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こんにちは。 カレイド・エニータイム・ハーモニーのゆっぴーです。
この配信では、テソー、ヨガ、AIを通して、50代からの人生を自分らしく健やかに歩むヒントをお届けしていきたいと思います。
では、今日も一緒に始めていきましょう。よろしくお願いします。 ということで、はい、今日はね、本題のテーマに入る前に、
私がね、最近とても心に残った学びを一つお話ししていきたいなと思います。 先日ね、ある音声配信を聞いておりまして、
糸し直すという言葉に出会いました。 その方はね、感情はただ受け身で生まれるものではなくて、自分で何度も何度も糸を置き直すことができると話されていました。
私はこの言葉を聞いたときにね、「おお、なるほど。」と思ったんですよね。 私自身何かを学んでも、その時はですね、「よし、頑張ろう!」ってね、
思ってね、すごく熱量高く感じるんですけれども、数日経つとね、気持ちがどんどん薄れてしまうことが正直何度もあるんですよね。
でも、これは続かなかった自分が悪いと判断するのではなくて、もう一度ね、糸を置き直せばいいということだったんですよね。
例えば、朝ですね、今日は笑顔で過ごそうと決めても、お昼にはね、仕事で嫌なこととかがどんどんどんどんあって、その笑顔で過ごそうということを忘れてしまうことってありますよね。
そんな時ですね、もう今日はダメだと思うのではなく、もう一度笑顔で過ごそうと、糸をし直せばいいということなんですよね、簡単に言うとね。
AIの勉強とかもそうなんですよね。私、今ずっとやってるんですけれども、今日はね、30分やろうと決めたんだけれども、仕事でクタクタで晩御飯作ってってなると、もう疲れてはしんどーって思うんでね。
そんな日はですね、またできなかったと自分を責めるのではなく、じゃあ今から5分だけでもちょっとだけやろうという糸を置き直せばいいということなんですよね。
私はこの考え方が、心乱証人の教えにもどこか通じるように感じました。私たちは迷うこともめっちゃあるし、心がね、ぶれる時もあります。
だからこそですね、一度決めたことを完璧に守り続けることよりも、迷ったら何度でもね、自分の向きを考え直すということが大事なのではないでしょうか。
人生はね、一度決めたら終わりではありません。今日でもこの瞬間でもですね、新しく始めることができるんですよね。
そんなことを感じながら、今日のお話につなげていきたいなと思います。
ではですね、今日は4回目、自分を責めなくてもいいということでね、始めていきたいと思います。
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このね、令和版心乱証人の教えの4日目ですね。
このシリーズはね、心乱証人の教えを現代を生きる私たちの暮らしに重ねていきながら、私がわかりやすく噛み砕いてお届けしている配信になっております。
第1章はね、自分を受け入れるでした。今日はね、第4回目の自分を責めなくてもいいというね、お話をしていこうかなと思います。
皆さんはね、1日に何回ぐらい自分を責めているでしょうか?すごい質問ですよね。
また失敗したとかね、なんであんな言い方したんだろうとかね、もっと早く行動すればよかったとかね、こんなふうに1日の終わりに反省歌を開いてしまうこととかってありませんでしょうか。
自分でね、立するために反省するということは全然悪いことではないんですけれども、
同じ失敗をね、繰り返さないためにも、振り返るっていうことはとっても大切なんですよね。
でも反省と自分を責めるっていうのは、実は全然違います。
反省はね、次はこうしてみようと未来につながります。
一方、自分を責めるということは、私はダメな人間なんだとね、過去に心を縛りつけてしまいます。
私自身ももっとできたはずなのに、と思うことも実はよくあるんですよね。
やりたいことが思うように進まなかった日、仕事で落ち込んだ日、家に帰って今日も何もできなかったなぁと感じる日、
そんな日はですね、自分に一番厳しい言葉をかけてしまうことがあります。
でもですね、この診断証人の教えに触れるようになってから、一つ気づいたことがあるんですよね。
私たちは自分の力だけで完璧に生きられる存在ではありません。
だからこそ失敗もします。迷うこともあるんですよね。思うようにできない日もあります。
診断証人はそのような人間の姿をですね、真っ向から否定するのではなくって、その現実をありのままに見つめられるということなんですよね。
私はその姿から失敗をなくすことよりも、失敗した自分を受け入れるということが大事なのではないかと教えられています。
ちょっと考えてほしいんですけれども、小さい子供がね、わーって遊んでてバターンって転んでね、わーって泣いたりするじゃないですか。
その時にですね、大人が、え、どうして転んだの?って攻め続ける人っていませんよね。
大丈夫?痛かったねー。痛いの痛いの飛んでいけーとかって言ってね、手を差し伸べますよね。大丈夫?って言ってね。
ところが自分がね、バターンって転ぶとどうでしょう。なんで私こんなこともできなかったんだ?とかね。情けない!とかって言ってね。
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こんなところで転んでーとかって言ってね。そんな厳しい言葉を自分自身になぜか浴びせてしまうんですよね。
自分でも一番励ましてあげられない人は自分自身なのかもしれないんですよね。他人に優しく自分に厳しいってまさにこれですよね。
ヨガでもですね、バランスの立つ姿勢のポーズっていうのがあります。例えば木のポーズですね。片足を立ちになって、片方のお膝を曲げてね、手を両手を上に伸ばすというね、木のポーズっていうのがあるんですけれども、
それもね、ぐらぐらぐらっと揺らついたりする時があるんですよね。でも、ふらつくことが悪いってことじゃないんですよね。
ふらついたからこそ、今日の自分の重心がね、ちょっと中心から外れてるんだなぁとかって気づいて、少し整えていこうっていう気持ちになるんですよね。意識をちょっとお腹の中心の方に向けないといけないなぁとかっていうのね。
人生も同じなんですよね。失敗をしない人ではなく、失敗から立ち上がる人が少しずつ成長していくのだと思います。
だから今日は、もし何か失敗したとしてもね、自分を責め続けるのではなくって、ちょっとだけこうやってね、問いかけてほしいんですよね。
この今日やった経験から私は何を学べるんだろう? その問いが未来への一歩に繋がるかなと思います。
今日の小さな実践ですよね。夜寝る前に今日の失敗、何か嫌なこと思い出して寝るのも嫌なんですけども、一回ちょっと思い出して、
その失敗という経験の後に、でも私はその後に笑顔でこうしたとかね、こう対応したとかね、
うまくお客さんと喋れなかった。でも最後まで伝えようと言葉を選びながらお話しすることができたとかね、思うように進まなかった。
でも途中で私は最後までやり切った。でもという言葉は不思議な力があるんですよね。
失敗だけで終わらせずに、その中にある成長も目を向けることができます。
新蘭正二の教えは、失敗しない人生を目指す教えではありません。迷いながら、転びながらでも、生きていく私たちをそのまま受け包んでくれるような教えだと私は感じていますよ。
今日のお話が皆さんの心を少しでも軽くする時間になったら嬉しいなって思います。
本当にね、長くなりましたけれども、最後までお聞きいただき本当にありがとうございました。
人生の中心はいつもあなた自身ですよということで、また明日の配信でお会いしましょう。ではまたね。バイバーイ。