
結果をその後に何故押すのですか?
これ見てないからわかんないすいません。
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