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2022-11-25 17:53

【番外編 #004 / 江川海人さん④】江川さんが取り組んでいる「街づくり」と「アーティスト活動」とは?【みんなの才能研究所|みんラボ2】

■今回の内容【毎週金曜日/朝5時放送】

今回は、江川さんが現在取り組んでいる「街づくり」と「アーティスト活動」について、より詳しくお話しいただきます。
才能研究者のたかちんこと佐野貴がお送りします。  


■江川 海人さん HP

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みんなの才能研究所2、前回の続きです。
やっぱり伝えたいのは、ちょっと具体な話をすると、この自分自身が同性愛であることって、ものすごい自分の人生、自分のアイデンティティに影響を与えていて、
これはみんなを一話、二話、三話聞いて、欲求に結びついているというのもすごくあるし、欠乏という根拠の話もあるし、だからこそ伝えたいなと思っていて、
よくある自己解釈に対する受け入れ方として、例えば、デイです、ベースです、バイデイですって伝えたときに、
何も君に対する見方が変わらないよっていう肯定の仕方。
それって自分にとってはマニュアル的だなと思って、そういう答えが求められているからこそそう言ってるんじゃないかなと思ってたんだよね。
っていうのも変わって当たり前だし、変わらないとおかしいし、すごい不自然だなって思うから。
っていうところの不自然感っていうのが、自分が伝えた方がいいと思うところにあって、通じていて。
っていうのも、自分がデイであることっていうのは、自分のアイデンティティの中でパーセンテージって考えると、5%とか2%とかかもしれないけれども、
でもそのパーセンテージって絶対独立したパラメータの蓄積じゃなくて、お互い干渉し合っているパラメータの蓄積だから、
だからその2%、3%を共有することで、他の98%、97%に関する理解にもつながるというか、
だからそこを開示することで、自分自身を大きく理解してもらうことにものすごい寄与するというか、ものすごい貢献するから、
だから特にこの人には自分を理解してほしい、理解しないままこの世からいなくならないでほしいとか、別れたくないって思う人には、
自分はより積極的に自己開示したいし、自己開示することでその人たちの関係っていうのがより豊かになってくるなっていう風に、これまでの人生ですごい深く感じてる。
わかる。すごくわかる。
僕も人に言えない人生を生まれつき経験してることがたくさんあるから、人に言えないって言ってもいいんだけども、当時は言えなかったなと思うことがたくさんあったから、
そういうことを自己開示して、いなくなっちゃったらいなくなっちゃってしょうがないかなと思うんだけど、
大事な人ほど自己開示しないと、2年目とかに伝えて失った時の恐怖ってすごくない?
早く伝えといたほうがいいよね。1日でも早く。
さっき言ったように、見方変わらないよっていうのは確かに嘘だなって思った。
何かしらは変わってるなって思っていて、僕からすると聞くと解像度が上がるなっていう感覚がある。
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今までの行動がすべて説明がつくなって思ったりする。
やっぱりそういう意味で見方が変わってるんだろうなと。
見方が変わらないよっていうメッセージは優しさもあるんだろうなって思いながらも、使っちゃうことはあるなって思った。
でもそれがそういうふうに感じさせてしまうことがあるんだなって新しい発見はすごいあった。
無意識レベルで使ってたから僕も結構見方変わらないよって言葉は、実際確かに変わってて、
でもネガティブに変わることはないんだよね。
ポジティブに変わるどっちかっていうと。
そうだね。自分の今の発言っていうのはちょっと尖ってたかもだけど、
でも事実としてそうかなって思ったから伝えた。
すごい人間理解が高かったよめちゃくちゃ。
自分がゲイっていう仮想的なコミュニティに属していて、集団に属していて、
その前の人たちの思いを聞くとやっぱり見方は何も変わらないよ。
これまでと何も変わらないよって言ってもらえてものすごく安心する人がいるのは事実だし、
その発言っていうのが絶対に改めて絶対にその人たちが優しさからこの言葉を投げかけてるっていうのを考えると、
それに対して批判っていうのは全くなくて、ただそれって事実ごにんだよねっていうのは自分として感覚はある。
でも優しさから聞けるし、その言葉を求めてる人も事実いるし、
かつそれで救われて、それで人生前に進める、このまま自分はやっていける。
このアイデンティティで生きていていいんだって思われる人は本当に下手したら何千万人っていると思う。
そうだよね。
なんか自分のアイデンティティを話すってやっぱいいな。
なんかそれもアーティストだよね、アートの活動だよねさっき。
さっきというか前回話していたことだけどさ、それを表現することでその人の世界観ってどんどん解像度が上がっていくから、
それわかるなぁ。
あとさ、ごめん、一番最初に言ってくれてた、死ぬまでのビジョンが見えてきた。
3ヶ月ぐらいのビジョンはどんなものなんだろう。
前回のエピソードで話をさせてもらった、今やっているアーティスト活動としてのミトさんの内容もちょっとまたお話を聞かせてもらえたら嬉しいなと思っています。
そしたら2つに分けて話す。
ちょっと前半は都市計画、まちづくり屋さんとして、後半はそのアートとして、もっと広い自分の世界観だったり生き方だったりっていう話がしたいなと思って。
初めの前半の都市計画まちづくりの方は主にはちょっとだけ背負うようになっちゃうけど、コミュニティデベロップメントっていう部分の分野をより深く追っていきたいなと思っていて。
もちろんまだまだ本当に計画策定だったりビジョン策定という部分の技術っていうのは未熟であるけれども、それと同時に創造効果の部分としてそのコミュニティデベロップメントっていうのを攻めていきたいなと思っていて。
日本語で言うとコミュニティ開発かな。
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コミュニティ開発というのは地域、特定の地理的な制約で人間というのはある特定の地域に集中して生活したり、もしくは社会的な要因で集中して生きていくわけで、そこでコミュニティっていうのが形成されていって。
仮想的空間のコミュニティは一旦置いておいて、そういったもののコミュニティっていうのの開発っていうのを行っていくことで、その技術だったり能力だったりっていうのもあるし、経験っていうのも同時にものすごくついていきたいなっていうのはここ3ヶ月と思っていて。
もう少し踏み込んでいると、自分はコミュニティ開発っていうのは対話設計だと思っていて、ちょっと対話っていうところに本当はコミュニケーションっていうので視覚的な対話だったり、そういうのも含めて話したいけど、その対話の設計だなと自分はコミュニティ開発を捉えていて。
ものすごく格論で言うと、例えば公演をリデザインしたい、もう1回これを作り直したいと思ったときに、いろんなステークホルダーがいて、いろんな利用者がいて、いろんな設計者がいて、その人たちがどうやってコミュニティとして意思決定をするかってなったときに、絶対にそこは対話が中核に、要素として存在しているだけじゃなくて、中核に存在していると思っていて、その対話をどういうふうに設計できるかによって、そのコミュニティ開発、コミュニティディベロップメンテナンスっていうのができる。
コミュニティディベロップメントの質が変わるなと思っていて、そこの対話設計っていうものをものすごく突き詰めたい。ものすごく分析じゃなくて、全体として見たいというか、その対話の瞬間に自分が居合わせて、その全体を感じていたい。
その自然そのもの、そのコミュニティそのものを感じていきたいというふうに思っている。これはちょっと起業している方でのプロジェクトの話で、対話っていう場面を、場を規定したり、もしくはその対話っていうものをより良いものをするために、どういった仕掛けが必要なのか、どういったステークホルダーが必要なのかっていうのを、ここ3ヶ月、もしくは今日、明日、明後日とか本気でやっていきたいなと毎日思っているのが、都市計画、まちづくりの方での質問です。
自分のビジョンかな。もう一つのアートの方では、自分はいろんな出来事があって、その蓄積でものすごく熱が高まっていて、このアートに関しては、自分のアイデンティーだったり、自分のこれまでの流れっていうのを考えたときに、このアートっていうものにもっともっと真剣に誠実に向き合いたいなと思っていて、
かつ、それを通していろんな人と繋がっていきたいし、いろんな人と影響し合っていたいなと思っていて、これが新しく感覚セッションっていうものを自分の中で作ったというか、磨いているところで、感覚セッションというものを磨いていて、その感覚セッションっていうのは大きく分けて3つのパートがあって、すごい説明みたいになっちゃうけど、
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これすごい面白いなと思って。
これまでの話と、思い返すとものすごく密接に結びついていて、
はじめに体との対峙っていうので、台としては面、表との対峙っていう台をつけているんだけど、その人の肉体と向き合いたいなと自分はまだ思っていて、ここでさっきの影響し合いっていう部分があるんだけど、その人自身の肉体っていうものに自分はものすごい他の人以上に価値を感じているなと思っていて、
世界一般の哲学でいうと機械論じゃないけれども、人間ってものは機械であって、それが動き出すことで全体が生まれて、機能もしくは性質っていうものが生み出すっていうのを自分はある一定度、ちょっと一部納得しない部分はあるけど、でもある一定度信じていて、その感覚で言うとその人の肉体っていうものと向き合うことっていうのが、自分はその影響し合いセッションの一番初めにやることだなと感じていて、
個別でいろんなパーツを人間は持っているじゃないですか、その瞳だったり口だったり手だったり足だったり、もしくは表層に出ていない心臓だったり、あとは吐息だったり、吐息っていうとその人から出てくる水蒸気とか、あとはその人が持っている体温、あとは髪の質、音、いろんなその人がどういう形態で外に出しているか一回どうでもよくて、その人が自分に対して映し出してくれる。
映すって言うと視覚的だけど、弟も全部含めて、そういうものをすべて自分が体験する、全体として体験する。
写真とかで切り抜いちゃうと個別になっちゃうから、そうじゃなくて、生きている、その目の前で今、心臓を鳴らして血を巡らせているその人に向き合いたくて、その人を表の対峙をまずして、その人を全体として機能させている機械というものに、マシーンというものにじっと見つめ続けたいし、
目を逸らすということもしたいし、その人からまた見つめ直すということもしたいなっていうのが、まずその感覚セッションの一つ目にあって、その上でその先にあるものを見たいということで、その裏との対峙っていうのを2つ目でしたいと思っていて、したいというかすることになっていて、
裏っていうのは、心っていう感じの別の読み方で裏っていうのもあるし、他にもその心っていうのを裏として捉えたり、もしくは裏っていうものを心として捉えるっていう感覚っていうのは、日本人的にはものすごく文化的に根付いているから、皆さん納得いくんじゃないかなと思うけど、そういった感じで、自分はその表、顔とか、
肉体とかそういうものが裏に、そういう精神的な肉体じゃなくて裏に精神が宿っていて、その精神に向き合うことが、それを人間の肉体という個別、それぞれの個別を全体で楽しめるつなぎ手というか論理だなと思っていて、その裏と自分は対峙したくて、2つ目に裏との対峙っていうセッションを設けていて、ここでは言語的コミュニケーションもそうだし、
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非言語的コミュニケーションもそうだし、いろんな即興的で、その日でしかできないような、その人のアイデンティティを深くさらけ出して、そのさらけ出し方っていうのは意図的、非意図的と混ざってるかもしれないけど、そういうのをセッションを通してやってもらうことで、その人の精神、肉体じゃなくて精神というものに触れることができるなと思っていて、
それって肉体とは違くて、肉体ってものすごく自然的だけれども、精神ってものすごく不自然的で、いびつな状態でここに存在することが多くて、自然にすごく整った思想、すごく整った精神ってものすごく限られてて、もしくはないと自分は感じてしまうことで、
だからそのいびつなもの、自然なものっていうのも世界に絶対存在するっていうのが自然な姿だと逆に自分は思っているから、だからまずはじめにその肉体的な表との対峙を含め、その次に裏との対峙っていうので、その先に見えるもの、その先で揺らがれるもの、その先でぐちゃぐちゃに溶けあってドロドロになって、言葉にはできない因果律だったり、整ったもの、時間軸の中で説明できないようなものを自分は感じ取って、
それを作品に絵として落とし込みたいなと思っていて、
3つ目は沈黙っていうことで、自分が1ヶ月か2ヶ月くらい制作実感をもらって、思ったとの対峙との対峙を経た後に、ひたすらひたすら自分が制作して、作品を仕上げて、最後は絵としてお届けするっていうのを感覚セッションとしてやったんです。
その絵としてお届けするっていうことを、ただその絵としてお届けするっていう言葉の以上の価値があると思っていて、自分がその表現をお届けするっていう、届けるっていうことに自分はいいという重要性をかなり置いていて、
その1つのレンズによって映したものを、ひたすら解像度高めで、もう本当にミリ単位で渡すっていうことが、その人の人生を前に進める何かの手立てになるんじゃないかなと思っているんだよね。
で、それをもしできたなら、それ自体がまず自分にとっても嬉しいし、影響し合いっていう面で考えると、それが自分自身にとってもものすごくインスピレーションになるし、燃えるというか、本当に燃焼する自分自身が感覚だなと思っているので、
その最後にその制作時間で注目ということで、ひたすら悩んで悩んで悩んで、自分の中で何かしら答えというか、答えた何かしらの形っていうものを作るわけだから、答えを最終的に出して、最後それを見てもらって影響し合うっていうので、3部構成で感覚セッションっていうのをやってます。
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いや、すごいわ。これ全部やってくれて、1日2日ぐらい対面セッションして、表と裏を見てもらって、1日かけて待って制作してもらうっていう感じなんだよね。
はい。
すごいね、このセッション。
だから、ご依頼してもらう人には1日空けてもらわないといけないんで、ちょっとそこは負担かもなるけど。
全然負担じゃないでしょ。だってほら、後2日ぐらい休みだったりとかするし。
確かに。
そこで会話してくれて、やばいね。自分の内面と表と裏が絵に和らわされるって何とも言えないね。
うん。
すごいことだな、これ。どんぐらいの絵を描いてくれるの?
それも相談できたらなと思ってて、多分絵って結構語る場所によってサイズ感、要望があると思うから。
だから、本当にキュッと壁の中に収めたい人とかは4号とかにして。
でも、ただ絵自体が4号でも、楽奏すると結構6号とか5号くらいになっちゃったりするんで。
だから6号とか4号とか10号とかでもいいし、そういう絵で楽奏でグッと一丸大きくなるみたいなサイズ感の印象で。
なるほどね。10号ってサイズどんぐらいなんだろう。あ、でかいね。調べたら結構でかいわ。
10号。
かっこいいわ、こんなのバーンって家にあったら。
10号は結構大きい。
いいね。そっか、そういったことをやってくれるわけですね。じゃあちょっとこれは概要欄に貼っときます。
はい。
ありがとうございます。ミトさんの深掘りを僕ががっつりまだできなかったからちょっと悔いではあるけど、深掘りをしなくても解像度が高いから、ほぼほぼ質問せずにしゃべってくれたなという感じです。
僕が知っているミトさんはこれだけじゃないので、違う面のミトさんをまたどこかでご紹介できたら嬉しいなと思うのと、今後もまたこのMinLabに限らずいろんなところでミトさんをご紹介できたらなと思うので、リスナーの皆さんもミトさんをですね、追っていっていただければなと思います。
はい、よろしくお願いします。
これはちなみにミトさんのホームページのコンタクトから連絡すればいいのかな。
はい、ぜひコンタクトから。感覚セッションのご依頼もこちらのコンタクトからメールアドレスが貼ってあるので。
わかりました。じゃあそこからいきたいと思います。
はい。
そしたらMinLab2の初のゲスト、ミトさんでした。本当にありがとうございました。
ありがとうございます。楽しかったです、2時間。
楽しかったです、本当に。これからも才能爆発して生きていってください。
はい、ありがとうございます。
本日ありがとうございました。
ありがとうございました。
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