2024-10-21 24:28

【## 61】「合同会社CとH 代表取締役 伊藤紗恵さん」前半

■第32回インタビューゲスト

伊藤紗恵さん

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この番組「キッカケラジオ」は、20〜40代の生き方・働き方を応援する音声番組です。

人はキッカケがあれば必ず変われる。人生を変化させてきた、内的キッカケや外的キッカケをご紹介していきます。

人生100年時代、ライフステージの変化の大きな世代も以前に比べて様々なチャレンジを求められることが増えてきたと感じます。

同世代の生き方・働き方を等身大でインタビューするコンテンツも週1回のペースでお届けする予定です。

パーソナリティは、こどもの未来株式会社の代表の千葉が担当します。

1983年1月生まれ、私自身が40歳になったことをキッカケにスタートした番組でもあります。

40歳を迎え、改めて30代の過ごし方を振り返り、40代の10年間をどう過ごしていくかを自分自身が考えるにあたって

日々情報収集していることや取り組んでいることも平日は毎日10分ずつお届けしていく予定です。

30−40代を応援する番組ですが、今の10−20代に対しても少しでも参考になればと思っていますし

50代以上の先輩方の生き方も参考にさせて頂く為にスペシャルゲストとしてお呼びする機会もあると思ってます。


こどもの未来株式会社では

「こどものみらいがワクワクするキッカケをつくる」ことをミッション・ビジョンに掲げており、

「自分が主人公の人生」を生きる人を1人でも応援するために、「生き方」・「働き方」/「仕事」と「育児」の両立をサポートする人材紹介事業もおこなっております。


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キッカケラジオ、ワクワクのキッカケをつくる番組です。
パーソナリティの子ども未来株式会社の千葉です。
週に1回行っているキッカケインタビューの、今日はもう32人目となる方でして、
僕も去年、久しぶりに再会をして、今、ワクワクする活動をしている友人に声をかけておりますので、
今日は伊藤紗恵さんに来ていただいております。紗恵さん、よろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いします。
ありがとうございます。紗恵さんと一番最初に会ったのって、2005年ぐらい?18年ぐらい?
18ぐらいだと思います。
18ぐらいのときに会っていて、ふとしたタイミングで、5年ぐらいから4、5年経過した去年で、
石川県の野党で再開させていただいて、今、その野党を中心にいろいろ活動されているエピソードがあるかなと思いますので、
ぜひ今日はいろんな話を伺わせていただければなと思っております。
はい、お願いします。
インタビューこれからしていくんですけども、最初にちょっと簡単に自己紹介だけお願いしてもよろしいでしょうか?
はい、ありがとうございます。伊藤紗恵と申します。
今は、石川県の鈴市という、野党半島というところの先一丁の方にある場所で、
今年起業して24時間のコワーキングを拠点としながら、地域ビジネスの発掘とか、それから地元の人のキャリア支援みたいなことをやりながら、
いろいろ野党で可能性を広げるということをやっています。
元々は人事系のキャリアで、自分自身の働き方とか、キャリアの作り方にあたる課題感とかをベースにして、いろんな経験を積んできたんですけれども、
そういったところを今、ちょっと自分がピンときた地域、母の故郷なんですけれども、野党でいろいろ活動しているところです。よろしくお願いします。
お願いいたします。これ楽しみなんですよ。
もともと社会人になるときって、全然今のキャリアを思い揚げていたわけじゃなかったですよね、おそらく。
全く、全く。
いろいろなきっかけを経て、そういうふうにチャレンジをやるというのは、やっぱり僕としても一番聞きたい話だったりするし、
これからチャレンジする人の参考になるかなと思っておりますので、ぜひ聞かせていただければなと思います。
はい、どうぞ。さえさんって呼んでるんでね、さえさんって呼ばせていただくんですけども、
僕とも本当同世代ですよね。今83年生まれの、今年というか40歳になる年齢。
そうですね、はい、40になったと。
はい、きっかけと言うと30代40代のチャレンジで、すごいど真ん中かなと思ってるんですけども、
ちょっとベタですけど、最初はどういう大学生活でファーストキャリアをどんなふうに選んだかって、ちょっとお伺いしてもよろしいですか。
はい、ありがとうございます。
大学は普通の4年生の大学に入っていて、文系なんですけれども、そういう意味で大学生活は結構適当で、
適当というか、あんまりちゃんと日本人大学生あるあるで、特に授業とかも受ける単位が楽に取れるものを選び、
あんまりサークルとかもやってるので、実は高校の時結構ギャルでめっちゃ遊んでたので、
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その揺り回しみたいな感じで、大学自体はあんまり遊ぶとかもなく、割と結構バイトしたり、結構薄い大学生活を送ったんですよ。
で、時代的にもみんなで就活、みんなすることになったから就活、みんなと一緒に黒いスーツを着て就活をして、
当時、損害保険会社のコールセンターでバイトをしていたので、その流れで金融とか損保とか、
割と女子学生が受けるようなところを受けて、損保ジャパンという保険会社に地域限定職で入社したっていうのが、
普通の就職の大学生でした。ごめんなさい、普通の大学生です。
今からのギャップがすごい楽しみだなっていうところだよね。
僕も同世代なんでね、めっちゃわかりますわ。高校の頃ね、ギャルとかロジソックスめっちゃ流行ってましたよね。
渋谷でパラパラを踊ってました、朝までみたいな感じで。
佐藤さん、僕たぶんどっかですれ違ってますよ、その頃。
東京出身で、小山高校で渋谷で遊んでたんで。
それはすれ違ってるな、イベントサークルとかやってましたね。
そうですね、たぶん世代が近い。なるほどですね。
近いですね、僕も文系の大学で結構そんなに真面目に大学行かなかった。
なるほどですね、いわゆるめちゃめちゃ企業したいとか意識高い系の大学生ではなかったってことですよね、全然。
なるほど、ありがとうございます。
そこでじゃあ、ファーストキャリアに、今社員も言ってくれましたけど、いわゆる大手ソンポの会社ですね、ソンポジャパンさんに入られて、
地域限定職、いわゆる大きい会社、地方転勤とか当然ある可能性があるんですけど、そういう総合職ではなかったってことですかね。
そうですね、旧一般職って感じです。
なるほどですね、社員これって背景としては今、ソンポの会社でコールセンターしてたみたいな、縁は聞けたんですけど、
選択肢としてはもちろん可能性は他にもあったと思うんですけども、そこに決めたきっかけというか、決めてみたことあったんですか。
いや、それがあまりなくて、割と仲いい同じバイトにいたメンバーとかは、女子はみんな金融の地域職を受けてたんですよ。
銀行とかソンポ製品っていうのは、私は親がソンポなんですよ、お父さんがソンポなんですよっていうのもあって、
そんなにキャリアのこと何も考えてなかったんで、結婚したら辞めたらいいやな、いいやでぐらい思っていたところもあって、
そこそこ給料が良くて働きやすそうで、名前も通ってるところに入ったらいいかなぐらいの職場でした。
いやいや、ありがとうございます。今は本当に自分で会社やってて、バリバリ人形店でやってるんですね。やっぱりギャップがすごいなというふうには。
本当ですね。
ちょっとソンポのところの話も聞ければと思うんですけど、ソンポジャパンね、先ほど少し伺った結果としては12年間ぐらいいらっしゃったんだもんね。
そうですね。
そこでやってたお仕事とか、あとさゆさんも今ご結婚されてお子さんもいらっしゃるのがしたことがあるんですけど、
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ソンポの時にも結婚して出産も多分経験されているということですよね。
そうなんです。ソンポジャパンはたまたまなんですけれども、人事部に配属になったんですね。
人事部に配属になって、そこからHRのキャリアが始まったという感じなんですけれども、
入社2年目にできちゃった結婚をして、産給普及に入って、20代もう1人産んでるので、20代は結構産給普及時短勤務みたいな感じで、
割といい会社なので、ちゃんと休みながらでも、新人でも産給とか取れて休ませてもらいながら20代を過ごしていて、
気づいたらでも30ぐらいになってたって感じです。子供を2人産んで産給普及時短やってたら。
きっかけとしては人事から1回移動になって、2部署移動になってるんですが、その後2014年ぐらいに移動になった、
30過ぎてから移動になった部署がグループ会社に出向だったんですね。立ち上げたばっかりのジョイントベンチャーで、
そこの人事の立ち上げみたいなのに移動でなった人事移動で、そこでやっぱりゼロから作ってるところだったので、
全然本社の仕事とは違って、そこでやったのをいろんなきっかけがあって、結構目覚めてたっていう感じですね。
その話のエピソード初めて聞きました。これも面白いですよね。僕も同世代ですもんね。
結構その時代って、今で言う人的資本経営とか、そんなに当然言われてたこともなかったかなと思うので、
大きい会社だったんで、すごくその辺は問題がなくて今取れたっていう話があったと思うんですけれども、
逆にスタートアップって企業でもそんなにまだ浸透してなかった時代かなっていうふうには記憶してるんですけども、
働き方がそういうふうに、逆に大手に行けたからこそ、そういう働き方ができたのかなっていうのもありますし、
また何かターニングポイントですよね。一つの今のが30歳過ぎて、出向という経験。
それは希望されたというよりかは、そういう巡り合わせができたという感じですかね。
もう本当普通の社内の人事異動で、出向になったって感じですね。
結構この時はどうでした?マジかよみたいな感覚なのか、とはいえ、ちょっといい機会だからチャレンジしてみようみたいな。
モチベーションとしてはどんな感じだったんですか?
実は異動が出た瞬間に、自分の中では勝手に、いやもうこれは罰的だって思ったんですよ。
思っただけなんですけど、最初人事に行って、その後1年半保険金の支払い部署に移動。
正直言って、やっぱりどうしても現場だし、面白いかというと面白くなかったんですよ。
生産性は高いので、ひたすらこなして一定以上の評価を得るみたいなことだったんですけど、そこでキャリアのことはなかったんです。
もうどうしようかなと思ってたんですけど、その時に急に超短い期間で異動が出て、
これはもしかしてすごいきっかけなんじゃないかなって思って、実はそこから始まってますっていう感じです。
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なるほどね。じゃあすごいいいきっかけでしたね、ご縁としてはすごく。
本当にそうですね、かなりのタイミングポイントですね、その異動が。
実際どうでしたか?大きい会社の決まった仕事から、今の話ですね、人事部の立ち上げですよね。要は01の経験をした。
そうですね、はい。
大変なこととかってありました?
本当に大変でした。ジョイントベンチャーで2社が合体して作って、それぞれの人事制度とかを取り入れながらゼロから人事制度とか給与制度を作るみたいなことをやっていて、
実際にも人事も2、3人しかいなかったので、給与の支払いから制度設計まで全部やるみたいな感じだったので、
でも全部経験させてもらったのがすごい良かったんですけども、なのですごい面白かったですよ、本当に。
なるほどですね。
初めてちゃんと自分で仕事をしたり企画書を通したりするっていうのは、こういうことかっていうのを30秒過ぎて知ったって感じです。
なるほどね。いやでも素晴らしいですね。やっぱり人によってはね、やっぱりマジかよって思う方も当然いるような大きな変化だと思うんですけども、
さゆさんの場合はそれをポジティブに捉えて、実際にやりがいを感じてたっていうのは素晴らしいなと思いますし。
そこからその仕事がしばらくいわゆる仕事史は続いてきた感じですかね、そのジョイントベンチャー。
そうですね、ジョイントベンチャーに4年半いたんですよ。やっぱり最初はどうしても決まった業務とか前から決まったのの延長線上の世界観でやってたんですけど、
それちょうど働き方改革って言われてる時代だったんですよ。
で、やっぱり外のイベントとかセミナーとかに行くようになって、そういう情報を得るために制度を作るにあたって、外のセミナーって行ったことなかったんですよ。
1回も30、その会社に行くまで。だから外の人と名刺交換とかもほぼしたことがなくて、マジで。
なんですけど、そこでいろんな人に会ったりとかして、社内で働き方改革のプロジェクトを立ち上げるみたいなところまで行って、転職してたって感じですね。
なるほどですね。すごいですね。どんどんどんどん世界が広がっていく感じがしてきますね。
本当にそんな感じです。
ありがとうございます。そこでね、ぜひもう1個聞きたいエピソードというか、多分僕とが対策あった共通のコミュニティでもあると思うんですけども、
いわゆるICCですよね。インドストリークオープレーションといういわゆるカンファレンスがあったんですけども、
さやさんがそこのスタッフクリエーションは2018年の2月ですかね。
2月の初回ですね。
僕も今も関わっている大好きなコミュニティですけども、ぜひICCに応募しようと思ったきっかけを聞いてもいいですか。
そうですね。なんでその社外の人とか、スタートアップっていう世界とか、大企業の新規事業っていう世界とかがあるっていうのを多分知ったのが2017年ぐらいの私の中で。
そういう人たちとか世界があるんだってことを知って、やっぱりとにかくそういう場に行きたいって思ったんですね。
なんでいろんなイベントとかセミナーに顔を出すようになっていて、その中でICCっていうものがあるんだって知って、
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それで挑戦するにはちょっと年齢的には上だったんですけど、挑戦するにはすごくいい場だっていうのもわかったので応募したっていう感じですね。
結構その20代、30でいろんな人と出会って気づくにあたって、今度20代の自分のキャリアを作ってないコンプレックスみたいなのがめちゃくちゃ高まったんですよ。
今でもそれが消えてないんですけれども、やっぱり20代でリクルートとかで働いてる女性、女性ってあえて言いますけど、もうなんかすごいじゃないですか。
そういう経験をマジ1ミリもしてなかったんで、そういう人たちばっかりがいっぱいいて、世の中には。
っていうのに対する何とかして追いつきたいとか、そういう思いでいろんなのに参加してる中でICCにも挑戦したっていう感じですね。
なるほどね。これでもめちゃくちゃいい話だと思います。
本当に今、例えば僕らが会ってるZ世代でめちゃめちゃ戦ってる企業が結構いるじゃないですか。
そういう方を見ると、俺若い頃何してたんだっけなっていうふうに。
時間は戻れないし、それぞれ人生いければいいじゃんっていうふうに思ったりもすることもあるんですけど。
でもなんかすごい分かりますね。やっぱり他人と比較じゃないんですけどね。そういうのやってきた人っていうのはやっぱりすごいなってリスペクトを持って。
逆に30とかそこそこ人はきっかけよりは必ず変われると思ってるんで、こういうメディアを僕もやってたりするんですけども。
何歳からでもチャレンジできる人っていうのは話を聞ければなと思ってるんですけども。
さゆりさんはでも本当に30からね、もちろんそれまでもきちんとお仕事されてたと思うんですけれども、広がっていくっていうのが素晴らしいなと思って聞いていました。
すごいです。ICCはじゃあ何だろうな。ICCっていうものを知って、中の人とか誰か知ってたんでしたっけ?スタッフのっていうのは。
スタッフは知らなくて、それこそこの後のお仕事を一緒にさせていただく登壇者でもあったヤフー。
今はもうヤフーじゃないですけど、会社が。伊藤祐一さんっていう方がいるんですが、確かフェイスブックかなんかに勧めてたんですよね。
これはすごいぞみたいな。挑戦した。これをやるべきだみたいなことを多分言っていて。
知り合いはいなかったですね、一人も。
伊藤祐一さんの話も後で聞かれると。伊藤祐一さんとはもともとそういう意味では知り合いというか接点があったんですか?
それはその時点ではもちろんあれですけど、一番最初は本当にそれこそHRカンファレンスみたいなやつに行ったときに登壇してたんです。
全然知らなくて。
そういうことか。人事畑のところですね。
そうです。人事系のセミナーで登壇されてるので見て、この人すごいと思って、いろいろそこから。
ありがとうございます。1分で話せとかで、いくつかの本で有名な伊藤祐一さんだと思うんですけど。
伊藤祐一さんの話を聞いていると、やっぱり行動力というか、そこは強いですよね。
興味を持ってそこでやっぱり知り合っていくというか、自分で行動していくパワーっていうのはやっぱりもともとあったんだろうなという話を聞いてすごい感じますね。
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ありがとうございます。
ちょっとICCとかにも出会って、実際どうですか?ICCに参加する前後とかで、ご自身の内的な価値観とかって変化とかあったりされましたか?
そうですね。やっぱり結構必死だったんです。その時は。よくこんな状態でそれにチャレンジするねみたいなことに結構チャレンジしていて。
例えば計算書の指導みたいなのとかも、事業プランなんて1ミリも書いたことなかったけど、これやってみたいと思って。
周りの人に助けてもらいたいから事業プランを書いて応募したりとか。
ICCみたいなところに行くと熱量の高いとか、若い人も多いし、もちろん上の世代もいますけれども、世の中ってこういう人たちでできてるって言ったら変ですけど、作っていくんだなっていうのをやっぱり体感したり。
やっぱりそこからコミュニティ寄りの仕事も増えてるので、コミュニティでどうやってこういう熱の高いコミュニティってこういう風になってるんだなとか、そのあたり共感ベースとかビジョンで動く組織みたいなのとかを体感したのもこのあたりかもしれないですね。
なるほどね。ありがとうございます。今少し触れてくれたんですけど、経産省のイノベーションの育成プログラムの指導、僕も記憶してる。ここにチャレンジをしてたのって何年くらいのことですか?同じくらいの時期ですか?
2018年の5月に応募して、その夏から参加してるんで、2018年に転職もしてるんで、2018年にいろいろ動いてる。
2018年めっちゃ動いてますね、それで言うと。
そうですね。
なるほど。ありがとうございます。その辺も影響してると思うんですけど、そうですね、転職の話があったと思うんですけども、いわゆる12年働いた会社から次に転職っていうアクションをしてると思うんですけども、それって最終的にはどういうきっかけでどういう会社に行ったかお伺いしてもよろしいですか?
そうですね、これは何かあんまり誤解を恐れずに言うと、やっぱりずっと同じ大企業にいたままだと、何かこれ以上成長できない気がしたんですよね。きっとやれることもまだいっぱいあったし、評価もしていただいてたので、何かもったいないと言われたりもしたんですけれども、何かもう絶対1回出ないともう無理だっていう気持ちにどうしてもなってしまって、やっぱベンチャーとかそういう世界を体験してみたい、新規事業をやってみたいって思って、っていう感じですね。
なるほど、でもめっちゃわかります。僕も気持ちもわかるし、今人材紹介を僕いろんな方のご相談に載ってるので、大きな会社でもちろん活躍されてる方っていうのも、やっぱり人生100年時代みたいなことになってくると、一度外を見たいっていうことで動く方も非常に多かったりするので、なるほど、気持ちわかるなと思ったりします。
はい、それでさゆりさん、次。もともとHRの強みがあったので、次がまたIT系の人材のパーソルグループに行かれたんでしたっけ?
そうなんです。パーソルプロセスアンテクノロジーっていうパーソルグループのSIRの会社なんですけれども、そこのHRテックの新規事業開発に入れてもらいました。
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ありがとうございます。ここで社員数どのぐらいの規模になったんですか?
会社は3000人ぐらい、当時ですけど、ちょっともう違ったらごめんなさいですけど。
パーソルのところから、もちろんパーソルで大企業の所に所属すると思っている、その中で新規事業をやっているところに入ったってことですよね。
そうですね、そこにピンポイントで。
ありがとうございます。転職の話も参考になるので、ぜひ聞ければと思うんですけど、実際いろいろ外のコミュニティを見ている中だと思うんですけど、転職という意味では初めてだったんですか?
そうですね。
どうでした?一社目との違いに苦しんだこととか、逆に転職をして、それこそHRとして強かったと思うので、結構思ったりできたとか、そういうエピソードがあれば聞ければなと思うんですけど。
そういう意味では、ちょっとやっぱりマインドセットしきれてなくて、今思えば結構やっぱり周りにも迷惑かけたというか、やっぱり戦力になりきれなかったなというのは正直な思いではあります。
そのサービス自体もなかなかちょっと難しくて、私がちょうど辞めるタイミングで、私辞めるの関係ないですけど、サービスとしてもクローズをしてるんですよ、実はそのサービスでは。
HRっていうGoogleとかが使ってる目標管理のやり方をHRのツールで管理しながら、組織のモチベーションを上げて成果を出していこうみたいなツールの開発をして、私はカスタマーサクセスをやってたんですけど。
今思えば、やっぱりもっと新しい企業とかスタートアップであれば、やっぱり自分で主体的に動くべきだったし、みたいな反省はありますね。学びですけども、今となっては。
意識が高いなって僕は捉えましたけれども、新規事業ですもんね。パーソナルの中でも新しい領域にチャレンジでしたもんね。
そうなんですよね。
チャレンジっていう話だったと思うんで、いろんなことを学べたんだろうなと。ありがとうございます。パーソナルのそこには1,2年ぐらいいたんでしたっけ?そこが。
大関的に1年半ですね。ちょうど1年半ですね。
1年半いらっしゃって。後半は現在の活動にフォーカスしていければなと思うんで、手前もう1インチほどぐらい聞ければなと思うんですけど、そこから最後もう1社転職活動という感じですかね。キャリアの変え方としましては。
その後に大学の学部の立ち上げをやって、もう1社挟んでるので、あと2社入ってますね。社員では。
ありがとうございます。大学の学部の立ち上げみたいなのって、おお、いきなりまた来たなみたいな話があるんですけど、結構面白いなと思ってるので、ぜひ聞かせていただければと思うんですけど。
これあれですよね、その武蔵野大学のアントリプレナーシップ学部。
そうです。
今Facebookとかでも結構、僕らの会話で周りでやってる方が増えたなっていう印象があるんですけど、ここの本当に立ち上げとして入られた感じですか。
そうですね、どっちかというと企画段階のところの初期から入らせていただいて、文科省に大学の学部作るときっていろいろ申請しなきゃいけないんですよ。
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そういう書類作りから入ってたって感じで、一緒にやってたって感じですね。
最初の半年はパーソルと被って副業みたいな感じでやって、次の4月に完全に転職という感じで、大学の職員に私は入る形、事務局側に入る形になって、教員になった人たちはみんな企業派の人たちなんですけども、そこと一緒に作っていくということをやってた。
このぐらいが社会人成り立ての西井さんとは別人格に全然なってる。
これって多分先ほど少し前に言われた伊藤佑一さんが立ち上げられたっていう。
そうですね。
伊藤佑さんのご縁、きっかけだと思うんですけども、大学の職員になるって全然違うチャレンジじゃないですか。
そこにやろうと思った決め手とか、その辺って何が最後の決め手だったんですか。
そうですね。もちろんすごいお世話になっている人なので、せっかくそういうお話、追いかけというか、きっかけがあったら一緒に働いてみたいって思いもすごいありましたし、そういうのは正直なところなんですけど。
あとはやっぱり大企業にいたので、多分大学の組織にも職員でも行けるだろうなっていう気は正直しました。
そこに違和感が逆になかった。ずっとスタートアップとかでもないので。
特に立場もあんまり気にしなかったので、やってみたいなっていう感じですかね。
そういう意味では定職のハードルはもうめっちゃ下がってますよね。やっぱり一回してるところで。
インタラクションするとそこはってことがあるんですね。
伊藤さんとかっていうのは師匠みたいな立ち位置なので、すごく理解するんですけど、いわゆる大学とか教育になるんですね。
企業化創出みたいな。そういう領域ってさえさえ興味はあったんですか。この段階では。
この段階ではそこまで特に学生の教育とかは本当に全然興味もなかったんですけども。
やっぱり自分自身がもっと早い時期から、私もやっぱりアントレペラ的な精神があったらっていう思いは正直あったりもしたので、そういうのは共感するところも当然ありますし。
大きくやっぱり人のキャリアとかの生き方にかかるというところは、結構もうずっとそこの数年でテーマにしてきたところだったので、そこは大きくずれてないっていうところあたりですかね。
ありがとうございます。確かにそうですね。いや面白いですね。きっかけキャリアいろいろ聞かせてもらうと僕も勉強になるんですけど、積み上げも重なってますよね。HRとか。
キャリアは幸せに働くっていうキーワードを沢山掲げていらっしゃると思う。その辺とか、さっきの20代のうちに例えばもう少しこうやっていけばよかったっていうのも、アントレペラ的に触れてみたかったというところに繋がるのかなと思ったりするので、いろんなやっぱり行動が価値観に紐づけるのかなと思って聞かせていただいておりました。
24:05
ありがとうございます。だいぶ前半盛りだくさんに聞かせていただいたので、前半ここまでとさせていただきまして、後半は現在の活動を中心に聞いていければなと思いますので、沢山前半どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
24:28

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