40代、30代、40代の生き方、働き方を応援する番組です。
パーソナリティの子供未来株式会社の千葉です。
今日ですね、きっかけインタビューという毎週やっている企画のもう12人目かなというところでして、
まさに同世代で、会社員からキャリアをスタートして、サービスを立ち上げて、バイアウトをして、今2度目のチャレンジをしているという、
いわゆるシリアルアントレプレナーと呼ぶ方に来ていただいているので、インタビューをしていきたいなと思っております。
今日はまた一緒のパーソナリティのグロースXの佐藤さんにも来ていただいているので、佐藤さんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。グロースXの佐藤でございます。
本日のお話をお伺いしていただきます。
はい。
お願いします。早速ではご登場いただけますか?
はい、いきましょうか。どう紹介していいかわからないので、いつもの名称で僕が言いますね。
8Cさんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
お願いいたします。
ちょっとエピソードが長すぎて、収められるかどうかが一番難しいインタビューになるかなと思っているんですけれども、
8Cさんと呼んでしまったんですけど、簡単な自己紹介をまずお願いしてもよろしいでしょうか。
はい。株式会社ブート、代表取締役の8Cだと申します。
今、わかりやすい説明で言うと、おそらくもともとフェライチという会社を創業して、
そこを9年やって、最近、自分の持ち分株式を売却して、新しくまた会社を立ち上げたみたいなステータスになりますと。
主にやっていることが、いわゆるエンジェル投資家という仕事をやっていて、
現在、国内外のいわゆるスタートアップ企業に40社ぐらい投資をしていて、
そこの期限であったりとか、もうちょっと幅広くスタートアップの界隈を盛り上げていきたいなというふうに思って活動しております。
よろしくお願いします。
お願いします。ありがとうございます。
そうですよね。最近、8Cさんとちょこちょこ会う機会が増えてきて嬉しいなと思っているんですけど、
エンジェル投資、40社やってるって、やっぱりペースが早いなというのも。
結構やってます。
いろいろ聞いていると思うんですけれども、僕と坂井さんのほうに同齢というか、同い年の世代だったりするんで、
どういう経緯でそなたがっていうのを、ぜひコーティーのユーザーにも届けたいなと思っております。
じゃあ、ベタですけれども、ファーストキャリアのところからぜひ伺いたいなと思うんですけれども、
会社はどちらだったんでしたっけ?
NTTデータというですね、いわゆる日本で最大級のSI企業、システム企業ですね。
今の失礼というか偏見かもしれないですけど、発信者から大企業からスタートしたんだみたいなことを、
僕は結構後半に会ってるんで思ったりするんですけれども、
そこを選んだ社会人のスタートの経緯とか、もしくはちょっと聞きたいなと思ったのが、
で、ルームシェアそのときは3人でシェアしてて、
もう1人の人は一回りぐらい上の歳の人で、僕らが25歳とかで、
もう1人の人が35,6歳、6,7歳ぐらいだったと思うんですけど、
その人は別に事業に関わってなかったんで、仲裁してもらってましたね。
なるほど。お兄さんがこう堂々と。
お兄さんが。でもなんか向こうも折れないし、
今思えば握りがよくなかったなって思っているんですけど、
すごい端的に言うと、僕は共同創業者と思ってやってたんだけど、
向こうは僕に雇われた人だと思っていたみたいな。
だから講師料、セミナー事業とかもやってたんですけど、
講師料払いみたいな、そういう揉め方だったんですよね。
なんかシンプルに握りが甘かったっていうところだったんですけど、
それでそういうのもあって、いや貧道と思って、
で、ルームシェアを解消して、1回実家に帰って、
実家は都内なんで、田舎から出てきて戻りましたとかっていう話じゃなくて、
都内の実家に頭下げてもう1回入れてもらって、
そこから知り合いの仕事を手伝うみたいなことをやってたんですよね。
実家も辞めちゃったし。
で、その時に結構、俺どうしたらいいんだっけなーみたいな、
僕はその期間のことをモラトリアム期間って呼んでますけど、
モラトリアムしてたんですよ。本当はどうしたらいいんでしたっけみたいな。
で、結構いろいろ仕事を手伝ったりとか、いろいろ自分で人生どうしようかなって考えた時に、
やっぱり自分はインターネット好きだなと思ったので、
やっぱりそれでいきなり起業するっていうほどのアイデアもなくて、
だったので、まずはインターネットをやってる会社に入ろうと思って、
転職活動をするんですよね。
なんですけど、社会人3年目、ブランク半年以上、
しかもリーマンショック直後みたいな感じだったんで、
マジで転職史上冷え込んでるんですよ。
一番使えないキャリアの人ですよ、マジで。
そうなんですよ。
なるほど、そんなきっかけがあったんですね。
洋ちゃんすごいですね。僕ら同齢だから、僕と洋ちゃんその頃まだ新卒1社目の人材で働いてた時代なので、
リーマンショックがリアルな鮮明をよぎるだけではあるんですけど、
なるほどなと思って。
本当そんな感じですね。
なのでそこから会社辞めて半年経ってたんですけど、
次の転職先を探してたんだけどなかなか見つからず、
自分もこれだみたいなところが軸が定まりきってなくて、
いろんな会社を見てみたりとか、書類出してみたりとか、
ほとんど書類で落ちるんですけど、
なんかやってましたね。
結構リーマンショック後で転職活動で結構苦労されたっていうところだと思うんですけど、
そこから環境が変わったきっかけとかっていうのは次どういうものがあったりするんですか?
ゆるゆる転職活動、別に1日面接を何本もやってるみたいなステータスじゃなくて、
ゆるっとやってたんですけど、
週1、2回ぐらい転職サイト見てポチポチしながらやってたんですよね。
たまに書類が通るので会いに行くみたいな感じ。
今みたいに、当時2009年だったんでカジュアル面談とかなくて、
とりあえず書類出して、ひたすら書類出して一時面接行くみたいな感じですよね。
だから多分週に1本面接あればいいほうみたいな感じ。
ゆるゆるとやってたんです。
お仕事を手伝いながらゆるゆるとやってたんですよ。
それからしばらく経って、あるときに僕の友達が連絡くれて、
当時ガラ系でしたよね、スマホ系じゃなくてガラ系で友達からメールが来て、
ハッシー転職活動してるんだってと。
いい会社あるから受けてみなよって連絡いただいたんですよ。
僕の知り合いの、彼の知り合いの会社がいい会社だと思うから、
今人募集してるから行ってみてって連絡くれて、
つないでもらって行ったのがうるうるだったんですよ。
2009年の秋ですね。
10月ぐらいだったと思うんですけどね。
せっかく紹介いただいたんで、わからないけど行ってみようって。
でも実際ウェブサービスを作っている会社だったので、条件には合致すると言ってみたんですね。
行ったらものすごいベンチャー企業で、オフィスが今も勝時にあるんですけど、
当時は勝時駅徒歩2分の倉庫ビル、駅が近かったんですけど当時。
めっちゃ駅が近くて、駅から近い小さい倉庫ビルだったんですよ。
6階建てで、1階がすごい倉庫になってて、要は天井高くて、
トラックが3台ぐらいつけれる。
わかります?倉庫ビル。床が高くなっているところ。
だからその床が高くなっているところに階段があって、
その階段の床が高くなっているところに雨晒しのエレベーターがあって、そこが入り口みたいな。
6階建てで、4階と6階が当時オフィスで。
面接受けに行って、4階だったかな。4階のところに行ってですね。
いきなり社長とCTOが面接なんですよ。
もう早速わかる。
いろいろ話を聞いてですね。
そのとき、今から14年半ぐらい前の話なんですけど、
今でも覚えている質問が1個だけあって、
社長から、何でここ来たの?みたいな話とかいろいろあった後に、
要はWebサービス将来作りたいと思ってますって自分で言ってるんですよ。
なるほど、企業したいんだみたいな。
企業っていうほどのものかどうかわかんないですけど、
自分で将来的には作れるようになりたいですみたいな。
社長から、それ作ったら実際いくら稼ぎたいの?みたいな。
年報いくらぐらい欲しいの?みたいな。
独立したら年報いくらぐらい欲しいの?みたいな。
全然考えてなかったんで、とりあえず僕2000万ぐらいって答えたんですよね。
ちなみに、そこから自分で、その後僕ペラリッジを立ち上げて会社経営するんですけど、
年報2000万円になったことはないですね。
ないない。それはさておき、僕その質問だけはすごい覚えていて。
あとCTOから聞かれたのが、当時僕、エンジニアになるんですけど、
エンジニアになりたかったわけじゃなくて、
プログラミングって僕何回か学生時代とか、それから社会人1年目とかで研修とかでやってるんですけど、
もう全然つまんなくて挫折してるんですよ。
だったので、全く僕はプログラマーにはなるまいと思っていたんですよね。
企画とか好きなんで、いわゆるディレクターとか、もっとビジネス職に憧れてたんですよね。
そういう職種がいいと思ってたんですけど、残念ながらその時のウルフにはその職種はもうないですと。
ただエンジニアだったら対応できる可能性があると言われまして、CTOから。
特に将来自分でサービスを作りたいんだったら、自分でコードをかけたほうがいいと思うし、
もともとSEやってたからなんとなくの素養あるんじゃないみたいなところで、
それで先行進めてみないかって言われて、うーんみたいな。
そうちゃそうかもと思ったので、それで進めてくださいって、それで進むことになるんですよね。
なるほどね。いやいいですね。ウルフのスタート生々しいというか、当時はそうされるような話が。
ウルフって会社は今は上場してね、すごいね。
僕も会社なんですけども、そこで橋田がいたっていうのがやっぱすごいなと思いますし、
代表のおじさんとか顔が浮かんでてね、個人的に楽しいなと思って聞いていますけれども。
本当にお世話になってて。
僕も今でも4年と3ヶ月その後に在籍したんですけど、今でも社長って言ったら星さんのことになっちゃうんです。
僕は星さんのこと社長って呼んでるんで。
社長って言うのも星さんのことをすごい。
良いですね。後半、橋田さんと言えば知ってる人も多いので。