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Life Designチャンネル、このチャンネルは介護福祉業界で約20年間働き、現役の主任ケアマネージャーである私、やまとゆきが介護の話や自身で作ったノート、ライフデザインノートのお話をさせていただいております。
こんばんは、やまとゆきです。今日は夜に少し放送させていただきたいと思います。
今日なんですけれども、普通と不都合の話をしていきたいと思います。
良ければ最後までお付き合いください。
皆さんにとって普通って何でしょうか?
普通はこうでしょうとか、普通だったらこうするよねとか、至る所で大体普通って結構使われているんじゃないかなと思います。
まあでも今はですね、普通は1個じゃないよみたいな認識が結構広がってきているかなと思います。
誰かの正義は、誰かの正義と悪があって、その悪はその人の正義だったりするみたいな話もよくあるじゃないですか。
なので一つのことが全て正しいということではないというのがですね、今の現在よく言われていることなんじゃないかなと思います。
普通もそれと一緒で、一つの正しい普通というものは存在せずに、その人の中での価値観の中での普通というのと普通ではないことというのがですね、分けられているというふうに感じます。
私たちのような仕事をしていると、いろんな人の普通に出会います。
これこれこれこれこうは普通だから、普通はこうするでしょ。
普通こう考えるでしょ。
とかね、例えば1日2食しか食べられない人に対して、いやいやいやいや1日3食食べるのが普通でしょ。
とか、お風呂を1週間に1回しか入らない人に対して、いやいやいやいや1週間に最低でも2回ぐらい入るのが普通でしょ。
とかね、様々な普通が様々な人の様々な意見によって、それは違うと言われたり、それは正しいと言われたりしている。
これって年齢を重ねたりとか環境が変わったりとかで、自分の中の普通って結構ガラッと変わったりすることもあるんですよね。
先ほど入浴の話の例を出しました。
介護保険というか住宅の方になるのかな。
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施設とかに入られている方、特別養護老人ホームに入られている方ですとかね、そういった方々って最低でも週2回はお風呂に入りましょう、お風呂に入ってもらいましょうというのがスタンダードであるんですよね。
なんだけど、ある人の普通が週1回だったらどうします?
また逆に週4回だったらどうします?
いや普通、施設に入った人は2回お風呂に入るんだから皆さん2回にしてくださいね。
もちろんそれもあるのかもしれません。
ただ私はまだ40代で元気なので、毎日お風呂に入るんですけれども、
これがあと倍の年、80歳になった時の、80歳の時になった時の私の普通って、毎日お風呂に入るが普通なんでしょうか。
体も痛いし、しんどいし、なんか心臓もドキドキするし、お風呂に入るのだけでもしんどいんだよねっていう人に対して、
いやいやいやいや、普通は週に何回入るんで、これって普通なんでしょうか。
で、普通と不都合のお話をするっていうお話を一番最初にしたんですけれども、
例えば親子の会話で、最近いろいろとめんどくさくなっちゃったから、これこれをしないのよねって親に言われたとして、
自分の中の普通がちょっと揺らいだとします。
いやいや親は今までこうやってやってたのに、なんでできなくなったんだ。
物を片付けるのが億劫になったから物が捨てれなくなったのよね。
後でやっておくから、ちょっとそこに置いといて、
私たちの普通が例えば、いやいや物をたくさん持っているよりも少ないもので生活してコンパクトにまとめたらいいって思ってたとするじゃないですか。
なんだけど親御さんは、いやいや欲しいと思った時にすぐ手元になかったら不安だからこれは置いておいてほしい。
それが普通だったとします。
相反する普通が合わさった時に、相手の主張って自分にとっても自分にとっての不都合になることが多かったりします。
自分にとっては物が少ない方がいい。
親がいっぱい物を持っててそれを片付けるのは自分になるんだから、
自分にそれが降ってくる前に親に片付けておいてほしい。
そう思うのは当たり前のことなのかもしれません。
なんだけど親が物を捨てれないのはやはり不安からくるもの。
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もし自分が欲しいと思った時にすぐに手元になかったら不安になる。
そんなにパッパパッパと買い物に自分が行ける状態ではない。
そもそも外に出るのが億劫だ。
ゴミをまとめる体力や気力がない。
どうしたって体力というものは落ちていきます。
80代、90代になってパッパパッパ動いている人ももちろん中にはいらっしゃいます。
でも絶対数の方がそうであるとは限らない。
そうなった時に、今は親のお話をしています。
これがパートナーかもしれないんですが、
今までできていたことができなくなって、
ゴミを捨てるのが億劫になった。
買い物に行くのが億劫になった。
お風呂に入るのが億劫になった。
それが子供である私たちの普通とかけ離れていった時に、
子供は少し違和感を感じて、
それでいいかと思えなくなって、
自分にとって不都合だから、
いつまでも親は元気でいてほしいし、
みんなにも綺麗でいてほしいから、
だから、そんなんじゃダメでしょ。
じゃあ、しんどいんだったらデイサービスに行けばいいじゃん。
お風呂入れてもらえばいいじゃん。
ヘルパーさんに来てもらえばいいじゃん。
解決策を急ごうとするんですけど、
まずは、どうしてそうなったのかっていう原因のところを
話を聞くっていうのが一番大切なんじゃないかなと私は思います。
お風呂に入ることはもちろん清潔の保持という意味で、
疾患の予防にもなるので入っていただきたい。
なんだけど、本人が入りたくないんだったら、
そこはそこまで強く言わなくてもいいのではないか。
ただ、ご自身の身の危険が生じるとき、
感染症のリスクが高まっているときに、
本人がお風呂入りたくないって言ってるんで入ってませんでしたって言って、
感染症になる。
そういう話ではなく、
そこまで行く一歩手前、もっともっと手前ぐらいに、
本人がしんどいと思っていることの理由って絶対あるはずなんですよ。
だからそこを、なんでどうしてだけじゃなくて、
どうしてそう思っているのかなっていうのを、
ちょっとちょっと深掘り的にでみる。
そんなことが必要なのかもしれません。
自分の中の普通が、誰かにとっての普通じゃなかったときに生じる不都合というものは、
特に家族関係の中で多いと思っています。
それを解決するためには、もうしょうがないよ、何言っても分からないし、
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という諦めとか、そういったものではなくて、
なんでこう思うんだろうという、
興味関心が一歩先に進むのだと私は思っています。
今日は、自分の普通は、誰かにとって普通じゃなかったとき、
自分にとっての不都合になる、
そんなお話をさせていただきました。
いつもいいねやコメント本当にありがとうございます。
配信の励みになっております。
今日が皆さんにとって素晴らしい、そしてまた明日が素晴らしい一日になりますように。
それではまた次回。