台湾・台南で始まった留学生活
みなさん、お久しぶりです。ざっとんです。 前回の配信から約2ヶ月ちょっと空きまして、ただいま9月27日のお昼に録音しております。
皆様いかがお過ごしでしょうか。 今ね、日本はもう秋が近づいてきているっていうのを結構友達から聞いていて、
昼間はまだちょっと暑い日もあるけど、結構涼しくなってきたなんて話を聞いてはおりますが、
現在ですね、私、台湾にいます。 めちゃくちゃ暑いです。
まだ全然暑いです。 今ね、借りている部屋の中で録音をしているんですけど、
エアコンがちょっと信じられないぐらいうるさくて、今消して録音をしてるんですけど、本当に気を失うんじゃないかってぐらい暑いです。今も。
夜はね、やっぱりなんか秋っぽい涼しさは
来てるのかなーっていう感じではあるんですけど、 自分の感覚で言うともう全然夏だなって感じの気温が続いております。
で、今台湾にいるということなんですけれども、台湾は今週末連休でして、日本のシルバーウィークのちょうど1週間後になるのかな。
に、台湾もまた全然別の休日なんですけど、祝日なんですけど、それがちょっと続いて4連休になっていて、
で、その間は語学学校もお休みなので、ちょっといろいろ出かけたり遊びに行ったり、勉強したり、宿題をね、したりとかしながら過ごしてます。
で、ちょっと今回録音をしようと思ったのは台湾に来て、もうちょうどか、ちょうど1ヶ月ぐらいが経ちまして、ようやくなんというか生活のリズムと言いますか、
毎日毎日学校行って勉強して宿題やって、休日はまあちょっと家の近くであったりとか、
まあなんかその他いろいろ遊びに行ったりとかそういった生活のリズムみたいなのがようやくできてきたかなって感じてて、
今だったら落ち着いて録音ができそうだなというので、ちょっと改めて久しぶりに録音をしています。
ただちょっと機材は持ってきてないので、スマホに直録音という形で録音をしています。
なんか編集で雑音とか音の音質はある程度なんとかなるかなと思うんですけども、ちょっと普段よりは音質はあまり良くない状態かなとは思いますが、ちょっとご容赦ください。
はい、ちょっと2ヶ月ぶりの更新ということで、どんな風に話してたかなっていうほどの感覚ではないんですけども、なんか緊張はしますね。
なんかこうやって話す、そしてこれをまた誰かに届けるっていうのがね、ただそんな悠長なこと言ってられなくて、エアコンを消したことによりね、死がじわじわと近づいてきてるので、話したいことは話して、録音をねパパッと終わらせようと思います。
で、どんな感じでこの2ヶ月、更新をしなかった2ヶ月を過ごしていたのかと言いますとですね、前回の配信がちょうどイヨカルバーのありがとう会だったんですけど、その後すぐというか2週間後ぐらいですかね、には東京を離れて、大阪に一時滞在して、
そこからですね、沖縄の友達のところに遊びに行ったりしてたので、僕は日本は沖縄から台湾に行きました。なのでもうね、沖縄から行くと本当に近くて、1時間半もかかんないぐらいかな、だったんですよね。
で、一応沖縄と台湾はすごい近い場所にあるんですけれども、別の国ということで時差が1時間あるので、出発した時間と到着した時間が時刻がほぼ変わらないという不思議なことも起きてたりしました。
台南の歴史と町の雰囲気
この放送では、番組では台湾に行く台湾に行くと言ってたんですけど、実際どこに住んでるかって話はあまりしてなかったと思うんですけど、今僕は台南という町に来て学校に通ってます。台北ではありません。
ちょっと台湾に行ったことがないよっていう方もいらっしゃると思いますので、どういった町なのかというのを軽く説明しますと、台湾に旅行に行くようになるとほとんどの人がまず台北の方に行くかなと思います。台北は台湾の首都になるので、日本でいう東京ポジション、飛行機もね、大体が台北行きで飛んでる形になってるかと思います。
台北の北って北という漢字を書くんですけれども、台南は南で書きます。台湾の台に南と書いて台南です。漢字の通り南の方にある町でして、ただめちゃくちゃ南、最南端ぐらいの南なのかって言われるとそういうことでもなくてですね。
もうちょっと台南から南に行くと、高尾っていう聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、台湾の第二の都市があります。これも日本のポジションで言うと大阪かなみたいな感じ。台北が東京だったら高尾が大阪みたいな感じのポジションで。
なんで台南は日本のことをよく知ってる台湾の人は台南を京都とか奈良に例えるんですよね。大阪からちょっと近いみたいなところもあるのと、もう一つ理由があります。
ただただ大阪みたいな場所に近いから京都や奈良って言ってるわけではなくて、台湾は実はもう台南から始まったと言っても過言ではないという歴史を持っている町でして、ものすごく台湾の近代史の始まりは台南からっていう、そういうふうに言われているような町です。
その歴史っていうのも大体1600年ぐらいですかね。ちょっと詳しくは話すと長くなるのであれなんですけど、オランダがオランダの人たちが台南にやってきて、そこからいろいろ統治みたいなことを始めて、そこから中国の明治時代、後は清の時代、統治の時代があったりとか、後はその後ですね、日本ですよね。
日本の統治時代があったりして、その時ってまだね、台北ってそこまで大きな町ではなかったらしくて、首都ではなくて、台南が最初首都だったんですよね。
だから今は台北が首都で、台北がおそらく一番台湾の中では発展した大きい町という形になってますけど、実は歴史を遡ると台南が最初の近代的なところで言うと台南がかなり大きな町だったっていうところで、そういった歴史も踏まえて京都とか奈良に例えられてるんですね。
そういった古い歴史もある町なので、結構ね、なんというか、これは僕が言ってることじゃないんですよ。僕が言ってることじゃないんですけど、台南に置いてあるパンフレット、行政が発行しているパンフレットに、台南に来たことがないと台湾に行ったこととは言えません。
これは本当に原文ままですね。台湾に行ったこととは言えませんというふうに、かなり強気なことが書いてある尖った町です。そういったかなり強気の宣伝文句を歌っている町が台南でして。
なので、台湾に行ったことあるけど台北しか行ったことないよ、台南に行ったことがないよって人で、インスタとかマッチングアプリのプロフィール欄に台湾の国旗みたいなのを載せてる方が、もしいらっしゃるとしたら、削除したほうがいいかもしれないです。
僕は言ってないですよ。台南市が言ってます。そういった歴史ある町で、僕は学校に通って勉強をしております。
実際生活がどうですかという話なんですけれども、都市ではない、郊外、田舎っていうほどでは全然ないんですけれども、台北とか高尾に比べると比較的郊外の町ではあるので、だいぶ生活のリズムとしてはゆっくりしてるんじゃないかなというふうに思います。
僕、台北で暮らしたことも高尾で暮らしたこともないから、あまり比較はできないんですけれども、おだやか、天気もすごく暖かくて、日照時間がすごい長い町らしいんですよ。
っていうのもあって、すごいおだやかな雰囲気が流れてるなとは個人的には感じてます。
語学学校の授業と友人関係
学校生活なんですけれども、結構授業は大変です。台湾家語で台湾家語を学ぶっていう状況なので、やっぱり少しでも授業中気を抜く。
本当にそれこそ3秒、5秒でも別のことを考えたりとか、ちょっとぼーっとしてたりすると、会話がね、「あれ、これ何の話だっけ?」みたいになっちゃうというか、そんなタイミングで先生に当てられたりすると結構焦りますね。
何の話だっけ?みたいな。だから質問もう一度言ってくださいみたいな形で聞いたりとかもするし、クラスは学校に入る前にテストがあって、入学テストじゃなくてクラス分けテストがあって、そこで分けられるんですけれども、
自分のいるクラスは大きく分けて初級クラス、中級クラス、上級クラスというのがあって、その3つの中でもまた3段階ぐらい細分化されてるんですけど、僕が割り当てられたクラスは中級クラスの上級レベルみたいな、真ん中より若干上みたいなぐらいのところに振り分けられているので、
やっぱり授業の内容も結構僕にとってはかなり頑張らないとなっていう、今の状況だという感じのところにいます。ただそれでよかったなと思うことももう一個あって、
みんなクラスメイトが授業外のところとか休み時間の時とかに英語を使わないで台湾過去でコミュニケーションをみんな取るんですね。やっぱりいろんな国から来てる。語学学校というだけあっていろんな国から来てるので、僕以外だとタイとかオーストラリアとかアメリカとかポーランドとか、
なんか本当に僕のクラスだけでもうそれぐらいいろいろバラバラな国籍になってて、あともう一人日本人の女性の方もいらっしゃるんですけど、だいぶアジア、欧米問わず集められたクラスなので、やっぱり英語が話せる人が多い環境ではあるんですけれども、
みんな台湾過去で話してくれるので、僕はちょっと正直本当に今もう英語が悲惨なレベルまでも使えなくなってしまっているので、それがすごく助かってます。もう台湾過去の方がまだ全然聞けるし話せるっていうレベルなので、英語と比較するとですけど、そこはありがたいなというか、日本である程度やっておいてよかったなと思うことの一つですね。
友達作りとかどうですかみたいなところはですね、正直ちょっとまずまずかなっていうところではあります。
僕の今いるクラスって大体自分含めて合計6人ぐらいなんですけど、僕以外全員もう台湾に結構いる人たちなんですよ。言ってしまえば前学期とか前々学期からもう同じ学校に通ってて、今のクラスに上がってきたとか入ってきたとかいう人たちがすでにというか自分以外全員そういう形になっていて、
なんならもう今学期が私の台湾の語学留学の最後のセメスターなんだよみたいな人もいたりして、なんで僕だけ新入生みたいな感じなんですよね。っていうのもあってほぼ転校生です。
状況的にはほぼ転校生。みんなある程度顔見知りの状態の中に僕一人で入ってるみたいな状態になってて。リアリティーショーでもそうですけど、後から来た人ってやっぱり馴染むのに若干時間かかりますよね。
みんなすごく優しいんです。すごく優しいしいい人だし、なんかそこで気まずい感じになったりとか全くしてないんですけども、なんというかやっぱりみんなが新入生っていう状態だとやっぱりみんな友達を作りたい、交流したいっていう熱意に溢れてるから、そういった点でいうとすごく友達を作りやすいんですよ。新入生だけのとか新入生が多いクラスって。
ただやっぱり自分のところは自分以外全員継続の人たちだから、そういった雰囲気あんまなくて。かつ多分僕のクラスが特殊って言い方はちょっとあれなんですけど、みんな授業終わったらすぐささささっと帰っていくんですよね。
他のクラスとか見てると授業の後、教室の外で結構みんな喋ったりしてるんですけど、みんなもうそれぞれ自分の生活、台湾での生活のリズムができてる。台南での生活のリズムができてるし、おそらく別のクラスにもすでに知ってる友達とかがいたりする人が多いから、なんかチャイムが鳴って授業今日終わりですってなったらスーってみんな出ていくみたいなのがあるから、
特別仲いい友達はクラスには正直いないなっていう感じですね。
ただ、今話したのは1日の中でメインクラス、毎日絶対固定の時間にある授業のクラスの話で、一応その他にも選択授業っていうのがあって、それこそ台湾語、台湾科語とは違って台湾語を勉強したりとか、時事問題について討論するクラスがあったりとか、そういうのがあったりするんですけど、
そこで知り合った友達で仲良い人とかはいて、その選択クラスって基本的に同レベル帯の人たちしか入れない、選択クラスそのもの自体が同じレベルの人たちが選べるようになってるものなので、さっき言った中級の上の人たちのクラスってまた別にあるんですよ、メインクラスが。
だからその人たちが選択クラスに集まってくるので、そこで新入生の人たち、9月から入ってきた人たちと仲良くなったりはあって、そこでできた友達と授業の後ご飯食べに行ったりとか、お休み時間を過ごしたりとかはしてますが、ただそれもあくまで選択クラスなので、毎日毎日それがあるわけじゃないから、
割と僕は授業が終わったりすると、さささっと自分も学校から出て、一旦家帰ってジム行ったりとか、宿題をしに図書館に行ったりとか、そういったことはしてるような感じかな、学校生活で言うと。
だからなんというか留学生活でよくあるような現地でね、お学校でいろんな友達ができて、一緒に食堂行ってご飯に食べてみたいな感じでは正直今のところでは全然そんな感じはないなっていう感じですかね。
学校外での交流と中秋節の焼肉
ただコミュニケーションの場は学校だけではもちろんないですので、なおかつやっぱり語学学校にいて関われる台湾のネイティブの人、台湾語をネイティブで話す人っていうのはやっぱりもうほぼ先生とか、あとはもうジムの人たちしかやっぱりいないので、
自分から外部の活動というか、人たちとコミュニケーションをとっていくっていうのはすごく大事というか必要になってくるので、僕はもうちょっとそういうのを意識的に増やそうと思って、いろいろあらゆる手段を使って台湾の人たちと交流を持つようにしております。
いつもせっかく留学来て、しかも1年という短い時間なので、できることはできるだけやろうっていう気持ちでやってて。ちょうどこの収録をしてるの、昨日か前日なんですけど、台湾人の女の子の友達に誘ってもらって焼肉をしました。
この連休に台湾、台湾だけの文化ではないですけども、中秋月、中秋節っていう月がバカでかい記念日みたいなのが、お月見、日本でお月見の日みたいなのがあって、それは台湾だと祝日なんですね、完全に。
台湾って焼肉をするんですよ、路上で。これ他の国の中秋節をお祝いする国にはない台湾独特の文化らしいんですけど、家の外、家の前でコンロというのかな、焼肉の機械みたいなの、炭とかに火つけて焼肉をするっていうのが結構文化としてあるらしくて、
その日、中秋節の日とかその翌日とかは、街歩いてると夜、普通になんかめっちゃみんな焼肉してるんですよ。これ僕本当に全然知らなくて、すごい面白くて可愛い文化だなって思ってるんですけど、それに誘ってもらってですね、本当に
台湾人の家族、プラス友達とかいっぱい呼んで、本当に20人ぐらいいる会の中に、なぜか僕、謎の日本人留学生としてなんか誘ってもらって参加して、マジずっと一生食ってたんですけど、そういった会にも呼んでもらって行って、現地の文化体験みたいなのとか、台湾の人と喋ったりとか、そういうのもしたりとか、
もうちょっとね、久しぶりにアプリをダウンロードして知り合った台湾の人と台南のね、なかなかちょっと行けないような場所、台南ってマジでちょっと交通の便が悪くて、電車がほぼないんですよ。台南の本当に中心の中心の中心に行く電車はあるんですけど、東京とか大阪みたいにちょっと高級とこ遊びに行きたいなーっていうので、電車に乗るみたいなのもまず基本ないから、
バスか自転車、レンタル自転車を駆使して街を移動するしかなくて、ただ現地の人はやっぱり原付をよく乗るから、それに乗せてもらって、ちょっと比較的遠目の台南の街の中ではあるけど比較的遠目の場所に観光で一緒に遊びに行ったりとか、台南って意外とでかくて、そういうのもあって、
学校でもそうですけど、学校の外でもいろいろ人と関わりながら休日を過ごしたりとかしてます。すごく楽しいです。楽しくやれてるなと思います。
学校で友達がそんなにワンサがいないって聞くとちょっと大丈夫かなって心配してくださる方もいらっしゃるかと思うんですけれども、総合的には楽しい形でやれてるなとは今のところ思ってます。
台湾から見た日本と植民地支配の記憶
そういった生活もしつつなんですけど、ちょっと真面目な話とかもいろいろしたいところがあって、っていうのがやっぱり台湾と日本の関係っていうところの点で、ものすごく僕の国籍というか外国人の中でも自分が日本人であることの特別性という言葉が合ってるかわからないんですけど、
外国人という存在である一方で自分が日本人であるということをものすごく意識する機会が多いんですよね、台湾で生活してると。それは街中に日本語があふれてるとか、そういった話もあるんですけど、
例えば授業の中とかで、ものすごく日本っていうものについて触れる機会が多いんですよね。それを日本に関することを話すというか機会が多くて、それは台湾が新日の国だからとかそういった話じゃなくて、台湾の歴史においてやっぱり日本っていう存在を切って話すっていうことができない。
ものすごく深い歴史の関わり方をしてるなっていうのを感じていて、だから授業中もものすごく日本の話題が多いんですよ。中東出身の友達にすごい言われたのが、どんな授業受けてても日本の話が出てくるみたいなことを言われたことがあったりして、実は自分もそう思うなっていうのが、
やっぱり日本が台湾を植民地にして統治してた時代があって、それは街を見ててもそうなんですよね。日本が統治してた時代にできた建物、様式とかね、あの時代の日本の建物の様式がそのまま残ってたりとかするし、それこそ僕が通ってる学校、これ言う途中、調べたら一発でわかるんですけど、
キャンパス内に昭和天皇が植えたバカでかい木が生えてるんですよ。この木なんの木のCMみたいな、まじででかい木がキャンパス内に生えてて、昭和天皇が植えたみたいな形でシンボルみたいな形で扱ってくれてるんですけど、そういうのもあったりするし、
それこそさっき言った選択重点を受けてる台湾語。台湾語って台湾科語と全然違う言葉で、台湾科語が話される前から台湾で話されてた言葉なんですけど、そこに日本語に影響を受けた言葉がものすごく何個か入ってたりとか、
あとはオーバーツーリズムに関して討論する授業があったんですけど、そこで理頭、台湾の理頭の話の中で、その理頭が昔台湾を日本が統治してた時代に特別な学術の研究区に指定されてて、結構そのまま自然が残ってたりするみたいな話とか、本当に生活とか授業の中で日本に触れられる機会が多いというか。
あとは僕、台湾で一回映画を見に行ったんですけど、その映画の内容が日本統治時代に日本人として太平洋戦争に参加させられた台湾人の人たちのドキュメンタリー、インタビュードキュメンタリーっていうのかな、その当時をどう生きてどういう風に考えてたのかみたいな映画があって、今のところちょっと日本で公開するのかどうかって情報が全然ないんですけれども、
そういった映画があったりとか、やっぱりね、台湾の人たちにとっての日本っていうのは、その他いろんな外国の国があると思うんですけど、やっぱりいろんな意味で特別な存在なんだという風にすごく感じます。
で、それを踏まえて思うのが、台湾の人から見る日本と日本の人から見る台湾っていうものの知識の非対称性っていうのをすごく感じるなっていうのがあって、なんか日本から見る台湾って特別好きでもない人からすると、
なんかすごい近い国で、漢字圏で、あとなんかルーローファンとかジブリの千と千尋の神隠しの舞台というかモデルになったような観光地があるって聞いたことがあるなみたいな、あとはそうですね、すごく新日の国だっていう風にイメージというか知識としてぼんやりあるっていうぐらいが、
たぶん僕の体感的には一般的な台湾のイメージなのかなと思うんですけども、台湾の人から見る日本ってもう全然そのなんか解像度が違くて、やっぱりそれこそさっき言った日本に統治されてた、植民地にされてた時代っていうのがあるから、おそらく授業の中でも自分たちの国の歴史を学ぶ中でとか、
そういった学校での授業の中で、おそらくそういったところ、日本の統治時代に触れることとか、日本に対して日本のことを知る機会っていうのがものすごくあるんだなっていうのを街を見てても人と話してても思うし、やっぱり日本がね戦争の中で台湾に対して行ったこと、
日本人の名前をつけて日本語を強制的に話させてる公民化みたいな政策を取ったりとか、そういったことをしたっていうのを決して台湾の人って忘れてるわけじゃないし、そういうのはチャラにして付き合っていこうぜって思ってるわけじゃないっていうのは当たり前なんですけどね、感じます。
そういった傷跡みたいなのは街にも人の心の中にもやっぱり残ってるなっていうのは思いますし、ものすごく冷静に詳細に日本のことを見てるなって、台湾に来て感じますね。
だからすごく台湾の人が日本に対して感じてること、知ってることっていうのは多分日本人の僕たちが思うよりもかなり詳細で詳しくて、しかもすごく冷静だと思います。
なんかすごく新日の国で日本のこと好きでいてくれる人たちっていうような漠然とした感じではないなっていうふうには思いますね。それはなんかもちろん僕もやっぱり台湾に来るっていうのにあたって、いろんな台湾の友達と喋ったりとか歴史の勉強とかをね、まだ全然ちゃんとうまくはできてないですけど、
ある程度なんとなく頭にはありましたけど、やっぱり暮らしてみてそこはなんかひしひしと感じる部分だなというふうには思います。やっぱり本当に優しいです。日本の人たちに対して親切だなっていう、いわゆる新日だっていう雰囲気っていうのはやっぱりあることはあるなと思うけど、でもそれだけじゃないよっていうのは感じますね。
外国で暮らすストレスと留学の意味
ちょっといろいろ話したいこともまだまだいっぱいあるんですけれども、ちょっとキリがないので、あとキリがないし、本当にちょっと今汗が止まらなくて、結構真面目に死にそうなので、ちょっともうまとめに入ろうかなと思うんですけど、まとめというか、最後その外国人として暮らすってことに対して、こうやって1ヶ月暮らしてみて感じることを率直に言うと、
正直ストレスはやばいです、本当に。ストレスすごいです。
それとすごいやっぱり自分も悔しいなと思うし、まだまだ上手くやれないなっていうフラストレーションはすごく感じますし、それこそ普通に友達同士で喋ってても、こういうことが言いたいんだけど、今の自分の文法の知ってる文法とか単語だと、なんかどうしてもちゃんとうまく伝えられない。
なんかなんとなくニュアンスが伝わってるかもしれないけど、でも僕が100%伝えたい意思は伝わってないなっていう葛藤もどかしさとかもあるし、それこそ電話1本誰かにかけることとか、そういうことするだけでもものすごくこれちゃんとうまく伝わるかなとか、それこそ電話越しの言葉ってちょっと不鮮明に聞こえるから、
ちゃんと会話できるかなみたいな緊張がね、ドキドキがあったりするし、なんか本当に日本だと当たり前にできてたこと、自分の国だとできてたことがわからない、できないみたいなのがやっぱり今でも1ヶ月過ごしてもちょこちょこそれでもあるし、
なんか子供になったみたいな気分というか、わからない、知らない、できないがドアッて増えるみたいな、ただ子供と違うのはやっぱり自分はもう大人だから、それに対してそれなりにストレスがたまるっていうことはあります。
ただやっぱりそれはもう何とかやっていくしかないんですよね。旅行で外国に来ることと、地に足をつけて暮らしていくことっていうのところで一番違うなと思うのは、ダメだったなと思っても、じゃあまた明日頑張ってみよう、挑戦しようって思えることかなっていうふうに感じてて、
旅行だったらまた迷った店でもう全然うまく台湾かご話せなくて、よくわかんない雰囲気になったりとか、なんかなあなあな感じになったとしてもまあまあまあまあ旅行だしというか、その人と会うことはおそらくしばらくはないしみたいなマインドになるから、まあ結構もういいやってなっちゃうんですけど、
やっぱり暮らす以上、明日も明後日も例えばコンビニの店員さんとかスーパーの店員さんとか会うし、そういう時に昨日よりもうちょっとうまく話すとか、昨日聞き取れなかったことが次の日、次の機会では話せるようになってたいみたいな、そういったチャレンジができるのがやっぱり暮らしていくことと旅行に来ることの大きな違いかなと思いますので、
思うというか、実はそうだって感じているので、ストレスはあるけど、頑張ろうって思います。もちろんね、ため込みすぎない程度で。そういう時はね、結構日本語が恋しくなって、結構ポッドキャスト聞く時間が増えました。
もちろんもう前々から聞いてた習慣としてきれいだけど、より聞くようになったなっていうのはありますね。
で、やっぱり月並みなことですけれども、ここで暮らしてみて、やっぱりさらに外国人として生活することの苦労が理解できるというかわかるというか、それこそ日本に今いる人たちにもそうですけど、外国から日本に来てる人もそうだけど、自分以外でも留学であったりとかワーキングホールであったりとか、それこそ今、外国で暮らしてる人たちって周りにもたくさんいるし、
それこそこのポッドキャストのつながりで知り合った人とかもそういう経験がある人っていうのはいっぱいいらっしゃいますので、そういう人たちに対する敬意というか尊敬がめちゃめちゃ深まってます。
本当に大変なことをしてたんだなっていうのが身に染みて感じてるところで、それはやっぱり来ないと、自分がやらないとわからなかったことだなと思いますし、なんだろうな、外国人として暮らすっていう経験は、たとえ1年っていう制限があったとしても、
僕のこれからの今後の人生の中でもものすごく本当にかえがたい経験になるだろうなっていうふうに今の時点ですごく感じてます。
というような、とりあえず1ヶ月暮らしてみて感じたところでありますね。
今後の配信と台北プライド
そんな形でぼちぼち楽しく、大変なこともあるけど暮らせています。
今後このポドキャスト更新のタイミングに関しては、引き続き不定期更新という形では続けたくて、更新の頻度も1ヶ月1回できたらいいなぐらいの気持ちでいます。
自分の考えていることとか暮らしをアウトプットしたいっていう気持ちがあるのと、実際問題なんかいろいろ時間がちゃんと取れるか取れないかみたいな、
やっぱり学校の宿題すげえ多いので、気持ち的な余裕があんま取れないタイミングもあったりするから、そういった形で1ヶ月に1回ぐらいできたらいいかなみたいな感じでいます。
来月10月の末にですね、台北プライドが開催されるということで、それはちょっと行こうかなと思っています。
もう宿も取っているので、行くの確定なんですけど、ずっと見てみたかった台北プライドは、自分が歩くかどうかはまだ全然知らないんですけど、その話は少なくともちょっと録音をして配信しようかなというふうに思います。
ということで、そろそろ終わりにしましょうかね。本当にちょっとマジで熱中症でぶっ倒したらちょっと洒落にならないので、ここら辺で終わりにしようかなと思います。
あとそうだ、番組のXなんですけど、今ちょっと見てません。
アプリ削除してブラウザの方からもログアウトしているので、おそらくこの配信に関しても口ポストみたいなのはおそらくしないかなというふうに思うので。
理由としてはやっぱりちょっとXは、もともと僕がかねてからXは地獄というふうに言ってるんですけど、日本語の情報があまりにも多すぎるのと、その情報があまりにもひどいものが流れてくることが多いので、
この留学をきっかけに今はちょっとXから離れている状態でして、もし番組の配信に関する感想とかつぶやいていただけたら本当にすごくありがたいし嬉しいんですけども、
ちょっとそれを確認したりとか返信とかはもうちょっと遅れるかなと思います。それこそその留学が終わってからってちょっと先すぎるんですけどになるかもしれないんですが、ちょっとそれはごめんなさいということで、しばらくXからは距離を置こうかなと思っています。
ということで今回は以上になります。ここまで聞いてくださった皆様ありがとうございました。
番組の紹介してなかったな。紹介の工場みたいなところも東京にいないから変えないといけないし、ちょっと次回それも踏まえて改めてまた撮ろうかなと、タイペイプライドの話とかもしようかなと思います。
ということでここまで聞いてくださった皆様本当にありがとうございました。また次回聞いてください。ありがとうございました。