002 - なぜタイだったのか。3年住んでみて、正直に話します。
2026-05-27 15:31

002 - なぜタイだったのか。3年住んでみて、正直に話します。

第2回:なぜタイだったのか。3年住んでみて、正直に話します。

移住先にタイを選んだのは、物価が安いからでも、ビザが取りやすいからでもなく、最初のきっかけは映画でした。

空族の『バンコクナイツ』、アピチャッポン・ウィーラセタクンの『ブンミおじさんの森』。スクリーンの中のタイに惹きつけられて、気づいたら「住んでみたい」と思っていた。映画好きな人間の移住動機としては、まあ自分らしいな、と思っています。

第2回は、移住前に期待していたこと、そして3年住んでみてわかったこと——良かったことも、そうでもなかったことも、正直に話しています。

「タイは安い」は今やほとんど昔話。物価上昇と円安で、スーパーで「東京と変わらなくない?」と感じることも増えてきました。それでも「失敗だった」とは思っていない。住んでみないとわからなかったことが、たくさんあったというだけで。

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感想

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00:07
こんにちは、RyoTaです。 余生、余ってません。 〜リベラルアーツをまとって旅暮らし〜第2回です。
今日もバンコクからお届けしています。 今は5月25日、月曜日、6時37分です。
バンコク、今日も暑いです。 何度も言うことになると思いますが、とにかく暑い。
自分は暑さが苦にならない人間なので、今のところ全く問題ないんですが。
さて、前回の最後に、タイを選んだ理由はまた別の回で、と言ったので、今回はそのお話をしようと思います。
なんで、よりによってタイだったのか。 移住前に期待していたこと、実際に3年住んでみて分かったこと、その辺りを正直に話していきます。
まず最初に言っておきたいのは、タイへの興味は実用的な理由から始まったわけじゃないということです。
物価が安そうとか、ビザが取りやすいとか、そういう話は後から来る。 最初のきっかけは映画でした。
九族というグループをご存知でしょうか。 空気の空と家族の族で、九族です。
富田勝也監督、藍澤虎之介さんを中心とした映像制作集団なんですが、彼らの作る映画が好きで、ずっと追っていたんですね。
代表作にサウダージという映画があります。 富強と空洞化が進む日本の地方都市を舞台に、建設作業現場で働く日本人やブラジル人、タイパブで働くタイ人女性たちが入り混じって生きている話で、
日本社会の終焉舞みたいなところを、リアルに荒木ずりに描いた映画です。
デンガリュウというラッパーが、夜の交付のシャッター街でフリースタイルラップするシーンが特に有名な作品ですね。
この映画に出てくるビンちゃんって人がタイ帰りで、かなりヤバめな人なんですね。
そして主人公が入れ上げているのが、タイパブで働くタイ人女性。
これが2011年の作品で、多くの映画賞を受賞した、九族の出世作です。
その後に撮ったバンコクナイツは、タイとラウスを舞台にした作品で、
バンコクの観学街で働くタイ人少婦と日本人の男たちが織りなす東南アジアの夜の世界を描いた映画です。
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上映時間はなんと3時間。
ちなみにサウダージも3時間近い長尺作品です。
バンコクで舞台になるのは、日本人専門の観学街のタニア通りです。
このタニア通りは今もあって、全然行かないけど、かなり寂れてるらしいんですね。
日本人が貧乏になって来なくなったから。
そんな夜の世界を描いたかと思うと、
そのタイ人少婦が故郷に里帰りするのに、彼女のひもである主人公が同行するっていうロードムービーになっていくんですね。
ここで描かれるのは、かつて楽園だったタイを再び楽園にしようともがく哀れな日本人男性たちの姿です。
ちなみに、バンコクナイツのクラウドファンディングでは自分も協力していて、
エンドロールに名前がクレジットされていたりします。
これ、口自慢ですね。
このバンコクナイツを見て、初めてバンコクってこういう街なのかという感触を得たんですよね。
観光地としてのバンコクじゃなくて、生活の匂いのするバンコク。
映画の中の街に何か引きつけられるものがあった。
それともう一つ、タイの映画監督でアピチャポン・ウィラサダ君という人がいます。
タイ人の名前って本当長くて発音しにくいんですが、
2010年の作品、文美おじさんの森が観音映画祭の最高賞を取ったことで知っている人もいるかもしれませんね。
このアピチャポンさんは、苦俗とも親交があったりします。
彼の映画はちょっと特別で、普通の意味でのわかりやすいストーリーはほとんどない。
夢と現実の境目が曖昧で、過去と今が交錯し、
熱帯の光の中で時間がゆっくり流れていく。
そういう感覚的な映画なんです。
最初に見た時に完全に喰らってしまって、過去作も見られるものは全部見て、
現役の映画監督の中で一番好きな映画作家になりました。
自分にとって本当に重要な人物です。
これがタイという国の空気感なのか?って、タイへの興味がどんどん強くなっていった。
その流れで、ナワポン・タブロン・ラタナリットとか、アノーチャ・スイーチャ・ゴーンポンとか、
若いタイの監督の作品も見るようになって、
なんというか、タイ映画の質感や時間感覚みたいなものにすっかりやられてしまったんですね。
映画好きな人間が移住先を選ぶとき、映画がきっかけになる。
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まあ、何とも自分らしい経緯だなと思っています。
とはいえ、映画に惹かれただけで移住先を決めるほど無謀ではありませんでした。
実際に移住を考え始めてから色々調べました。
期待していたのは主に3つです。
まず、生活コスト全般が安いこと。
次に、家賃が安いこと。
そして3つ目が、移住のハードルが低いこと。
ビザとか賃貸契約とか、そういった手続き面ですね。
当時はタイは安いというイメージが割と定着していましたし、
移住している日本人も多いので情報が流通していて、
調べれば大抵のことはわかる状態でした。
特にビザについては、タイにはリタイヤメントビザという制度があります。
50歳以上で一定の資産要件を満たせば取得できる長期滞在ビザで、
エージェントに頼まなくても自分でできそうなレベルで情報が揃っていた。
これは正直かなり決め手になりました。
とりあえず住んでみようが現実的に見えてきた。
では実際に住んでみた結果どうだったか。
良かったこととそうでもなかったことを正直に話しておきます。
まず良かったこと。
リタイヤメントビザは資産要件もハードルが低く、制度としてちゃんと機能していました。
これはイメージ通り。
家賃も安い。
家具家電が全部ついている部屋を東京の半額以下で借りることができる。
最初からある程度快適な状態で住み始められるのは精神的にも楽でした。
日本では引っ越しのたびにニトントラックで大量の荷物を抱えて移動していたけど、
タイに来る時には全部処分してスーツケース一つとバックパック一つで越してきました。
これ断捨離とかいうレベルではなくて別の人間になるくらい大きなことだったんですね。
思い入れのあるものを手放すのは辛くもあったけど、
物につきまとわれることから解放される不思議な気持ちよさがあった。
賃貸の契約をする際も日本のような審査はなくて、
パスポートとデポジットだけで借りられるのでものすごく楽です。
なので、内券で気に入ってその場で契約、その日から入居可能というのも普通にやります。
タイには日本人在住者が多いので、情報が豊富なのも助かりました。
09:03
困ったことがあっても、大抵は検索すれば誰かが同じ経験を書いていて解決策が見つかる。
駐在院の奥さん、いわゆる駐妻さんたちが書いているブログには随分助けられました。
ビザの更新手続きも専門業者に頼まなくても自力でできてしまうぐらい情報が整っています。
英語についてはバンコクは比較的通じやすい。
外国人が多い町なので、観光客相手のお店だけでなく普通の生活圏でも英語で大抵なんとかなる。
食べ物のストレスがないのも大きかった。
日本食のお店がたくさんあるし、タイ料理自体が自分の口に合う。
食べ物に困るっていうのは移住において結構大きなストレスになりうるんですが、タイはその点では自分には優しかった。
交通も便利です。
バンコクは電車網が発達していて、主要なところはほぼカバーされている。
それに加えてグラブやボルトというライドシェアアプリが普及していて、電車の届かないところも快適に動けます。
東京並みの利便性とは言わないけれど、不自由を感じることはほとんどない。
一方で機体と違っていたところもあります。
一番大きかったのは物価の話です。
タイは安いという昔からのイメージ、今はほとんど通用しません。
物価は上昇しているし、円安の影響もある。
スーパーで買い物をしていても、あれこれ東京と変わらなくない?と感じることが増えてきた。
生活コストで大きなアドバンテージがあるとは言い切れない状況になってきています。
それと言語のこと。
英語が通じやすいと言いましたが、これはなんとかなるというレベルで、快適にコミュニケーションが取れているかというと正直そうではない。
タイ人の英語を聞き取りが難しいんです。
タイ語の影響で独特のイントネーションがあって、慣れないと何を言っているのかわからない。
イントネーション以外にも、単語の語尾が省略されやすくて、単語レベルでわからないんですよね。
タイ語よりは全然マシだけど、英語がネイティブ並みに流暢というわけではない自分には、毎回それなりにエネルギーを使っちゃいます。
特に辛いのがイミグレーション、つまりビザの更新手続きです。
年に一度の手続きなんですが、あそこでの英語のやり取りが毎年しんどい。
12:05
書類が揃っていても、オフィサーに何か言われると緊張もあって聞き取れなくなる。
3年経った今でもまだ免疫がつかないですね。
それから騒音。
バンコクはどこへ行っても車とバイクの音がすごいです。
窓を開けていると、低騒回は特にうるさい。
冬の寒さがないせいか、防音レベルが低い建物が多いんです。
自分は割と慣れましたが、音に敏感な人には睡眠や健康への影響も出るかもしれない。
もう一つ、これは東南アジア全体に言えることなんですが、待機の質が悪い。
東京と比べると空気の汚染度が格段に高いです。
特に寒期の時期はPM2.5の数値が上がって、遠くの高層ビルが霞んで見えることも多い。
体幹でも空気が重くなるし、喉が痛いことも少なくありません。
そんな時期はマスクをしている大人すごく多いです。
健康意識が高い自分としては、長期的にここに住み続けることへの懸念が正直あります。
これは移住先を選ぶ上で、もっと真剣に考えておくべきだった点かもしれません。
最後に、自分はランニングを習慣にしているんですが、バンクでは結構これが難しいです。
歩道が狭くてガタガタな上に、歩行者優先じゃないので交通事故に遭うリスクが高い。
近くに公園があれば安全に走れますが、そうではない自分はジブのトレッドミルを使っています。
まあ空気が良くないので、外を走るのはいずれにしろやめた方がいいです。
というわけで、なぜタイだったのか、そして3年住んでみてどうだったのかという話でした。
ちょっと映画の話に熱が入りすぎちゃいましたが、まとめるときっかけは映画で現実的な条件の良さが後押しして、まあ行ってみようとなった。
住んでみると期待通りのこともそうじゃないことも両方あった。
でも今のところ失敗だったとは思っていない。
住んでみないとわからなかったことがたくさんあったというだけで。
ちなみに今年の7月頃にバンコクからパタヤに引っ越す予定です。
パタヤといってもあの世界一わい雑な街と言われるパタヤ中心地じゃなくて、もっと南側の落ち着いたジョミティエンというエリアなんですが、
15:00
高等、祖恩そういったことも含めてバンコクじゃないところに行ってみようということで。
パタヤに移ってどう変わったか、またそのうち話したいと思います。
それでは今回は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次の街でお会いしましょう。
りょうたでした。
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