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みなさんこんばんは、バービッグママヨーコ開店です。
今日はね、8月15日。みなさまお盆末祭中ですかね。
今日は終戦記念日。
お仕事されている方もいらっしゃると思いますが、みなさんどんな1日でしたか?
私はね、3日間お休みだったんですよ。
ちょっとこの3日間のお話をね、させていただこうかなぁと思っています。
今日のテーマは、寄り添うことと共感は違うっていうことをね、お話ししたいと思っています。
私3日間のお休みの間、最初の2日間、もうね、質誤症のように全くしゃべりたくなくなってたんですよ。
これね、1年に1回ぐらい訪れる全くしゃべれない、しゃべりたくないっていう私が出てくるわけ。
どうして怒ってるかっていうのはね、今までちょっとわかんなかったの。
私は人とおしゃべりっていうかね、人に会うことも好きだけれども、
1人遊びも好きな人なんで、人に会う時間が多すぎると、ちょっとしゃべりたくなくなるのかなっていう程度で思ってたんですよ。
で、3日目、今日、もう異様に言葉を出したくなって、ボンだからどうだろうと思ったんだけど、カラオケに行ったわけ、1人で。
もう何がしゃべりたいかわかんないからさ、歌って歌詞があるじゃん。
で、その歌詞に気持ちを乗せて、自分の心を動かすっていうことをやってきたわけですよ。
でね、やって気づいたのが、私がしゃべれなくなる時っていうのはさ、相手に合わせすぎてる時。
そして、今日の題名、寄り添おうと思った時に、共感しようと思ってる時。
そして言いたいことをね、言語化できない時。
どんな言葉に置き換えても、なんか薄っぺらくなったり、なんかそうじゃないんだよなーとか、いやそういうこと言いたいわけじゃないって思うと、
自分の表現力のなさ、自分の語彙力のなさ、そんなことに嫌気がさせてきて、もうね、しゃべりたくなくなるわけですよ。
そういうことにね、今日は改めて気づいた。
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歌というものの力を借りて、言葉をいっぱい出すことによって、
あ、私は今の気持ちをどういう言葉に置き換えたらいいのかがわからないから、しゃべりたくないって逃げてたんだなっていうこと。
さっきね、インスタグラムのフォロワーさんからいただいたコメントにちょっと目を通したわけ。
そしたらさ、もうバキュンって心臓にピストルが撃たれたっていうかさ、衝撃。
どういう言葉だったかというと、回答するのがママじゃないんですかって。
どういう意味を含んで言ってくださったのかわからないけれども、私の今日の私にはもう心臓にまっすぐドキュンだったんですよ。
で、これを書いてくださった投稿っていうのが、男性からのコメントに私がお返事をした回だったんだけれども、
その内容がね、52歳の妻が彼氏がいて、その彼氏とはセックスするのに僕とはしてくれないと。
どうやったらしてくれるんでしょうか。妻に求めるのは無理なのでしょうか。
っていう質問に私はね、正直意味がわからなかったわけ。
え?って。え?って。
奥さんが他の人とするのはオッケーなんだって。
オッケーな上で、彼氏ばっかりじゃなくて、僕としてほしいっていうのは無理なんですかねって。
もうね、半分私は言いたい言葉はあったんですよ。
だけどもう半分の私は、どうして彼はこういう発想になるんだろうって。
言いたいことは他にあるよね。
彼の発言の奥を一生懸命見ようと思った時に、
もしオッケーなのであれば、彼氏よりあなたが素敵になることじゃないの?って。
でも、あなたが今思っていることは、私にはよくわからないっていうお返事を投稿したわけ。
それに対して、回答するのがママじゃないですか?っていうことを言ってくれたたかしさんっていう方がいらっしゃって、
あ、そうだって思ったわけですよ。
これね、先日私がインスタグラムをするきっかけになった、
植山みすひろさんっていう陸上業界のインスタグラマーの方がいらっしゃって、
その方と30分お話しする機会があったんですよ。
彼にも言われたの。彼にも言われたの。
陽子さん優しすぎって。相手に寄り添いすぎって。
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相手が求めてる答えを出そうとしすぎって。
陽子さんがね、陽子さんのことを僕はこの人すごいなぁと思ったのは、
陽子さんダメだと思ったらほっぺた引っ叩けるでしょって。
ダメだと思ったら本気で叱れるでしょって。
そこがあなたの一番の魅力って。
今そんな人いないからさ、僕はそんな陽子さんをすごいなぁと思ったんですよって。
相手が求めることに応えすぎっていうことをね、いろいろ言われたわけ。
その時もそうだよねって思うんだけども、まだねちょっとグニュグニュしてたわけ。
もちろんみすひろさんとのお話は、そこからこれからどうしていくかっていうことのお話もあったんだけれども、
その寄り添うことと共感っていうことに対して、私はどうしたいんだろうっていうことをちょっと考えてたんですよ。
そこで今日の回答するのがママじゃないですか。
で私ね、その言葉をいただいた時に、え?って。
相手がこういうふうに思う人であれば、こういうふうに答えるのが精一杯だなっていう答えを
動画であげちゃったわけよ。
相手がどうであれ、私が全力で答えるんだったら、
愛してるんなら奪えよって。
愛してるんなら取り返せよって。
愛してないんなら抱きたいって言うなよっていうのが私なんですよ。
そこを、やだね。
もう本当に失礼。
相手にこんなこと言っても無駄だなって多分思ったんですよね、その時は。
もう本当に私嫌なやつだなーって思った。
だからこの2日間なんか気持ち悪くてしょうがなかったんですよ。
いろんな人のDMのお答えをしたり、いろんなことに答えたりしてるんだけど、
なんか気持ち悪い。
自分が気持ち悪い。
何が気持ち悪い、意味がわからないっていうことで、
喋りたくなくなってたわけ。
要するに相手に合わせすぎてたわけよ、私は。
そうじゃないよねって。
もし相手が今受け取れなかったとしても、
なんだこのクソババァって怒られたとしても、
私ができることは、そうじゃないよねと思ったら、そうじゃないよねって叱ること。
それは愛をもって。
腹が立って言っちゃダメ。
イカって言っちゃダメ。
相手のためをもって叱るなら言ってもいい。
そう私は思ってるはずなのに、
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いつの間にか毎日いただくDMありがたいなと思いつつも、
どう言ったら伝わるかなっていうところに、
相手のところにおりすぎてた。
気持ち悪くなってた。
ちょっと私が今言いたいことが伝わるかどうかわかんないけど、
要するに私は、やっちゃダメなことをやってたわけですよ。
本当にクソったれいババアですよ。
自分で自分は怒りたい。
私は本当に両親が蒸発したときから、
喋れない子供になってたんですよ。
っていうよりも喋らない子供になってた。
喋らないと自分の気持ちを見ようとしない子供になってた。
怒ったって、怒れば怒るだけ虚しくなるから怒ることもやめてた。
望んだって無理だから望むこともやめてた。
なんとかなりそうな平均点以下のところでちょろちょろしてたわけ。
だって目立つといじめられるしさ、
あまりにもできないとまたいじめられるもんで、
ちょっといい塩梅のところをうろうろしてたわけですよ。
大人になってそれじゃうまくいかないって思ったときに、
本当にいろんな方に助けていただきながら言葉を覚えて、
人前で喋れるところまで行って、
ただ今思えば当時喋れたことっていうのは、
その場に求められていること?
例えば販売だと、
この商品をいいと思って買ってもらうためのお話であって、
でもそれは思ってもないことは私は言ってない。
だけど必要なことを喋ってた。
だからね、
もう本当にこのインスタグラムのリール動画を作ることによって、
まあ誰が求めてるわけでもないじゃん、ぶっちゃけ。
なのに自分が作って、
もう絶対やらない自分にカメラ向けてさ、
動画撮影して喋って編集してあげる。
そして今ね、
本当に苦手な歌も頑張ってるわけ。
何のために私はこの2つをやってんだろうと思ったら、
私はやっぱりね、
私の本当の言葉を出してみたいんですよ。
どうやら。
それを出すために、
今までいっぱい覚えてきた言葉や考えや、
いろんな知識。
もちろんありがたかったよ。
こういう言葉や知識に助けてもらったから、
生きてきたわけ。
でもそれがね、
塵のように私の本音の上にね、
いっぱい、
なんていうのかな、
かさばってるわけよ。
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だから喋りながら、
本当にこれ私言いたいこと?
本当にそう思ってる?
本当にどうなの?って、
毎日葛藤してる。
でも今日の正解はそこなんですよ。
どう考えてもそこ。
でも、
本当の私の声はもっと下にある気がする。
だからこの塵のように積もった、
今まで助けてもらったたくさんの言葉や知識たちを、
今ね、
一生懸命アウトプットしてるわけ。
で、
歌という媒体を借りて、
歌には歌詞があるから、
ね、
なんでここで寂しいって、
この言葉を歌ってるのかなって。
なんで会いたいっていうのかなって。
なんでここでこういう言葉なんだろうかなっていうのを考えながら、
一瞬、私の言葉とリンクした時には涙が出る。
でも言葉、歌詞を追っかけてる時には、
感情がリンクしないんで、
まだわからない。
その繰り返し、
だからね、
ただ歌が上手くなりたいわけじゃないんですよ。
そうじゃないの。
私の中の、
本当の私の言葉、
きっとある、
うんと昔に言わないと諦めた言葉、
そして今でも、
たくさんいろんな出来事を体験してきて、
経験してきて、
嬉しいことも悲しいことも悔しいことも、
いろんなことがあった。
でもそれをオブラートに隠して喋る言葉を、
私たくさん持ってて、
そうじゃないよねって。
なんか血が出るぐらい悔しい言葉とかさ、
もう涙が吹き出るぐらいの生々しい痛みとか、
そういう言葉を持ってるはずなのに、
そこがまだ出てこない。
だから、
今日のね、
フォロワーさんのコメント、
すごくありがたかった。
答えるのがママだよねって。
そうだよねって。
私、答えるためにやってんだよねって。
寄り添うことと共感は違うって。
私の生きてる言葉、
出すために、
今日も頑張ろうってまた思えた。
なんだかさ、
本当に人の言葉にいっぱい傷ついて生きてきたけれども、
やっぱり助けてくれるのも人の言葉なんだなって、
今日は痛感しました。
私もそんな言葉を紡いでいきたいなって、
思った一日でした。
今日は何か役に立つ言葉というよりも、
私の今の気持ち、
まあ、バーのママのつぶやきですよ。
ママも葛藤してるわけ。
でもね、
やっぱり、
もうちょっと、
まだまだできることがあるはず、
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だと自分に期待もしてるわけ。
だから、
今日も頑張ります。
今日も聞いてくださって本当にありがとう。
じゃあ、またね。