男性のプライバシーについてどう考えてるんだっていう感じはありますけど。
確かに見直そうみたいな雰囲気ゼロですよね。
で、だいたいこの5個あった時の1番か5番って、身体障害者の方とか足腰が弱い方用に手すりというかついてたりするじゃないですか。
体重かけれるみたいなやつですよね。
そうそうそうそう。
っていうのもあって、なんとなく、たとえば1番がそうだと、空いててもなんとなく1番開けとこうとは思うんですけど、
でもかといって3番のど真ん中もな、みたいな感じで、なんとなく5番選びがちみたいな感じですね、自分の場合は。
誰もいなかった時にどうですかね。
誰もいなかった時に。
恵美さんどうですか。
えっとね、誰もいなかった時は、たとえば5個あって、1番が身体障害者の方向けにあったとしたら、2番に行きますね。一番近いんで。
これあれですよね、2番に行くと次の人は4番に行って、3人目が1、3、5のどれかで誰かの隣に入らなきゃいけなくなるんですよね。
だから、1、3、5の方がよりね、プライバシーが守られるけど、2、先に誰かとっちゃうと、2人までしかね、プライバシー守られない。
それはありますね。
1、3、5だと3人行けるのに、恵美さんが2人いるせいで、3人目の人が誰かの隣に行かなきゃいけないっていうことが起きるっていう。
でもそんな時間かかります?
かかります。
隣り合うのなんか嫌だな、分かります。
分かります。
そんなに混んでないけど、隣り合わないといけないなみたいな絶妙なやつがすごく嫌。
で、めっちゃ並んでるときとかがあったら、それはもう空いたとこに順次入っていくから、あんまり気にならないんですけど、これ不思議ですよね。
仕方なかったら何も思わないけど、仕方ないか絶妙なときだとすごい気になるみたいな。
2、4が埋まってるときはどこ入ります?
2、4埋まってたら5に行きますね。
3って両方とも、両方に入っていくし。
わざわざ3に行くの相当メッセージ性強くないですか?
確かに。
1はね、だからさっき言った事情で、なるべく空けておきたいなと思ったら5に行きますね。
たまに2とかでいると、全部空いてるのに1、3に入ってくる人、たまにいますか?
いますね。ちょっと嫌ですよね。
どういうメッセージ性なんだろうって思いますね。どこ使ってもいいんだけど。
1個おきで使ってほしい、面白い。使ってほしい。
確かにな。この現象に名前を付けるってことですね。
なんだろう。
でもそもそもが、やっぱこう、小便器の設計上プライバシーに配慮されてなさすぎることがそもそもの原因のことですよね。
個室だったらあんま起きないんですよね、たぶん。
そうですね。
だからもうちょっとパーティションがちゃんと合ってたりしたらあれなんですかね。気になり度合いが下がるんですかね。
どうですか。どうですか。でもなんか、これは男性にしかわかんないですけど、
男性用の便器がちょっとプライバシー意識してるような便器とそうでない便器、わかります?
横側がこうちょっとグッて前に出てるやつと出てないやつがあるじゃないですか。そういうのも関係するのかな。
確かに。
ちょっと全然話それるんですけど、しかも便器が複数あるんじゃなくて1個しかないパターンなんですけど、
新幹線のトイレ、わかります?
わかります。
すごい、考えた人すごいなって思ってるんですけど、新幹線の小便器って鍵がないんですよね。
あ、そうだっけ。
そうそう、ドアが押し戸になってて入るじゃないですか。入ると背中側を向くじゃないですか。
ドアに対して背中を向くじゃないですか。そうすると、しかも窓があるんで、
外から見ると人が入ってるのが目で見てわかるし、鍵がないけど押し戸なんで入ろうとすると中に人がいるから、
入ってる自分が鍵代わりになるっていう。
わかります?音声で説明するの難しいですけど。
狭いからそんなことが起きないってことですよね。
そうそうそうそう。でもなんか発想がすごいなって思ったのが、
まず中に人がいるのを見えれば人がいるってわかるよねっていうのと、
人が壁になってれば鍵なくても開かないよねっていう。
すごくないですかこの発想。
すごいですよね。鍵が開いてるから突き破ってくる人来ないですもんね。
来ないです。でも確かにめちゃくちゃ合理的だけど、確かに鍵つける必要ないじゃないですか、そうすると。
でも中が見えて鍵がないトイレみたいなことを設計して実装する感覚がすごいなって思ったんですよ。
プライバシーとはとか思ったんですけど、合理的だなって思ったんですよ。
コストも下がるし、確かに要は機能としては満たしてるんで。
意識してはこなかったな。新幹線あんまり乗らないからそこまで鍵のことまで考えてもらわなかった。
前、誰か女性にその話したときに、そもそもトイレに鍵がないってことに驚かれますし、
自分が鍵代わりのおもしになるっていうのにもびっくりされますし、
窓があって中が見える外からみたいなのも結構びっくりされたんで、そうだよねって思いました。
そうですよね。男性の章に対するプライバシー意識の低さがすごい。
人権意識が低すぎますよ、男子トイレ。
ということに端を端して、1、3、5みたいな、運用でカバーしてる状態ですよね。
人権を自分で担保してるみたいな。
そう、運用でカバーって。
でもありますよね、設計とか立て付けが悪くて運用でなんとかカバーしてるんだけど、運用でカバーできてるから誰も問題視しないみたいな。
はいはい、あるな。
それなんて言うんだろう。
プライバシーを自分たちでなんとか確保しようとする草の根運動ってことですね。
うんうんうん。
スケールでけえな。
しょうもないネタだからね、すごいスケールを大きくしてギャップを楽しみたいな。
そうですね。
レジスタンス活動ですよ。
トイレのレジスタンス活動か。
違うか。レジスタンス活動があれですね。
あえて、2人人がいるのに1、3を使うみたいなのがレジスタンス活動ですね。
そうですね。
1、3、5みたいな、2、4みたいな1個開けるのはむしろ保守的ですよね。
体制に問題があるのに自分たちの運用でなんとかそれをカバーし問題がないように扱うっていうむしろ保守的な活動ですね。
じゃああれかな。
こもり保守ですか?
そのパターンをあれですね、徴用しちゃうとこれからずっとそれ使っちゃいますね。
そう、ダメですこれは。
キャッチャーパターンね。
ダメな例。ダメな例です。
あれじゃないですか、ちょっと発想を変えて何かに似てるなと思ったんですよ。
うん。
鴨川。
なんすか鴨川。
鴨川の河川敷にカップルが等間隔にだんだん、別に何か決まってるわけじゃないのに一定の距離をあけて場所を取っていって、上から見たら等間隔に並んでるようになるっていう。
それは人と人のちょうど中間ぐらいに人が入っていくから、綺麗に等間隔になっていくっていう、自然と等間隔になっちゃうみたいなのがあるんですよ。
なるほど。
だからあれだ、僕らが便器を一個おきに使ってるんじゃなくて、便器が僕らのパーソナルスペースの間にあるんですね。
そうそうそうそう。
むしろ。便器の方が悪い。
勝手に等間隔になっちゃうっていう現象だね。
だから自分たちのパーソナルスペースを確保して使おうとすると、本当は1、3、5なのに、1と、だから1、3、5なんじゃなくて、1、2、3なのに、1と2の間にもう一個小便器があって、1.5があるみたいなことですね。
だからあの2、4は0.5なんですよ、1じゃなくて。
1、1.5、2、2.5、3っていう風に捉えると、そりゃそうだよねっていう。
例えばさ、どこかの国とかだと便器なくて、溝みたいになってるとこあるでしょ。
ずーっと横並びになってると、鴨川と同じ状況じゃないですか。
そういうのもたぶん1、3、5みたいなのあると思うんですよ。
距離的にはそうですね。
そう。で、1、3、5埋まってるから2、4に入っていくみたいなこと起こるから、やっぱりそのことなんじゃないかな。
人間って自然とそうしちゃうんじゃないかな。
確かにな。だからパーソナルスペースとパーソナルスペースの間にもう一個あるだけで便器が。
そっちが便器側の問題ですね。使う側の問題じゃなくて。
便器側の距離が近いということですね。
ということで鴨川みたいなもんだと思うんですね。鴨川でお願いします。
鴨川?鴨川のカップルとかですね。鴨川にしましょう。
僕らは鴨川のカップルなんだけど、ただ間に便器が。
便器あるバージョン並んでる。
そうですね。
次いきましょう。
次の問題お願いします。
そうそう。
名前付けた方がいいよねっていうことで、なるほどね。
はい。
確かに。
人を信じすぎてますもんね、悪口って言っても伝わるだろうって。
そうですね。
自分たちが悪口だなって思いながら言ってる悪口ってどんなものかっていうと、
特定の行為とか考え方とかみたいな、
自分で変えようと思えば変えれるものの範囲の中で、
僕らの価値観の中ではちょっとイマイチだなって思うことを、
イマイチだなっていうとか、
好きじゃないなみたいな個人の感想として、
ネガティブな気持ちを表明するとかぐらいのことだなと思っていて、
それぐらいの悪口みたいなのに、もうちょっと名前付けたいんですよね。
そう。
あれみたいなもんですよね。
名前とはちょっと関係ないですけど、
人をパンと叩くと。
ツッコミとされてるっていうのと暴力として全然違うじゃないですか。
そうそう。
叩くみたいなの。
で、悪口っていうのは叩くって言ってるみたいなもんだから、
ツッコミみたいな名前があるといいってことですよね。
あ、そうそうそうそうそうですね。
でもめいめいとかで、たまに悪口ですよねみたいな話してますけど、
その対象になってる人はやっぱ聞いたら嫌な気持ちになるんですかね。
どうだろう。
例えばこの間のだと、電車で足を広げて、
右1.5、左1.5で合計3席使ってる人は、
あれゴリラのドラミングみたいなもんですよねみたいな話したじゃないですか。
あれも悪口ですね。
あれ悪口ですね。
確かにな。
本人はどう?
自覚がある人はそんな嫌じゃないんじゃないですか。
自覚ない人がそういうふうに思われて笑われてるとかなっちゃうと嫌だと思うけど。
やっぱ嫌なんですかね。でもそうか。
多分そういう人にはこのめいめい届かないだろうなみたいなのがやっぱり前提あるんですかね。
前提それはあると思うんです。
これはNHKだったらまずいと思うんですけどね、悪口を。
確かにな。
そうか。
ということは言われてる人は後にしよっか嫌な気持ちになる可能性があるという意味では一緒っちゃ一緒なんですかね。
普通の世間に悪口と。
で、こうやって全世界に発信しちゃってるから、
それはみんなに言っちゃってますよねっていうふうなのが適用されがちだけど、
今のこのご時世でオープンであるっていうことはそんな特別なことじゃないじゃないですか。
公共放送ってさっきも言ったけど公共放送を載せてるわけではないから、ちょっと意味合いが違う。
オープンというだけで別にみんなが聞くものではない。
この中間が生まれたみたいなことが話をややこしくしてると思うんですよ、この時代のね。
Twitter、Xとかの誹謗中傷とか悪口とかも、
届けちゃってるじゃないですか、本人に。
とか引用したりとかリツイートしたりとかして、届けちゃってるみたいなのがすごく問題で、
個人的にそれと言わずに感想として悪口言ってるとかそんなに問題になってない気がするんですよ。
意味悪いじゃなくて好き嫌いの話で、
僕は嫌いですとか僕は迷惑に思いますみたいに言うこと自体は別に誹謗中傷でもなんでもないと思うんですけど、
嫌いですと言われた人は確かにそれを見ると嫌な気持ちになるし、
わざわざ見えるように言ってこないでくれっていうのもわかるはわかる。
だから難しいですよね。
別にその人に届けるつもりなくても見えちゃうとか、誰かがそれを引用するので結局自分が見ちゃうみたいなことで、
直接メンションしたりとか引用しなくても、なんかで目について嫌な思いをさせてしまうみたいなことはあるのは申し訳ないなと思うけど、
でも僕が僕の感想として、僕のスペースの中で言うのは、自由の範疇だよねっていう感じもしますね。
その時に何々さんは?みたいな個人を特定したような、書き方が確かに引用しまいがちょっと特定しすぎてあるけど、
ある程度抽象的なラインで言う分には個人の感想ですっていう感じだから、そこまで言い出せば何も言えないよねみたいな、ポイズンですよ。
みたいなのありますよね。
これがでも、そうだからその時の、なんか線引きもある程度自分たちの中でしとかないと、行き過ぎちゃうとかってあると思うんですよ。
こうやって悪口を楽しんでるみたいなことの中で、勢いがついちゃって、ラインを越えちゃうみたいなこともなくはないと思うんで。
そうですね。
別の概念として扱っといた方がいいなって思う。
確かに。わかるでしょ?ちょっと危険ってことですよね。
うんうん。で、なんだろう。で、どういうタイプの悪口かをもう少し明確にすると、
まずなんか本人が変えようと思えば変えれるみたいな属性っていうかその対象じゃないと、やっぱ差別的だなって思うんですよね。
ある程度その自分が選択的にやっているとか選択的に、まあ選択していることに対して僕の個人の評価みたいなことだと思うんですよね。
なんていうかその、世間一般として正しい正しくないとか、いい悪いとかっていう話をするのもやっぱちょっと違うなと思っていて、
その人が主体的に選択したことに対する僕の評価とか僕の気持ちみたいな範囲での、
それをなんかネガティブに思っているみたいな表明は、悪口だけど、この差別的でも誹謗中傷でもないの反中なのかなっていうふうに自分の中では整理してるんですけど。
どう思います?
うん。違和感なしですよ。
うん。違和感なし。
違和感なし。
違和感なしで、かつ僕たちが言ってるやつは、そこにちょっとだけユーモアを振りかけてる気がする。ただただ、
うん。嫌だ。嫌なんだよね。
って終わってない気がするっていうか。
うんうん。
それをちょっとこう面白いなと思ってみるみたいなところまで進めて、悪口として言ってるというか。
確かに確かに。
ただの不満を言ってるわけじゃないっていうか。不満なんだけど、面白いよねみたいな感じでちょっと言ってるというか。
うんうんうん。確かに。面白がってますね。
そうそうそう。
なんかそういう事象自体を。
うん。
なんでその現象とか事象とかそういう行為みたいなもの自体を、嫌だけど面白がるみたいな、そういう態度ですよね。
うんうん。
この悪口って言ってる時に。
そうですそうです。その態度まで含めてな気がする。
例えば風刺とかはちょっと違うんですよね。
別に正して欲しいとか、誰かにそれを啓発したいとかそういうモチベーションは全くないじゃないですか。
うんうんうん。
観察はしてますよね。
観察めっちゃしてる。
うん。観察はしていて、理解はしたいと思いますよね。
なんかなぜそのような言動を取るのかとか。
でも理解したところで、理解して楽しんでるだけで、何か相手に変わって欲しいとか全く思ってないですよね。
そうですね。期待してない感じに近いかもね。
うん。
それって何なんだろう。
いやでも観察はやっぱすごいポイントで、なんかさっき言ったすごいネガティブな感じの悪口?
相当な主観寄りっていうか、自分がどういう気持ちになったかっていうところを全面的にネガティブな気持ちを表現しがち。悪口というだけ。
確かに。
うん。けど僕たちは観察に結構主観が置かれてるっていうか、もちろん最終的には主観が入ってるんだけど、
でも主はその観察結果とか、相手を理解しようとした結果出てきた言葉だから、なんかちょっとね。
確かに。
適当に言ってるわけじゃないみたいな。不快でしたみたいな、そんな話じゃないっていうか。不快ではあるんだが、なんかこのような根拠が語れちゃうみたいなやつだから。
確かに。なんかあれですよね、ただ共感して共鳴してるタイプの悪口じゃなくて、分析して理解するタイプの悪口みたいな。
そうそうそうそう。分析した結果割とネガティブだったみたいな、なんかそういう。
そうそう、悪口っていう時のネガティブなイメージって、共感と共鳴で象が増幅するみたいなことがやっぱりよくあるじゃないですか。
僕もなんかその手の悪口はすごい嫌で、その場にいるとすごい嫌だなって思うんですけど、
こういうなんか分析的に好奇心を持って、いじるみたいなのは結構楽しいなと思っちゃうんですね。
なんかすごく素敵な営みですからね。
自分たちで言うとダメなやつですか?
営みですよ。
営みですよね。何の営みかというと、まあでも理解する営みですよね。
それをだってさ、無理にポジティブに解釈するのも歪んでるじゃないですか。
そうそうそうそう。
でもあの人はすごい良い人が、良いところがあるからね。良いところがあるかどうかじゃなくて、今この電車で足を開いてるということについて話してるからさみたいな。
その人は悪い人とか言ってないんだって。
それめっちゃありますよね。そういう行為について話してるのに。
いやでもあの人本当は良い人でみたいな。
その話してないって。
その人のことが嫌いとかそんな話もしてないみたいな。
今起こってその行為についてどうかってことを言ったときに、ネガティブな評価をしましたっていう。
それを悪く言いましたっていう悪口だから、すごくね、なんだろうな。
ドライなんですよね。
うんうん。
ベタっとしてないから。
そうそうそうそう。
皮肉ともちょっと違うんですよね。