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起こしたけど起きなかったということはできるでしょうか。つまり、起こすというのは、その人が起きるとこまで含むのかどうか、その結果を含みするのかどうかということです。
BGM、UK。
始まりました、志賀十五の壺。皆さんいかがお過ごしでしょうか。縁撃公開王子です。
お便りいただいております。
好きな品種は、動詞さんからギフトと一緒にお便りいただきました。ありがとうございます。
志賀さんこんばんは。こんばんは。文革のお話、興味深いです。フィンランド語の話ですね。
少し前のエピソードで面白いと思った動詞の意味の範囲とも関係あるのかなと思ったりしてます。
説得する、招待するなどの結果まで含むとか含まないのお話。
グラル系、スラブ系の言語は勉強したことがないので興味深いエピソードでした。
これからも様々な切り口でのトーク楽しみにしています。
好きな品種は動詞さんお便りどうもありがとうございます。
まさに今日お話ししようと思っているのが、この結果を含みするかどうかというところです。
以前、燃やしたけど燃えなかっただったかな。
それで、日本語と英語を対象にしたエピソードを配信していますので、そちらもぜひURL貼っておきますので、合わせて聞いていただけたらと思います。
冒頭お話しした、起こしたけど起きなかった。
この辺は結構人によるんじゃないかなと思うんですよね。
言えないという人にとっては、起こそうとしたけど起きなかったみたいに、ちょっと起こそうみたいな形を変えていうことになると思います。
が、Twitter現Xで起こしたのに起きなかったとか、起こしたけど起きなかったっていうのを検索したらそれなりに出ますので、多分いけるんじゃないかなと思います。
ただこれは物によります。例えば殺すと死ぬだとこれは多分言えなくて、殺したけど死ななかった。
多分殺すっていうのはその人が絶命するというところまで含んでいると思います。
さすがにこれはTwitterでね、検索しても出てはこないと思いますが、ただこれも言語によるんですよね。
英語の切ると代も同様で、切ると言ったらその人が代するとこまで、ル・オシバさんみたいになりましたけど、その死ぬとこまでね、代するんですが、
中国語は殺すっていうのは、死ななくても使えることがあるようです。
2回殺したけど死ななかったっていう言い方ができるんですね。
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日本語だったら、2回殺そうとしたけど死ななかったみたいに、殺そうみたいな動詞をちょっと形変える必要があります。
2回殺したけどと言ったら、死ぬとこまで含んでしまいますよね。ここは英語の切ると代も同様だと思います。
このような文、このような文というのは、起こしたけど起きなかったとか、殺したけど死ななかった。
それがその言語で言えるかどうかは別として、そういう文のことを結果キャンセル文ということがあります。
あるいは結果キャンセル構文。その結果を後でキャンセルすることができるということですが、
この辺になってくると結構意味の話になっちゃうので、考えれば考えるほどよくわかんなくなっちゃいます。
個人的には、起こしたけど起きなかったはキャンセルできる気がするんですよね。
前のエピソードで取り上げた、燃やしたけど燃えなかったは、個人的にはちょっとよくわかんないです。
もしかしたら言えるかもしれないですが、意識し始めるとだんだんよくわかんなくなります。
殺したけど死ななかったはかなりきついかなという気がしますね。
あとは、沸かしたけど沸かなかったとかね、こういう結果を含みするような他動詞ですよね。
他動詞が後で自動詞でキャンセルすることができるか、これは結構難しいというか、
母語っていうのは一番よくわからないので、ある意味無意識で使っているものなので、
言えると思ったら言える気がするし、言えないと思ったら言えない気もするし、
自然な発話でどうなっているかっていうのを確かめる必要があると思います。
この結果キャンセル文が寛容的に使われているものもあります。
切っても切れないとかいう時ですね。
これは寛容句だからちょっと事情が違うかもしれませんが、
日本語っていうのは特に英語と比べたらキャンセルはしやすい方なんじゃないかなと思います。
詳しくは関連エピソードを聞いてみてください。
ただこのキャンセルできるかどうかっていうのは、もうちょっと別の要因も関わっていることがあって、
特に目的語の特定性とか定性みたいなものです。
特定性とか定性っていうのはそれだけでかなり面白い議論ではあるんですけど、
ちょっとそこは置いといて、ざっくり特定だっていう解釈でいいと思います。
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特定のものについて言ってるというか、より特定性が高い場合は日本語でも結果キャンセル文は厳しくなると言われています。
例えば、紙を燃やしたけど燃えなかったっていうのは人によっては言えるっていう人も多いと思うんですよね。
これ自体が厳しいという人もいると思うんですけど、
紙を燃やしたけど燃えなかった。
これが特定性が上がるっていうのはどういうことかというと、
例えば数量子を伴うような場合です。
紙2枚を燃やしたけど燃えなかった。
この2枚っていうのが入ってくると厳しくなるという研究があるんですね。
紙を燃やしたけど燃えなかった。
こっちはいいけど、紙2枚を燃やしたけど燃えなかった。
この2枚っていうのが付くことによって特定性が上がっているというか、
ざっくり言うと具体的になっているというかね。
そうなってくると結果キャンセル文はできづらいと。
同様に水を沸かしたけど沸かなかった。
これは平気だという人でも、水を100cc沸かしたけど沸かなかった。
この100ccっていうのが入ると特定性が上がるので厳しいというね。
そういうことが指摘されていたりします。
ですので、動詞ごとに結果キャンセル文ができるかどうか決まっているというよりは、
目的語の特定性とか定性とか、そういったものも絡んできているということです。
それと、起こしたけど起きなかったは言えるのに、
殺したけど死ななかったがなんで厳しいのかっていうのも、こんな説明の仕方があります。
起こしたけど起きなかった。
この起きるっていうのは、ほっといてもその人はいずれ起きるというかね。
起きる原因っていうのはその人自身にあります。
それに比べて、殺したけど死ななかったの死ぬっていうのは、かなり外的な要因によるものですよね。
外からの手によって死ぬということが引き起こされます。
つまり、起こしたけど起きなかったといった場合、起きるっていうことのその結果の責任っていうのは起きる人自身にあるんですよね。
ただ、殺したけど死ななかったって言った場合の殺すの、あるいは死ぬの責任は殺される人ではなくて、殺す側の人です。
なので、起こしたけど起きなかったっていう言い方は許されて、殺したけど死ななかったっていうのは、死ぬとこまでね、その責任があるはずなのに、
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そうはなってないということで、言えないということなんですね。
ただ、これは冒頭言ったように言語によって違うので、殺すっていう動詞であっても中国語では殺したけど死ななかったみたいな言い方が可能なことがあります。
その辺のことをね、言語ごとに比べてみるっていうのも面白いと思います。
というわけで今回のエピソードはここまでということで、また次回のエピソードでお会いいたしましょう。
番組フォローも忘れずよろしくお願いいたします。
お相手はシガ15でした。
またねー!