1. 酒の道〜日本酒の聖地から〜
  2. #8-2: 社会人を経て、独立へ。..
2024-11-13 18:25

#8-2: 社会人を経て、独立へ。|ゲスト ジャパンテイスト株式会社甲斐 勇樹さん

■内容 
トークテーマ:社会人を経て、独立へ。~日本酒との運命的出会い~  

コーナー:クイズ呑呑答えて! 

 

ゲスト: 甲斐 勇樹さん 

1982年 宮崎県生まれ。2011年にジャパンテイスト株式会社を設立。 

東京都北区十条で大人気日本酒バル「サケラボトーキョー」、紹介制日本酒バー「にほんしゅ椿」、日本酒サロン「ooca」を経営されています。 

唎酒師の資格をお持ちで、著書「日本酒を好きになる」(マイナビ出版)は5度の重版により1万部を突破。 

YouTube「サケラボちゃんねる」では現在登録者7万人以上がいらっしゃり、北区赤羽にある三益酒店さんやカーリング女子日本代表、ロコ・ソラーレの藤沢五月選手ともコラボされています。 

また、プライベートブランドである人気日本酒『仙禽HelloWorld』も手掛けていらっしゃいます。 


日本酒の聖地からお届けする日本酒に関わる様々な人をゲストに呼んだ唎酒師によるトーク番組。様々な酒蔵の杜氏や唎酒師、日本酒を扱うお店の店主など日本酒に関わる様々な人をゲストに呼び、お酒にまつわるトークをしていきます。


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00:11
日本酒の聖地から。
酒の道。
こんにちは、パーソナリティの平田勝です。
この番組は、お酒にまつわるゲストをお招きし、
お酒の道を歩むストーリー、お酒のあれこれを深掘りしていく番組です。
利き酒師を目指す佐紀さんと共にお送りします。
佐紀です。よろしくお願いします。
最近の心配なことは、この番組のゲストが毎回毎回豪華すぎて、
ちょっとパチが当たらないか心配なことです。
豪華なゲストを来ていただいて、きちっとゲストさんの情報を発信して、
これを伸ばすってことが我々の目的なはずなので、
パチは当たらないと思います。
よかったです。
ということで、今回のゲストは前回に引き継ぎまして、
酒場東京を運営していらっしゃいます、
ジャパンテイスト株式会社代表取締役の甲斐勇樹さんです。
どうぞ今週もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
前回は甲斐さんの幼少期や学生時代についてお聞きしました。
今回は社会人時代についてお伺いしたいと思っています。
甲斐さんの現在のご職業に至るまで、どのような社会人経験だったんでしょうか。
はい。僕は大手チェーン居酒屋みたいなところに入って、
そこでもう高校卒業してすぐ入ったんですよね。
なので、20歳の時にはもう店長になっていて。
20歳で店長。
そうですね。
実は甲斐さんと僕が同い年で20歳ってことは2002年ですよね。
たぶんそのくらいですかね。
82年まで2002年ですよね。
もうなんか花たらした大学生やってた感じで。
本当にボケ。
ボケとしては嘘だな。
その頃ゴリゴリウォーターボーイズで夏のお台場とか泳いでたな。
まあいいや。
いや、そっちの方がすごくないですか。
それはそれですごいんですけど。
まあまあまあ。
で、20歳ですごい業界ですね。
業界ですね。
20歳で店長ですってあんだけ。
もう1日だってさ、20万、30万、40万、50万っていった時代ですよね。
甲斐さんが。
月間で1,500万とか2,000万売ってるわけですよね。
そうですね。
すごいですね。
それもまた才能ですよね。
なかなか店長になれない人の方が多いですもん、絶対。
そこは根性あれば。
そうですか。
それぐらいチェーン店居酒屋のバブルですよね。
多分赤い看板とかのお店がバババババって増えた。
僕も逆にそこは学生として、もう2時間、3時間で広間っぽいところで20人ぐらいで行って、
朝まで飲み放題1,500円とかでだらーっとしてるみたいな。
すごい思い出してきました。
そういうとこですね。
ですよね。
でも、だらーっとしてたけど店長同い年だったんだと思うと、本当にありがとうございました、その当時の。
03:02
どういたしまして。
それ何年ぐらいなさってたんですか?
25ぐらいまで。
6,7年ぐらいですかね。
リーマン食ぐらいまでですね。
かもしれないですね、確かに。
そんなもんですね。
はいはいはい。
その後ぐらいからどんどん290居酒屋とかが流行る手前までやられてたことが多分。
そうですね。
僕は2009年から店始めてるので。
結構長いですね。
15年になります、今年。
そうですか。
独立なさって、そのきっかけだとか何かお伺いできればと思うんですけど。
きっかけはね、そうですね。
大手で店長やってた時に、自分がやったほうがうまくいくんじゃないかなって思っていて、
ここのナンバーワン店長になって辞めよう、東京に行ってお店出そうっていうのを決めて、
頑張ったんですよね。
すごい。
それでナンバーワン店長に本当にしっかりなったし、
辞たとおもに数字も内容も全部なってたので、
辞めようって言って、辞めて東京に来て、
で、独立したって感じですね。
最後が福岡だったんですよ。
なので、もつ鍋をいっぱい勉強しまくって、
で、もつ鍋屋で行こうって言って、最初もつ鍋屋だったんですよね。
なんで東十条だったんですか?
それはですね、当時お取り寄せグルメで一番楽天とかでも動いていたのがもつ鍋だったんです。
なので、飲食やろうって言いながらも、
お取り寄せグルメというか、そっちで販売したいなと思って、
なんで箱は小さくして、1日2組限定の完全予約制にして、
予約が取れない予約困難店のもつ鍋をまず作ります。
で、そうすることで皆さん来れないし、
あと東京でそういう予約がもう何ヶ月先まで埋まってるお店ってなると、
みんな食べたくなるじゃないですか。
なので、東京っていう地名が入ってれば、
どこでもいいなと思っていて、
それで東十条にしたんですよ。
そうですね、予約困難店にするのはすごい難しいことだと思うんですけど、
そのぐらいエッジ効いてて、ちゃんといいもの出して、
ちゃんとお店経営しとけばいけるだろうと思って。
すごい。ご出身どちらでしたっけ?
宮崎ですね。
そうか、宮崎で。
比較的九州が多かったんですか、大手さんにいる間は。
九州だけですね。
九州だけで全国ナンバーを取ったんですね。
福岡あたりの店舗でとか。
そうですね、その時は熊本の時の店舗で取りましたね。
熊本はまた独特なんですよね。
そうです、そうです。意外と都会なんですよ。
そう、なんか結構九州でも熊本にわざわざ食事に行く人とか、
そのあとお酒も楽しんで、一晩夜を楽しむみたいな街でもあるって話は、
06:04
いろんな出張してるおじさんたちからいっぱい見せて聞いてますね。
そうなんですね。
で、もつ鍋屋さんがある程度成功なさって、
王子でやっててもなんか予約取れないもつ鍋屋があるらしいよ、
どこそれみたいな噂はよく聞こえてきてて。
で、なんかおでん、先ほども前回もお話したんですけど、
帰宅おでんの中で窓コロ11さんが、
なんかここもつ鍋屋さんの系列らしいよみたいなのもちょっと噂では。
聞こえてたのが2013、14年の頃ですかね。
で、そのもつ鍋屋さんの次におでんのお店なさってですね。
はい、そうですね。
すげえ中オシャレだったの、すげえだって、すげえオシャレだった。
なんかね、お店の中に傘とかありましたよね、和傘とか。
確かに、ありましたね。
よく覚えてるでしょ、一回しか行ってないのに。
なんか衝撃で、カウンターとかも赤だったかな。
そうですね、朱色みたいなのを基調にしてやってましたね。
オシャレ。
ちゃんとブランディングがあって、こうやってこうやってっていう、
もうなんか本当すごいなあ、海峡大。ってずっと思ってました、落ちて。
行きたかったなあ。
建物の取り壊しにコロナ中になってしまって。
あ、そうなんですか。
で、前々から、コロナ前から決まってたので、
次の物件を探してる時だったんですよ。
そうするとコロナ始まったので、次の物件を決めるのを一旦取りやめて。
で、良かったなと。
逆に取り壊しが決まっていったおかげで、コロナ乗り切れた。
みたいなところもちょっとあったんですよね。
あ、そうなんですね。
と、同時にやりながら酒ラボさん始めてらっしゃいますもんね。
そうですね。
住所では。
酒ラボがもう、そのコロナ始まる前っていうんですかね。
にはもうすごい人気で。
で、もう椿もすごい人気で。
日本酒にちょっともう思い切り足を踏み入れたいなと思ってる時期でもあったので。
まあそういうことを考えてもあそこで和どころがなくなったというか、
まあいい感じで売却できたみたいな感じなんであるし。
今ここまで日本酒に踏み込めている理由になったかなと思ってます。
逆に運もずいろと。
そうですね。
なんか今思い出すとよくわかんない4年でしたもんね。
いや本当そうですよね。
思い出すと本当にゴーストタウンになってて、街中も。
でもそのコロナ中にもどんどん新しいお酒のメーカーさん、倉本さん、
今まで聞かないような倉本さんもどんどん後衛劇とか。
人気になったのもそうですよね。
数年ですよね。
あともう今がっきまさんもね。
がっきまさんもね。
天美。
天美。
事前情報ではその独立後に日本酒にはまったそうで、
日本酒に興味を持ったきっかけが司令に14代飲めって飲まされたことだったそうなんですけれども、
09:05
14代はどういうお密でどういう出会いだったんでしょう?
そうですね。
その1店舗目のもつ鍋を始めたばかりの頃に、
そのもつ鍋屋さんの県隣ぐらいにあった天ぷらの荒川さんっていう名店ですよね。
の店主さんが何回か来てくださってて、
初日なんですよね多分。
来た最初の日にすごく気に入ってくださったんだと思うんですけど、
帰った後お店に電話がかかってきて、
今から荒川に来てくれないかって言われて、
分かりましたって言って、
何かくれるんかなぐらいの感じで行ったんですよね。
シャッターがちょっとだけ開いてて、そこをくぐって行ったら、
14代が3本ぐらい並べてあって、
これを飲んでみろって言われたんですね。
当時の僕は日本酒全く無知だったので、
今から日本酒かっていうのが正直な感想だったんですけど、
飲んでみたら美味しくて、日本酒こんな美味しいんだって思って、
荒川さんがすごくこのお酒の素晴らしさみたいなのをつらつらと語ってくれて、
なんかすごい盛り上がってんだなと思って、
それがきっかけになったみたいな。
荒川さんもあそこのマンションに取り壊されて、今赤羽の方に連れてますけど、
荒川さんは僕行ったことなくて。
14代で言うと、串コマさんとか大塚とか行ったことあるんですけど、
なかなかちょっと敷居高いなって思っちゃって。
自分でやってるとなかなかきっかけもなく、近いといつか行けるだろうみたいなところもありつつ。
佐紀さんは行ったことありますか?
荒川はなくて、ただ両親は行ったことがあるらしくて、赤羽に移転してから。
すっごい私も行きたいんですけど、なかなか行けずに。
14代さんがネットでプレミア付く前から直撮りしてるんですよね、荒川さんはね。
14代って山形では最初相手にされなくて、仕方なく東京に出てきて。
でも本当に最初の最初から荒川さんもやってるんですよね。串コマと同時みたいな。
だからその代わり売れ始めても全部とりあえず言ったら送れるようにっていうお約束っていうところで、話は聞いてます。
私も日本酒が好きになったきっかけが14代だったので、ここでカイさんとの共通点ができました。
ちなみにどこで飲まれたんですか?
それは山形に旅行に行ったときに飲みました。
一番いいやつですね。
12:00
たまたま入った銀山温泉の通りにある喫茶店だったかな。
喫茶店?
喫茶店もなんかあって、その両親が知ってて飲んでみなよって言われて初めて飲んで、
これでこんな美味しい日本酒があるの?って思ってそっからハマりましたね。
確かに。あれは沼に落とされますよね。
もう本当に沼でした。
これセンキンさんの方をもっと話せなきゃいけないけど、14代を推すカイみたいなの大丈夫かな?
確かに。
高木さんは帰宅だからいいんじゃないですか。
そうですね。やっぱ余韻が綺麗ですよね。どのお酒にも長くてね。
確かに。
本当に。
なんで14代がすごいのって言ったら綺麗で、アルコール飲んでる感じがしないしみたいな。
確かに。
本当に素晴らしいお酒ですね。って言いながら話をちょっと戻したいんですけども、
カイさんはお酒を飲み始めた頃はどんなお酒を飲んでたかっていうのも実は聞きたくて。
そうですね。確かにアンケートにはビールと焼酎ですって答えたんですけど、ビールと焼酎をよく飲んでました。
戻った。
カイさんイコール日本酒なイメージがあったので、ビールと焼酎ってなんか違う感じが。
宮崎ご出身、市内ですか?
市内も住んでたんですけど、生まれとかは延岡っていうところなんですけど。
ちょっと上か。
そうですそうです。
だとすると延岡くらいで日本酒も若干ありつつも。
ほぼないに等しいというか、一応一蔵あるんですよね。
あれけど基本的に焼酎ですもんね、宮崎。
20歳だからですね、日本酒とはあんまり縁がない。
ちょうど前もミマスさん来てもらった時もそうなんですけど、やっぱりアラフォー世代の飲み始めた頃って逆に。
そちらブームかどうかわかんないけど、東京では完全に黒霧ブームが始まる頃で。
逆に僕の親世代たちが芋焼酎なんて臭くて飲めないじゃないかって。
言ってたのが、あれ美味しいじゃんって。
しらなみなんか飲めたもんじゃないよ、あんな臭いのって言ってた時代から一気に。
逆に例えばその頃のモリーゾーだとか魔王とかが、ちょうどあの頃やっぱりヤフーオークションとかも始まったりしてて。
ネットでモリーゾー、ネットで5万するらしいぞ、みたいな。
5万の焼酎持ってきたぞ、みたいな。
そんな僕らのお酒の飲み始めた時代。
逆に今ね、焼酎は魔王とかも定価で買えますしね。
そうですか。
ネット見てるとか。
そこまで。
柿沼さんでも100年の孤独いっぱい並んでるじゃないですか。
そうですね。
楓さん、日本酒はだいたいどれくらいの頻度で飲まれてますか?
下手すると毎日飲んでるかもしれないぐらい。
テイスティングとかもするので。
そっか。
そうですね。
まだちゃんと足し波として飲むっていうのは、週3、4ぐらいな気はします。
なるほど。
15:00
じゃあ私も楓さんと共通点を多く持ちたいので、私も週3、4で飲みたいと思います。
よろしくお願いします。
毎日飲んでるでしょ、そんなこと言ったって。
毎日は飲んでないですよ。
そうですか、そうですか。
はい、ありがとうございます。
ということで、今週もジャパンテイスト株式会社代表取締役楓幸さんにお話を聞いてきました。
次回は大人気日本酒バリア、日本酒バーなどを経営されている現在についてお話をお伺いしていきたいと思います。
今週もどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
さあ、ここからコーナーに参ります。
クイズどんどん答えて。
イェーイ。
このコーナーではお先にまつる問題をお伝えします。
水溜りボンドの皆さんもぜひ考えてください。
今月からはですね、たくさん勉強した佐紀さんから問題を出してくれるということでよろしくお願いします。
はい、今回も出していきます。
それでは問題です。
バナナや洋梨のような香りがする日本酒について、
コーボが生成する日本酒の主な芳香成分は、
A・B・どちらの方が多く含まれているでしょうか?
A・カプロン酸エチル
B・サク酸イソアミル
さあ、どちらでしょうか?
これは結構日本酒好きの方じゃないと、分かんないかもしれない…かな?
さあ、それでは正解発表にいきたいと思います。
正解は、Bのサク酸イソアミルです。
菊崎氏の資格を持つ平田さん、解説お願いします。
はい。カプロン酸エチルはリンゴや白桃のようなフルーツの甘い香り。
サク酸イソアミルは問題にいったようにバナナとか洋梨とか、
爽やかというよりは、コクのあるような香りと言った方がいいのかな?
香りなどはなかなか説明しづらいんですけれども。
両方とも、香気成分に関しては、温度によって感じにくくなったりもするので、
特にカプロン酸エチルは温度が上がると感じにくくなるため、
1回ひい入れ程度にするだとか、生酒で出荷して香りを楽しんでもらう。
逆にアツカンとかには向きづらいんじゃないかな?というお酒が多いかなと思います。
なるほど。ありがとうございます。
さて、縁も竹縄ではございますが、この辺りでお開きといたしましょう。
番組の感想をXハッシュタグで酒の道を検索してください。
ではまた次回。さようなら。
18:25

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