1. ポッドサイエンティスト
  2. S2E28 肥満の記憶:なぜリバ..
2025-01-23 22:19

S2E28 肥満の記憶:なぜリバウンドするのか

ダイエットで減量しても多くの人がリバウンドすることが知られています。脂肪細胞が肥満を記憶していることを示した研究を紹介します。

https://www.nature.com/articles/s41586-024-08165-7


用語解説ビデオポッドキャスト:

セントラルドグマ

https://open.spotify.com/episode/4GVxT7eRwYm9UM7HsmiKO7?si=kh5HeFMcTIWo--doooZQRA

遺伝子発現

https://open.spotify.com/episode/3p8niq1UoBZxKvNb4suXYo?si=0b-1aOtOTG2wT2WqCBG73g

サマリー

肥満がリバウンドを引き起こすメカニズムについて、遺伝子レベルでの解析を通じて明らかにされている研究が紹介されます。特に、肥満手術後でも遺伝子の発現に変化が見られ、脂肪細胞が肥満の記憶を持つことが示されています。肥満によるエピジェネティックな変化が体重リバウンドの原因の一つであることが明確になりました。研究によって、過去の肥満経験が細胞の記憶として残り、再度肥満になりやすくなるメカニズムが示されています。

肥満と減量のメカニズム
肥満っていうのは、健康上の大きなリスクなんですね。
世界的に肥満の人は多くて、体重を落としたいと思っている人がたくさんいるわけです。
体重を落とす方法としては、食事と生活習慣の改善がまず試みられるわけですが、他には手術や薬を用いる方法があります。
肥満外科手術としては、胃の一部を切除するものや、胃と腸を短くつないでバイパスすることで栄養の取り込みを制限するものがあります。
これらの手術には、多くの場合劇的な効果があって、超過体重、標準体重と比べたときにオーバーしている分の体重の半分くらいは、術後1年間で減量できます。
つまり、余分な脂肪の半分は1年でなくなるんです。
また、薬としてはセマグルチド、商品名ではリベルサスなどと呼ばれるGLP-1作動薬が減量薬として注目を集めています。
もともとは糖尿病の治療薬だったんですが、手術に負けないくらいの減量の効果があることが近年わかってきて、副作用はあるんですが、手術よりは遥かに手軽ですので、よく使われるようになってきています。
で、もちろんダイエットと運動で減量している人はもっとたくさんいるわけです。
ただ、ダイエットをしたことがある人はよく知ってると思うんですが、減量した後その体重を維持するのが大変で、リバウンドすることが多いんですよね。
つまり、減量して痩せた人ともともと痩せている人では、今の体重は同じでも減量した人の方が体重が増えやすいわけです。
それからまだ研究は多くないんですが、薬で痩せた場合もそうみたいで、GLP-1作動薬を使っている間は体重を維持できても、薬を使うのをやめるとリバウンドすると今のところは考えられています。
さらに肥満手術のように物理的に食べて吸収する量を減らす方法でも、一旦減った体重の一部は戻してしまう人も少なくないということです。
というわけで、太っていた人は減量しても元の体重に戻りやすいということになります。
遺伝子発現の意義
単に生まれつきそういう体質であるっていうのもあるかもしれませんが、肥満であったことを体重が落ちた後でも細胞が記憶していて、それがリバウンドを引き起こしているっていう考えがあるんです。
今日は様々な遺伝子レベルの解析を行うことで、脂肪細胞が持つ肥満の記憶について明らかにした研究を紹介します。
ホットサイエンティストへようこそ、佐藤です。
今日紹介するのは、スイス連邦工科大学のローラ・ヒンテラによる研究で、2024年12月のネイチャーに発表されたものです。
この論文では、細胞でどの遺伝子が働いているのかの変化を調べることで、細胞としての状態を見るっていうようなことをしているので、まず今日は遺伝子が働くとはどういうことかっていうところから話していきます。
まず、親から子供へ遺伝情報が伝わるわけなんですが、この実態は長いDNAなんですよね。
DNAにはたくさんの遺伝子があって、人だと2万個ぐらいあります。
このDNAが読み取られて、DNAとよく似たRNAっていうものができて、その情報を元にタンパク質が作られます。
これを遺伝子の発現と言います。
この2万種類ぐらいあるタンパク質が働いて、生物の体、細胞が働いているわけなんです。
でもすべての遺伝子がいつも働いているわけではなくて、どの遺伝子がどれだけ発現しているのかは細胞ごとに違うんです。
だから筋肉の細胞、神経細胞、免疫細胞とか、細胞ごとにそれぞれ2万個のタンパク質のうちのどれが作られるかが違っていて、それが細胞としての機能の違いを生み出しているんです。
どの細胞でも持っているDNAは同じなんですが、DNAのどこが発現しているかっていうのの違いが細胞の違いを生み出すんです。
また同じ細胞であっても、発達の過程で発現する遺伝子が変わっていきます。
脂肪細胞だと、まず脂肪全区細胞っていうのができて、それが脂肪を蓄える能力を持つ脂肪細胞に変化するんですね。
そういうふうに性質が変わるのは、発現している遺伝子群が変化するためなんです。
じゃあどのようにして細胞ごとに発現する遺伝子が変わるのかなんですけれども、これを決めているものの一つがDNAの立体的な構造の変化です。
そのDNAはものすごく長い紐みたいな分子なんですけれども、ヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付くことでコンパクトな構造になっています。
だからヒストンっていうのがたくさんあって、これが糸巻きの芯みたいなものなんですね。
このヒストンにDNAが少し巻き付いて、さらにその先は別のヒストンに少し巻き付いてっていうふうにどんどん繋がっているんですね。
こんなふうにヒストンにDNAが巻き付いているんですけれども、この巻き付きが緩い場所ときつい場所があるんです。
でも、巻き付きがきつい場所っていうのはDNAからの情報の読み出しがしにくいんだけど、巻き付きが緩い場所では読み出しやすいっていうことになるんです。
その結果、よく発現する遺伝子とそうでない遺伝子があるんです。
しかも、DNA上の巻き付きがきつい場所と緩い場所がどこであるかが細胞によって違うんです。
その巻き付きのきつさっていうのはヒストンの状態によって変わるんですけど、どの場所のヒストンがどういう状態になっているかっていうのが細胞ごとに異なっていて、それが最終的に細胞ごとの遺伝子発現の違いに寄与しているっていう形になります。
こういうふうなDNAの配列の変化ではなくて、DNAの状態が変わって遺伝子発現の変化が起きることをエピジェネティックな制御と呼びます。
最近では細胞が持っているDNAとかRNAの配列をすべて読むっていう手法が一般的になっていて、どの細胞ではどの遺伝子が発現しているのかを調べることができますし、DNAのどの部分が緩んでいるのかとかをすべて明らかにする方法も開発されて使われるようになってきています。
さらには、これを単一の細胞について行うことが可能になってきていて、今回の論文ではそのような技術を使って細胞の性質の違いを解析しています。
では、研究の中身に入っていきます。
まず、人の死亡組織での遺伝子発現を解析しています。
死亡組織だと、生献といって生きている人から少し組織を取ってくることが可能なんですね。
そのサンプルの採取を肥満外科手術を行う前の肥満の状態の時と、手術をして2年後の体重が減った後について行っています。
さらに、もともと太ったことのない標準的な体重の人のサンプルも採取して比較を行っています。
ちなみに、この研究のためだけにこういったサンプルの採取をしたというよりは、別の複数の研究からサンプルを分けてもらったという形です。
調べた人数が20人程度です。
この結果ですが、まず痩せている人と手術前の肥満の人では、死亡細胞での遺伝子の発現に変化が見られました。
だから、肥満の人と痩せている人では遺伝子発現が違っていて、少なくとも一部は肥満のせいでこの違いが生まれていると考えられるわけですね。
注目すべきなのは、手術後で体重が落ちた後でも多くの遺伝子についてこの違いがそのままだったんです。
つまり、体重が落ちても、死亡細胞の遺伝子発現は体重が落ちる前と似ていて、痩せている人みたいにはなってなかったということです。
つまり、細胞レベルでは、肥満だった状態が記憶されていたというふうに考えることもできます。
ただ、人での結果は、実験上の制約から他の解釈もあるんですね。
遺伝的・環境的に多様な人間のデータですから、肥満以外の要因の影響の可能性も残されているわけです。
マウス実験からの示唆
そこで次に、マウスの実験をしています。
マウスの場合は、遺伝的に大体同じ個体を使って、生育環境も同じにして、純粋に食事とそれによる肥満の影響を調べることができます。
具体的な条件としては、脂肪の多い食事、高脂肪食をずっと与えて太らせたマウスと、通常の食事だけをずっと与えた太ってないマウス。
さらに、高脂肪食で太らせた後に、通常の食事を与えて減量させたマウスという3種類の比較をしています。
一旦太らせてから痩せさせたマウスですが、体重も落ちているし、血糖値など健康に関する指標も大体元に戻っていたということでした。
だから、ずっと通常の食事をしていたマウスとパッと見は同じであるというわけです。
これらのマウスについて遺伝子の発現を調べたんですね。
その結果は、まず、肥満のマウスと正常なマウスでは脂肪細胞での遺伝子発現の違いが見られるということが分かりました。
太ってから減量したマウスですが、肥満のマウスで見られた変化の多くが維持されていたという結果でした。
だから、もう痩せているのに、遺伝子発現は一部肥満のマウスのようだったということです。
この結果というのは、人の場合と大体同じだったというわけなんですよね。
しかも、実験条件を揃えたマウスでもそうだったというわけなので、
肥満の記憶とエピジェネティクス
食事の影響だけで遺伝子発現の変化が起きて、それが痩せた後も維持されるということが示されたわけです。
マウスでは、さらに詳しい遺伝子の解析ができますから、
DNAの状態を調べる解析もやっていて、先ほど話したDNAの緩みの状態などを解析していったんです。
しかも、高脂肪色を与える前に脂肪細胞に目印をつけておくことで、
もともと存在していた細胞が変化したかというのを追っていったんです。
さまざまな解析をしているんですけど、結論としては、
一旦太ってから痩せたマウスの細胞では、太った時のDNAの状態が残っていて、
もともと痩せていたマウスのような状態には戻っていない。
肥満の記憶がDNAの構造として残っているということがわかりました。
さらにこのような変化は、新しい脂肪細胞が生まれて起きているわけではなくて、
もともとあった細胞の状態が肥満によって変わって、
それが減量後も残っているからという点も明らかになりました。
というわけで、肥満が脂肪細胞にエピジェネティックな変化を起こして、
DNAの状態が変わるんだけど、痩せて健康状態が回復した後も、
脂肪細胞の中には記憶として残っているということが示されたわけです。
最後に、一旦肥満を経験したマウスは、ずっと痩せていたマウスとどう違うのかを調べる実験もしています。
まず、これらのマウスの脂肪細胞を比較しているんですけれども、
肥満を経験したマウスの細胞は糖の吸収が増加しているということでした。
脂肪細胞では糖から脂肪が作られますから、
脂肪が増えやすいということを意味している可能性があります。
さらに、マウスに再び高脂肪色を与えた時の体重の変化を調べるということもしています。
つまり、肥満から減量したマウスと、元々痩せていたマウスに高脂肪色を与えて、
太りやすさに違いがないかを調べたんです。
その結果は、一度肥満だったマウスの方が、高脂肪色によってより体重が増加していました。
その、元々痩せていたマウスと一度減量したマウスの違いは、
過去に高脂肪色を与えて太らせていたということだけなんですよね。
それでも、次に高脂肪色を与えた時の太りやすさが違うっていうことは、
最初の肥満の記憶が残っていて、それが太りやすくしている、リバウンドしやすくしていると考えることができます。
研究の意義と今後の展望
ただ、注意すべき点として、実験がここまでなので、
肥満によるDNAの変化が太りやすさの原因であるかについては確認ができていません。
因果関係を明らかにするためには、DNAの変化に手を加えて、
それで体重の変化がどうなるか、みたいな実験をする必要があるんですね。
さて、この研究の意味するところですが、
一旦肥満になると、細胞にエピジェネティックな変化が起きて、それが維持されているので、
これがリバウンドする理由かもしれないということです。
そうであれば、これを人に当てはめると、
ダイエットした後にリバウンドしてしまうのは単に意思が弱いからといった問題ではないということになると、
医者らは指摘していました。
さらにもう一点重要な示唆があります。
記憶といえば、脳での神経細胞による記憶や、免疫細胞による病原体の記憶がよく知られています。
しかしこの研究では、
死亡細胞もある種の記憶をしているということが示されたわけですし、
このようなエピジェネティックな遺伝子発現の記憶は、
どのような細胞でも起こり得る仕組みですので、
すべての細胞が記憶する能力を持っている可能性があります。
細胞レベルでエピジェネティックな変化の全容を調べる手法は最近開発されたもので、
今後はこのような手法を用いた研究がたくさん行われることになります。
そうすれば、他にもいろいろな細胞で様々な現象について、
エピジェネティックな記憶が働いていることが明らかになっていくのかもしれません。
今日のエピソードは遺伝子発現を解析した研究の話でした。
遺伝子発現とは何なのかについては本編の中でも話していましたが、
この点について解説したビデオを以前公開しています。
もし今回の説明では分かりにくい、あるいはもっと知りたいという方は、
そちらも見ていただければと思います。
このビデオがSpotifyのビデオボトキャスト形式だったので、
Spotifyアプリであればそのまま動画を見ることができます。
これらに対するリンクは今日のエピソードのショーノートに載せておきますので、
興味のある方はぜひ見てみてください。
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後までお付き合いありがとうございました。
22:19

コメント

スクロール