その図紙フォト、皆さんからも写真を募集しているそうで、申し込みに必要な事項を記入して、企画課、校長、広報係窓口にお持ちいただくか、メールで添付してくださいと言ったところらしいです。
これね、うちも実家ね、本当に祖祖父の代から図紙師だったんですけれども、そう考えるとね、おじいちゃんのおばあちゃんとかね、そういった時代の写真、もう捨てちゃったかもしれないんですけども、寄贈すればよかったなーなんて今思ったりするんですよね。
同じように、そういったね、お家に眠っている古い写真っていうのを市の方に寄贈して、この図紙フォトのサイトに載せられているみたいなね、そんなことを感じられる写真も結構載ってたりするので、図紙フォトのサイト、本当にページ見ているだけで結構面白いんですよ。
というわけでね、今日はこの図紙フォトからいくつか写真をピックアップして、これ図紙レコのインスタにもちょっと掲載しようと思うんですが、昔の図紙の姿を想像しながら語っていこうと思います。
僕の幼少期、小学生時代からとかね、懐かしいなーなんて思いながら、当時の図紙の姿を思い出しながら語っていきたいと思います。
まず1枚目ね、これインスタの方を見ていただきながらいいかなと思うんですけども、このアマゾンジャングルって皆さん知ってますかね。
僕が1983年生まれで、今41歳なんですけども、結構同世代の近い方だったら、アマゾンジャングルという図書小学校にあったもうでっかい優遇。
これ覚えている方もいるかなと思うんですが、写真の方はインスタの方に図紙ポート提供でアップしていますので、そちらご覧いただければと思うんですけども、このアマゾンジャングル何がすごいって、小学生の身長からすると、なんて言うんでしょう、この優遇なんですけど、
大体小学校の優遇って高さ、これ高くても数メートルとか3メーター4メーターとかじゃないですか、でもそれ以上の高さなんですよね、本当にめちゃめちゃ高いところに登って釣り輪があったりとか、ジャングルの釣り輪みたいな感じだったりとか、釣り橋があったりみたいなところでね、
本当に青い鉄パイプというか鉄筋でできている優遇なんですけれども、これは釣り輪が下の方にぶら下がっていて、上の方は上に登るとネットがかかっていて、そこは釣り橋になっていると。
なので釣り橋の下には釣り輪が下がっていて、それにぶら下がってどこまで行けるかみたいなことをよくやってたんですけど、これよく考えたら今考えたらめちゃめちゃ危ないですね。
柵はあったんですけども、ここから落ちたらちょっと大骨折するんじゃないかぐらいな、本当にそれぐらいの優遇だったんですけども、それを遡るとAmazon Jungleというこの大型の優遇の前にはチビレストというエベレストのチビ板、チビレストという石で大きく石を固められた山があったんですよ、トンネルとかもあってね。
これはすごいね、何て言うんだろうな、このチビレストの石碑とか今あるのかな。
ちょうどこのチビレストとかAmazon Jungleっていうのは今の図書学校で言うと給食室のあたりですかね。
給食室から裏が入るところ、市民交流センターとかその入り口あたりかな。
山神林業とかそっちの方の方面にあった優遇なんですけども、わかるかなこの話。
このAmazon Jungle、Amazon Jungleの隣にエルムの木という木が1本あるんですけど、今これは図書学校の中にもありますね。
木が1本ポツンとあると思うんですけども、これのそばにあった優遇なんですよ。
この写真が図書館の方にアップされていたりしたので、久々に見てこれ超懐かしいって思って。
Amazon Jungleのところからすぐ近い出口に出ると山神林業があって、遠明寺が横断歩道を渡ると遠明寺があって、セブンイレブン図書駅前店があると。
この図書駅前店のセブンで僕は学生時代から結構バイトしてましたよ。専門学校時代とかね。
写真1枚から結構こういう懐かしい話どんどん広がっていくんですけども、リスナーさんついてきているでしょうか。
はいすいません。こんな話が続く回です。
続いてご紹介するのがですね、図書海岸に向かう田越川沿いのプレジャーボートの渓流の風景。
これ何かというと、いわゆるあれです。田越川沿い、今で言うとドミノピザとか図書スポーツクラブそのあたりから図書海岸の河口のあたりまでプレジャーボートがもう本当に両脇に川の両脇にですね。
路上駐車かっていうぐらいの無断駐車で、これがですね、所狭しとボートが渓流されてたんですよ。
これ無断渓流だっていうね、いけないことだっていうのは、小学校とか幼稚園の時僕気づかなかったんですけど、これが当たり前の光景だと思ってたんですけど。
これが和式習慣というか風物詩みたいな感じでね、こういった記録の写真が残ってた。そんな感じのことがね、図書フォトには載ってたなと思ってました。
今ではね、この田越川沿い一石もボートの渓流とかないですけども、時代を表してますよね。
ちなみにこの渚橋の下のね、テトラポッドのあたり、これ潮の道引きによって色々とね、魚とかも見えてくるんですけど、この橋のね、ちょうど下あたりかな。
これ釣りでね、ちょいちょいとちょい投げすると、草風ばっかりなんですけど、たまにハゼとかいますね。ハゼ釣るならその辺のスポットおすすめです。
そしてね、最後にご紹介するのが寿司といえば、寿司といえばっていうかね、アドマチック天国でもね、寿司を特集するとやっぱりいつも1位になる寿司海岸ですよ。
寿司海岸の移り変わりということで、昭和初期から平成の終わりまでという風な移り変わりが4枚ぐらいの写真でね、ちょっと寿司フォトから掲載できるかな、インスタの方。
紹介しているんですけれども、この寿司海岸っていうのがね、昔はなんかね、あれだったみたいなんですよ。
昔はね、あんまり人気がなかったらしいんですね、寿司海岸っていうのは。
明治時代になって、交通網とかがね、発展したり、あと徳富駒さんというね、駒公園の、徳富駒さんの小説、ホトトギスというやつですね。
別荘地として有名になって、その後海水浴の大衆のね、娯楽か、昔は大衆娯楽じゃなかったんですかね。
それによって大勢の人が寿司海岸に訪れるようになったということらしいんですよ。
この駒公園とかね、徳富駒とかね、なんかいろいろと地名というかね、なんかスポット、寿司のスポットの中に名前として刻まれているね、そういったキーワードあるじゃないですか、駒とかね。
それでいろいろこう調べていくと、小説のホトトギスというのが、それの舞台が寿司だったみたいなところがありまして。
で、いろいろこう調べていくと、ナミコ不動ってあるじゃないですか。
鎌倉に向かう道のところで、結構ね、引き潮、寒潮になると岩場というかね、そこでこう、今でいうと磯焼けの海を、海を撮ったりとかね。
ナミコスタイルさんとかが活動されていたりする、ナミコ不動なんですけれども。
そのナミコ不動といった地名の由来っていうのも、ナミコっていう女性がこのホトトギスという小説に登場したことが故になっているそうなんですよ。
主人公とナミコと、その夫で海軍の軍事のタケオのね、恋愛の悲劇を描いた物語。
それが小説ホトトギスらしいんですが。
なんか寿司が舞台と聞くとね、ちょっと読んでみたいなって思っちゃいますね。
僕は読んだことないんですけど、地元民の古くからの皆さんとかは読んだことあるのかな?
やっぱり、ちょっとね、機会あったら読んでみたいなと思っています。
そんな感じで、こうルーツのね、寿司のルーツを探っていくみたいな、そのきっかけにもなるような寿司フォトだなぁなんて今回思っちゃいましたね。
そんなわけで、今回は寿司フォトのサイトだったり写真を見ながら、ちょっと懐かしいなぁって個人的に勝手に思っているような話を繰り広げてきたわけなんですけれども。
Facebookの方で公開グループでありまして、寿司の古い話と地名の話っていう公開グループがあるんですよ。
これでね、ここで僕よりももうちょっと上の世代の方々が寿司にこんな話があったよとかね、こんな地名がありましたねとか地図とかね、写真とかそういうのを結構掲載しているので、
なんか僕もちょっとね、寿司のルーツだったり起源だったりとかね、そういったところももうちょっと研究してみたいなって、そんなことを思っちゃいましたね。
いわゆる街の記念写真っていうのって意外とないなって思ったんですよね、今回。
家族写真とかは割とね、子供が生まれたりとか、いろいろなきっかけ、観光総裁とかもそうですけど、写真を撮るきっかけっていうのは、家族とかの場合は記念写真あるんじゃないですか。
でも、街の風景とかそれをね、記念写真というか、ふとした光景をね、写真に撮って定点記録というか定点観測というかね、そういうする人ってあんまりいないですし、写真が残っていること自体だったりとかっていうのは結構貴重なことなんじゃないかなって思うんですよね。
なんか、若い人たちにもね、今は駐車場になっているけど、ここお店があったんだよとかね、それこそこの逗子レコーラジオの名前の起源となっている逗子レコードショップっていうのがですね、今、新洲通りの商店街の鳥市の並びにある、今ちょっとまた別のお店になってますけど、最近クリーニング屋さんだったところが別のお店になってますけども、
そこがね、逗子レコードショップというお店で、そこのオーナーの小林さんから、この逗子レコーという愛称を使っていいですかっていうことで開託していただきまして、それで逗子レコーラジオという名前を名乗るようになったと。そんな感じの起源もあるんですよ、この番組には。
はい、2019年ぐらいからやってるんですね。そんな感じで、逗子のルーツを深掘っていくみたいなことをね、ちょっとなんかちょっと暇なとき、年末とか図書館に籠ってなんか研究したいな、なんかあの、余生はそんな感じに過ごすのも一興じゃないでしょうか、なんてことを思った今回の収録でした。はい、ありがとうございます。
いや、本当はね、いろいろあるんですよ。もう逗子フォトには載ってないけど、昔こういうお店がありましたみたいなのをね、他にもありまして、モーモーズっていうアイスクリーム屋さんがあるじゃないですか。
逗子葉山駅のね、八区の向かいにありますよね、モーモーズ。ここのアイスクリーム屋さんが昔はトップボーイというゲームソフト屋さんだったりとかね、懐かしいと思うでしょう、地元に住んでる皆さん。
あとはね、発風堂とか貢献堂とかね、翼模型っていう、いわゆるプラモデル屋さんがね、僕の小学校時代とかは3軒ぐらいあったんですよ。ミニ四駆とかね、流行ってた時とか。
そんな感じでね、いろいろな、小学生目線から見ても、あそこよく行ってたなーってお店あったんですけれども、本当に今、逗子の銀座通りにはね、おもちゃ屋さんもないですし、フジトーイもね、ドンキ屋もないですし、昔あったんですよ、そういうのがね、あって。
懐かしくなってきちゃったな。このまま懐かしくなると長くなってしまいますので、今回はこの辺で置いとましようと思います。
この逗子レコラジオっていうタイトルコールも、もうちょっとテンション上げて撮り直したいですよね。
ヒカちゃんがね、戻ってきたら、はい、ちょっと撮り直したいなと思います。
はい、逗子レコラジオは週1回、毎週水曜17時に最新回を配信しています。
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公式Instagram、アカウント名逗子レコでは、ゲスト収録時に撮影した写真が見られたり、ストーリーズでは逗子葉山鎌倉での日曜を気まぐれに投稿していたりします。
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