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2022-02-22 13:34

第16回 『天才料理人アントナン・カレームが現代に残した功績(前編)』

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第16回『天才料理人アントナン・カレームが現代に残した功績(前編)』というテーマについて株式会社エービーエフキャピタルのメンバーが多角的な視点で語ります。


【ハイライト】

・今に残るアントナン・カレームがもたらした業績

・スラム街からシェフ/パティシエの道に這い上がったカレーム

・フランス革命がもたらしたコース料理の誕生秘話

・当時のフランス料理店での労働環境の過酷さについて

・フランス史上最高の外交官兼美食家タレーランとの出会い


~お知らせ~

株式会社エービーエフキャピタルのメンバーがそれぞれ日々気になる事、書籍、日々の悩み等何気ないテーマから、経営戦略や投資実行等の広くビジネスに生かせる話題に至るまで、戦略コンサルタント、ファイナンスプロ、データアナリストのプロフェッショナルが多角的な視点で語るトーク番組です。


パーソナリティー:

熊原充志(株式会社 ABF Capital代表取締役)

東京大学理学部物理学科卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻に進学し、宇宙物理学を専攻。

新卒でBCGに入社、メーカー・ファンド・製薬・通信会社などの業界を担当。

その後アドバンテッジパートナーズに入社し、多様な領域への投資を実行。


伊達 慶明(株式会社 ABF Capital取締役)

京都大学農学部応用生命科学科卒業後、同大学院農学研究科に進学し、生命科学を専攻。

新卒でBCGに入社、通信・メディア・物流・電力・産業材など幅広い業界を担当。

一貫してビックデータ・地図を扱った戦略の立案を行う。


中野 拓真(株式会社 ABF Capital取締役)

東京大学理学部地球惑星物理学科卒業後、同大学院理学系研究科地球惑星科学専攻に進学し、気象学を専攻。

新卒でBCGに入社、小売・エネルギー・通信会社などの業界を担当。

経営戦略の立案だけでなく、成果の創出までクライアントを幅広く支援。


番組プロデュース:株式会社サンキャリア


カバーアート制作:小野寺玲奈


番組へのご感想、メッセージ等、noteでコメントどしどしお待ちしております!

https://note.com/dailylife_fund/n/n37a1e72859b6


株式会社 ABF CapitalのHP

https://www.abf-cap.com/


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ファンドマンの日常!
今日も始まりましたファンドマンの日常。ABF Capitalの代表の熊原です。
同じく取締役の伊達です。
取締役の中野です。
今日も始まりましたファンドマンの日常。
今日は伊達くんの回ですね。伊達くんテーマをお願いします。
今日はアントナン・カレームという人の話をしようかなと思っておりまして、
この名前聞いたことありますか?
カレーム?
英語だとカレーム、フランス語だとカーレムらしくて、正しい発音は全然わからないんだけど、
アントナン・カレームっぽい名前の人。
フランス人で、超天才料理人として歴史に名前が残っている人で、
コック棒とか、みんなよくキッチンで見るコック棒、縦に長い。
あれを初めて採用したのがこの人らしいです。
あと、コース料理。
身長低い人が?
身長低いんかな?
結構イケメンでめちゃめちゃモテたっていう記述がいっぱい残ってるけど、
200年くらい前の人だよ。
コック棒って確か、身長高くないけど、
威厳を見せるためにでっかいの被ったみたいなの聞いたことがあるから。
多分あれかな、高くしたらまた別の人になるかもしれない。
そういうことなの?
あの形の帽子を最初に採用した人らしいっていうのと、
あとコース料理っていうものを完成させたというか作った人。
それまでこのカレー部以前のヨーロッパの料理って、
一度にテーブルにドンって出すスタイルで、
好きなように寄せてくださいみたいな、バイキング形式だったみたいなんだけれど、
宮廷でも。
これを温度にこだわって、
いいタイミングで皿を小分けにして出すっていうやり方を、
ヨーロッパで広めた人らしい。
このやり方もともとロシアではそのやり方で出してたらしいんだけれど、
ロシアのやり方をフランスに持ってきて、
そこからヨーロッパに広まったみたいな、
もともとパティシェだったっていうのもあって、
いろんなパイだったり、エクレアだったり、
あとはホイップクリームを盛り付ける機械みたいなのを開発した。
それまでスプーンでよそってホイップクリームって盛り付けしてたらしいけども、
あの袋に詰めてマヨネーズの袋みたいなやつで煮るって出すのがあると思うんだけど、
あれもこのカーレムの発明らしいです。
そもそもそのテーブルの上に花を置くっていうのも、
カーレムが広めたものらしいです。
もともとヨーロッパだと果物を置くのが、果物で飾り付けするのが普通だったんだけども、
テーブルの上に花を置いて客を出迎えるっていうのも、
この人が広めたものらしいです。
そういういろんな業績がいろいろあるんですけども、
ただ一番でかい業績は実はそこじゃなくて、
フランスの危機を救ったっていうので、
実は英雄とされている人なんですね。
それがこの後の楽しみと言いますか、
フランス革命的な?
フランス革命の後、ナポレオン戦争でロシアに負けた後のウィーン会議。
03:03
そこで大活躍して、フランス敗戦国だったのに、
戦勝国並みの権益を確保できたっていうのが実はこの人のおかげだっていう、
そういう実は逸話がある人ですね。
その逸話を達成するまでの老いたちっていうのを話してみようかなと思っています。
この人、1873年、実は朱青年、不祥なんですけども、
多分1783年だって言われていて、スラム街の両親の下で生まれて、
24人兄弟の16番目の子供で生まれています。
24人兄弟の16番目?
しかもこれは一人のお母さん、
一人じゃなく、一組の両親から生まれている。
何が起きているんだ?
っていうところで、結構この時点で結構すごいなっていう感じなんだけど、
ただこの人10歳の時に捨てられているんです。
しかも捨てられたタイミングっていうのが、
これはフランス革命の後でルベス・ピエールが恐怖政治していた時代で、
見せしめ的に貴族が殺されているのは有名だと思うんだけれども、
当時見せしめ的に不老者も大量殺戮されていたらしい。
スラム街で一人いるっていうのもそれだけで危険だったみたいなんだけど、
そういうところに放り出された状態で、
父に捨てられた時の言葉っていうのが残っていて、
日本語にすると、今の世の中根性さえあったら、
うん、掴んで出世できるから、お前には根性あるし、
あばよ坊主、神様からもらったものを持ってどっか行っちまいなって言われて、
捨てられたと記述されています。
なんで捨てられたかっていうのもこれもちょっと大変なんだけど、
父親酒好きで、子供のために酒だ減らすぐらいだったら、
子供減らせばいいやって言って子供を捨てたらしいです。
日本巨大でその発言やばいの?
これがやっぱ当時のフランスのスラム街の現実です。
20歳で捨てられてうろちろしてたんだけども、
フランスのパリの料理人がすごい忙しくて、
下働きが欲しいっていうので、たまたまその人に出会って、
寝床と食事を提供する代わりにアントランは下働きをしますっていう契約でレストランに入ります。
当時レストランっていうものが結構揺れ動いていた時期で、
フランス革命の直後で、そもそも美食ってどうなんだって、
あれは王公貴族の贅沢なのか、それとも文化なのかみたいなことが議論されていたような時期で、
この革命、フランス革命が起きる前のパリってギルドがすごくて、
レストランっていうものがそもそも存在しなかったみたいですね。
例えば肉料理出せる店、魚料理出せる店みたいな、
そういう感じで、もう全部バラバラ。
今みたいに一括して何か総材をいろいろ出してくれるみたいなお店は存在しなかった。
そういうことをやるとあのギルドが、
お前俺のギルドじゃないのに肉出したなみたいな感じで捕まるみたいな、
そういう感じだったみたいですね。
フランス革命が起きて、その辺のギルドの制度とかも崩壊して、
自由に料理を出せるようになったっていうことと、
貴族がみんな逃げたり殺されたりした関係で、
シェフが大量に失職して、
06:00
一斉に給店料理人がバレて自分の道を開き始めた時期で、
フランスの料理が一気に文化として花開いた時期っていう、
そういう時期でもあったみたいですね。
ただそういう関係で、料理っていうものがいろいろ制限されていたせいで、
料理人っていう地位が実は高くなくて、
パティシエの地位がすごい高かったみたいですよね、当時は。
パティシエの方が芸術性のあるものを作れるっていうのと、
料理っていうのはギルドが、肉料理、魚料理、
あと内臓を出すのも別のギルドがあったみたいなんだけど、
細分化されていたのに対して、
お菓子はお菓子っていうジャンルで、
広いジャンルで一つのギルドだった関係で、
自由度が高くて、芸術性もあってっていうので、
パティシエの地位がすごい高かったみたいですね。
最初は料理人で、カーレムはレストランに入ったんだけど、
自分もパティシエになりたいって言って、
パティシエの名店に弟子入りしますっていう感じです。
実はここですごいのが、
カーレムは最低10歳で捨てられて、スラムで育ったのに、
このパティシエの見習いになるまで、
5、6年ぐらいしか経ってないんだけど、
この間に料理も下働きしながら、
すごい勉強して、読み書きを身につけて、
っていうので、勉強熱心になる。
最終的には本を大量に書いて成功するんだけど、この人は。
スラムで育ったのに、
そうやって当時文字が読めるのも珍しい時代。
スラム育ちで10歳で捨てられて、
下働きをしながら文字を勉強したっていう、
類まれな努力がありました。
お父さんが言う通り、根性があったってことでしょ。
根性抜群。
動かない。間違ってない。
お父さんさすがじゃん。
それだけ分かってるんだ。
ただ、このぐらい時期から結構体を壊し始めて、
これ何でかっていうと、
当時のフランスの料理の労働環境ってものすごい過酷で、
フランスの建築だと、
昔の建築、
厨房が住居の下になって、
半地下状態のところにあって、
風通しが悪いのに、
木炭をバンバン炊くから、
慢性的な一酸化炭素中毒になって、
体を壊すっていうのは、
当時の料理人の環境だったみたい。
これを形容したパーレンの言葉みたいなのが、
料理人は大抵地下室で職業人生を送る。
胸に吸い込むものは木炭と煙の蒸気ばかりで、
それがシェフの人生なのだ、
みたいな言葉が残っているぐらい、
みんなバタバタ倒れていく、
そういう状況でした。
結構勉強好きだったもので、
休暇中にかなり本を読んでいたので、
その時に建築の本をものすごい読んで、
ギリシャの建築とかを学んで、
これが将来生きていくんだけれども、
当時お菓子で有名なものっていうのは、
ピエモンテっていう、
すごい巨大な菓子細工。
ウェディングケーキよりももっとでかくて、
凝ってるようなお菓子を作れる人が、
いいパティシエとされていたみたいなんだけど、
そこにギリシャの建築とかを持ち込んで、
パルテノ神殿みたいなお菓子を作ったりとか、
そういうのでどんどん人気になっていったっていう人ですね。
09:03
ピエモンテっていうのもあれじゃない?
イタリアの州の名前だよね?
ピエモンテ、ほんとだ。
なんかすげえ懐かしい。
それはあれだよね。
中学校の英語の教科書だよね。
そうなの?
中学校の英語の教科書の登場人物に、
名前なんだっけ?
ピエモンテ、イタリア出身のやつがいい。
懐かしいな。
なんか忘れちゃったけど。
初めて聞いたピエモンテ。
そうやってすごい人気になって、
貴族から目つけられて、
そこで一番目をかけてたのが、
タレーランっていう、
これ一応世界史の教科書とかにも載ってる。
タレーランっていう、
フランスで天才って言われてる外交官です。
フランスの、フランス史上最高の外交官と言われてる人です。
この人すごいのは、
フランス革命前もフランス革命後も、
ナポレオンの時代、
ナポレオンが遊兵された後も、
ずっとフランスの中で高い知恵に続けたっていう、
結構珍しい人物です。
この人は美食家で有名で、
天才外交官って言われてるんですけども、
その外交の手段が美食なんです。
へー、面白い。
海外の大使の人にうまいもん食わせて、
心開かせて、
そこで一気に、
一所に入って、
交渉を進めるっていう手段で、
のし上がった人です。
しかもこの人は、
カルエムと同じでステボなんです。
もともと有力貴族の長男で生まれたんだけど、
生まれつき、
右足が悪かった関係で、
貴族にふさわしくないっていうので、
父親に捨てられたっていう過去があって、
実は、
カルエムと同じような境遇にいた。
この人の下につくんだけども、
入社試験みたいな、
力試し試験みたいなものがすごくて、
365日、
3食、
全部違う家に作って、
かつ、
季節の食材とか、
行事に合わせた料理も、
しないといけないみたいなことを、
1年間やって、
それで、
お前すごいなみたいな感じで、
タレーランの下で、
結構働くようになる。
一応フリーランスで扱いで、
専属契約じゃなかったらしいんですけど、
ほぼタレーランの専属料理人みたいな感じで、
働き始めます。
でも、
365日って、
さすがに、
今の時代じゃありえない話だよね。
確かに。
やばい。
完全にブロック。
試作段階のもの出さなきゃいけないじゃん。
だとすると、
試作段階からもうめちゃめちゃおいしかったんだから。
そろそろすごいね。
ちなみに、
タレーランの、
もともと、
カレーも雇う前にいた、
部下の、
ルーシェって人がいるんだけども、
この人の、
元同僚の、
バテムっていう料理人が、
結構、
面白くて、
もともとその、
このバテルっていう人も、
カーレムと並んで、
天才料理人って言われてた人なんだけども、
この人は、
ショートケーキとかに使う、
いわゆる生クリームを開発した人ですね。
この人の染み方がすごい面白くて、
ユイ14世をもてなすために、
12:02
食事の準備してたら、
魚が足りないっていうことに気づいて、
魚が届いてないことに気づいて、
切腹して死んだっていう。
嘘でしょ。
やばいってなって、
こんな命を失うなんて耐えられない。
もう10日も眠ってないんだぞ、
気が狂いそうだって言って、
腹に包丁を刺して死んだっていう。
死んだ後にすぐ魚が届いてらしいんだけど。
かわいい。
尊名の人の名前出すのあれかもしれないけど、
初めの世で出すシェフみたいな、
機械が入ったシェフが、
昔にもいたっていう。
もともとその辺と付き合いがあった、
外交官の人が彼に引き受ける感じです。
タレーランってナポレオンにも取り入って、
宮廷の中心にいたんで、
ナポレオンがいない時の外交も、
タレーランが全部引き受けていたっていう状態で、
それはつまり、
フランスの宮廷の料理も、
このカーレムが担当していたっていうこと。
当時フランスに訪れた、
外交施設団の報告書みたいなとこ見ると、
タレーランの尊厳された技術みたいな、
それだけじゃなくて、
シェフの作る最高の料理みたいなことも、
かなりみんな記述していたっていうのが残っていて、
それぐらい世界中で注目されていた料理になります。
この辺りから、
過酷労働でどんどん不眠症になってきて、
あるいは、
創物病になっていったらしいんですけども、
ハエを捕まえるのが趣味みたいな形で、
そういう状態になると、
ハエをひたすら捕まえて、
数えるっていうことをしていたらしいです。
後編もお楽しみに。
13:34

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