エミリーの留学決断
はい、皆様おはようございます。このラジオでは、片付けコンサルタントのまっちゃんが、自分の日常を好きになるための片付け、シンプルライフ、日々の学びについて、ほぼ毎朝10分お話をしていきます。
掃除や片付け、朝活のお泊り、ぜひ聞いてみてください。はい、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日のポッドキャストと次回のポッドキャストは、連続でゲストをお呼びして収録したものを流します。
ちょっと前に、友人のエミリーさんとお話をして撮ったものを流そうかと思うんですけど、
なんで彼女に今回出てもらったかというとですね、彼女は私とそんなに年が変わらない、30代前半なんですけれども、
今海外に行ってね、新しいことにいろいろチャレンジしてて、私も友人、一友人として、
彼女のチャレンジとか、日々の変化とか、日々の
楽しいことだけじゃないけど、いろんな経験とかを聞いてね、勇気をもらえるので、彼女の話を、彼女を呼んだら、このポッドキャスト聞いてる方も、
なんかこう、頑張ろうとか、なんか勇気もらえるんじゃないかなと思って、ちょっとお呼びしました。
ちょっといつもより長いですが、聞いていただけると嬉しいです。はい、では本編へどうぞ。
はい、では今日のゲストの、私の友人のエミリーさんです。エミリー、今日来てくださってありがとう。
まっちゃんのラジオを聞きの皆さん、こんにちは、エミリーです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。エミリーはほぼ私と同じ、同い年だよね。
はい、同い年です。同い年で、最初ちょっと言ったんだけど、今ね、カナダのトロントに留学してるんだよね。
うん、カナダのトロントに留学してます。
そう、で、私らの台で留学する人って、まあまあ少ない方だと思うのね。
ワーキングホリデービザももう使えない、まあカナダは使えるかな?使える?
カナダはギリギリ使える、私たちの年で一番最後の使える年代なのかな。
あーギリギリないよね。なんかそれぐらいやし、なんかワーキングホリデービザで留学する年代、
よりちょっと上でね、周りが結婚したりとかさ、子供生まれとか生まれたりとかさ、仕事もある程度続けてキャリアができたから、
今更なんか海外に行ってどうのこうのとか、やる人ってちょっと少ないと思うんだけど、なんかその中でも仕事を辞めて、
長年行きたかった留学に行って、で今私は畑から見て友人として、なんかこう
なんだろう、華やかなだけじゃないじゃんね、外国に住むってさ、その中でもなんかこういろんなことにチャレンジしてて、
楽しみながらも苦しみながらも頑張ってるエミリーを見るとね、すごい私はね、いつも励まされるから、なんかその
エミリーさんをね、みんなに知ってほしいなと思って今日勝手に連れてきた。 ありがとうございます。おっちゃんはもうあの
私がこっち来る前から知ってるし、あの一部始終、全部実況みたいな感じでね、毎回毎回まっちゃんに報告したり話したり、
なんかいろいろあった時には、まっちゃんこんなことがあったってすぐ言うから、多分私がトロントに来てからのことをほぼ知ってるよね。
知ってるもんね。知ってる知ってる。知ってるし、なんかエミリーをさ、数年前になんかこう起業しようって思ってる人たちが一番最初の一歩を踏み出すためのこう集まりみたいなところで知り合った仲間なんだけど、
その時はさ、日本にいたじゃん。うん。いたし、なんかなんだろう、留学したい行くってすぐさ、こうポンって言ったタイプではないじゃん、いい意味で。
留学前の思い
うん。だからその辺のさ、なんか、みんながそんなん簡単に生きるわけじゃないよっていう葛藤もさ、乗り越えてさ、行ってるわけじゃんか。
うん。確かに結構準備期間で言うとすごい4年くらいかかってるから、長かったかもしれない。
うんうんうん。まずエミリーってさ、エミリーっていう名前で私らの中では愛称として呼んでるんだけど、エミリーにした理由って、なんか前チラッと聞いたんやけどさ、なんやったん?
そうだよね。なんか、もともと私たちが出会う前の場所で、なんかこう会社員をしてたんだけど、日本で東京で会社員をしてて、で、ちょうどその時がコロナになった時だったんだよね。
あーそっか。確かに。
うん。始まった頃で、なんかこうすごく在宅にシフトしたの。私の会社も。で、その時になんかすごいこうちょっと多分コロナの時期で、その前は営業だったからすごい急が、割り比較的忙しくて、仕事もやることがたくさんあったりとか、考えることもたくさんあったり、なんか会社から言われることもたくさんあったりとかして、
で、急にポンって在宅でコロナになって時間ができたから、すごい自分と向き合う時間みたいなのがすごい増えた時だったのね。2019年くらい。
うん。で、その時ってちょうどなんか私も自分のことでいろいろあった時期で、失恋したりとか、なんか家族のことで悩んだりとかしてたりした時期だったから、なんかこういろんなことに、なんかすごいなんだろう、自分の人生にとはみたいなこと考える時間だったのね、その時が。
うん。
で、あのその時にちょうどネットウィックスのエミリー・インパリっていうドラマ、あの知って見始めて、もうめっちゃハマったの。
面白いよね、あれね。
面白い。
そう。で、それを見た時に、なんかその主人公、話のあらすじ簡単に言うと、アメリカ人のエミリーが、なんかフランスっていうもう全然違う文化のところに行って、なんかその新しい文化とか、新しい人とか環境とか仕事っていうものに揉まれて、なんかすごいパリに魅了されて、で、そのマーケティングの会社で、めっちゃこう楽しそうに仕事してるし、
恋愛も、なんかこう、日本だったら、え、アラサーなのに?って思う、あの結構主人公のエミリーは、破天荒な振る舞いをするから、私にとってそれが結構衝撃だったっていうか、
すごい破天荒だよね。
そうそう。でも、なんか本人は全然後悔はしてなくて、すごいそういう状況も楽しんでて、で、そういう姿を見た時に、なんか私自分のことを抑えてるのかも、みたいな多分感情が無意識にあって、で、そっからもっと自分らしく生きたいなとか、あの、もっとプライベートも楽しみながら、なんか仕事も楽しみながら、
なんか、この、日本だと20代後半の女性はこうすべき、みたいなところを外れて、なんかもっと人生楽しめる人になりたいなと思って、エミリーみたいになるって決めて、で、その時は何から始めたらいいのかわからなかったから、
ブログみたいなのを始めて、とりあえずなんか、その時、多分ブログ収入とか、そういうのが流行ってた時期だったから、そういうふうに、こう、なんか、自分で、なんか違うキャリア形成してみたいと思って、そっから始めた。なんか、その時はもう全然、なんか、仕事につながるとか考えてなかったんだけど、そういうふうになりたいって思って、なんか、そこまで諦めないぞっていう気持ちで、なんか、エミリーっていう名前で、
ブログを一番最初に投稿したっていうのが始まりだった。
そうなんやね、なんか、それが一番最初やったんやね、その、なんだろう、その一般企業に、結構、結構ちゃんとした企業にお勤めだったじゃないですか、エミリーさん、私も知ってる会社だったんだけど、なんかいつもお世話になってますみたいな。
そうそうそう、そう、に勤めてて、それが一番最初の、なんか、それプラスで何かやってみようっていうことだったんだね、そのブログが、そのブログって最初何書いてたの、エミリー。
最初は、なんか、一番最初の投稿は、なんかあの、私美容系が結構好きだったから、なんか美容ブログにしようと思って、なんかとにかく興味のあることをね、アウトプットする場所にしようかなと思って、なんかコスメのレビューを書いたり、あと医療美容の体験レビューを書いたりしてたの。
あ、そうなんだ。へー。全然知らんかった。
そう。
すごー、なんか今でもさ、そういうメルマガ的な文章でね、自分の何かこう思いとかをこう、何て言うんだ、何か過剰書きじゃなくて、思いが乗った面白いあの漢字の文章書くのがさ、上手じゃない?
ありがとうございます。
そう、なんか読んでてね、小説を読んでるような感じだから、エミリーが書いた文章って。小説もどっちかで言うとこう、しんみりした小説じゃなくて、こう、なんかちょっと漫画寄りのキャッチーな感じの、あの内容でね、いつも読むとね、あの面白いなと思うんだけど、ちなみにエミリーはその時は留学したいとか、そのエミリーみたいに、例えば、
今言ってるのはパリじゃないんだけど、そういう外国に行って生活したいな、みたいなことを思ってたの。
そうそうそうそう、もともとエミリー・パリを見るときから、見る前から海外に行きたいという気持ちはずっとあったの。
なんか、なんでかって言うと、その私、その思春期というか幼少期を過ごしたのが中国だったから、結構、その中国、その時の中国、香港と上海だったんだけど、特に、その小学校時代、幼稚園から小学校まで過ごした香港って、あのイギリス変換期だったから、すごいアジアとヨーロッパみたいな、その混ざった雰囲気だったのね。
英語を使うし、なんか、雇用語が英語だったし、すごいマンションの住んでるところには、なんか、同じ階に、ロシア人の人とかがいたり、みたいな、結構、そういう場所で、
えっと、その学校がインターナショナルスクールも併設されてて、なんか、交流会がそのインターナショナルスクールの子たちと定期的にあって、みたいな、常にそういう環境だったから、なんか、その体験がすごい私の中で、結構、楽しかったっていうのがあって、また海外に住みたいなっていう気持ちで、ずっと日本に帰ってからもそういう気持ちがあったんだけど、
なんか、じゃあどうやって海外に住むのかとか、あと、そう、一回留学には、その後大学時代に行ったことはあったけど、なんか、何を目的にするのか、みたいなところがなくて、で、なんか、やっぱずっと悩んでたかな、会社員自体は。
うん。
お母さん、大学の時は確かイギリスに行ってたんだよね、訪問して留学に。
そう、イギリスに、大学時代は1年間休学してたんだけど、その時、結構、お金がかかったから、半年バイトして、半年、語学留学って形でイギリスに行ってたんだけど、やっぱり、帰ってからも、あの体験楽しかったなとか、海外だと、なんか、結構、よく分からないけど、なんか、自分の言いたいことを言えたりとか、周りのことを気にせず、なんか、結構、のびのび暮らせてたな、みたいな。
暮らせてたな、みたいな気持ちがどっかにあって、なんか、ちょうど会社員に入ってからは、結構、こうね、上司と、あの、あの会社の、なんか、こう、板挟みっていうか、そういうところで、なんか、結構、もやもやするところが多かったんだよね。
留学の動機
例えば、自分の意見を言った時に、なんか、すごい否定されたりとか、あとは、なんか、こう、がが強いっていうふうに言われて、なんか、自分の意見を持つのって、あんま良くないのかなとか、逆に自分を押さえて、なんか、こう、なんて言うんだろう、あの、空気を読んだりした方が、うまくいくことが多かったけど、私はなんか、ちょっとそういうの苦手だな、みたいなところとかを気づいた時に、
そう、なんか、もしかしたら、みたいな、海外っていうところに、なんか、その時は、こう、つながって、逃げみたいな気持ちもあったかわかんないけど、つながったっていうのはある。
うん。なんか、それからさ、結構、今回留学するまでさ、あの、ちょっと年数があるじゃないか、会社に入って、多分、会社に入った時もさ、エミリーって、私は外国とのつながりがある部署で仕事したいですって言ってた、すごい新人だったじゃない、私その話聞いてさ、かっけえなと思って聞いてたんだけど。
すごい、すごい新人かどうか、ちょっと微妙なんだけど、その懇親会の新入社員歓迎会の時に、社長に、その時の社長にね、私、海外に行きたいんです、みたいなのをすごい言ってて、もうなんか、入った時から、私は海外に行きたいですって言ってた時から、私は海外と日本の架け橋になります、みたいな、本気で言ってたの。
多分、なんか、そういうの面白がってくれる会社だったから良かったんだけど、なんか、海外の部署があったりとか、海外に工場があったりしたから、なんか、私で、自分のね、お父さんもずっとその似たような職種で海外駐在っていうのをずっとしてたから、なんか、私もお父さんみたいになる、みたいな感じで、ずっとそういうことを会社で言ってたの。
そしたら社長に、そう、なんか、英語喋れるだけで海外行けると思うなって言われて、その時に、すごいね、失敬を喰らった。
懸念。懸念喰らった。
怪我中で返されて、そう、確かに社長に、なんか、そういうこと言うのって、なんか、新人のくせにって感じだから、今考えるとちょっと恥ずかしいなって感じなんだけど。
それは恥ずかしくないよ。
そう、ちょっとね、そういう、なんて言うんだろう、自己主張の激しい新人だったから、結構、発言系で海外だけじゃなくて、結構、なんであの時あれ言ったんだろうって思うことは結構多い。
でも、それがエミリン、エミリン、その時のエミリンが表現したかったことだもんね。
うん。
いや、いいと思う。自分が社長だったら面白いやつだなと思うわ、確かに。
ちなみに、この今、今ね、あれ去年だったっけ、カナダに行ったのって。
うん、今年のね、2月末。
あ、今年の2月末か、もうなんかだいぶ、私もう1年ぐらいいるような気がするんだけど。
そう、意外と半年。
濃い、濃いもんね。
うん。
そうだね、そうだわ。
ぐらいに、その、留学しようってさ、決めた、なんか、一番のきっかけみたいなことってなんかある?
留学に来ようと思った一番のきっかけ的なこと?
そうそう、決断した、だってそう、今までさ、ずっと思ってたわけじゃんね。
うん。
行きたいなー、行きたいなー、とか、いろいろ方法ね、
うん。
模索したりとかさ、会社勤めながらもなんかそういうの夢見たりとかしてたけど、
今回行くって決めたわけじゃんか。
うん。
その一番のなんかこう、なんだろう、ケツを叩いたきっかけとか、思いってなんかある?
うんうん、なんだろう、なんかこう、いろんなことが複合してはいるんだけど、
たぶん一番大きな理由は、やっぱり後悔したくないって気持ちが一番大きくて、
うん。
留学の決断
で、会社入ってから結構、挑戦しないで後悔したことって、私すごいたくさんあって、
例えば仕事に関しても、新人の時は結構こう、なんか自分のできないことを言い訳にしていたことがすごい多かったの。
うん。
なんか例えば、会社で自分らしくいられないって、
それ結構大きい悩みだったんだけど、でもね、それってなんか自分がそう思ってるだけで、
結構周りを見渡すと、自分らしく生きてる人って割といたの。私の営業部の部署には。
うん。
なんかその自分の良さをすごい活かして仕事してる先輩がいたし、なんか本気で仕事してる先輩がいたし、
自分が悩んだ時にめっちゃ力になってくれる先輩とかもたくさんいたし、
会社にいろいろ思うところとか、働き方とかね、思うところはたくさんあったんだけど、
でもなんかその自分らしくいられないっていう選択をしてるっていうのも自分なんだって。
まあ環境の原因、環境の要因って少なからずあったかもしれないんだけど、
自分らしく生きるっていうことは別に日本でも海外でもできるじゃんっていうことに気づいたりしたこととかも結構大きくて、
あとそのやりたいことがあるのに、なんかそうやらないっていう選択をしてるっていうのも結局は自分だったんだなっていうことに気づいたんだよね。
なんかそう思ったら、なんかじゃあこうやらない理由ってもしかしたらないのかもとかって思って気づいたことがあって、
そっからあの留学にね、海出してみようっていうふうに思ったっていうのはあった。
いいね、なんか私もさ1年間はワーキングホリデーでカナダ行ってて、いろんな日本人の方とそこでもお会いしたんだけど、
多分70%ぐらいは日本が嫌で来てる人だったのね。
30%はそうじゃなかったから、私きっかけは別に何でもいいと思うんだけど、
でも日本が嫌で来ると、そっからのさ行動がさ結構変わった。
日本が嫌で来てる人と、そこで何かやりたくて来てる人と行動が結構違ってたのね。
エミリーの今の話聞いてさ、エミリーは前はもしかしたら会社がちょっとしんどくって、
その留学にね、行きたいって気持ちもあったと思うのね。
私それは全然いいと思うんだけど、なんか今回留学に行くときってさ、
なんか日本が嫌でとかさ、会社が嫌でとかじゃない感じがしたのね。
今の話聞いてても思ったんだけど。
ありがとう。
そう確かに、なんか最初はね、やっぱり一番最初コロナの時で自分と向き合った時って、
会社が嫌だから海外に行きたいっていう気持ちがすごい出てきたんだけど。
ここまで聞いてくださりありがとうございました。
続きは次回のポッドキャストです。
では今日も皆様一日味わい尽くしてください。
一日ユニークにお過ごしくださいね。
ではでは。