1. 波瀾万丈女Bigmama yokoの【ぶっちゃけラジオ】
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2025-05-02 11:47

#216【アンサー放送】子供が20才を迎えた時どんな気持ちでしたか

今日は【アンサー放送】
『Yokoさんは子供が20才を迎えた時どんな気持ちでしたか?』…というご質問に、
思うまま徒然なるままお話ししました😊
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https://stand.fm/channels/664bfac3316143a771773e8d
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こんばんは、おはよう、ビッグママヨーコの懺悔クラブのお時間です。
今日はね、216回目。
今日のテーマは、リクエスト放送。
このスタンドFMの中で、パーソナリティーされている中間管理職のためのラジオの司さんが、先日ね、息子さんが20歳を迎えられたっていうことで、
いろんな思いをラジオでお話しされててね、
陽子さんは子供さんが20歳迎えた時どうでした?っていうことをちょっと聞かれたのでね、
そのことをお話ししたいなぁと思ってます。
まあね、うちの子供は今、長男がほんと数日前に34歳、そして長女が今年32歳、2つ違いの子供がいるんですよ。
20歳の時どうだったかなーって思ったら、
松笠さんと一緒で、20歳だから同校っていうのがね、もっと感動するかなと思ってたんだけど、
案外そうでもなかったっていうかさ、もちろん嬉しかったですよ。
ただ、うちの子供たちはもうね、18から一人立ちをしているので、
20歳の誕生日の日にはね、一緒にいなかったんですよ。
おめでとうとかっていうLINEとかね、やりとりはあって、
そうだね、成人式の時はもちろん地元に帰ってきて、
男の子はスーツ、娘は着物を着て成人式に行ったけれども、
そんな日はさ、お友達と久しぶりに会うから、家になんてほぼ帰ってこないですよ。
だから親となんとかっていうよりも、友達と遊ぶのが嬉しかったって感じだったかな。
そもそも20歳になって何が変わるかって言ったらさ、
今の時代、アルコールが飲めるようになるっていうのもあるけど、
私がまず飲めないんですよ。子供で全く飲めなくなった。
そうすると生まれてきた2人もほとんど飲めないんですよ。
だから乾杯っていうこともない。
ずっと昔だったらさ、成人したら戦地に行かないといけないっていう大きな節目があったんだろうけど、
今はいろいろあるけれども、そこまで大変な区切りっていうのもないじゃないですか。
で、ふとね、司さんの放送を聞きながら私が思ったのがね、
実際私は自分がいろんなことがありすぎた人生で、子供生まれた時はね、すっごい嬉しかったわけ。
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何が嬉しかったかというと、なんて言ったらいいのかな。
実際私妹はいるんですよ。妹はいるけど、やっぱり妹っていうのはさ、
もう一個人、本人のいろんな考えもあるし、で案外一緒に暮らしてない時期が多いので、
そしてまたこれまたね、性格が真逆なもんで、私よりねめちゃくちゃしっかりしてるわけ。
だからどちらかというと、もう私はお姉ちゃんの指導係だからみたいな感じを言われててね。
ちょっと私にとっては怖い存在。
で、子供たちっていうのはね、私にとって初めて、なんだろう、分身って思ってしまったからちょっといろいろ問題が起きたっていうぐらい、
自分にして欲しかったこと、自分が手に入れたかったことを子供たちに一生懸命与えた時期っていうのがあるんですよ。
幼い時、だからそれがね、子供たちにとって正直言うとごめんなさいっていう時期が結構長くて、
少し大きくなってさ、やっぱり夫婦の不和の時期が長かったんでね、いい環境で育ててあげることができなかったなーって思うわけ。
で、離婚したらしたで、もうどうしてもね、子供たちにはやりたいことをやらせてあげたいっていうのがすごくあったんで、
正直、寝に帰るぐらいな勢いでずっと仕事してたんですよ。
だから本当に寂しい思いさせてしまったなーっていうのが私の後悔。
だから18歳の時に息子は東京に行ったし、娘は一人暮らしするということで広島市内に出て行ったんだよね。
私はその時も、正直引っ越し手伝ってないんですよ。
その後も二人ともね、人生いろんなことがあるじゃないですか、やっぱり。
その後も何回か引っ越しをしてるんだけれども、それも手伝いに行けてないの。
だから引っ越した後にたまたま東京に行った時とか、ちょっとご挨拶に行った時とか、娘も私が市内に行った時に会うことはあるけれども、
その引っ越しっていうことを私はね、全く手伝ってないわけ。
で、以前ラジオでもお話ししたけれども、コロナ禍でね、東京にいた息子はいろんなことがあって、ちょっと人生、そして体、精神を彷徨った。
で、広島に連れて帰った時に、初めていろんなことを手伝い。
そして3年いたかな、広島に。
やっぱりもう1回東京でやり直したいって言ったんで、広島に送り届けたっていうこの引っ越し。
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そしてそばで過ごした3年間。
で、この数日前から娘が引っ越しをしてるわけですよ。
初めてね、娘の引っ越しに私は携わったっていうかさ、ちょっと手伝ってるだけよ。
金銭的なこととか、どこに住むかっていうのも娘が全部自分でやってるもんで、そういうことは手伝ってないんだけど、
なんかこの2人30越えて、初めて子どもたちの引っ越しに携わらせてもらって、
なんだか私がね、やっと私が子離れしてるんじゃないのかなってね、痛感してるの。
子どもたちはね、うんと前にきっと親離れしてて、私が単純にあんなことしてあげれなかったとか、もっとできたことあったんじゃないのかなって、
いろんな、現実的に後悔は山ほどあるんですよ。
だけどその思いをずいぶん引っこずってたのは、私だけだったような気がして、
子どもたちはいつのまにかね、自分の人生歩んでるし、私が思うよりずっと大人になってるし、
なんかあった時に、母さん元気で頑張ってんなって思ってもらえる存在であることが、これから私にとっての人生が始まるのかなって言ったら、
ちょっと言葉として重いかもしれないけど、やっと私の中で離れられたっていうね、ちょっと実感がこび上げてます。
だから子どもってね、前回の放送でも話したけれども、私の進化系だから、
ずいぶん子どもたちは自分たちで考えてるし、いいこと悪いこと生きてればいろいろあるけれども、すごいなーって思うんですよ。
私ではできなかったことを二人はやってるし、私の知らないところでちゃんと人間関係作ってるし、
私もね、これから私の人生、あとどれくらいあるかわかんないけど、自分の人生を全うする姿っていうのが最後残せる子どもたちへの贈り物だとしたら、
これからはね、私が私の人生どう生きていきたいかっていうのを真剣に考える最後のステージが始まるなーっていうのを思ってます。
だから司さんがね、私の頃どう思いましたかっていうののアンサーにはならないんだけれども、私の頃はもう忙しくて、これも言い訳ですよ、はっきり言ってやろうと思えばもっとできたことはあったと思う。
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だけど、もうその余裕すらなかった。今ね、30越えて、ちょっとゆっくりね、大人として、そしてちょっとだけ年齢の先輩として、逆に私が今どう思うってアドバイスを求めるぐらいの存在になった二人っていうのがすごいなーって思う。
そして何よりね、私の子どもとして生まれてきてくれて本当にありがとうって、あなたたちが生まれてきてくれたおかげで私は随分成長させてもらったなーと思うし、子どもができたから親になるのではなくて、子どもが成長するに従って親にならせてもらったなーっていうのをね、今思ってます。
ちょっとアンサー回答にはならないよね。
まあ、でもこれが今の私の素直な感想。また何か聞きたいことがあったら是非、レター、そしてDMください。
今日1日ね、最後のお手伝いをして、ゴールデンウィーク私3日間お休みがあるんですよ。
だけどその間もね、ビール動画作るし、ご依頼いただいてる案件があるので、それをね、させていただきながら、これからの自分の人生、ちょっとね、なんかね、ノート買いに行こうと思ってるんですよ。
それに、ちょっと思うことをね、いろいろペンを使って書いてみようかなって。
今ね、パソコンに売ったりとかさ、スマホに売ったりとか、デジタルっていうのがあるけども、やっぱり五感を使う。
なんか肌触りのいい紙に、滑りのいいペンを使って、いい香りをたきながら、目と鼻とね、髪のすれる音とか、そういうのをね、フル活動して、私はアウトプットする時間っていうのが、すごく脳の整理にいいんですよ。
そういうことをやろうかなと思ってます。
ちょっと、レターのお返事溜まってる方、もうちょっとだけ待ってね。
今日も聞いてくださって、どうもありがとう。
じゃあ、またね。
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