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暇は人生最高のスパイス じゃあこれにしておきますか
暇は 結構あのなんだろうなぁ割と僕なんかこう暇は人生最高のスパイスは悪くないなと思ってるんですけど
まああのなんで悪くないなと思ったのかっていうのはあの ついてなんでこれから喋りますけど
あのスパイスってそのまま食っても美味しくないんですよ 例えばその胡椒をかけるとニオとか肉とか美味しくなると思うんですけど
ただの胡椒だけを食っても美味しくないじゃないですか であのじゃあ
あのお寿司にわさびが入っていると美味しいんですけどでもわさびだけをそのままボリボリ食っても やっぱり美味しくないじゃないですか
なのでその 暇というものがあるとプラスアルファ良くなるんですけど
あの暇だけだとそれはそれであの人生良くならないし美味しくならないっていう スパイスだけだと美味しいものにはならないっていう
ただ食材があった上でスパイスがあると美味しくなるよねっていうのがあったりするので なのであの仕事をしてるとか勉強してるとか
なんかその人生でやらなきゃいけないことがある人がその やらなきゃいけないことをがこうやり終わった瞬間に暇とかがあってその予感によってこう
なんかあの回復したりその体力回復したりとかなんかの精神的なこうストレスが 発散されたりとかっていうのがあると良いよねっていう気がするので
なのでこうスパイスその暇というものがあった方がこうよりなんかこうあの 人生は豊かになるよねみたいな
ねあのスパイスしかない人っていうね だからのねあの
生活保護をとってそれで暮らせばいいじゃんっていう人がいるんですけど あとあのファイヤーと呼ばれるあのこうなんか早期リタイアみたいな人
あのあれができる人ってやっぱり別れてるんですよね 結局その多くの人ってその
なんだかんだ言って暇な時間があるとその暇な時間を何とかするというのを始めて しまうのでその暇な時間をそんな暇な時間としてこう
楽しく過ごせるっていうのをやれる人っていうのがあんまりいないので なんでこうボケちゃうとかこう退屈になるっていう
僕は割とその暇な時間で何かゲームしたりとか漫画読んだりとか映画見たりとかっていう のまあ結構あの楽しく暮らせちゃうタイプなんですけど
どうやらその暇な時間で楽しく暮らすっていうのがあんまり得意じゃない人っていうのが割と 日本には多いっぽいんですよね
あのフランスってその1ヶ月ぐらい7月から8月の間って人によっては7月から8月 人によっては8月から9月っていう感じで2ヶ月ぐらい職場からこう半分ぐらい人がいなくなるっていう時期があるので
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なので基本的にはもうその官僚さんとかもそうだし 街中のスーパーとかでも人が減ったりとか
なので基本的に社会が回らなくなるんですよね
でじゃあその1ヶ月間何をしているのかっていうと
山に行きますとかじゃあ湖に行きますとか 海に行きますとかなんですけど
でじゃあそこで何してるかっていうと だらだらしてるんですよね
あのその日本の場合ってなんかそのゴールデンウィークとかになると
じゃなんか観光地に行ってなんか大勢人がいるところに行ってなんかそこでこう 大勢の人にまみれてなんかアトラクション乗ってみたりとか
なんかみんなが撮ってる写真を撮った同じような写真を撮るとかっていうのやりがちなんですけど
その休みというのはこうだらだらと何もしない時間であるっていうのが
なんかそこらへんがなんかこう日本人の感覚とあのフランスとかイタリアとかスペインとかヨーロッパの人との感覚っていうのは違うんじゃないかなと思うんですけど
なのでその暇な時間ということ自体が楽しいよねっていう
フランス人は何のために働いているのかっていうのはバカンスのために働いているっていう
なのであのバカンスがないんだったら仕事なんかしねえよっていう人が結構いたりするんですけど
っていうところでそのなんか暇な時間それ自体が目的になるという言い方をした方がいいんじゃないかなと思うんですけど
なのでなんかそこらへんのそのなんか暇な時間を楽しく使うという経験を
子供のうちに覚えられたどうかっていうのが結構あるんじゃないかなと思っていて
あの例えば家にゲーム機がありましたとか
じゃあその兄弟がいましたとかっていうのってじゃあそのゲーム機的なものに遊ばせてもらうとか
長男がいると長男の遊びに従うだけとかで
そのゲーム機ありません自分一人しかいませんっていう時に
じゃあどうやって暇を潰そうかっていう
その暇を潰すという能力を手に入れられなくなっちゃった人っていうのが結構いるんですよね
あのそこらへんのなんかその一人っ子が増えているので
一人遊びを得意な子が増えているかっていうとなんかあんまりそうはなってないみたいで
結局そこらへんのその一人遊びとか趣味っていうのを作るのが苦手な人っていうのが
社会人だとしてもそこのあの何らかしらの時間潰しというのができないので
結果としてはなんかお金を使うということで暇な時間を潰しちゃうんですよね
なのでこうアトラクション的なところに行くとか
映画館も僕はそこそこ高いと思ってるんですけど
映画館に行くとかあのなんか美味しいものを食べに行くとか
風俗に行くとかあとなんかショッピングをするとかっていう感じで
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そのなんかお金を使う方向でその暇な時間それ自体を楽しむというわけなく
暇な時間を潰すためにお金を使うということになってしまうと
結果としてお金が無限に必要になってしまうっていう
アリを眺めるが楽しめるかどうかっていうのがあって
例えば田森さんの散歩する番組
なんだっけ名前忘れちゃった
街中を田森さんが散歩してるだけで
ちょこちょこ街中のことをこういうことなんじゃないみたいなのを油田森
仮説を立ててそこの地域に詳しい人が実はこうなんですよみたいな
歩いてるときに坂を見たときに
この坂ってことはこういう風だ
それなりの丘があったよねってことはやっぱり上の方に神社あるはずじゃねえとか
逆に言うとここに神社があるっていうことは
結構災害が少ない地域だよねここらへんとか
っていう感じで何かを見たときになんでそうなってるかとか
逆にこれはどのように行くのかみたいなのを予想するっていう楽しみ方があって
アリの動きを見てるとかでもアリがこっちに向かってるってことは
多分なんか食い物あるんだろうなとか
食い物がないからまんべんなく探してるのかなとかっていう感じで
何らかしらの目の前に入ってくるものを見たときに
それがなぜ起きてるのかとか
それがどうしてそうなってるのかとか
そういうのを考えられると割と時間が潰せたりするんですよね
美術館って面白くないよねっていう人って結構いるんですけど
有名な作品は有名な作品だからそれの写真を撮って
これ見せてモナリザ見に行ってよって自慢するみたいな
それ以外の見ることにあんまり興味がないっていう人がいるんですけど
僕はアリの美術館ちょこちょこ行くんですよね
旅行に行ったときに美術館があると入ってみちゃうんですけど
別にアートが好きとかこの画が好きとかってわけじゃなくて
作家はなぜこの絵をこのように描いたのかみたいな視点で見るんですよね
女の人が正面を向いてなくて角度をつけて立ってるとしたら
なぜこの人はこの角度で立ってる絵で絵を描こうとしたのだろうみたいなのがあって
昔の宗教画とかの場合って一つ一つ置いてあるものに実は意味があったりするんですよね
ここに壺が置いてあるということはこういう意味ですよとか
ここにある花というのは実はここに画家が所属している国の王様が好きな花で
なのでここに置いてるということはこの花というのは実は王様を意図してみたいな形で
実は謎解き要素が結構あったりするんですよ
そのメインに立っている女の人の視線の先にあるものっていうのがあったりして
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このものを見るという構造にすることでそのメッセージを出そうとしてるよねみたいなのがあって
その写実的に絵を描くっていうのが結構近代の話なんですよ
写真のような絵を描くのがかっこいいよねっていうのが近代の話で
昔はその絵を描くということは何らかのメッセージがあって
そのメッセージを伝えるために絵を描くっていうのが多かったんですよ
ゴッホとかは逆に本当にひまわりをそのまま描くんですよ
ゴッホのひまわりは本当にひまわりでしかなくて
ザひまわりもうひまわり黄色いしかっこいいからひまわり描きましたみたいな
ゴッホとか前の世代の人たちって何人か男の人が話してる時に
よそ見をしている人とかよそ見をしている人の目線の先には鶏がいたりとか
っていう感じで実はその一つの世の中にストーリー性があったりして
そのストーリー性みたいなものを見つけようとする
それが別に正しいかどうかあんまり関係ないんですよ
自分がそう思うかどうかなので
なので遠近法とかでも中心線があってここから広がるようになるんだけど
そこをあえてずらしてるのはなぜなのかとか
じゃあその作者というのは何をメインで伝えたくて
この絵を描いてるのかとかっていう感じのものを想像するっていうのだけでも
結構時間潰せるんですよね
例えばミラノにある最後の晩餐っていう絵があるんですけど
キリストが真ん中でもうこれから処刑されるからみんなで飯を食おうって言ってる時に
ユダと言われてる人はみんなが乾杯してるんだけど
ユダと言われてる人は横を向いていて
そこの手元に袋があって金貨がこぼれてるんですよ
なのでキリストを売るということで
得た金貨をこの人は持っていて
自分は裏切ってしまったという両親の過酌があるので
キリストの方を見れなくて側方を向いている
みたいなっていう設定とかもあったりするんですよ
っていう感じで割と絵画って実はそういういろんなストーリーというのがあったりするので
もし興味がある人は山田五郎さんのYouTube見てみてください
山田五郎さんって元々講談社か出版社の編集長だった人で
割といろんなことに詳しいおじさんで
絵画について実はこういう意味があるんだよみたいなのを解説してるYouTubeやってたりするんで
そういうのを見たりするとこういう絵ってこういうふうな解釈の仕方とか
こういう意図があるんだみたいなのが分かったりするので面白いって
山田五郎さん面白いですよねだいぶ年取ってますけど
プルダックと悪魔2で最後の晩餐の前に食事会
あそうなんだ最後の晩餐のある教会行って近くまで行ったんですけど
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予約してないと入れなくて結局見なかったんですよね
大人気でなかなか予約が取れないっていうのもあって
もともと宗教画というのは教会だったりとかが依頼をして
そこでこれを昔は文字っていうのはあんまりみんな読めなかったので
なので絵の前で物事を説明するっていうのをやって
教会の人が信者を増やそうとしたので
なのでこれを見たら感動して信者になりたくなるような絵を描いてくれよみたいなところで
割と依頼をしたりするので
なのでシスティナレーハイドっていうのがバチカンにあるんですけど
あれ写真撮影禁止なんですけど
僕撮影したことあるんですけど置いておいて
でやっぱりあれも圧倒的な存在感なんですよね
その天井のフラスコが天井に
あれ誰が描いたんだっけダヴィンチかあれダヴィンチだっけ
あれバチカンの天井を描いた人ってラファエルダヴィンチ
まあ誰かお世話になるんだけど
でその人が天井に描く
天井ってこうついてるじゃないですか
これを下からずっと描かなきゃいけないって
でそれをめちゃめちゃ細かく
すげえ広い面積のを埋めてるんですよ
でそれを天使がいて
手を繋ごうとしてるとか逃げようとしてるみたいな
っていうストーリー性があるので
あビケランジャルかはいすいませんビケランジャルでした
っていう感じで
わりとすげえ時間をかけて細かいところまで
きちんと描き込んでるよね
っていうのがそれなりに見てるとやっぱ圧倒されるんですよね
でキリスト教すげえってなったりするのと
あとバチカンの観光コースの
最後に観光コース通り進んでいくと最後はシステムの礼拝堂になるんですけど
そこでやっぱりキリスト教すげえってなるように作られてるっていう
昔の絵の場合はそもそも王様が自画像を描いてくれって言われて
王様にお金をもらって自画像を描いてたりとかもあったりするので
なのでやたらに脚色がついたりとかしがちなんですけど
っていう感じで発注者の意図と
そこのクリエイターである画家でも正直に描きたいよねみたいなところっていうのを争いみたいに思ったりするんですけど