015 - AIで文章を作ることについて、そして文章だけが聖域化していることへの違和感
2026-08-26 20:45

015 - AIで文章を作ることについて、そして文章だけが聖域化していることへの違和感

一時帰国の航空券を往復6万円で押さえた / 前回予告どおり媒体の話を引っ張る回 / AI文章への否定論で自分が否定された気分になった / Substackの「AI生成テキストをスキャン」 / Anthropicが生成文章に電子透かしを入れるニュース / 自分の記事をスキャンしてAI52%・人間48%と人間100% / 同じ作り方なのにラベルが割れる / AIスロップという言葉への引っかかり / 頭出しは自分、途中をAI、最後を自分 / 文章だけが聖域にされている / 映画のCGも音楽のシーケンサーも出自では有罪にしない / スロップは擁護しない、AIに職を奪われる話は主題にしない / 運用で止められると言うのは綺麗すぎる / 工程を説明しても信頼は売れない / AIはセカンドライフのインフラ / 良いアウトプットなら手法は問わない / 最後の書き直しを残すから自分が言った感覚が残る / ケンタウロスの話とKindle本を閉じた話はニュースレターへ

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00:12
こんにちは、RyoTaです。 余生、余ってません。 〜リベラルアーツをまとって旅暮らし〜第15回です。
今は、2026年8月25日、火曜日の午前です。 今日もタイのジョムティエンからお届けしています。
少し先の話になりますが、 10月末から11月頭にかけて、一時帰国する予定です。
そのための航空券を手配しました。
しばらく前から価格をチェックしながら、 安い便を探していて、ようやく往復合わせて6万円ぐらいで買えました。
私が観光でタイに来ていた頃と比べて、 ずいぶん高くなってて、正直きついですね。
どちらもベトナム経由便ですが、 急ぐ旅でもないので、今回はこれで行こうということで。
前回のニュースレターの最後に、
次回のポッドキャストは、 もう少し媒体の話を引っ張ってみようと書きました。
堅苦しい話は牽引されやすいと、 自分で書いた俗語にまたやってしまうとも書きましたね。
今日はその予告通りの回です。
テーマはAIを使って文章を作ることへの否定論についてです。
自分はこのポッドキャスト番組もニュースレターも AIと一緒に作っています。
第5回エピソードでその仕組みのことは一度話していますが、 今日は使い方の解説ではありません。
AI生成文章のラベリングに関わるニュースを見たときに、 自分が否定されているような気分なんだ、その話です。
同時に文章だけが正義にされているような感覚もある、 その2つを話そうと思います。
きっかけは小さなことが2つ重なったことです。
1つはサブスタックの記事に AI生成テキストをスキャンというメニューがついたこと。
もう1つはアンソロピックがAIの生成した文章に 電子スカシーを入れるというニュースです。
どちらも善意の話としてはわかる。
ゴミみたいな文章が溢れているのは自分でも見ているし、
読者を守りたいという動機は否定する気はありません。
03:00
でもそのメニューを見た瞬間の自分は ちょっと冷静じゃなかったんですよね。
自分の文章もここで一括で疑われる側に入るんだ、と。
スキャンする、スカシーを入れる、
言葉にすると文章の品質の話というより、 その出自でのスクリーニングに聞こえました。
書かれた内容より先にこれは人間か機械かを問われる。
そこに自分が否定されているような気分になった。
で、実際に自分の過去の記事でボタンを押してみました。
結果はAI、AI支援、人間の3種類が何パーセントずつかが表示されます。
AIとAI支援の区別がいまいちわかりませんが、 少なくとも白か黒かの判定ではない。
一番AI度が高かった記事で、 AIが52%、人間が48%、
一番人間度が高かった記事は、人間100%。
他人の記事で試すと、 AI100%という結果も少なくありませんでした。
自分の文章はAIと共同で作っているので、 52と48はまあそんなもんかなと思いました。
それに対して人間100%と出た方は、 語源質だと思っています。
同じ作り方なのに、片方は半分AI、 片方は完全に人間。
この判定が揺れるのであれば、 ラベル付けの正当性も失われる。
もう一つ引っかかっているのが、 AIスロップという言葉です。
スロップって、残版とか質の悪い量産物 という意味で使われるもので、
要するに中身を見ずに捨てていいものの名前です。
自分のパブリケーションがその袋に 一緒に入るのかと思うと正直心外なんですよね。
52対48だろうが、100%人間だろうが、 スロップの袋に入るかどうかを
こんな数字で決めつけられたくない。
第5回のエピソードで話した通り、 自分はネタ帳を自分で書いて、
関連するノートを繋いでAIに総顧を出させて、 それを自分の言葉で書き直しています。
全体を10とすると、最初の0から3は自分、 途中の3から8をAI、
最後の8から10を自分、くらいの分担です。
架空の話をデッチ上げているわけじゃないし、 経験と考えは自分のものです。
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補助はさせている、でも丸投げはしていない。
それくらいの球をかけて作ったものを スロップと同じ棚に置かれる。
それが一番先に来た感情でした。
最初は言いようのない違和感だと思っていたんですよ。
でも今は中身が見えています。
文章だけが正義化されているという感覚です。
技術の進歩であらゆる作業は効率化された。
表計算も翻訳も写真の現像も、
自分が40年近くいたシステム開発の現場も、
道具が変わるたびに仕事の形が変わった。
文章作成でも同じことが起きているだけなんじゃないか。
なのに文章だけは特別扱いに見える。
なぜだろうと。
映画も音楽も干渉する側はどう作ったかより、
見て聞いてどうだったかで判定すると思うんですよね。
CGを使ったかどうかで映画作品を有罪にはしないし、
シーケンサーを使った音楽も差別されることはない。
文章だけ道具の出自で先に疑うというのは、
制作の判定基準として歪んでいるように見えるんです。
と、ここまでが自分の最初の整理です。
ちょっと用語側に寄りすぎているのは自分でも分かっています。
これは後で崩します。
否定の空気の中身を自分なりに分類すると、
だいたい2種類に見える。
一つは、いわゆるAIスロップへの嫌悪。
誰も頼んでいないAI機能を勝手にソフトに付け加える。
不適切な画像を量産する。
ファクトチェックもせずに、
AI丸投げの文章を世に出す。
これは悪い使い方ですよね。
自分も擁護しない。
AI肯定派でもこれは否定すべきだと思っています。
そして、たぶんなくならない。
もう一つは、職を失ったという実被害です。
こちらは同情する。
ただし、今日の主題にはしません。
自分は60歳で現場を離れた側の人間で、
今職を失っている人の痛みを上から語れる立場ではない。
世界はそういうものだと一周するのも、
今日はやめておきます。
それ以外に出てくる根拠はだいたいこの辺りです。
ハルシネーション、つまり事実の取り違い。
オリジナリティや感情の欠如。
09:01
人間側の思考力、文章力の低下。
著作権と学習データのリミティ。
どれも無視していい話じゃない。
ただ、自分の現場感覚では、
運用で抑える話に見える。
人力が最後まで入るなら、かなりの部分は止められる。
問題は、運用で止められるという言い方が、
エンジニアっぽくて綺麗すぎることなんですよね。
後半でそれをフォローします。
AI検出メニューを見る前の自分は、
割と楽観していました。
3つくらい甘え見たてがあった。
まず1つ目。
否定される対象はスロップだろうと。
丸投げと自分のような手間のかかる使い方は、
説明すれば分かってもらえるだろう。
第5回エピソードで仕組みの話はしたし、
毎週自分の言葉で書き直している。
その差は外からも見えるはずだと思っていた。
甘かったと思います。
サブスタックのAIスキャン機能は、
白か黒かではないものの、
同じ作り方なのに異なる判定がされる。
しかしもうそらく中身の手間までは見てくれない。
2つ目。
ハルシネーションも著作権も、
人間が最後に責任を持てば良い話だと。
これは半分は本当だと思っています。
自分は倉庫を音読し、
事実確認をし、自分の言葉に戻す。
そうすれば少なくとも自分の中では、
責任は自分にもなる。
ただ、聞いている、読んでいる側から見ると、
その工程は見ないわけで、
ワークフローズを読めば信頼できる、
というのは作る側の幻想です。
3つ目。
自分の文章と読んでいいかどうかは、
一時情報を自分が入れているかで決まることだと。
ネタの選択、経験、感情、
どこに熱を置くか。
そこが自分自身から出たものなら、
途中でAIが入っていても自分の文章だと。
第5回エピソードでも、
自分が言ったという感覚を持ちたいと言いました。
今でもそこは本物です。
でも、感覚は自分の内側の話で、
AIスキャンが付与するのは外側のラベルです。
内側の感覚と外側のラベルは一致しないことがある。
今回はそれを露骨に感じました。
この3つとも自分に都合がいい仮説です。
正直に言うと、自分のやり方を正当化したかった、
12:03
否定される可能性に対して
あらかじめリスクヘッジをしていたとも言える。
何の収益も生み出していないこのメディアで、
毎週ポッドキャストとニュースレーターを出しています。
たまにKindle本を出したり、ノート記事を書いたりもする。
正直なところ、AIを使うからできていることであって。
AIはもはや自分のセカンドライフのインフラになっているんですよね。
だからこそ、こんな雑なラベリングをされることに対して、
自分の創作スタイルを超えて、
今の暮らし方まで否定された気分になってしまう。
そこまで自分で気づいていませんでした。
自分の中で残しておきたい結論から話します。
良いアウトプットができるなら手法は問わない。
自分はその立場です。
AIはゴミを大量生産し得る。
同時に人間だってゴミ生産マシンにならないとは言えない。
判定基準は手法じゃなくて出力だと思っています。
人間が書いた文章でも読者の時間を奪うゴミは既に流通しています。
手法が純粋でも品質は保障されない。
逆にコンテキストが自分のものなら、
AIの補助が入っても自分の文章であり得る。
禁止すべきなのは道具じゃなくて、
読者を置いてきぼりにする出力であると。
例として、個人出版Kindle書籍を途中で投げ出した話をニュースレターの方に書く予定です。
音声で話すより読んだ時の苦痛は文章の方が向いていると思うので、
もう一つ自分にとって良かったことがあります。
第5回エピソードの時点では、
いずれ自分らしさをクロードに完全に押し込めたら、
書き直さなくてもいいかもしれないと言っていました。
でも今はその未来にあまり惹かれていない。
最後の書き直しを残しているから自分が言った感覚が残る。
AI検出機能を見て心外だったのも、
その感覚を守りたい彼だと思います。
守りたいものがあると気づいたことは、むしろ今回の収穫です。
前回のエピソードで自分の発信について、
数字は少ない、広報はしない、路線はリベラルアーツを守ると言いました。
今日のお話も同一線上にあります。
世間の空気を読んで、AIを使っていないふりをするつもりはない。
ニッチな場所で自分の執筆プロセスを公開して出し続ける。
15:04
これが今の自分らしいやり方だと思っています。
一方で正直に言うと…の話もあります。
自分の最初の調整は綺麗すぎました。
否定論は運用で全部対処できると言い切ると、
聞いている側の不信を技術の問題にすり替えてしまう。
この議論で最後に残るのは多分これです。
これを言い切る声の奥に、人間がいるかどうかが外側からは確かめられない。
執筆プロセスを説明しても証明にはならないし、信頼も得られない。
高読してくれているリスナーや読者は多分そんな手法じゃなくて、
不器用ながらも毎週続いていることと本音や弱さを出していることで、
一応信じてもらえているように思います。
そこを取り違えると自分は弁明を繰り返すことになる。
違和感の中身はさっき言った通り文章だけが正義にされていることです。
否定されている気分と擁護したい気持ちは、その正義化に対する反応です。
AIを使っていることを隠す気はない。
かといって使っていることをバッジのように見せたいわけでもない。
正しい使い方の見本みたいな顔はしたくない。
そんな顔をした瞬間に逆ケンタウロスになってしまう。
ケンタウロスって何?
って話はニュースレターの方に書きます。
自分もスロップは嫌いです。
検出や透かしの動機もわからないわけじゃない。
かといって、全部を同じ袋に入れるやり方は違うと思う。
先に述べたサブスタックやアンソロピックの動きが、
AI生成文章を全部ひっくるめて同じ扱いにしているように見えた。
その悲しさが今日一番正直な感情です。
今のところ自分の執筆スタイルはこれでいいと思っています。
なのでこのスタイルは続ける。
頭出しは自分、途中をAI、最後を自分。
その割合は今後ずれるかもしれない。
AIの高性能化で仕上げが楽になって、
4対6くらいになることは想像できる。
でも0対10にはしない。
一時情報の選択は自分の責任として残すし、
編集権も渡さない。
架空を量産しているわけじゃない。
自分の経験と考えを聞ける、読める形にしている。
それだけです。
18:01
そうしてできたものを自分の文章ということは
間違っていないと今は思っています。
ただしそう言い切れる根拠は
機械的な検出結果じゃなくて
毎週の書き直しと声に出した時の温度だけです。
ちょっと心もとない。
心もとないまま出しているし、
それは漏れ出ているとも思います。
というわけで今回は
AIで文章を作ることへの否定の空気と
自分の立場の話でした。
AI検出ボタンを自分の投稿で押してみた。
52対48も人間100%も出た。
電子スカシのニュースと合わせて
自分が否定された気分になった。
スロップという同じ棚に置かれるのは心外だ。
違和感の中身は文章だけが
正義にされているということです。
手法より出力で見る。
ただし執筆プロセスの説明では
信頼は得られないであろう。
その両方が同時にあります。
連動するニュースレターでは
否定の話の裏側として
なぜ自分はAIを使い続けるのかを書きます。
賛成派が上げる効能と
人間が頭、AIが足という共同の話。
それから編集者不在のKindle本を
途中で投げ出した話です。
合わせて読んでいただけると
今日の話はもう一段立体的に
見えてくるかもしれません。
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それでは今回は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次の街でお会いしましょう。
りょうたでした。
20:45

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