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おはようございます。5月15日、金曜日ですね。 1週間あっという間です。いかがお過ごしでしょうか。
今日こちらは、朝からもう刺すような日差しが照りつけて、 とてもいいお天気になっています。
なんかそろそろね、雨がまた続き出すような 週間天気ですけれども、皆さんのところはお天気いかがでしょうか。
アネオタさん、おはようございます。よろしくお願いします。 すいません、なんかちょっと声がガラガラしてますね。よろしくお願いします。
はい、ということで、今日の私の意図なんですけれども、 今日はそうですね、どんな1日にしたいかな。
なんか物事がスムーズに進むような、 そんな1日にしたいと思っております。
障害物がないみたいな、 そんな感じで1日過ごしていきたいなと思っております。
はい、ということで、今日のお話なんですけれども、 今日は金曜日なので若干スピーよりの話、概念的な話をちょっとしたいなと思うんですけれども、
今ですね、このタイムにあっているドラマ、 すごいドラマとかばっかり見てる人みたいなんですけど、
ドラマでですね、なんていう名前だったかな、銀河の一票だったかな、 タイトルちょっとあまり覚えてないんですけど、
黒木花さん、ちょっと読み方違うかもしれない。
もう一人の方、ちょっと名前がわからないけど、 選挙、都知事に立候補する、普通のスナックのママが都知事に立候補するっていう感じの話なんですけど、
それをティーバーで追っかけて、 飛び飛びなんですけど見てて、
そこにですね、カレンダーに出てくる男性が貼ってある、 カレンダーだか紙に書いてある言葉がですね、
すごく最近の自分が考えてることとかにすごいフィットして、 これ誰の言葉なんだろうっていうのを調べたんですね。
さちなおさんおはようございます。ゆかさんおはようございます。 いつもありがとうございます。よろしくお願いします。
その言葉というのが、正しく生きることは銀河系を自らの中に意識して、 これに応じて行うことであるという、
銀河鉄道の絵の横に書いてあったんですね。 これは誰の言葉だ、なんかすごいなと思って調べてみたんですよ。
これ宮沢賢治さんの、すごく有名な一説らしいんですよね。 農民・芸術・概論・紅葉っていう本の序論のところに書かれている、
結構有名な一説らしいんですね。
この正しく生きることは銀河系を自らの中に意識して、 これに応じて行うことである。
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すごくなんか哲学的な言葉ですけれども、 本当に最近三明学とかを勉強しだして、
老子とかを今ちょっと読んでるんですけれども、 老僧思想の老子とかも読んでるんですけど、
さっぱりわからないぐらい難しい中に、 全体に流れているものっていうのがまさに、
宇宙を自分の中に持って、その中の自分は本当に小さな小さな一要素なんだっていうことを意識して生きていくっていうことが大事なことなんだっていうか、
そういう大事なことっていうのはちょっと違っていて、 そういうことなんだみたいなのをすごく最近感じるんですね。
このちょっとイメージしてみてください。 自分の中に銀河がある。
銀河系を自らの中に意識してっていうことは、 銀河、宇宙の中に自分がポツンっているっていう、
よくある、なんですかね、それこそAIとかで生成した動画とかでもいいんですけど、
バーッと宇宙があって、そこから小さいところにキュキュキュって、 自分の一存在のところまでズームズームズームしていくようなイメージですね。
ちょっとイメージしてみてください。
なんかそんなふうに考えていくと、これは私の感覚なんですけど、
本当にこう理屈じゃなく、その一人間、自分っていうのは、
まるで例えば自我がある、エゴがあるかのように、 自分は日頃の生活の中でエゴまみれで生きてるなって思うけど、
でもそういうふうに見ていくと、目の前に生えている草花とかその他のもの、
そういうのと何ら変わりない一つの小さな生命体なんだなっていうのを感じるんですね。
そうすると何ら変わりないんだったら、そこに自分がこうしたいとかっていうのとか、
そういうエゴとなるようなものっていうのって、 必要ないというか、そこがサーッと溶けていくような感覚がすごくあるんですよ。
ただこれはまだまだ私は全然エゴまみれな人間なので、 長続きはしないんですよね。
そのイメージをして一瞬サーッとしても、 また数時間したら、地球上の俗人に戻ってしまうみたいな感じがあるんですけれども、
でも宇宙の中の一員、小さな小さな小さな一員として自分自身を感じることによって、
今ここで自分が自然に何をすべきなのか。
まさにそれが自分自身の本当の意味での魂が喜ぶ充実感であり、
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幸せって何か充実感かなって、この話の中でいくところの幸せって充実感なんだろうなと思うんですけど、
その充実感を感じることができるんじゃないかなっていうふうに思います。
この宮沢賢治さんのことも、その他のローソン思想とかも、私は全然ついつい本当に最近意識を持って接するようになったので、
全然詳しくない素人ですけれども、基本的には同じ宇宙観っていうものを持っていて、
思想の根本にある哲学っていうものは、同じようなところ、同じ師座で言われてるんじゃないかなと思います。
もちろんね、老子さんとかって本当に実在するかどうかもわからないとかって言われてるぐらい、
大昔のことなので、もっと偉大ではあるとは思いますけれども、そういうことなんだろうなと思います。
その中で、ローソン思想の中では、宇宙の根源的な働きとか法則っていうのを、
道と書いてたおって呼ぶらしいんですけれども、それを極めるためにはそんな簡単じゃないですよね。
きっと大半の人は極めないまま、人間という生き物を終わっていくんだと思いますけれども、
でも、自分の中に与えられた使命みたいなものに気がついて、全部じゃなくても小さな一つずつでもいいので気がついて、
それを何とか全うするために日々努力をして生きていくっていうのが、頑張るということではなくて、
与えられた使命を全うするために、それにふさわしい、それを全うできるようになるために、
精進する、努力するっていう方が近いかなって私の中での感覚ではそうだと思うんですけど、
その中で、要は自分の使命、魂の欲求する、与えられたものっていうものが満たされていくので充実感があり、
それが幸せだなと感じる、自分の人生すごく充実して幸せだなって感じるっていう人生というものになっていくんじゃないかなと思います。
草花とかはね、それこそそれって単純な機能の問題じゃないですか。
私たちはすごく発達した、すごく発達したかどうかは、もっと発達しているものがあるかもしれないのでわからないですけど、
それなりに感情を感じるものを持っているじゃないですか。
だからそこに充実とか幸せとか嫌だったなとか、そういう感覚っていうものを感じるようにできている生き物ですけれども、
きっと全てのものはそれを人間が感じているような感覚じゃないもので、それぞれの宿命みたいなものを全うして最後まで生き抜いているんだろうなというふうに思います。
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植物とかシンプルになればなるほど、生きるため、次にまた世代を残すためとかに集中するじゃないですか。
自分次を残したら自分はすぐに枯れちゃうとか、なくなっちゃうっていうような生き物の世の中にはたくさんあるので、
それが自分が持っているこの世に生まれた生の使い方であってということ、それがちょっと複雑になったぐらいが人なんじゃないかなというふうに思ったりしています。
ということですいません、まだまだこんなに哲学的なことを語るには全然知識が全然どころかマイナスぐらいの私なんですけれども、
でもこうやって考えるような自分の中でそっちに意識が向くようなきっかけをどこかで自分の人生の中でもらっているということは、
そんな大きなことはできなくてもやっぱり考え続けるということ、そしてそれを感じ続けるということが自分に与えられた一つの方向性であり、
それが私の使命なんだろうなと思います。まさにですね、大なる目標だったっけ、大なる目的だったっけ、それに近いところなんだろうなというふうに思います。
それをなかなか感じるのが難しいというときは、わーっと宇宙を自分の中に作っていって、その中で自分はどういうふうに存在しているのか。
そうすると本当に小さいですよね。ずっと宇宙に広げていて、そこの中の自分一人ってなったときに、大きなことを考えなくてもよくて、小さなことを感じるということで、
自分にまた戻ったときに、その小さなものだって感じてたものは意外と人間界、この地球上の出来事としては大きなものとして感じられるんじゃないかなみたいな、そんなイメージですね。
自分の中では、そうだよねって繋がってるんですけど、なかなかこれを言葉で語るのは難しいですけれども、何かちょっとそういう難しいことですけど、考えるきっかけになれば幸いです。
ということで、今日はこのあたりで締めていこうと思います。
今週すごく早かったですね。皆さんどうでしたかね。あっという間に1週間終わっちゃいましたけれども、どうぞ充実した週末をお過ごしください。
それでは今日はこの辺で失礼したいと思います。朝から今日も集まっていただきありがとうございます。失礼します。