00:07
こんばんは、おはよう。バービックママヨーコ回転です。
今日はね、2025年11月4日、火曜日。
今日のテーマは、伝える勇気と間違う勇気、っていうお話をしたいなぁと思ってます。
突然ですが、質問です。
皆さんは、意見を聞かれた時に、間違ってるかもしれないなぁって思いながらでも発言することができますか?
どう?
まあ、現代っていうのはさ、何かとテレビでも週刊誌でも、人と違うとかさ、間違えてると叩かれるっていうね、なんか間違うことが怖いっていう風潮がすごく増えたと思いません?
なんか、これによってね、人と違う意見を言うことをすごく怖がる人が増えたなぁって思うんですよ。
誰かがいいって言ったこととか、誰かが言ってること、誰かの言葉に従う方が楽だからってね、自分で考えてることをやめて、なんだかね、思考停止してんじゃない?って思ってるわけ。
私がインスタグラムをやってても、1から10まで聞いてくる人がいらっしゃるわけ。
いいんだよ。いいけど、私はこう思うんですけど、どう思います?っていう意見はないわけ。
すべて答えを人に委ねる人。
これね、なんでそうかというと、間違えたら人のせいにできるよね。失敗したら人のせいにできるじゃん。
結局さ、自分が傷つきたくない、自分を守りたい防御本能みたいなものなんですよね。
でもさ、人と仲良くなるってさ、それこそ人と愛し合うって思考停止でうまくいくと思う?
そしてさ、あの人が言ったから、この人が言ったから、人の顔色ばっかり見て自分が満足できると思う?
どう?答えはNOだと私は思うんだよね。
きっとね、これを聞いてくださっている皆さんも、そんなことはわかってますよ。ですよね。
だけど、わかってるけど、でも怖い。
そう思ったあなたは、まず第一に、人はみんな違うんだよっていうこと。
違っていいんだよっていうことを受け入れるところから始めてみるといいんじゃない?
自分も違うし、相手も違うし、なんでわかってもらえないの?ではなく、あなたはそう思うんだ、私はこう思うんだよねっていうところをスタートにする。
03:13
人ってさ、生まれも違えば、性格も違うし、生きてきた環境も全然違うわけ。
例えばね、恋人同士でさ、海に行って、あの海良かったよねって、良かったよねって、私たち違うよねって言うわけ。
でも、彼女が良かったのは、海に行って、一緒に食べたアイスクリームが美味しかったり、夕日が沈む風景が綺麗だったり、だからあの海良かったよねって。
でも、案外彼氏は、そこに通ってた船を見て、かっこいいなーって眺めてたり、彼女の水着姿が可愛いって思ってたり、いいなーって思う理由っていうのはお互い違うわけよ。
でも、そこを話し合わず、あの海良かったよねって、私たち違うよねってやってるから、長い時間いると違うと思ってたのに全然違ったみたいだね。
同じものを見て、違う考えになるっていうことは、当たり前なんですよ。
そして、違う意見があるからこそ、ああ、そういう考え方もあるんだねって、また学べるわけ。
で、ちょっと話は変わるけど、例えば、いけばなとか、かどう、さどう、なになにどうっていう世界があるじゃん。
この世界の中では、日本ではシュワリっていう教えがあるわけ。
シュって守る、破る、離れると書いてシュワリ。
まず最初はお師匠さんの教えを守って、その通りにやってみる。
そして、その通りにできるようになったら、お師匠さんがさ、自分の味を出してごらんって。
そのうち、師匠から離れて、自分の世界を作っていく。
で、最後は離れるっていうことなんだよね。
どの世界も最初は真似から始まりますよっていう教え。
最初から我流にあたって、成長することはないですよっていう考え方なんだよね。
で、これを、例えば私たちの生き方、生活で考えてみるとさ、今まで自分は知らなかったけど、新しく知ったり学んだことで、
シュ、まず学んだ通りにやってみる。
分かんないからやってみるしかないわけよ。
そして、やることができるようになったら、次、破、破る。
やってみて、やったからこそ気づいたことがあるよね。
その気づいたことをやってみるわけ。
そしたらさ、失敗もあれば、あ、こうやったらうまくいくんだっていうことに気づけるよね。
06:01
で、最後、離、離れる。
自分はこうだなと思ったこと、学んだことを、そのエッセンスと自分の考えをね、混ぜ合わせて自分流で生きていくっていうのが、生き方なんじゃないのかなって私は思うんですよ。
自分の考え、そして思いを深めて、それを伝えることができて、
相手を分かろうとして会話ができる。
違うっていうことはさ、我慢せず。
我慢しちゃだめなわけよ。
言ったら怒られるから言わないじゃなくて、ちゃんと伝える。
そして、本当はこう思うんだけど、こう言った方がいいかなって、ごまかさない。
私はこう思うんだよねって言う勇気。
そして、間違えてたらさ、ごめんなさいって言える勇気。
そして、必ず必要なのは、ありがとうねっていう感謝。
ありがとうとごめんなさいを、それは子どもにも大人にもね、ちゃんと言える人っていうのはね、かっこいいなって私は思うわけ。
そして、そんなかっこいい大人を見て、子どもはいいなって思いながら育ってほしいなって思うんですよ。
私はね、誰よりも愛という意味では最底辺の子どもだったから、だからこそね、いっぱい傷ついたしさ、わけわかんなかったしさ、
それこそ、なんで人はそこで笑うの、全然面白くないとかさ、全く違ったわけ。
だからね、学んだよね、本当に。理由が知りたかったから。
もちろんね、私より賢い人は山ほどいる。
でも、私ほど最底辺から始まった人っていうのはね、少ないんじゃないのかなーって思ってるわけ。
だから、わからない人の気持ちはね、すごくわかる。
でも、100%その人のことはわからないっていう気持ちを持ってるから。
だから、私はわかりますよとは決して言えない。
わかろうとは努力する。
けども、それは違うと思ったら言ってねっていう姿勢は、もうね、死ぬまで崩しちゃダメだなーって思ってるわけ。
わかってると思った時点でね、必ず人っていうのはすれ違うわけよ。
ただ、人より困ったことが多かった分、私だからわかることがあるんじゃないのかなーってね、今歓歴間近に思うわけですよ。
そしてね、まあ今は何て言うのかな、ご相談を受けたりとかね、いろんなお話をさせていただいたりとか。
でもやっぱり、その時起きたことだけではなくてね、
何が起こっても自分で考えられるように、そして知らないことをまず学ぶっていうところから、
09:07
私だからわかることがある、そんな私だからこれを学んだらすごく役に立ったよっていうことをね、
全部まるっとお伝えできたらいいなーって、最近すごく思うんですよ。
私はね、でもね、先生じゃないから。
何を望むかというと、できない私が役に立ったこと、学んだこと、
そういうことをね、私に伝えたいと思うんですよ。
何を望むかというと、できない私が役に立ったこと、学んだこと、
そういうことをね、全部お伝えしていきたいと思うんで、
その私がお伝えしたことの中から、もうね、いいとこ通りしてほしいと思ってるわけ。
そして聞いてくださった皆さんがね、自分の人生において、自分らしく愛と勇気、
そして人生を楽しんで生きていく、そのための小さなエッセンスになれたらいいなーと思うんですよ。
まあね、吉田松陰さんの言葉でさ、
身だりに人の死となるべからず、身だりに人を死とするべからずっていう言葉があって、
私ね、好きなんですよ、この言葉。
先生だと思った時点で、身なんていうのかな、人生狂う気がするし、
先生とあがめた瞬間、目が曇る気がするわけ。
だから絶えず、ちゃんとまっすぐな目で見て生きていくっていうことが大事だなーと思うわけですよ。
だから自分が生きていく上で、良かったなって思うこと。
そしていつもお伝えしているように、男と女っていうのは本当に違うんだよっていうこと。
何が違うかっていうのが分からなかったらさ、そんなことで腹が立つんだとか、
そんなふうに思っているんだとか、そんなこと求めているんだとか、そんなこと腹立つのとか、全部違うわけよ。
そういうことをお伝えできたらいいなーと思っています。
これを伝えるのもね、正直勇気いるわけよ。
今さらって思われないかなーとか、インスタだってこのクソババーとかよく言われるしさ、
私がやったところでって思う時もあるし、でもいつ来るかわかんない最後、
明日かもしれないしさ、1年後かもしれないしさ、もしかしたら10年、20年、まだ生きていくことができるかもしれない。
でも時々ね、うちの娘が言ってくれるわけ。
彼氏の相談とかね、お友達の悩みを聞かせてもらった時に、
母さんにはこういうふうに教えてもらったよねって、だからこういうふうにしてるんだとか、
彼氏が怒った時に、あ、そういや母さん言ってたなって思い出すんだよって。
12:04
なんかそういうね、あ、そういやあんなこと聞いたなっていうほんの一つの言葉でもいいから、
伝えることができたら、なんていうの、私も悩んで生きてきてよかったなって思えるんじゃないのかなって思ってるんですよ。
もしかしたらこれは究極の自己満足かもしれない。私のためにやりたいのかもしれない。
そうかもしれないけど、やっぱり誰かの役に立ちたいって思うわけ。
だから今月のね、20日で丸2年インスタグラムを始めて、
だけど男と女の話とかさ、生き方とかいろんなことを学び始めたのは20代後半からなんで、
30年はやってるわけよ私。
そういうことをね、この20日を機にいろいろ発表していきたいと思っているので、
どういうことをやるよっていうのはまた具体的にお伝えしますので、
ぜひまず1回はね、私の思いを聞いてみてほしいなと思って、
今日はラジオを撮らせていただきました。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとう。
じゃあまたね。