00:02
詩吟の魅力を発信する、詩吟チャンネル
おはようございます。こんばんは。詩吟チャンネルのheyheyです。
このチャンネルは、詩吟歴20年以上の私、heyheyによる、詩吟というとてもマイナーな日本の伝統芸能の魅力や吟じ方について、
わかりやすくザックバラにお話ししていくチャンネルです。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。私の娘は着々と成長しておりまして、
歩くのは、本当に自分でそれなりに立てるようにはなったんですけど、まだゆちゆちしているので、外で歩かせると、
3歩5歩ぐらい歩くたびに手をつくという感じで、もう親としては気が気でない感じですね。
広場であれば何ら問題ないんですけれども、駅前とか、あと保育園からの帰りとかですね、
あれは本当にきついですね。手を取ろうとしたら自分で振り払うし、だからといってまっすぐ行ってくれるわけでもないし、
ところどころ手をつくし、あの隅っことか汚いんだよなとかですね、あそこに手をついたら怪我するんじゃないかなとかですね、
もう心配事がどんどん増えて、そうならないうちに、もうそうですね、早くしっかり歩けるようになってほしいなというのと、
親の小離れのバランス感覚が本当に難しいなと思っているこの頃でございます。
ではでは、今日の本題の方に行きたいと思うんですけれども、
今日はちょっと考えながらなんですが、市場表現ですね。市場を込める、市場を込めるじゃないな、背景を学ぶことの価値ということでお話ししたいと思います。
これまでですね、3回ほど連続で市議院の監視のその背景とか、作者がどういった方なのかですね、そういったところを
勉強になった本とかから参照しながらお話ししてきたんですけれども、私をしてもですね、思った以上に学ぶところが大きかったので、今日はこれをちょっと記録として残したいと思います。
市議院はですね、骨組みと肉付けの2つに分かれておりまして、市場表現というものは肉付けに入ります。
基礎的なところを備えた上でですね、もっと抽象的な感情的なものをどう表現するかというところが市場表現になってくるわけなんですけれども、
今まで僕もちゃんと扱ってこなかったというのと、勉強に対してあまり熱心でなかったというところがあってですね、市議院の監視の背景を深く学ぶということを全然してこなかったわけです。
先生から聞いたというのはもちろんいろいろやっていますが、自分が話す側になって、この自分はどういうものなのかということを話してみるとですね、全然感じるものが違うわけです。
まずそうですね、背景を学ぶことの価値として一つ目はですね、
03:01
言葉が丁寧になりますね。言葉の扱いがとても丁寧になります。丁寧にならざるを得ないんですよ。本当にその人の生き様とか背景とかその自分に込められている思いですね。
こういうふうに喋るとそれだけでも言葉が軽くなってしまうんですけれども、本当に1本とか2時間ぐらいの映画をずっと見た後に最後に監視が1本ボンと出たとしたらですね、
じゃあその監視はあなたはどういうふうに読みますかと。それをさらさらっとですね、去年の今夜西涼にじすとかですね、そんな風にはならないんですよ。
もうこの間、昨日はアスガワラの未知罪の話だったんですけれども、それまでがどんな家に生まれてきて、どんな若い頃を経てですね、そこからどんどんどんどん成長していって、そこからどんなイベントがあってですね、今に至るのか。
それを踏まえた上でのこの監視なんですと言われた時にどう扱うかですよ。それはですね、あまりその意識しようしなくても間違いなくですね、言葉の扱いが丁寧になります。
とりわけ監視というものは本当に一つ一つの言葉に意味がですね、ぎゅーっと詰まっているんでですね、もう行間とかも山ほど入っているような感じなんですけれども、それがあるのでなおさらに言葉の扱いが丁寧になるなというのがわかります。
そして2つ目としてはですね、詩の詩文の構成がわかりやすくなるということです。この監視の一番言いたいところはどこなのかというのがですね、自然にわかってくるなと、自分の中で頭をひねくり回さなくても、ここはやはりこうなんだろうなと、こういう気持ちが湧いてきたんだろうなと、自然にそう思ったんだろうなという、この自然にというところがポイントですね。
あまり悩まなくても、詩文の構成、起承転結のどこにクローズアップすべきなのか、それがわかってくるというところが2つ目のポイントになります。
そして3つ目としてはですね、同じ流れにはなるんですけれども、緩急強弱もつけやすくなってきます。
起承転結のクローズアップのポイントが先ほど、次に詩文としてのどういうふうに、どこを大きくしてどこを小さくしてと、もう少し小分けにした話なんですけれども、緩急強弱についてもですね、それもわかりやすくなってくるかなと思います。
あとは何かな、4つ目としてはですね、言葉ってこんなに意味が全然違うんだなというふうにも感じました。
ちょっとこれ全然具体化できるほど落とし込めていないんですけれども、
06:03
そうですね、前回の去年の今夜西涼にじす、一人団長とか恩師の行為、今ここにありですね、これの意味としてはですね、通釈を見ればわかるんですよ。
天皇様をですね、お慕い、ずっと慕っているんだなと、悲しいんだなというふうには思うんですけれども、やっぱりその悲しいっていう言葉でくくっちゃいけないんですよね。
慕っているという、ただそれだけの言葉でくくっちゃいけないんですよ。
きっとそこにはですね、原稿用紙1枚分ぐらいの思いがいろいろあった上での、慕っているとかですね、悲しいとかいう、そこにあとは何かの、ただ意味が詰まっているだけでですね、悲しいという言葉で何ら表現しきれていないんですよ。
何というか伝わりますかね。これは日本語のというか漢詩の面白さなんだと思うんですけれど、それほどに言葉の意味というものはその言葉通りに受け取ってはいけないなというふうにも感じました。
ここらへんはもっと言語化がうまくなればいいなと思うんですけれども、そうですね、そうですね、そんなところですね。
そして5つ目、これは掃除手という話になるんですけれども、この背景とか作者のことを学ぶことでですね、詩人に対して、詩人に対する魅力がですね、何ていうか魅力、詩人の技量なのかな、それがもっと立体的に成長していくのを感じます。
今まではですね、僕はまあ骨組みの話をメインで話しているんで、結構表面的な感じが強いんですよ。X軸とY軸で、それをいかに綺麗な正方形を作るかみたいなことを結構注力しているんですけれども、それに対してZ軸が出てくるんですね。もう完全に理系の話で申し訳ないです。
そのZ軸が入ってくるんで、勉強すればするほどこのZ軸がグググっと伸びてきてですね、この詩人としての面白さとか上手さがもっと立体的に膨れ上がっていくんですよ。そうなるとこの詩人に対する面白さもですね、全然なんかもっと次元がやっぱり1個違って、楽しみ方も違ってくるし、銀の極め方もまた違ってくるんじゃないかなというふうに感じました。
そんなところですかね。これはもう少しこのシリーズをですね、背景を学ぶ系のシリーズをもっともっと増やしていって、僕自身も勉強しながら上手いこと喋れるようにしたいと思うんですけれども、とりあえず今回3回やってみてですね、こんなところを思ったのでお話しさせていただきました。
今更、本当に今更なんですけどね。ではでは後半一つ吟じたいと思います。せっかくなんですね、菅原道真の詩文もう一つ吟じたいと思います。
09:20
これアクセントめちゃくちゃ難しいですね。だいぶ雑になりそうで先に謝っておきます。ではどういった内容か通訳を読んでいきたいと思います。
【読手】
ところですが、昨日話した内容の通りですね、この左遷された状況は本当に厳しくて苦しくてという場所なんですけれども、本当にこの菅原道真ということは真っ直ぐな方なんですね。
真っ直ぐですし、真っ直ぐに振る舞っているけれども、その気持ちも真っ直ぐに表現するような方なんですね。それが人間味があって面白いなというところなんですけれども、そこを含めて吟じたいと思います。
ちょっと今日時間がないんでサラサラといく感じで申し訳ないんですけれども、ご容赦ください。
【歌詞】
【歌詞】
12:28
【歌詞】
【歌詞】
【歌詞】
【歌詞】
いかがでしたでしょうか。前半に話した割にはですね、今日ちょっとパッと見た立詞で、しかも結構言葉が難しかったんで、雑に扱っとるやないかというツッコミはちょっとすいません、ご容赦ください。
今日は思った以上に時間の管理を間違ったんで、だいぶこれは反省点が多いところなんですけど、一つ一つちゃんと漢詩拝見を勉強した上で吟じていきましょう。ちょっと僕も少しずつやっていきたいと思います。
ではでは今日はこんな感じですね。詩吟の魅力を発信する詩吟チャンネルどうもありがとうございました。バイバイ。