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#3 私が音声コンテンツ番組を始めた背景・理由/ワークシフトを考えるの続き③
2024-08-26 21:55

#3 私が音声コンテンツ番組を始めた背景・理由/ワークシフトを考えるの続き③

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これからの時代を健康的に、そして前向きに生きるためのヒントと問いをお届けする音声コンテンツ番組『ワーク・ライフ・ラン』。この番組では、これからの働き方(ワーク)、社会生活の変化(ライフ)、ランニングを通しての心身の健康(ラン)をテーマに話します。

第3回は、「私が音声コンテンツ番組を始めた背景・理由」と「2012年に出版されたワークシフトから過去・現在・未来の働き方を考えるシーズン」の3回目です。


  •  なぜ音声コンテンツ番組を始めたのか
  •  孤独に苛まれる未来の続き/職場での人との交流/1990年と現在
  •  家族との関わり方の希薄化
  •  都市化と国際移住の進行/現在の都市と農村部の問題/Society5.0
  •  大企業や政府に対する不信感/信頼は仕事上の人間関係の潤滑油/余暇時間の増加と物質主義的な志向の増加
  •  今回の纏め/これからのソフトウェアエンジニアの役割と価値提供
  •  次回の予告


パーソナリティ

宮﨑晃(Miyazaki Akira)

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感想

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ワーク・ライフ・ラン。この番組では、テクノロジーの進化が私たちの働き方や生活にどのような影響を与えているかを考えたり、
ラーニングを通して得られる心と体の健康を共有していき、リスナーの皆さんが健康的なライフスタイルを築き、前向きに生きるためのヒントや問いをお届けします。
こんにちは。パーソナリティを務めます株式会社アクテナブルの宮崎アキラです。
ワーク・ライフ・ラン。第3回スタートです。
さて、3回目の配信になりました。
第1回と第2回ではあまりお話しできていなかったのですが、
なぜワークとライフとランをテーマにして温泉コンテンツを立ち上げたのか、背景を少し話したいと思います。
私は小学生の頃からラジオが好きで、AMラジオをよく聞いていました。
AMラジオを聞くきっかけになったのは、プロ野球の試合を聞くためだったと思います。
今のようにプロ野球の動画配信とかインターネットのテキスト速報とかがなかった時代なので、地上波で放送しない試合をAMラジオで聞いていた感じです。
私自身も小学生の頃から野球を始めて、結局大学まで野球を続けていました。
社会人になってから5年くらい車通勤をする時期があったのですが、その時は地元のFMラジオをよく聞いていました。
それから月日が経ち、2020年頃にポッドキャスト番組を聞くようになって、音声コンテンツの楽しさに改めて見出された、感じたところがあります。
このような体験もあり、音声コンテンツ番組の配信をいつか自分でも行ってみたいなと思っていました。
番組タイトルの中にあるワークとライフですが、今の時代は働くことと日々の生活が昔よりより一体化していると思います。
どういうことかというと、日本の完全休休2日制は1992年から導入されて、その結果サラリーマンは週5日働き、2日は休息というかレジャーに当てる生活スタイルが定着してきました。
労働時間と休息の時間の配分が確立された生活スタイルですね。
最近は企業が週9日を導入したり、副業を認めたり、昔より独立起業する人が増えて、働き方のテンプレートが複数出てきた。
その結果ワークとライフをどのように設計するのかは、昔よりもより個人の責任で選んでいく時代になってきたと思っています。
そうなると、ワークとライフを切り離して別々に考えるのではなく、一体で考える時代になってきたと思い、テーマとして選んでいます。
ランがテーマに含まれている理由ですが、ランニングは私の生活の一部になっているのですが、心と体がつながっていると思っていまして、
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運動ができない日々が続くと、心がもやもやしてすっきりしない、整わないという感覚になります。
運動すると心が整い、前向きになれる。もちろん体も健康的になる。
そういったところで、この3つのテーマを話しながら、自分でも新たな発見をしてみたい。
リスナーの皆様にも発見を共有して、気づきにつながれば嬉しい。
こういう理由でこの番組を進めています。
また、私が経営している会社の社名はアクテナブルですが、行動を可能にするというコンセプト・概念を持っています。
ワーク・ライフ・ランをテーマに話すことで、リスナーの皆様が前向きに新しい一歩を踏み出せるきっかけをお届けできたらと思っています。
さて本題に入りますが、前回はワークシフトの中の孤独に苛まれる未来のストーリー、インド・ムンバイ・ローファン・エジプト回路のアモンの一日をお伝えしました。
今回はそのストーリーと比較した1990年の一日から話していこうと思います。
これもリンダ・グラットンさんの1990年の日常です。
一日のほとんどの時間をオフィスで同僚と過ごしていて、フェス・トゥ・フェスで色々な人と会話する機会が多い。
商談で客先に出向く時も、当時のインターネットが普及していない時代での効率性で考えると、
30分会うために行くわけではなくて、会う時は1時間、2時間という時間を確保してクライアントと会話をすることが多かったようです。
海外出張も2泊3日みたいなショートな形ではなくて、1週間、2週間といった時間を確保して行くことが多かった。
仕事で人と接する時間が今よりも長かったそうです。
その分、煩わしい人間関係もそこには当然ありまして、水が合わない同僚や上司もいるし、社内政治の権力闘争は今も昔も起こっている。
ただ、仕事が終われば、パブでビールを片手にその日のことを語り合ったり、
ふと思い立って同僚とランチに出かけたりすることも自然に行われていた。
人間関係のストレスや面倒くささ、不愉快さもあるが、仕事の世界で寂しく感じることは一度もなかったと本の中ではおっしゃっています。
ここからは私の感じたことですが、日中にふと思い立って同僚をランチに誘ったり、仕事終わりに食事に誘ったり、誘われたりっていうのはコロナ禍の前は自然にできていたと思っています。
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例えば、2018年は私は企業の会社員として自分の所属する会社に毎日出社して、同僚とも毎日顔を合わせていましたが、
その時はランチも結構誘ったり、誘われたりして行っていました。
ただコロナ禍以降、在宅勤務と出社勤務のハイブリッド型になってからはランチの日程調整が結構大変で、みんなの出社が合わなくて、
行きたいと思い立っても1週間、2週間後にランチを行くようなスケジュールになっていました。
人数も6、7人で行けたことがあったんですけども、企業によっては感染症対策で、同僚との食事は5人や4人以下にしましょうというガイドラインが出ていましたので、
少ない人数に絞る形になって、そういったところでも誰をお誘いすればいいのかみたいなところも結構大変でしたね。
なのでランチの日程調整というのがその時点で仕事感がかなり出てきてた感覚があります。
そうすると調整するのが負担になってきて頻度が減るとか、あとは感染リスクについても個人の考え方を尊重して無理には誘えないので、そのあたり気を使うことが多くなったと思っています。
現在は1990年と比べて人と接する煩わしさが減った反面、仕事環境で寂しさを感じる人も増えていると思います。
自然には今は職場環境での仲間意識というのは生まれにくくなっていて、会社が意図的にその仲間意識であったりチームを醸成する施策をやはり取り組まないといけない時代になってきたと思っています。
さて本に戻りますが、本の中で紹介されている中に、ハーバード大学の研究結果で健康と幸福に関する追跡調査を実施したところ、最も幸福感が高いのは、
最も裕福な人たちでもなく、最も大きな業績を成し遂げた人たちでもなく、幸福感の高さと最も強い関連性が一貫して認められた要素は親しい友達がどの程度いるのかという点だったそうです。
こういった調査はいろいろな形で行われていますので、これが必ずしも絶対解ではないんですけども、こういった調査結果も一つ参考にはなるのかなと思います。
そことつなげると、確かに私も20代の頃は結構ハードな職場環境で、仕事のスキルもまだ低くて、また当時は働き方改革もなかったので、ハードワークを求められて結構大変だった思い出がありますが、
なんでその職場で仕事を続けていたかと思えば、仕事での成長の面もありますが、同じ境遇というか時間を共にする同僚や仲間がいたことは大きかったです。それがやめない理由というか支えにもなっていました。
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今の社会は昔に比べて職業選択やジョブの選択肢が増えていますが、その結果、貴族意識、どこかの組織に属する意識を持たないで活動する時間も増えて、色々な職業選択ができることのトレードオフとして仲間意識が獲得できなくなったり、寂しさを感じる時間も増えてきたと思います。
ただ寂しいことが悪ではなくて、一定の寂しさを受け入れながらも自分の道も進むことができると思います。
寂しさを感じることがなかった時代から寂しさを感じながら折り合いをつけていく時代へ変化しているということでしょうか。
本の中ではローハンとアモンは大きな都市メガシティに住んでいます。
もともとはムーンバイやカイロの出身ではなくて、高度な教育を受けるために大都市に移り住んだ設定です。
両親は同じ都市には住んでおらず、地元でだいたい60代後半から70代になっても生活のために働き続けている。
兄弟も別々の国の都市に住んでいる。
自分が住んでいる町には家族がいないということです。
また家族の核家族化なんですけれども、これがグローバルでも起こるということで兄弟が少なかったり、
配偶者パートナーの離婚や再婚も珍しくない時代を表しています。
本の中で紹介されている中にイギリスの社会学者のアンソニー・ギデンスの言葉が引用されていまして、
核家族が増え、別居と離婚が珍しくなくなるにつれて、家族構成の組み替えが進んで様々な親族関係のパターンが出現してくると。
家族の信頼を交渉と取引で獲得するようになったと言っています。
都市化と国際移住の振興で家族が近い場所に住んでいない状態が生まれ、
またこの核家族化であったり家族関係の変化によってその関係の規剥化が進んでいる未来を描いています。
では、現在がどのようになっているのか、私もインターネットで都市化について検索してみたのですが、
国連広報センターが2020年に発表した情報だと、
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2009年までは農村部で暮らす人々の数が都市住民を上回っていました。
2020年は世界人口の55%程度が都市で暮らしており、都市化率は2050年までに70%近くに達する見込みということです。
ただ都市と言われる地域は世界の陸地面積全体の2%しか占めていない。
にも関わらず全世界の国内総生産GDPの80%と炭素排出量70%を占めている。
人口密度と経済の偏りが改めてすごいと思いました。
国連広報センターの報告書では都市化の速さとそれに伴う規模の拡大で、
十分な住宅やインフラ輸送の確保が難しくなっており、また紛争や暴力という点でも課題があると言っています。
都市貧困層に分類される人々は10億人に迫っていて、そのほとんどがインフォーマルな居住地で暮らしているそうです。
最近知ったのですが、アメリカ大都市のサンフランシスコは有名な大企業が拠点を構えている都市ですが、
コロナ禍以降リモートワークが進んだ結果オフィスワーカーが減ってしまって、
それの影響が小売店の撤退や万引きなどの犯罪の増加、ホームレスの増加など治安の悪化が深刻になっています。
このあたりの正確な情報を知りたい方は在サンフランシスコ日本領事館の発表などで正確な情報はご確認ください。
アニメ映画でウォルトン・ディズニーが配給しているベイマックスの舞台が、
サンフラン総挙というサンフランシスコと東京を融合させた都市で綺麗な街並みを描いていて、
私もこの映画好きなので素敵だなと思って見てたんですけども、
今ちょっとそういった状態ではサンフランシスコあるということですけども、
いつかはですねそれに近い街並みが実現できる日が来ることを願っています。
あとは農村部で暮らす人々が取り残されないようにするためには、
大掛かりな取り組みが必要とは本で書かれています。
農村部の人々が都市に住んでいる人々の食料を生産しているグローバルな社会構造があるわけですね。
日本の政府も未来社会のコンセプトとしてSociety 5.0を提唱していますが、
その中でも都市のスマートシティ化であったり都市の仮想化をイノベーションによって解決することを目指しています。
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今後日本においてとても重要なテーマ課題だと思います。
本に戻ると2025年の世界で人々の孤独を深める要因の一つは、
大企業や政府に対する不信感の高まりだと言っています。
信頼感が低下しているとも言えます。
ただ、今の政治家や企業経営者の行動が昔に比べてハレンチになっているかといえば、
そんなことは全然なくて、歴史が始まって以来、今も昔も同じようなことはどこかで起こっています。
信頼が落ち込んでいるうちに、透明性の向上を今では上げられていまして、
政治家や経営者の一挙一動が人々に知られるようになったため、
報道ニュースメディアやソーシャルメディアで悪い評判が拡散される役割を果たしていて、
それが信頼化の低下につながっている。
だから、昔も同じようなことがあったんだけども、今は透明性が増して、
その結果信頼感が落ち込んでいるというのは、すごく悩ましい話ですよね。
実際そうなのかは、何とも言えないところはあると思うんですけども。
私の考えでは、インターネットとソーシャルメディアの発展によって、
今は消費者、ユーザーが発信する情報が、企業が発信する情報を上回っているので、
その結果、フェイクニュースの拡散やエコーチェンバー、フィルターバブルが起きていることも、
政府、企業の信頼感の低下につながっていると思います。
逆にこのフェイクニュースというものもコントロールしてですね、
情報操作というところも、やりようによってはできてしまうような環境が生まれているのかなと思います。
コミュニティや社会において、この信頼が担う役割が極めて大きく、
信頼は仕事上の人間関係の潤滑性だそうです。
なのでこの信頼の低下というのが、孤独につながっているというところで、
もう少し言うと、ローハンやアモンはコミュニティや社会との信頼感が減退していくと、
その潤滑性が足りなくなって、結果は孤独感が増していくということですね。
これはローハンやアモンがその仕事を通じて、
社会で重要な役割を担っているという感覚が減退してしまうと、
それが孤独につながるというストーリーでした。
もう一つとして、人の労働生産性が向上して、
休暇・予感の時間が増加したことで、
予感の時間を受動的にテレビを見て過ごす時間が増えると。
そうすると物質主義的な思考・欲求が強く助長されて、
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その結果物質主義的な傾向が強くなった人は、
人間関係が持つ重要性を過小評価して、
所得を生み出すための活動に過剰投資する。
そうすると人と関わるための活動に過小な投資しかしなくなる恐れがあると言っています。
別にこれはテレビに限らずというか、
テレビを見なくとも物質主義的な思考と欲求が強くなってしまうと、
人間関係の投資が逆に少なくなってしまうということですよね。
なるほどと思いました。
何でもですが、受動的に提供される情報を受けていると、
受けていることが習慣化してしまうと、
やはりそこで思考が固まってしまうという傾向はあると思います。
さて今回のまとめですが、
ローハンとアモンのような働き方の未来はまだ訪れていないと私は思います。
現時点では。
私はソフトウェアに関わる仕事を長年やってきたので、
アモンの働き方に触れますと、
アモンはフリーランスのプログラマーですが、
これからのソフトウェアエンジニアは、
言われたことを言われた通りにやる、
仕様書通りにスピーディーかつ高品質なプログラムをコーディングするという価値はあるのですが、
それがAIとか別のテクノロジーに置き換わる可能性もあるので、
やはりそれ以上にチームの中で、
自分とは違うスキルを持った方々とのコラボレーションで、
新たな価値を一緒に想像できることが求められるようになると思います。
ソフトウェアの開発手法にアジャイル開発という手法があるのですが、
そこでは個人との対話、人間性の尊重、変化への対応、コラボレーションといった価値観を定義しています。
決まった仕様を実装するプログラミングのニーズはこれからもあると思いますが、
AIと人との役割分担で言えば、
より人はコラボレーションによる価値提供が中心になってくると思っているので、
そういったところで、コラボレーション中心の価値提供がマーケットとして求められるようになると、
孤独な仕事、ジョブ設計というのは相対的に減ってくるのかなということも想像したりします。
第3回の放送はこのあたりにして、
次回はネガティブなストーリーの最後、反映から閉め出される未来についての紹介と考察をしていきたいと思います。
なかなか本で書かれていることから色々と思いつくことが出てくるので、
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非常に進みが遅いですが、ご容赦ください。
でもそれは悪くないと思います。
書かれていることをきっかけに思いを巡らせたり、
考えを深めたりすることがこの番組の一つ、私の中での価値の一つかなと思いますので、
ゆっくりですが進めていこうと思います。
このポッドキャストの感想やお便りをいただけたらとっても励みになりますので、
Googleホームに感想やお便りをお待ちしています。
また本日の配信でしゃべった内容は私のノートにも掲載したいと思います。
あと気に入っていただけましたら、ポッドキャストのフォローもお願いいたします。
それでは良い一日をお過ごしください。また次回お会いしましょう。
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