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  2. 日本の漫画やアニメ何故人気?..
2025-05-23 14:09

日本の漫画やアニメ何故人気? / 物理法則無視の漫画だからこそインパクト 他

今回のテーマ:
日本の漫画やアニメ何故人気? / 物理法則無視の漫画だからこそインパクト / ONE PIECE / お坊ちゃまくん / ジャンププラス / 重度障害児の安楽死について / 選択的夫婦別姓

https://www.youtube.com/watch?v=HH7ptfUnPSY

サマリー

日本の漫画やアニメは、特に若手クリエイターの才能を引き出し、新しいアイデアやインパクトをもたらすことで、国内外で高い人気を誇っています。その根底には、典型的な物理法則を無視した創造力や自由な表現があります。また、視聴者や読者の熱狂的な支持が、その魅力を一層引き立てています。このエピソードでは、日本の漫画やアニメが持つ独特の魅力と、物理法則を無視したストーリーテリングの重要性を考察します。リスナーは、これらの要素がなぜそんなに人気を得ているのかを理解することができます。

日本の漫画とアニメの人気の理由
日本の漫画やアニメが海外で人気な要因は何だと思いますか。大人向けだからじゃないですかね。
昔に放送されていたニコニコプーンがタイでも放送されてファンレターも売られたときました。
総席エンジニア国立メディア芸術総合センターの設立案がある人が悪くないようになっております。
今後日本が芸術が大事な気がしますがどうでしょうか。
そもそもそこまでお金をかけているバラエティ番組とか海外にないよねって問題もあって、日本のテレ番組の質が高いですと。
ただ表彰してしまうとそれはプラスにならずにむしろマイナスになる可能性もあるというのを意識していただけるといいんじゃないかなと思うんですけど。
伝統とか大御所の人がうまくいくよねという、大御所が評価されて、
例えば日本学術院みたいなところとかって毎月給料が出るみたいなのがあったりして、
大御所に対して評価をするというのはそれに対して税金が付き込まれる、それに対してお金が付き込まれるということで、
日本のマンガがうまくいっているのって、新人を育てるというのをジャンプが昔からずっとやってて、
これ真似した方がいいよねっていうので、新人にスポットライトを当てて、新人が作ったものというのをガチプラの編集者というのがちゃんと作品に落とし込んで、
それをメディアミックスだったり海外に持って行ったりというので成功させるというので、あくまで新人が流行を作るというのが、
ジャンプ以降のマンガ業界の作られ方だったりするんですね。
ゆで卵さん先生って確か筋肉マンを書いていた高校生ですよね。
アニメ化して日本中の子供たちが熱狂していたマンガを書いていたのは高校生で、だから物理法則とか知らないので、
筋肉バスターを縦に落ちると重力の影響があるんだけど、なぜか横に行くっていうのをやって、横に行ってもダメージが増えるみたいなわけのわからないことを書いてあって、
いやいや重力どうなっているのみたいなんだけど、あれは本当に高校生だからそこをよくわかってなかったっていうその迫力だと思うんですよね。
マンガって別に科学的に正しい必要はないんですよ。絵もデッサンが取れている必要はないんですよ。
ワンピースも12頭身ぐらいのキャラとかたまにいるじゃないですか。あれでいいんですよ。
それのインパクトとか勢いとかが大事なんですよ。その勢いって若手じゃないと出せないものだったりするので、
だからロボッチャム君とかも小林俊則先生が若手の頃ですよね。
だから芸術センターみたいな形で大御所が評価されるっていうのにするよりは、むしろ若手がどんどん伸びていくっていう。
創造力と表現の自由
ジャンププラスは結構面白いなと思っていて、ニート社とかもそうですけど、ネット上で面白いものを書いている人がそのままちゃんと大人がフォローしてうまくいくっていう。
懐中八王子とかスパイファミリーとかもそうですけど、ああいう流れというのは良い流れだなと僕は思いますけど。
元国民主主義の上松氏が柔道障害者について両親の人権の関連、不処理・疎通の関連からランクシューの選択を見取るべきと申し上げました。
僕もそのポスト見てたんですよ。柔道障害者は育てるべきだよね。
子供にも人権があるし、それを育てるのは美しいことだよねって言って、その子供を育てないという選択肢を両親から奪ってしまうんですけど、
結果としてその両親は普通に働くのできなくなっちゃうんですよね。
普通にその柔道障害で、知的障害で体も普通に動けますってなっちゃうと、やっぱりそこで養護学校を連れてきますとか、自動作業所を連れてきますとかで、
やっぱり自分のキャリアを追求するということができなくなってしまうんですよ。でもその子供の命は大事だよね、育てるべきだよねっていうのになってしまうと、
両親が自分の幸福追求というのができなくなってしまうという話になってしまうんですよね。
もちろん子供を育てたい人は育ててください。そこを行政が支援します。社会が支援します。それは全然やると思うんですよ。
でもこの子供を育てるよりも、僕はやりたいことがあります、私はやりたいことがありますというのであれば、
それはその人の幸せを追求するという方が社会にとって良いかもしれないねっていうのもあるんですよ。
例えば大谷翔平さんのお子さんが柔道の障害者でした。2人で育てていくことになるので野球をやることはできません。
ってなったら社会に対して損失じゃないですか。結局大谷翔平さんぐらいになれば、さすがに大谷翔平さんが子供を育てる必要ないんじゃないのってなるんですけど、
大谷翔平さんはお金を持っているから他の人に任せるとかっていうのでできるんじゃないかもしれないですけど、
これを普通の家庭の人とかで誰も知らないのは研究者ですと。
例えばABC予想した兄弟の先生とか餅月教授。餅月教授は別に大して給料がないと思うんですよね。
兄弟の教授はそこまで給料高くないと思うから。
あの教授がABC予想の研究をしている最中に子供が柔道障害者でした。
もう俺研究することできないわ。
でもこれって社会にとって損失って気づく人ってほとんどいなくて、
数学者界隈では餅月さん最近全然論文出してこないよね、どうしたんだろうねぐらいなんですよ。
でもこれ社会にとってはめちゃくちゃな損失なんですよ。
でもわからないじゃないですか。メディアに出るわけでもないから。
でもここで餅月教授がちゃんと研究し続けた方が人類にとって得だよね。
ちなみに僕は大谷障害者さんよりABC予想をちゃんと出した餅月先生の方が人類にとっては意味があると思っている人なんですよ。
要するに人類の科学が進歩するということは次の世代にとっても新しい技術が使えるよねとか、
その進歩によって新しく富が生まれるよねとか経済が生まれるよねとかがあって、
スポーツ選手というのは偉大ではあるけど、所詮エンターテイメントで別に面白かったよねというだけなんですよ。
ベイブルースすごいよね。すごかったよね。
でもベイブルースのおかげで石油が安くなりましたとか機械が便利になりましたとかインターネットが使えるようになりましたとかないじゃないですか。
でも科学技術が進歩することによって家にいるだけでパソコンでいろんな動画が見えて楽しくなりましたというのがあって、
その科学技術だったり学問に対して貢献する人たちというのは、
その未来に対しての貢献でもあるので僕は評価すべきだと思うんですけど、
残念ながら今の日本の人たちというのは学問をやっている人たちに評価するのがあまりないじゃないですか。
僕は選択的夫婦別姓、賛成派なんですけど、
これが何でかというと選択的夫婦別姓で困っている人って、
性を変えたくなくて研究していて海外で業績のある人っていう条件に引っかかると旧姓だと困るんですよ。
それ以外って多分我慢するとか面倒くさいのレベルの話で、
銀行口座変えるの面倒くさいよねとか、
中傷を書いているけど本名を書けている時に銀行口座が違うから面倒くさいよねって話で、
実は面倒くさい問題で結構解決するんですけど、
海外に名前を旧姓でやっている人って名前変わってしまうと、
同一人物だと見なされたくなるんですよね。
例えば僕が西村博之という名前でずっと論文を書いていました。
人工知能に関する論文を書いたとするじゃないですか。
それが教長でいろいろ書いてて、
そこに松尾先生とか教長西村ってやついたなぐらいの感じで、
ふわっと世界中の人が論文を読んでいると。
僕が結婚してアーノルド博之になりました。
松尾先生の論文の横に教長にアーノルド博之って書いても、
これがアーノルド博之が西村博之だって分かるやつは知り合いだけなんですよ。
海外で普通に人工知能の論文をとりあえず全部読むよって言っている外国の研究者の人たちは、
西村は理解しているけどアーノルド誰それ。
あ、こんなやついるんだ。
西村でも行跡を挙げているし、アーノルド博之でも行跡を挙げているのに繋がらないんですよ。
これが一応オープンリサーチIDみたいなやつで、
オンラインで見られるやつでクリックをしたら、
そのIDで西村博之は実はアーノルド博之になりましたっていうのが分かるから、
クリックした人はこれ同一人物じゃんって分かるんですけど、
そんなもんクリックしないでしょ。
著者の5人ぐらい協調の人がいて、
協調の人のクリックしないでしょっていうので結構分かんなくなっちゃうんですよ。
旧姓で出せばよくね。旧姓を続けたいんですよ。
だから僕は結婚した後も戸籍上はアーノルド博之だけど、
西村博之で論文を書き続ければ、
学会での社会的評価は上がっていくんですよ。
でもここで西村博之を捨てた途端に、
学会でのアーノルドって誰になっちゃうんですよ。
西村博之ですって言ったら西村さんね。
日本の漫画とアニメの魅力
じゃああの西村さんっていうので、
例えばじゃああの西村さんがイギリスのこの学会に行きたいから、
イギリスは行けるな。
ビザが必要な国で行くと、
じゃあブラジルの学会に行きたいですと。
ブラジルの学会に行きたいんで西村博之ですって言ったら、
人工知能の西村博之ねっていうので、
その大学が普通に僕の西村博之の名前でビザを出してくれて、
そのビザと同じ名前で西村博之でチケットを取って、
ブラジルに行って普通にブラジルの中に入るんですよ。
でも僕が本名アーノルド博之だったら、
行きたいっす西村博之ですって言って、
じゃあビザ出すわって言って、
アーノルド博之でビザくださいって言ったら、
誰?ってなるでしょ。
そこも急に、
じゃあアーノルド博之でビザ出しとくわって言われて、
ビザ出されて、
急成西村博之だったとしても、
ビザ名はアーノルド博之でビザが出されるわけですよ。
そこでチケットっていうのはアーノルド博之で、
俺学者なんだけどって言ったとして、
今のアメリカご存知ですか?
業績があったとして、
それなりに成果があったとしても、
追い出されるっていう学者がいるんですよ。
研究中でも何回言うかわかんないから追い出されるとかで、
名前と業績でリンクしないから追い出されるとかっていうので、
結果としてずっと研究をしてきたにもかかわらず、
急成と新しい名前のひも付けというのが、
他の国はやらないんですよ。
必要ないから。
強制的な夫婦、
夫婦の名前を結婚した後に、
名前が変わるという常識が他の国にはないんですよ。
日本は結婚したら奥さん変わるんだよね。
これは日本の常識なんですよ。
でも韓国とか、
北朝鮮とか中国とか日本とか、
強制的に名前が変わる国の方が少ないので、
名前が変わるって言われてもどういうことっていうので、
意味がわかんないですよ。
だって名前変わるわけないじゃん。
苗字だよ。
苗字変わるわけないじゃん。
だってあなた西村博之で生きてるんだから、
西村博之のままでしょ。
アーノルドになるわけないじゃん。
みたいなのが他の国の常識なんですよ。
っていうところがあるので、
なので国際的な研究をしている人だけが、
僕が知る限り不利な状況になるんですよ。
国際的な研究をする人が、
じゃあ研究やめるわってなったら、
それは人類社会にとって損失なんですよ。
っていうのがあるので、
国際的な評価と名前の重要性
なので国際的なレベルの研究をしている人が、
のびのびと研究をしてもらえるというのが必要だと思っていて、
これに反論してくるおばちゃんで、
私は性が変わったけど大丈夫でした。
いやあんた国際的に評価されてないじゃん。
何の論文出したんだよ。
っていう人ほど、
私は名前が変わったとしても困ってません。
それは困らないよ。
国際的な評価ないんだから。
っていう至極当たり話になってしまうんですけど、
なので本当に極小数の、
めちゃくちゃ優秀な人だけなんですよ。
本当に困る人。
なので俺の友達で困ってないやつがいない。
そりゃそうだよ。
あんたの友達に国際的な業績に評価を受けてるやつが、
いないからだよって話ね。
なので、
俺の友達に困ってるやつはいないとか、
私は困ってないとか、
っていう話ではないんですよ。
アーノルド・フィロイキになるぐらい、
国際的評価のある人だけが困るので、
でもそれは日本社会、
人類にとって必要だよねって話です。
よくわかったね、
誰の話か。
昔、
飯山さんっておばちゃんからそれ言ってたんですけど、
一応飯山さんの名前で検索してみたんですけど、
アルファベットでの論文で、
何らかしらが引っかかることは一度もなかったので、
国際的には何もしない人なんだなって思いました。
国際的には何もしない人が、
あの人、
確か、
某テレビ局の旦那さんがいて、
それについていっただけでしょ。
だから、
エジプトも確か、
エジプト司局か何かでついていって、
その後タイの司局か何かについていっただけで、
別に国際的に活躍してるわけじゃなくて、
奥さんとして旦那さんについていっただけでしょ。
だから、
海外に在籍して、
海外在住歴が長くて、
一応、
自称研究者、
それ自体はそうだと思うんですけど、
それは海外に住んでいるから、
国際的に評価があるというわけではないっていうのが、
僕の今のところの仮説なんですけど、
違ったらすいません、
飯山さん教えてください。
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