今回は、消費という行為が人や社会にどのような影響を与えるかを考えてみました。
▪️参考にした書籍
リンダ・グラットン「ワークシフト」
國分功一郎「暇と退屈の倫理学」
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」
『ワーク・ライフ・ラン』
これからの時代を健康的に、そして前向きに生きるためのヒントや問いをお届けする番組です。仕事(ワーク)、日々の生活(ライフ)、ランニング(ラン)をテーマに話しています。
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『ワーク・ライフ・ラン rooom』は、リスナーや共通の価値観を持つ仲間が集まり、これからの時代を「健康的に、そして前向きに生きるためのヒントや問い」を共に語り合い、深めていくためのコミュニティです。
ただコンテンツを受け取るだけでなく、1人では挫けそうな仕事、日々の習慣、トレーニングの中で、自ら一歩を踏み出し、お互いの挑戦を温かく応援し合える、そんな「行動を可能にしていく仲間」が集う場所として、この部屋があります。
この番組を持続的に配信していくためにも、共に歩むメンバーとして、ぜひご参加いただけたら嬉しいです。
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パーソナリティ
宮﨑晃(Miyazaki Akira)
感想
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00:03
ワーク・ライフ・ランこんにちは、株式会社 アクテナブルの宮崎アキラです。
この番組は、仕事のワーク、日々の生活のライブ、 ランニングのランを中心に、毎回テーマを変えながら、
時にはゲストを招きして、これからの時代を健康的に、 前向きに生きるためのヒントや問いをお届けする番組です。
さて、今回は人々の暮らしにおける消費という行為について、 少し話してみたいと思います。
とても難しいテーマを自分で選んでしまっているんですけども、
ワーク・ライフ・ランのポッドキャストの過去回でも、 いくつか書籍、本を紹介していますが、
その中の本に、消費というキーワードが結構多く登場しています。
私自身、消費という行為が社会や人にどういう影響を与えるのかということに、
興味とか関心があるんだなというふうに改めて思います。
今日話すことは、何か考えがまとまっているわけではないんですけども、
そういったところからキーワードをいくつか拾いながら、 少し考えながら話してみたいと思っています。
以前紹介したワークシフト、リンダ・グラットンさんの書籍ですけども、
この本の中で、後半の章でこういう章立てのメッセージがありまして、
大量消費から情熱を傾けられる経験へという章があるんですね。
この中で、これまでの時代、人々は大量消費こそが、
自分たちの幸せにつながるような生き方、価値観をしていたということを言わんとしていると思うんですけども、
その中でも、仕事の世界には古い約束事があったというふうに本では書いてありまして、
どんな約束事かというと、
私が働くのは給料を受け取るため、その給料を使って私は物を消費する。
そうすることで私は幸せを感じる、というような約束事があったと言っているんですね。
これはですね、消費という行為が人を幸せにするという市場経済から植え付けられた価値観でもありますし、
今の資本主義の社会の中では、
消費というのは意図的でもあり、意図せずとしても、こういうふうな価値観を人に植え付けているのかなと思います。
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それで、昔は物を消費することが多かったわけですけども、今は物ではなくてことを消費する時代になっていますよね。
なので、昔は大量の物を買って幸せ感、幸福感を感じるという活動が、
今は例えば大量のコンテンツやサービスを消費して、そこで幸福感を得ようとしているということに変わっているんだと思います。
ただ、これは消費をするためには、それを行うために所得であったり金銭が必要で、
それって仕事でお金を稼ぐことになるんですけども、
お金を稼ぐことで、仕事以外でもいいんですけどね、お金を稼ぐという言い方はいろんな言い方がありますけども、
投資とかですね。
そこで幸福を求めようとするとですね、経済学でいう限界雇用の低減に当てはまってしまうというのはありますよね。
それはですね、ある特定のものを得る量が増えれば増えるほど、そこに価値を感じたくなるということですね。
なので、獲得した金銭で贅沢なライフスタイルを実現しすぎると、満足感が減っていって、
多少のことでは感激しなくなってしまう、感動しなくなってしまうというのがあります。
このワークシフトという本では、幸福の踏み車という言い方もしてますね。
そういうことは、薄々というか、既に申し上げたりしていて、先進国で所得の高い人たちが必ずしも幸福かというと、
意外にそうではないというのは、いろんなところで言われていることなんですけども、
そうわかっているんだけども、なんで人は消費をやめないのかというところはすごく不思議なところですよね。
これは、過去の回でご紹介した国文広一堂さんの本の、「暇と退屈の倫理学」で、
現代人というのは、暇と退屈を回避するために浪費や消費を行っているという考察がありました。
それで消費という行為は、関連的な行為で限界がない。
なので、止めどないというか、止まるところがない、ストップしないということを言われています。
例としては、個性というふうに言ってましたね。
なので、消費という行為で個性的になるということを追い求めるとき、
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人というのは満足に達することがないというような洞察であり考察で、
ちょっとすごい怖い、ある意味怖いというか鋭い考察ですよね。
それをもっと深掘りすると、ちょっと話が消費から個性に変わっちゃいますけども、
個性というものがそもそも何なのか、その完成形が何なのかというのは、
実は誰にも分からないので、個性的であるということを消費で実現しようとしても、
完成形がないので満足に到達しないということなんだということです。
現代の社会、消費社会では消費者は個性的ではならないという
暴迫観念を抱いている。
これはある意味、産業が、資本主義社会が、
そういうふうに消費者にメッセージとして常に与え続けているところもあるということなのかなと思います。
そういうことを言ってしまうと、経済を否定してしまうのかという話になっちゃいそうなんですけど、
全然そういうことではなくて、
社会がより良くなるために、世の中が豊かになるために、
それで持続的な社会を実現するために、経済というのは必要なわけなんですけども、
今話したような側面というのも絶えずあるというところを理解しながら、
社会活動を行うというのはすごく大切なんだと思います。
それで今年に入って、一つ本で、
Jean Baudrillardという方の「消費社会の神話と構造」という本を読んでみたんですけども、
Jean Baudrillardさんはフランスの哲学者でしょうか、写真家でもあります。
有名な方なんですよね。
私はこの本を読むときに初めて知りました。
とっても難しい本だったので、感想とか要約なんかとても話せないんですけども、
今日の話に少しつなげる点を自分なりに引用すると、
なるほどって思ったのが、消費っていうのはですね、
ある意味、ちょっと私のだいぶ威厄が入ってますけども、
意味づけとコミュニケーション、言語活動と同じだというふうに書いてあると思いました。
意味づけとコミュニケーション、言語活動ということで、
消費っていうのがですね、それ自体が知識を示すものであったり、権力を示すものであったり、
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教養など、社会的な意味ですよね。
人間って集団の中での社会的な意味を持つものとして、
それを示すものとしての価値と重みを持つということを言ってるんです。
うーんって思いましたね。
そうなのかって。
またこれも過激な表現なんですけども、
人っていうのは物自体は消費することがないって言ってて、
自己の集団であったり所属を示すために、
またはそれよりも高い地位、集団を目指して今の集団から抜け出すために、
そういう人々は自分を他者と区別する記号として、
この消費であったり物を常に操作しているっていうことです。
なんかすごい鋭すぎる洞察ですよね。
そんなことを言ってしまうと、
全ての人の行いが否定されるような感じにも聞こえちゃうかもしれないんですけど、
自分が幸せであればまだいいが、
なんかそういうふうに無意識的に思いながら何かを消費するのは不毛ですよね。
物を買うっていう行為自体も。
だから何でそういうことを行いたいのかとか、
何でそれが欲しいのかっていうのは、
考えるのはやっぱり大切だなと思いますよね。
出ないとやっぱり無人像にというか、
何かを消費してしまうというスパイラルには、
簡単に陥るのかなと思いますよね。
そういう状態が別にあってもいいんですけども、
そこから抜け出せなくなる人生はやはり少しもったいない気はとてもします。
なのでこれもすごい皮肉っぽいっていうか、
なんか変な穿った見方かもしれませんが、
例えば社会的な地位を示す手段として、
自分が獲得した金銭があるけども、
それとOPIにはできないけども、
それを別の消費という行為に変えて、
それをもう示していると。
SNSなんかまさにそれを実現するためのプラットフォームでもあるというところもありますよね。
そういう人間の欲求ですよね。
というのと、インターネット、SNSってすごく絡み合うというか、
ある意味、需要と供給で真理、親和性があって、
ここまでSNSが広がったんだなと思います。
私もSNSを普通に今やっているわけなので、
そこで何か人と繋がれたり、
あとは自分の中で新しい発見とかも得たり、
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モチベーションとかにもなったりしているので、
やっぱりこの使い方だと思うんですよね。
ただ、今日話しているようなことを少し考えると、
他者との差別化のために、
自分の個性化のためにそういうことを突き詰めて飲み込まれてしまうというのは、
何か気をつけなければいけないなと思います。
ということで、今日は全然答えもなく、
で、何なんだって話なんですけれども、
消費っていうのはすごく今後も興味関心はありますね。
多分私がそういうことにすごく関心を持つ世代に生まれているのもあるし、
あとは高度経済成長以降育っているので、
そこを見て、そことの生き方とアンチテーゼなところはありますよね。
でも社会もそういう形にはなっていっていると思います。
やはり私たちのような世代の方とか、もっと若い世代の方が
これから社会でより影響力を増してくると、
大量生産、大量消費の時代からより持続的な社会を実現するために、
人と人とがどういう協力を結ぶのかとか、
自分が何をやるのかっていうのはやっぱり考える形になってくるんだと思います。
だからお金以上にそういったものがとても重みを増して、
なのでそのワークシフトの章であったような、
情熱を傾けられる経験というのが、
すごく個人にとっても社会にとっても価値が出てくるのかなと思います。
そういったものが、いろんな人たちとの協力で、
情熱を傾けられて大きな社会問題を解決するとかっていう活動の
ネットワークが広がっていくっていうことがすごく素晴らしいことだし、
私はそこにどう関わっていけるのかっていうのを考えながら
行動していくっていうのも大切なのかなと思いました。
今日は問い止めない話ですけれども、以上になります。
ありがとうございました。
今回もご視聴ありがとうございました。
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また次回お会いしましょう。
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