1. ボイスドラマで学ぶ「日本の歴史」
  2. 「足利尊氏 夜明けのばさら」..

足利家当主の妾の次男坊という、武家社会では決して表に出てこない血筋であった尊氏、稀有な運命をたどり、征夷大将軍にまで登り、その後は南北朝時代へと続き生涯を戦いに明け暮れた日本史上もっとも波乱馬上な人生を送った足利尊氏の前半生、鎌倉幕府の滅亡までを描いたボイスドラマ
どのように尊氏は歴史の表舞台に出て来たのか、バサラと言われた尊氏の内面から描いていきます。

※セリフ書き起こしはこちらhttps://bit.ly/34yaVIS

●脚本:高井忍
●演出:岡田寧
●出演 :
 足利尊氏(高氏):平塚蓮
 足利直義:望生
 北条(赤橋)守時:忠津勇樹
 田楽法師:吉川秀輝
 錦小路殿:柏谷翔子
 北条高時:小磯勝弥
 後醍醐天皇:田邉将輝
 赤橋登子:井上あすか
 新田義貞:大東英史
 足利貞氏:吉川秀輝
 足利家時:濱嵜凌
 足利次郎:大川原咲
●選曲・効果:昆優太
●スタジオ協力:スタッフ・アネックス
●プロデューサー:富山真明
●制作:株式会社PitPa

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00:03
ボイスドラマで学ぶ日本の歴史、ナビゲーターを務めます熊谷陽子です。
この番組は、日本の歴史の時々で、命を削りながらも懸命に生きてきた人物にスポットを当てて、ボイスドラマとして再現いたしました。
このプロローグでは、本編をより楽しんでいただくために、物語の時代背景、登場人物、またその時に起きた事件などを簡単にご紹介するエピソードです。
歴史について詳しい方は、いきなり本編からお聞きいただいても楽しめる作品ではございますが、
それも含めて簡単におさらいしたいなと思われましたら、ぜひこのプロローグから聞いてください。
それでは早速、シーズン5のエピソードをご紹介していきましょう。
今回取り上げたのは、室町幕府を開いた足利尊氏。
この足利尊氏の前半生の物語となっております。
高宇寺の出生、鎌倉幕府の中での足利一門の立場、そして後醍醐天皇の蜂起。
蜂起とは蜂が起きると書きまして、蜂が巣から一斉にバーッと飛び立つように大勢が一時に氾濫する様子などのことなんですけれども、
この後醍醐天皇の蜂起と、高宇寺の裏切りによる鎌倉幕府の滅亡に至るまでの一連の流れを追っていきます。
今回の物語、鎌倉幕府が滅亡するという一大事件を紹介するにあたりまして、まあそこそこ人間関係が複雑になっておりますので、この人間関係からご説明をしていきましょう。
まず足利家についてですが、足利家は鎌倉幕府に仕える御家人の家系の一族なんです。
とは言いましても、幕府内で大きな力を持っているわけでもなくて、当時鎌倉幕府の中枢を担っていた執権の法上家、ここと血縁関係を作りながら何とか地位を維持していた一族ではありました。
今回の主人公足利隆氏、子供の頃の名前は又太郎と言いますが、足利隆氏、又太郎はそんな足利家に第七代党首足利貞氏と、その側室である西木康二の長男として生まれます。
03:26
なんと足利隆氏、側室の子供だったんですね。
では、貞氏の性質、本才ですね。この本才はどういう人かと言いますと、名前を釈迦堂、立派な名前ですね。
お釈迦様の釈迦に、お堂の堂と書くんです。
この釈迦堂殿と言いまして、質権法上家の血縁関係の人間なんです。
しかも、その貞氏と釈迦堂殿との間には足利隆氏という、貞氏よりも年上の男児を授かっているんです。
ですので、足利家の本流の子供は、この足利隆氏なんですね。
貞氏は足利家の中でも、あるいう文家の子という存在だったわけなんです。
まあ、血縁関係で何とか地位を維持している足利家の状況を考えると、
高氏の父、貞氏としては、何としても法上家から来た性質、釈迦堂殿との間の子、
法上家の血筋ですよね。
血筋がある高吉に家を継いでもらいたいと思っていたはずなんです。
ですので、貞氏からすれば、高氏はそんなに重要ではない子供と言っては申し訳ないんですけれども、
まあ、そんな感じだったのではないかなと思います。
しかしですね、そんな境遇の高氏なんですが、
同じ西木康二殿との間に生まれた弟がおります。
名前を足利忠義と言いまして、幼少名を足利二郎という名前の弟がいたんです。
06:01
おさらいしますよ。
簡単にまとめますと、足利家の当主は足利貞氏。
この貞氏には三人の息子がおります。
長男のお母さんは法上家の血縁者である性質、釈迦堂殿との子で、足利高吉。
いいですか。
そして次男、三男は息子の西木康二殿との子で、足利貞氏と足利直義。
まあ、こういう構成でございます。
まあ、この状況の中、今回の物語はこの側室の子供である高氏と直義の二人を中心として展開されていきます。
本来であれば日陰の存在、本家を支える文家の一節として生涯を終えるはずだった、
高氏と直義兄弟ですが、1317年、高氏12歳の時、大きな天気が訪れます。
なんと、本家の着男足利高吉が若くして亡くなってしまうのです。
しかし足利家としては幸いにも、この亡くなった高吉に既に幼い男児が生まれていたんです。
足利家当主の貞氏としては、北条家との血縁関係を保つためには何としてもその子が原復するのを待って、足利の家徳を継がせようと考えていたんです。
一方で貞氏は抜かりないですよ。念のため、高氏にも北条家との血縁関係を結ばせておこうと考え、
北条一族の妹の桃子との婚姻を進めるんです。
そして高氏は無事、桃子との婚姻を済ませて、足利家としてはあとは高吉の子供が大きくなって原復するのを待つだけというところだったのですが、
09:14
この辺りから徐々に運命が高氏を歴史の表舞台に引きずり出そうとしていくんです。
時の執権、北条貴時が病を理由に執権職を辞めるという政治的騒動が起こります。
公認の執権がかなりの右よ曲折があったのですが、
最終的に、なんと執権職に就いたのは高氏の妻、桃子の兄、森時だったのです。
高氏は来せずして、幕府の最高権力者、執権職の弟という立場になり上がっていくのです。
さらに、その高氏が名目上だけではなく、実際に表舞台で活躍する一大事件が起こります。
時の天皇、後醍醐天皇が倒幕を食わ立てて放棄した現行の変です。
足利家は幕府からの討伐軍の筆頭として任命されますが、足利家当主、足利貞氏はこの任命の直後、これによって亡くなってしまうんですね。
しかも、本来は家を継ぐ立場にある貞氏の孫、亡くなった長男の高吉の子はまだ幼かったため、必然的に高氏がその討伐の任に就くことになってしまうんです。
高氏が参加するこの討伐軍の活躍により、後醍醐天皇の放棄は抑えられて、後醍醐天皇自身は沖に島流しになり、一旦この放棄については収拾いたします。
しかし、その2年後、後醍醐天皇は沖を脱出し、千丈山、今の鳥取県の辺りなんですけれども、ここで再び討伐の反乱軍を立ち上げるのです。
12:08
これに対して、幕府側は再度討伐軍を編成します。
三陽道と三陰道からの二手に分かれて、挟み撃ちにしようという戦略に挑みます。
この軍に三陰道側の総大将として、またしても高氏が足利家の党首として任命されるのです。
しかし、この2度目の後醍醐天皇の反乱、幕府側、三陽道側、抑えることができず、結果として幕府軍は総崩れになってしまうんです。
そして、それを見た三陰道側の高氏は、なんと幕府を裏切り、後醍醐天皇方についてしまいます。
そして、京都の幕府の拠点、六原短大を攻め落とします。
この高氏に功をする形で、三田義貞が鎌倉で放棄して、最終的に鎌倉幕府は滅亡へとつながっていくことになります。
足利高氏、室町幕府の初代将軍となるこの男の血筋は、決して表舞台に出ることのないものでした。
しかし、数々の偶然なる出来事が、彼を表舞台に引きずり出し、しかもその表舞台で高氏は時代の波に翻弄されることなく、逆に時代を動かす側の人間になっていったのでした。
新しい時代が開かれる時、そこには必ず己が描いた未来を実現させようと強い志で突き進む英雄がいます。
時代は違えど、令和の現代でも学ぶべきことがあるように思うのは私だけでしょうか。
足利高氏、夜明けのバサラ。
この副題にも入っております、バサラという言葉。
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鎌倉から室町時代に流行った言葉でして、意味合い的に派手ですとか、自由奔放ですとか、常識を外れた行いをする人というような、
なんでしょうね、江戸時代で言うと歌舞伎者なんて言われたりしましたけれども、そんな意味合いに近い言葉です。
この高氏はバサラと言われるような人物だったのでしょうか。高氏は自分の運命をどのように思っていたのでしょうか。
そして高氏は心の内にどのような感情を秘め、そして最終的に鎌倉幕府を裏切って天皇側についたのはなぜだったのでしょうか。
このあたり、歴史上最も波乱のある人生を歩んだと言われる足利高氏の前半生を、本作ならではの解釈も加えながら、ご紹介していきます。
ボイスドラマで学ぶ日本の歴史、シーズン5、足利高氏、夜明けのバサラ、どうぞ最後までお楽しみください。
本編の各エピソードには台本書き起こしのノートのリンクを貼っておりますので、ぜひこちらも合わせてご覧ください。
足利高氏は日本の歴史上最も波乱のある人生を、本作ならではの解釈も加えたので、ご紹介していきます。
足利高氏は日本の歴史上最も波乱のある人生を、本作ならではの解釈も加えたので、ご紹介していきます。
足利高氏は日本の歴史上最も波乱のある人生を、本作ならではの解釈も加えたので、ご紹介していきます。
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足利高氏は日本の歴史上最も波乱のある人生を、本作ならではの解釈も加えたので、ご紹介していきます。
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足利高氏は日本の歴史上最も波乱のある人生を、本作ならではの解釈も加えたので、ご紹介していきます。
高氏殿が何を思って、奥雷を奪われ、都を追われた先の帝の直に従い、幕府に反旗を翻したのか。
世の中では、様々にその理由が取り定されているように伝え聞いております。
皇冠の封設はどこまでが正しくて、どこからが作り事なのか。
天下を覆した英雄なのか、無本人なのか。
後の世に、我が子、高氏殿の行いは、どのように語り継がれて、その是非を問われるのか、私には考えも及びません。
21:06
今はただ、私が見たことや聞いたこと、知る限りの出来事をお話ししたいと思うのです。
それが、あの子を育てた母としての務めでございますから。
ところね、一体いつの頃から、あの子の物語を始めるのがよろしいのでしょうか。
御当主として、足利の老い家を継ぐことになった頃から始めましょうか。
十五の年で元服をして、高氏を名乗るようになった頃からが良いでしょうか。
いいえ、ここはやはり、元服を迎える前の、又太郎と呼ばれていた自分から、あの子の老いたちをお話しすることにいたしましょう。
あれは、現行三年を遡ること、十六年前、文法元年の出来事でございました。
又太郎!又太郎はどこだ?どこにおる?
お父上、又太郎は乳児をお探しでございますか。
さよう。おい、又太郎を見なかったか。
いいえ、朝から二郎はここで書を読んでおりました。
一人でか。
はい。
馬鹿者!一緒に俺とマイにも申し付けたはずだ。
大殿様、これは何の騒ぎでございましょうか。
お父上が原骨でぶつのです。
又太郎のせいだ。こせがれめ、面倒な騒ぎを起こしよって。
又太郎殿が?また馬を奪って遠乗りですか?それとも、いつかのように往来で牛を走らせたのでしょうか。
馬でないなら牛でもない。この度は犬だ。
どこからか野良犬の類を拾ってきて、犬合わせの真似事をやりよった。
まあ。
どうせこの鎌倉では刀剣が大流行り。御室剣からして無類の刀剣好きだからな。
おかげで諸国からは恐ろしげな犬が飼い集められて、犬、犬、犬、犬。自社も町中も犬ばかりの有様だ。
あの子はまだ遊びたい盛りなのですよ。大人たちが面白がる御様子を見て、御自分でもやってみたくなったのでしょう。
子供のいたずらで笑って片付けてよいものか。
こせがれ、金沢家の飼い犬に大けがを負わせよった。
留めに入った下人まで足下にすれば殴りつけるわと申すのだから、とんでもない無法さだ。
24:05
金沢様の?
それは困ったことに。
北条氏御一門の金沢家は、この頃、貞明殿と申し上げる御方が御頭首で、
時の御執権、北条貴時様の御側近として鎌倉では大層御力がございました。
足利家の大殿様、貞氏様は、金沢家から御聖室の釈迦堂殿をお迎えして、
この方との間に御着難、つまり御頭首の高吉様を設けていたのです。
物資の世が定まってからすでに九十年余り、
かつての有力御家人の家は、その多くが没落していった。
何を置いても宝城との血のつながりがあってこその足利家。
当家にとって金沢様は、
だからわしはこのように頭を丸めて、早々とせがれの高吉に家を譲ることにした。
母方としてつながりがあるうちは、足利家はまず安泰。
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27:00
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大げさなやつだなぁ 二郎探しておったとはどんな用件だお父上が兄上をお待ちです
金沢様の犬を兄上が傷つけたとかでそれはカンカンにお怒りのようでした お父上がカンカンに
そいつは良くないなぁ ああ
鳥はいいなぁどこへだって好きなように飛んでいけるのだから ここでしたか
また太郎殿母上 遊戯の支度が整いました
屋敷の中へお戻りなさい いらない
二郎殿から司祭は聞いています 今日は皆で巻狩りに出て馬を走らせ見事に鹿を射止めたのですね
大変なお手柄です さぞかし疲れたのではありませんか
疲れたでも今は何も食べたくない そのように拗ねるものではありません
先ほどまで大殿様は長いお叱りのようでしたね はい
足利のお家に迷惑をかけるなと 許しが出るまでは表に出るなとのお言い付けです
大殿様にあなたはきちんと謝ったのですか 謝るものか私は悪さなんて何一つしてない
誰かで構わずにギャンギャン吠え立てて噛みつこうとするから私と野良コートで止めに 入っただけです
30:00
あの犬を連れていた連中はそんな様子を面白がるだけでやめさせようともしなかった そうでしたか
母上 父上は私をお嫌いなのでしょうか
私は足利のお家にとっていなければよかった子供なのでしょうか おやめなさいそのように考えるものでは
弓や馬や太刀使いの稽古を積んでそれを皆に見せてやると大変に喜び 私を褒めてくれるのです
ところが 父上だけはそんなことはやめろ
競馬の道は見せものではないとして 私をお叱りになる
どうしてでしょうか 大殿様がお認めにならないのは武士の子として力や技に不足があるからではございません
あなたのお振る舞いがいたずらに騒ぎをもたらすことを危ぶんでおいでだからです どうして
母上 どうしてなのですか
お聞きなさい 足利の今の殿様高吉様はあなたのお腹違いの大兄上
殿様のお子たちも法上の落ち筋をやはり母方にお持ちです 足利の安泰のためにも殿様のお子が大跡を継ぎになることでしょう
また太郎殿とはお立場が違います また太郎殿と二郎殿は大殿様と足利の大家に女房としてを使いしてお手がついた私との
間に生まれたお子たち いずれはこのお家を出て別に家を建て足利の一門として本家を支えることになるの
です 細川殿や芝殿
三田殿などと同じように 高吉兄上とは生まれが違うから
いずれは家を出る 法上の御一門から御聖室をお迎えし法上の血を引くお子にお家を継がせるのは足
かが家の習い そして足利は代々お家の安寧を保ってこられたのです
大殿様が生身なまでに法上に起用を使いなのもただ一重にお家を守りたいがため お家
お家とはそんなに大事なものですか 大事なのですよまた太郎殿
いつかあなたにはお話ししましたね 足利の一族の中でただお一人法上の母を持たず本家を継ぐことになった御当主が
あったことを はい
6代様 おじい様でしたね
5代様はお若くして亡くなり御聖室との間に後継ぎとなる男子がいなかったため 側室の上杉の女に生まれたあの方が本家を継いだのでした
6代の御当主いよの神家時様 あなたたちのおじい様は
33:01
時の御執権の覚えめでたくそれは微々しく凛とした武者ぶりでございました ですがおじい様の御最後は
左様です お腹を召されました
おぞましい権力争いに巻き込まれて 頼みとなる後ろ盾を持たないあの方は足利の御家を守らんがため自ら御命を絶ち
法上の御子である佐田氏様 今の大殿様に御家の存続を託すより他になかったのです
酷い あの日御生涯の前に上杉の一族を集め
最後のお別れを家時様はお告げになりました 血を吐くようにして残されたおゆいゴンが今でも母にはまざまざと思い出されるのです
わしは悔しい 悔しいぞ
武士として生まれながら戦で功名を立てる望みはついに叶わず ただ足利の家を保つために我が腹をかっさばいて一生を得るのが
万能平定の英雄 八幡太郎吉江公の七代の子孫として誇るに至る死にざまといえようか
このようなことのために私は生まれてきたのか いいや
いいや 隣住間際の最後の1年によって来世の善悪を人は引き当てると聞く
ならば 今はただひたぶりに八幡の神のご遺族を頼み
我が命を控えにして必ずや三代の孫の家から武剣の頭領を出してみせよう 天下を取らせてみせよう
家時様のお後を継いだ時大人様は御年12歳 今のあなたよりもまだ小さなお子だったのですよ
お父様の後最後にどれほどお心を痛めになったことか それからの歳月はお家大事の一心でお心をすり減らして
大人様はあのように固くなに 惨めなばかりですねご犬人なんて生き方は
また太郎殿 お顔といいご希少といい
ご生前の家時様にあなたは誠によく似ています 母上
日本一の武士になるのです 家時様の3代の孫として誇りにできる誰よりも強くて応しい男となってください
また太郎殿 あなたでしたらそれができますできませんよ
36:03
武家の当領どころか私や二郎は足利のお家を継ぐことさえかなわない 大人になったら家を出て兄上たちを支えると今から生き方が定まっているのでしょう
また太郎殿と二郎殿は足利を父に持ち 上杉を母に持って生まれてきたお子
あの方と同じ上杉の子 家時様の末期の願いを受け継ぐのはあなたたちを置いてはないのですよ
おじい様のように生きてくれと母上はおっしゃるのですか それではいつか自分で腹を切らなくちゃならない
家時様が願ったように生きてほしい そのように申し上げているのです
家時様に代わって日本一の武士になって 足利の家の習いに縛られることのない誰よりも強い武士になって
それが あなたたちの母の願いなのです
夢のようなお話だ 日本一の武士なんて
シェー静かに あれよっと
それそれ 又太郎殿
また太郎殿 二郎殿兄上はいずこに
目が覚めたらもう兄上はいらっしゃいませんでした 困ったお人
お母上 バサラ
とは何のことでしょうか どうしてそのようなことを尋ねるのですか
お父上や御当主様が話しているのを聞いたのです 又太郎兄上はバサラか
バサラ者がいては家が乱れるんだって バサラとは
この頃の世間の流行り者 都当を組んで往来を練り歩いたり派手に着飾ったり
喧嘩を吹っかけたり世の中の通りにむやみに立てつきたがる 跳ね返りで怖いもの知らずで手のつけられない暴れん坊をバサラと呼ぶのです
それは 悪いことなのでしょうか
立派なこととは言えませんね 嫌われ者です
でしたら又太郎兄上がバサラというのはお父上たちの勘違いなのですね 二郎殿はどうしてそのように思うのですか
だって又太郎兄上をみんなは嫌いじゃないもの この鎌倉のどこへ行っても兄上の周りには子供たちが集まってくるんです
39:07
みんな兄上のことが大好きなんだ 知恵どんな馬を走らせても一番乗りは又太郎か
やっぱり又太郎さんにはかなわないや よく晴れていて気分がいい
せっかくだからこのまま江の島あたりまで遠乗りするか 全員ならほらここに持ってきた
ああああああ この頃の又太郎殿は屋敷の中にいることを嫌い
毎日のように飛び出して弓矢馬の稽古に打ち込み 時には悪童仲間を集めて遊び回っておりました
伝学、刀剣、けまり 鷹狩りや犬大物
誰に対しても明けぴろげで気前が良くて 時には命知らずに振る舞ってみせる又太郎殿は
足利家の大人たちからは煙たがられたのとは裏腹に 子供たちの間では大層人気があったようです
このまま何事も起こらずに歳月が流れたなら やがて又太郎殿は玄福の儀を迎え本家を出て
今までに着隆から外された足利の御一族と同じように 別に一家を立てていたでしょう
さよう 何事も起こらずにいたなら
大殿様石大寺御当主の一大寺でござる
なんと申した 世慣れが
高吉が見分かった
文法元年6月24日 下助玄司足利本家の八代御当主
様之助高吉様は 21歳の若さで亡くなりました
高吉様のお母上は 釈迦堂殿と申しまして
足利家の大殿様 さぬきの神佐田氏様の御姓室でございます
釈迦堂殿の御実家は 北条氏御一門の金沢家
御当主母方として 金沢家との深い結びつきは足利家にとっては大層心強いものでした
高吉様の死は足利家にとって 大変な動揺をもたらしたのです
42:07
それから2年の歳月が流れました 元王元年10月10日
佐田氏様と私の間に生まれた最初の子 又太郎殿は受けの寒霊に従い
時の御執権 法上高時様を恵母子親として原服
下巻の儀式を行うことになりました お名前の一字を賜り
高氏を名乗るのはこの時からでございます 受護医の下を除釈
自分の対応に任感 私の名から一字を与えて足利阿蘇源の高氏か
その方 今日をもって鎌倉節足利高氏となったわけだ
まずはめでたいと申しておこう 誠にもったいないお言葉に存じます
いやいやいい ところで佐田氏入道よ足利の家族はいかがいたすのか
今しばらくはこのままに このまま
次のある時には高氏を据えるのではないのか 足利家の着難は今はなき
せがれの高吉 高吉には維持が2人ございますが家を継ぐにはまだ幼い
孫たちの成長を待ちせがれに代わって足利の家を我が手から譲るのが入道の望み でござる
筋から言えば入道が申す通りだが私はてっきり この度の原服で足利の後継ぎが定まったものと思っておったぞ
つまらんなぁ エボ子親になってあった甲斐がない
をお手を煩わせて恐れ入ってございます 病が散れ
一旦は足利家の主を退いたこの老体 時と場合によっては仮初めの党首を立てるという必要もございましょう
ただ今はその時ではない 高宇寺は未だ弱敗者のゆえ
さようか 高宇寺よその方はいくつになるのだ
15になりますああ 私と2つしか違わぬのだなぁ
私は6つで原服いたし9つで特装気を継いだ 試験のにについたのは重視の年だったぞ
15になって若すぎるという理屈はないだろう 恐れながら
45:06
高時様は包丁のご本家としてを一族を一文の上に立つ 特装家のご着なん
家族大継ぎになり幕府の養殖に大月になるのにどこから意義が持ち上がるでしょうか この高宇寺は違います
高吉山後たちとは血筋が違い身分が違う 今次の主として認めたなら足利の家は乱れまさる
生まれつきの日陰者に大事な家を継がせられん 入土はもうそうだなぁ
キングローの多いことだ ご家人の本分は一生懸命
家と所領を守り抜き子孫の代まで残すことが御恩と奉公の根本であると 心得てございます
あご家人と明け投げなものよ
た空寺 その方は父の言葉に従い足掛けの跡継ぎが育つまで待つと申すのか
はい父上のお申し付けのままに そうかそうか
入土その方は高校息子を持ったの
ご出見 勝ち負けは見えたようです
もうやめさせてはよいよい捨ておけ まだ小競り合いではないか
しかし このままでは劣勢のあの犬
神殺されますぞ 犬合わせはな生きるか死ぬか死に物狂いになってからが面白いのだ
最後の最後までどのような見せ物になるかはわからぬのだからなぁ そしてさらに7年の歳月が過ぎ
小中3年の春を迎えたのでございました 妻をもらえ
父上 まさかそのような御指図を王家になったのではございませんな
恵母塩屋として聖室の世話をしてやろうとのご出見のお声がかりだ 当家にとっても損はない
法上一門とのうちのつながり 後ろ盾があってこその足利の多い
花嫁選びはご出見にお任せした私に相談もせず話はお勧めになったのですか お前の考えなどは初めから尋ねておらん
受けるか受けないかという話ではない これはすでに決まったことなのだ
特診したか 今日のところは話はここまでだ
48:02
婚礼の件がまとまるまでに身の回りを綺麗に片付けておけよ 今は万事滞りなく婚礼を進めることが重大事なのだからな
片付けるとは わしが知らんとでも思っておったか
高宇寺 お前は過去家の娘のところへ通っているという話だな
そそれは こう儲けたのだろう
男が居るはずだ 竹若丸と申します不憫ではあるが母子共々寺入れろ
別にもう一人 忍びで通っている女があったな
越前のことまでご承知でしたか 身分の癒やすき女だ二度と通うな縁を切れ
そんなご無態を越前はこう払うで居るのです 誰の子なのか知れたものではない
不平を申してやかましいなら税金を与えて追い払い 良いなしかと申し付けたぞ
かしこまってござる 御権人のせがれとは誠に情けないものだ
惚れ合った女たちや血を分けた我が子ですら 望むようにならないのか
それに誰を妻に迎えようが父上がお家を譲りたいのはご着損 亡き高吉兄上のお子たちではないか
今のままでは家を出ることも許されず 買い殺しも同じ
これが 御権人の本分だと申すのか
その後 高氏殿の婚礼は守備よくお話がまとまり
赤橋家から御聖室を迎えることになりました 赤橋家と申しましたら法上司の御一文にあって価格の高さは本家筋の特装
家に次ぐという名家 足利家もまた長年にわたって法上司の風下に立たされてきたとは申すものの
御権人中有数の価格を誇っております 足利赤橋
両家の婚礼はそれは盛大に取り行われました 兄上
おめでたい婚礼の席なんですよ そのようなむすっと恐ろしげな顔はおやめください
花嫁が怯えてしまいます面白くないのだ 私は
なぜなうです 御権人の御聖室として
もうこの上は望めないというほどの名家の姫君をお迎えするのではございませんか 釈迦堂殿の御実家と比較しても遜色はない
どんな不足があると申すのですか 不足も何も私は花嫁の顔すら目にしたことはない
51:01
大層美しいお方です 兄上にはもったいない
ただよしを 実際にお前はその目で見てきたのか
街の大きい評判です ああ赤橋家のご当事がお見になった
ごめん 武蔵の神森時である
こうして高知殿と向かい合い間近で話をする機会は初めてでしたな 本日をもって足利と赤橋は縁続きの家になった
以後ご抗議を何とぞ願いたい ご出見のお声がかりとはいえ
まさか赤橋家から妻をいただくことになりこの高知 おのれの耳を疑いました
失礼を承知やお尋ねしたいが赤橋の方では 縁組の相手が私で誠に良いとお考えなのですか
あっ 高知殿は実直の方だ
生来のへそ曲がりなのです メーケメーケと誇ったところで
価格が高いばかりで今の世では大して力を持たないお飾りのようなもの 足利の方こそ赤橋の仮名に大きな期待をかけると当てが外れてがっかりということになる
今のうちに断っておきますぞ はぁ
我が父にはそのように伝えておきましょう ご出見のお考えならまず察しがつく
お気を悪くされては困るが足利の後月には亡き高吉との維持があり 将来ご着損を差し置いて高知殿が家を継ぐ見込みは薄い
婚礼は家と家と地の絆で結ぶもの 剣論の相手に力をつけさせるうちに赤橋家の娘を片付ける先にはちょうど良いと思いをつけたのだろう
なんと それでは体裁の良い厄介払いではござらんか
いや考え違いをなさるな ご出見の目論みが何にせよこの婚礼がまとまったこと私は嘘偽りなく歓迎しておるのだ
誠でございますか 私は兄として属性の醜い企みや争い事から妹を遠ざけておきたかった
高内殿 投稿のこと宜しく頼みたい
やがて買い添えの老女に手を引かれて 厳しく化粧した花嫁が婚礼の場に現れました
これは驚いた 美しいとは聞いておりましたがまさかここまでとは
いやまさに聞き死に勝るいかがか兄上 ああ
姫今私を見て確かに笑いましたな そんなにおかしな顔でしたか
いいえお殿様が私が頭の中で勝手に考えていたような 恐ろしいお姿ではなかったと知って何やら拍子抜けするような思い出しておかしくなったので
54:09
ございます 鬼の花婿とでもお考えでしたか
お殿様の大噂はかねがね聞き伝えに存じておりました ほう
私の噂とは一体どのような バサラ
えっ 足利の小瀬がれは手のつけられない暴れんぼ
跳ねっかりで怖いもの知らず 弓も今も殺者で誰にも負けたことがないと
いつの話なのだ その自分と申したら私がまだ原服する前
それどころか高吉兄上がまだお元気だった 子どもたちはみんな噂好きなのです
鎌倉中の出来事が噂話になって赤橋の屋敷には聞こえてきます あの頃の鎌倉の子どもたちはみんな足利家のまた太郎様に憧れてきました
まさかそんなことは子どもたちは誰だって強いお方が好き 私も強いお方が大好きです
なるほど あなたは変わったお人だ
弱いお方は嫌いです育児のないお方は大嫌いです あっはぁ
ではこれからは東子殿から嫌われない男として振る舞えるように せいぜい心がけるとしよう
高宇寺殿と東子殿の婚礼からしばらくして 鎌倉中を騒がせる出来事がございました
やれやれこれだけの人数よくもかき集めたものだ アリの這い出る隙間もないというやつかね
新執権が襲われるという風説が 鎌倉中に広がってますからね
金沢様が恐れてお味方を集めるのは仕方がないでしょう 執権職を任されなかった
お歴々の払いせだろう 元はといえば先の御執権
高時様のわがままから始まった騒動のはず 執権の任を別の者に押し付けたお方でなく執権の任を押し付けられたお方が恨まれる
というのは少々筋が通らないではないか まさか特装機に逆らうわけには
法上一門の御本家です いずれにせよ
お見打ち同士の内輪揉めには違いない 他の家の喧嘩の巻き添えは御面子を塗りたい
我らまでこうして金沢様をお守りするために繰り出される羽目になった 他の家の喧嘩ではありません
ジャカ道殿のご実家です 金沢様がもしも本当に襲われてそれがもとで没落することにでもなったら
足掛けまで大きな傷がついてしまう この年の3月13日
57:07
特装家の御当主 法上高時様は執権の任を突然投げ出し
その日のうちに御宿家を遂げたのです ただちに御一門を始め特装家の御家来主
御外籍 有力な御家人などを巻き込み
御後人はどなたを立てるのがよろしいか 執権職争いが始まりました
そんな中で高時様は 御家来主とはかり
執権職への就任を 金沢貞明様に命じられたのでございます
この御才家を良しとしない者は数多く 時を置かず
抗議の意志を表して大勢が御宿家なさいました 森林の御宿家が襲われるという風説が鎌倉中に広まったのはその直後からでした
兄上 大変です
大変なことになりました どうしたただよし
どこぞから兵が押し寄せてきたか 金沢様が
御宿家から降りてしまいました 企業はすでに中離されたという話です
何だって 裏は待せばを書き閉じよるも
あらすまらん まあ本当につまらん
騒ぐだけ騒いで さっさと兵を引き寄って
どいつもこいつも意気地がないわ 執権の座が欲しくはないのか
これが犬ならためらわずに噛みつき 力づくで奪い取ろうとするもの
酒だもっと酒を運んでまいれ 3月26日
金沢貞明様は襲撃を恐れるあまり 在職10日にして執権職をご辞任
そのまま御宿家を遂げました 幕府の執権職はこうして席が空いたのでしたが
先のような騒ぎがあった後ですから 引き受けるというものが一向に出て参りません
執権職不在のまま一月近くが経ち 4月24日に至って
14代高時様 15代佐田明様に代わる新しい御執権がようやく就任の運びとなったのでございます
まさか このような次第になると思わなかったな
1:00:01
16代執権職のご就任 森時様におかれましては誠にめでたき事とお祝い申し上げまする
めでたくはないだろう高氏殿 無益な争いに巻き込まれることを危ぶみ
どなたにも組みせずに様子を伺っておったがおかげで貧乏くじを引かされた思いが するわ
いつまでも開けてはおけぬからと執権職をこうしてを引き受けをしたが どれだけのことが私にできるのが
何を心細いことを 心細くもなるというもの
今や幕府は形ばかりで実験はほとんどない 彼の現行の戦役以来徳相家の御当主に権力が集中するようになったからだ
さっきのいざこざで御一問御解析御権人の多くが高時様の周りを離れていった これからは一層あの岡田の戦後に歯止めがかからなくなるぞ
それにしても高時様は執権職をどうしてを止めに 執権職に誰がつくかで徳相家の相続をどうするかはだいたい定まってくるだろう
高時様のお子には若御前様があるが御性質との間に生まれたお子ではないのだ 後継ぎに立てるとなるとこれをよく思わない者たちはこぞって悲観の声を上げる
今にして思えばあのお方は御辞任によって執権職争いの騒動を引き起こし 煙たい者たちをまとめて周りから追い払ったのだな
さような企みのために皆が振り回されたのですか 私とで若御前様が原復するまでの中継ぎ
綱木というだけの執権の役だ さっきの金沢様の一時でも明らかな通りどこで足元を救われるか知れたものではない
森時様のお力ではどうにもならないとおっしゃるのか これからは高氏どの
あなたは東大の執権の縁続きという立場になるが 果たして足掛けにとっては良かったかどうか
だがたとえどんなことがあっても妹をくれぐれも頼むぞ 受けたまわってござる
この4年後 高氏殿と東子殿の間にそれは玉のように愛らしい赤子が生まれたのでした
おほうこれは元気の良い赤子ではないか はっはっは
母上によく似て 負けん気が強そうだないいえ
お殿様に似たのでございます 男の子ですよ
そうか男の子か 東高
よく産んでくれた立派な名前を考えて差し上げましょう このお子のために
それはもう決めてある 男が生まれたら
千住王と名付けようと考えておった どうぞ
1:03:00
千住王 とても良いお名前でございます
それでは私は必ずやこのお子をお名前に見劣りすることのないお殿様の後継として恥ずかしくのない武者に育ててみせます
後継か そうだな
私にも 後を継がせる男の子ができたのだな
どうなさいましたお殿様そのように涙ぐまれて いや
後継はこうして生まれてきたが私にも後を継がせるような家の方がない それを考えると情けなくなってなぁ
何をおっしゃるのですか お家がないならでしたらお殿様が手柄を作りしたらよろしいではありませんか
私の手で 家を作る
そうです このお子に継いでいただくために新しいこれまでにないような
お立派なお家を作ってください お殿様と私とそれからこのお子の将来のために
私の家 我が子に継がせるための新しいお家
それは玄徳3年の夏 千住王殿のご誕生から1年が経つ頃の出来事でございました
天下の安寧を打ち破る途方もない異変の一方が鎌倉に伝えられたのです まさか
桃源の味方のゴム本だと
なんと申した 桃源の味方にゴム本の食わ立てだと
試験森時その知らせは確かなのだな 最大でござる高時様
味方の近親より密告があったとのよし六原短代からの急使がございました かの味方のゴム本騒ぎはこの度が初めてではない
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一度目は7年前焼酎の編と猛作 ブレイクを隠れ身のに討伐の防御を繰り返したとの密告があった
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1:06:00
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怪しいものだ 一度ならずもう2度までいいや
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音下地の通りに あああああああああ
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笠木山に味方が立てこもったとの知らせが 機内近国に号令を発してご家人自社
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鎌倉武士の総力を上げゴム本を討伐するのだ
店長と武家は並びたたぬとのご信頼なぁ 用意を
こちらは武家らしく武力によって叩き潰してくれるまで 早速出陣の用意を進めさせまする
ああああああ これはどうやら彼の猛虎襲来
現行依頼の大戦になるようだ 余裕
戦働きは武士の本会 帝にはこれから先のご生涯をかけて
ご飯居などと申す思い上がりのお考えを悔やんでいただこうではないか
ああああああ
時に 玄徳3年8月
それとも 開源の見事のりに従い
現行元年の出来事とお話する方が良いでしょうか 時の帝
送り名を古代語と申し上げる帝は 三種の神儀を携えて5章出ると
1:12:07
南の笠木山へ臨行になり 鎌倉幕府討伐を天下に号令なされたのです
後の世に現行の乱と呼び習わされる 戦乱のこれが始まりでございました
最極討伐に使わされる部署は法上一門 ご家人を合わせて63人
万土5カ国から兵を動員してこれらを従える大将軍に任命されたお方は まずは
おさらぎ六の神と 金沢馬之助どの
とうとうみ左魂の大夫どのそして 足利さぬき入道とのご出見お待ちください
我が父貞氏はこの秋から病みつき伏せております 屋敷から外へ出ることさえままならぬ有様
出陣を辞退するということはできませんか できぬ
高氏どの俺は特装家の強いご意向なのだ 特装家
高時様が高時様を一人に限らず今の幕府では万事が洗礼 方のごとく司祭なくで良しとする評定がまかり通っておる
洗礼に従い形式通りに行っておれば対価はないという考え方だな 洗礼
森時様洗礼とは何のことです上級の欄だ 彼の言葉上校のゴム本のおり
東海道大将軍として十万騎を従えて成長し討伐にあたって対抗があったのは他でも ない
足利家のご当主だった だから足利一族から大将を出すことは吉礼なのだと
人中で見分かるようなことになったら吉礼どころでは済みませんぞ あの御用帯ではおそらく
父上の命はもうお長くない一文の中から明大を立てるしかあるまい 父上の代わりに軍勢を指揮して戦えと
しかし誰が お着損は原服の儀をまだ迎えておらん
足利家の事情はあるだろうが私は高内殿に引き受けていただきたい さような大事
私の一損では答えようがございません ひとまず父上の判断を仰がぬことにはそれが良い
良い返事を待っておるぞ
さようか この沙田氏が
三国征伐の大将を任されたか 王家になるのですか父上
万余の軍勢を従える大将軍の大役 名誉
1:15:03
中石 鎌倉武士として
ご家人として生まれてきた上はまさに一生のご奉公となる この重大事をどうして拒めるものか
足利家を守るため ですか他にどんな理由がある
ご家人の本分は一生懸命 家と処療を何としても守り抜くことだ
しかし この体が動かない
あああああ父親を体に触れまするどうかお気を沈める
一年早く、一年早く孫を潜伏させておけば、
わしの手からお家を譲ってやることができたはず。
せがれの子を、たかよしの子を、大将にしてやることができたはず。
あああああああ、もう一年早かったら、なぜだ。
たかうじよ、どうしておまえしか、いま、この大事の時に、
わしの代わりが勤まるものがおらんのだ。 お家を守ってくれるものがおらんのだ。
父上 どうして
どうして私ではいけないとおっしゃるのですか この高渦にはお家を任せられぬと
どうして 入っているからだ
似ている 誰に
父上だ お前たちのおじい様だ
おじい様 家時様に
そんな わしは怖かった
大きくなるにつれて ますます父上に似てくるお前が怖かった
わしが12の年 父上は
自ら腹を切って死んだ お前の顔を見るたびに
わしは 父上を思い出す
似ているのは当たり前だ 足利の男を父に持ち
上杉の女を母にもってお前は生まれてきた子 わしの父上も
1:18:08
やはり 同じ落ち筋だったのだからなぁ
母上から何度も教えられました 小さい頃から
ずっと
では 父上の今はのお言葉は聞いておるな
三代の孫の家から 武家の当領を出してみせると
足利の家に 父上がかけた呪いなのだ
お前と弟は 父上の呪いを受け継ぐように生まれてきた
足利家の呪いを 私たちが
お前たちは 足利の家をいつか危うくする
それがわしは怖かった わしの父上は
自陣することでお家を守ったが お前たちが同じことをやったところで
やはり お家が助かるかはわからぬ
父上がお命と引き換えに守ったお家を 誰にも潰させてはならない
うわぁああああああ
高渕 お前のせがれ
千住王と申したか はい
お前の血筋が父上と同じなら あれの血筋はわしと同じだ
しかし わしと同じ思いをさせてやるな
幼くして 手手なしとなり
どれほど 心細かったことか
父上 ご家人の本分は
一生懸命だ
忘れるな
何としても 足利家を守れ
お前の小屋 孫たちのために
お家を絶やすな
うわぁああああああ
お言葉 仕方を受けたまわってござる
西国追悼のご出陣を前にした9月5日 霜月源氏足利本家のご当主
1:21:02
佐渡の神佐田氏様は 亡くなったのでございます
秋葉原するみんなの作家よ 人間それを誠か
西国出陣の事態を足利家が申し出てきただと思う はい高時様
足利家当初凶没につき一文はもうに服したばかり 基柱の出陣ははばかりがありこの度ばかりは何卒を容赦願いたく
とこのようにならぬならぬ 戦う前にそんなくだらん理屈が通用するか
大事の前の生じだどうでもいいことだ 同志が死んだと申すなら代わりの主を直ちに立てよ
ご家人はご家人としてただ方向に尽くせばよい と
足利に申し聞かせておけ
やはり出陣の事態は叶えませんでしたか 方のごとく司祭なくということだ
ご一族の気持ちはわかるが時期が悪い 上級の編依頼となる天皇家のご無本なのだからだ
先例一例の類に皆が強くこだわっている 今の足利家は投資が不在
父上の弔いどころか新しい主すら定まっていない 大将軍の親父が務まるとは到底
そのことなのだが ここは高氏殿にお預けしたい
やはり私が明大として出陣するしかございませんか 要題ではない
他ならぬ高氏殿がご当主として大将軍そのものとして出陣するのだ 高氏殿が足利家の主に立つのだ
私が大将軍に 足利の主に
滅相もない森時様いきなり何ということをおっしゃるのですか 私の妹婿だから喜喜で申したのではない
今の足利家を任せるに足る者は高氏殿を置いてはない なるほど筋から申したらご着損を厳復させて直ちに家族を継がせるのが正しいだろう
しかし今は気急の時間違いが起きては困る にわかに顕復したばかりの子供を一手の大将に据えることはできない
本来なら 私は老い家を継ぐ立場ではない厄介者ですよ
そんなものがある時になろうものなら納得のできないもの 面白く思わないものは多いはず高時様はそれに法上の一番を私から何としてもと
急せる 今は足利の力を皆が頼りにしているのだ
1:24:01
この戦が終わるまで平穏が世に戻るまでは足利家を高氏殿に預かっていただきたい この通りだ
力になってくれ 私が
足利の老い家を継ぐ
いいぞ 出陣
足利の一門が佐田氏様のもに服するさなか 西国追悼のご出陣は滞りなく結婚されて
7万を超える当国勢がこうして鎌倉を出発 正常のとについたのでございます
この時佐田氏様と私の間の子 高氏殿は足利家の新しい御当主として立ち
大将軍のうちの一人に加えられて 堂々と大群を従えて出陣いたしました
高氏殿 時に27歳の晴れがましい武者姿でございました
6大様 家時に様
ご覧いただけましたか 私の王子は
あなた様の3代のお孫は 立派な武者としてお育ちになり
大群の章を任されて今 こうして出陣を飾ることが叶いました
私はあの子を 家時に様のお孫として恥ずかしくない武士に育てることができたでしょうか
家時兄様の思いを 受け継ぐ武士に育てることができたでしょうか
ううううううう こら千住を大人しくしなさい大人様がお留守の間
お家のある子はあなたなのですからね
高内様どうかご無事にお帰りください お留守の間東子はお殿様のご分を信じて千住王とともにこの家をお守りします
うううううう
帝が立てこもる笠木山が鎌倉方の大群の総攻撃によってひとたまりもなく攻め落とされたのは
同じ月の28日の出来事でございました こうして帝は
都へ連れ戻されたのでございます 五無穂にこうして
討伐の兵を挙げた宮方の勢力も鎌倉方の前に相次いで打ち取られ 最後に河内の下赤坂城が落ちたことで現行元年の五無穂にはひとまず
1:27:12
鎮定されたのでございました 兄上
六原短大に鎌倉から投資がございました 選定への御沙汰が決まったようです
先の帝か 天使のすげ替えとは思い切ったことをやる
それで忠義を 御沙汰とはどのような
春の終わりを待ち 沖の国に仰うつしまいらせると
形の上では御先行の戦事を新しい帝から賜るという話でしたね 御先行と申したところで
つまりは島流しだろう 上級の辺の洗礼に習ったようです
何事も洗礼のままに 面白くない
戦が終わってからというもの どうして兄はそのように不機嫌なのです
他の大将方は毎日毎晩のように宴の招待に出かけていくのに兄はほとんど断って いうではありませんか
先帝のご無本がずっと気にかかっていてな おかわりな帝だったようですね
県帝として名高い醍醐天皇に御自らをなぞらえて 御醍醐と称していらしたと聞きます
醍醐帝が戦を起こしたという史実はないはずですが 私には何となく先帝が誠に我慢ならなかったのは何なのか
そのことを察せられるような気がするのだ 本当ですか
それは一体どのような 一大の主
だったというお話だ 先帝は兄君の王子の成長を待つ間
一大限りの条件で行為に就くことになったのだ そのこともあってか
御座位の間はあちらこちらから御退位を求める声が絶えなかったらしい
先帝はおそらく 鳥籠の中に押し込められたような善とのない窮屈な生き方がもうおいやで
そんなものは蹴破って 外へ飛び出したいとお望みだったのではあるまいか
果て どこぞで覚えがある話のような
私とて仮初めの投資なのは同じだ めぐり合わせでお家を継いだが1年先か
10年先になるか そのうちに大いにお家を返すことになる
足掛けを継ぐのは我が子 千住王ではない
そんなお考えは読みください兄上 思い過ごしです
1:30:01
何がだ兄上は先帝のゴム本を気にかけていたのではない ゴム本にカコつけて先帝のお姿にご自身を重ねていらっしゃるのです
そんな風にお前の目には見えたか 見えました
大方 バサラの血が騒いだのでしょう
そうか バサラの血が騒いだように見えたか
西国の鎮定から間もなく 高宇寺殿は早々に兵をまとめて鎌倉へ帰還いたしました
この時朝廷にはいとまごいの挨拶をせず 鎌倉方の他の大将軍にも無断で引き上げてしまい
高宇寺殿の人もなげな振る舞いにはみな呆れ返って しばらくは京雀の評判になったと申します
ゴム本が鎮定されてから半年の後 玄徳4年3月
後醍醐天皇は遅来を失い 先の帝として沖の国へ御先行になりました
沖の狩猟所は大層粗末な作りで 選定の周りに愚部数人数とてわずかばかり
それは寂しい島暮しでございましたが 選定は討伐のお志しをいよいよ盛んにして
御廃書の中に断をお設けになり 駒を炊き
僧侶に代わって御自ら漢と重複の手法を 朝に夕に取り行われたというお話です
不気味な大噂は人から人へ口づてに 沖から海を越えて出雲へ
今日の都へ そして
遠く鎌倉の地まで伝わってまいりました
がなはちみなやか がなはちみなやか
悪人悪行即死退散 超敵覆滅 恩敵重復
相模入道よ 北条が子孫
高時法師を たとえ陳から三種の神儀を奪い
俗世の暗いを奪おうとも 今なお天灯は陳と共にあると知るがよい
関東は十位なり 天下の歓礼しかるべからず
がなはちみなやか がなはちみなやか
1:33:01
我らも持ち足る者たちを 誘拐 誘拐
褒美にすれ この人手でゆとるがよい
てへんわ それがしも
わたくしは大口ばかまを与えましょう
しけもり時よ その方も何か天岳の者らに褒美として
投げてやれ お束漏れが過ぎましょう高時様
近年は不作続きで後継に百姓は今や 疲弊の極み
かような時に天岳見物にうつつを抜かす ようでは上に立つ者としてしもじもに
示しがつきませる 天岳どもを呼んだのだ
歌って踊って他の神を楽しませて 法則を願っておるのよ
これは汽車だ醸材だ 神仏への汽車を押しんで天岳の安寧を
保てようか しかし
おのずから脇前がございましょう わかった
ところでしっけん その方は何のようで参ったのだ
改憲の御沙汰をいただきたい 近利からも特速の使者がございました
改憲 そのことなら当家の執事と相談いたし
良気に計られば良い つまらぬことで煩わせるな
御執事と決めればよろしいのですな されば森時はこれにて御免遣わせる
ああ 行け行け
今日ザメではないか 酒がまずくな
改憲 改憲と申したら
さっきの三角も玄徳をやめて現行の元号に改めようと執着しておいでだったなぁ
たびたび鎌倉に立てついて煩わしい上 遅雷を廃止で沖の国へを移し参らせたわー
良い気分じゃなぁ
よーし 見物はもう飽きた
わしも舞うぞ みんなも舞え
舞いたいものは私と一緒に舞え 一人二人三人四人
後から後から天国どもが舞台に上がってきおるわ
1:36:04
舞えや歌えや遠慮はいらんぞ この世は無礼講だ無礼講だ
天王寺の幽霊星を見舞え 幽霊星を見舞え
幽霊星を見舞え 幽霊星を見舞え
面白いなぁ お前はくちぶしが尖ってまるで鳥のような面相ではないか
おぉ こちらは顔は傾向じゃらで 狸か狐か
あははは その方は随分舌が長いの
さっきか二つに言われてまるで犬ような
いよいよお前は立派な都道を生やしておるな
かぶり物ではなくて本物の角か
幽霊星を見舞え 幽霊星を見舞え
ご当主様が この有様は一体
高時様 お気を確かに
これは何としたことでございますか 高時様
天王寺の幽霊星を見舞え 幽霊星を見舞え
これは高内殿 よく来てくれた 何か御用か
御執見はお聞きでござるか 千舘の会議の噂で鎌倉寺が持ち切れでございます
異類の群れに高時様が襲われた お屋敷が散々に荒らされたのだと
そのことか 人の口に戸を立てられぬものだ
三つ四つの子アッパどもが 意味もよく知らず
面白がって生やし立てておるのを聞きました
四十余りの古入道 水鏡余りにまうまいなれば
不勢あるべしとも覚えざりける
四十余りの古入道
人の噂は広まるのは早いが 当てにはできんだ
高時様は当年三十 私よりもずっと年下だぞ
下々の者たちは そこまで承知しておらんのでしょう
いずれにせよ あろうことか宝城一門の着流
徳相家の御当主が異類に たぶらかされたと申すのですから
皆は不安がっております
高時殿は 九段の会議をどう見る
悪い夢をご覧になったのでしょう
1:39:01
屋敷を荒らした下主人は多かった
高時様が酔い潰れたとみて
殿学の一座が盗賊に早変わりしたというところでは
ですが天皇寺の妖霊墓地とは何のことでしょうか
受賞に訪ねた者がある
妖霊墓地は災いをもたらす星ゆえ
天皇寺のあたりから乱が起こる予兆ではないか
という答えであった
それでは機内で戦乱がまた起こると
天皇寺の周辺と申したら
泉あるいは河内どこにか
千年の戦で下若坂城は最後に自ら火を放って焼き落ちたが
確か大将の行方は知れないままになっておったな
はい 楠木正重と申しまして
生き延びておれば必ずや
再度の巨兵を致しましょう
会議に見舞われても高時様の御向上は一向に止まぬ
祭りごとを帰りみず
昼は刀剣 夜は殿学の宝刀三昧
この頃は御家来襲に何もかも丸投げの有様
すっかり刀が緩んでおいでのようだ
再び戦が始まるまで
思いのほかに早いような気がする
申し訳ないが追悼軍の大将として
これからも高氏殿の力を頼みにする機会は多いだろう
森時様 私とて
仮止めに足利家の党首を務める立場です
老いはようやく厳服致しました
足利家は一門の仲のみならず
ほかの家からも
御家の相続をどうするのか
着陸にお戻しするのが筋ではないか
といった声がしきりに聞こえてまいります
未だに天下は落ち着かぬのに
そのようなことを
いつか
我が父貞打が申しておりました
私は御性質の子ではない
主になったら足利の御家が乱れるのだと
苦しいお立場はわかるが
戦乱となったら
高内殿でなくては乗り切れん
今しばらくは足利一門を預けておくぞ
はい
玄徳四年は四月のうちに終わり
正景元年に開元となりました
後から思い返してみますと
正景元年の夏から秋にかけてのこの頃が
鎌倉にとっては最後の平穏といえる一時でございました
六原丹代からの急使でござる
前年に永山を下り
行方を絶っていた
大戸宮が吉野で拒兵いたしました
複野木正之家が拒兵
川地の支配城が奪われました
張馬の国で赤松延新の一頭が放棄した吉に
1:42:01
三陽道並びに三陰道に兵を出して
鎌倉方の軍馬の往来を阻んでおります
大きな国戦場さんで
長々としなる者が兵を挙げました
先帝が先帝が
先の味方が沖ノ湖廃墟を抜け出して
縄勢が立て込む戦場さんへ
御宣誓との急報でございます
先帝を逃しただと
沖の藩岸は何をしておった
関東八州から兵を集い
直ちに討手を差し使わせ
どこまでも鎌倉にあだなさんとする御親近
格なる上は容赦侵食は無用であるぞ
死に物狂いの犬合わせも戦も同じ
神殺すか神殺されるかの
どちらかだと心得るがよい
正経二年三月のある日
思いがけず足利屋敷を訪ねた客がございました
足利一門の御家人で
上野の国に所領を持つ
日田小太郎義貞殿でございます
これは日田殿
下赤坂城の合戦依頼となるな
足利本家御当主に置かれましても
いよいよ御相見であらせられる
誠にもって執着至極に存じまする
一時の仲繋ぎでござる
ところで日田殿は横斑役を命じられて
都に留まったように伺っておったが
都からの帰都でござる
先頃までは千早城攻めに加わっておりました
陣中で流行病にかかり
この上の戦働は到底可能なずと判断して
こうして引き上げて参った次第
流行病
日田殿は病人のようには見えないぞ
公実ですからな
戦の仕度はまず税にがかかる
兵労がないのでは戦を支えられぬ
この度は戦の規模が膨れ上がり
長引いたことで税にも兵労ももはや底をつきました
なんと
今、機内近国では
鎌倉型の御家人がどんどん諸領へ帰っていきます
税には兵労がないからです
皆ここまで戦が長引くとは考えてもいなかった
方や族群は後から後から人数が増える一方で
そのうちに鎌倉型はすりつぶされることになるでしょう
知らなかったぞ
西国ではそのようになっていたとは
もう一つ
慌てて帰ってきたのには事情がござる
日田家にとってはこちらの方がむしろ一大事
御諸領で争い事でも持ち上がったか
1:45:03
御当初はお聞きではないのか
このところ幕府の武行が御家人の諸領を直に回って
軍資金を調達するため
強引に情納金を召し出させておるようなのです
日田の将にもやってきました
六万元門を直ちに納入せよと
六万元門とは
それはまた大変な税にではないか
ただでさえ領民の急忙が深刻なところへ
このような情納金を課せられたのではひとたまりもない
戦で敵に撃たれる前に御味方に日殺しにされてしまうでしょう
それがしは知らせを聞いて
情納金の徴収をやめさせるために帰ってきたのです
さようか
どれだけ助けになるかわからんが
私からも御執権の御耳に入れておこう
それはありがたい
それがしは日田の将へ急ぐゆえ
これにてごめん
兄上
日田殿は幕府のやり方にすっかり腹を立てていましたね
あれは一本気な男だ
味方の家は頼みにできるが
一旦的に回したらどこまでも立ち向かってくる
西国の状況は思いのほかに悪いことになっているようです
幕府の足元がここまでぐらついているとは思わなかった
道理で先手に御味方する者が後を絶たないはずだ
この戦乱はどうなるのでしょう
知るものか
目先の戦に勝ったところで
そのために帰って兵を招いたなら
天下の人心はますます鎌倉を離れてしまい
賊軍はすぐに勢いを取り戻す
こんなことでは堂々めぐりだ
討っての対象は
三陽道名越終りの神に
三陰道足利十二湯に命じる
両人を直ちに上落させよ
天下の大乱はひとえに
先手の御範囲から起こったこと
戦場さんを落とさずして
戦乱は終わらぬぞ
お殿さま
徳相家のお使者はやっとお帰りのようですね
気になるのか徒子殿
一日のうちに二度のお使者でございますもの
徳相家
高時様は痛く御不況のようだ
いつまで上落を先延ばしにするつもりか
ときつく責められたわ
やはり御出陣の督促でしたか
お殿さまはどのようにお答えになったのですか
病み上がりで体調が優れないからだと申しておいた
言えたら非ならずして上落致すとな
まあ御殿さまは御相賢そのものですよ
気乗りがしないのだ
この戦は前の出陣と同じようには戦えない
そんな気がする
弱気をおっしゃいますこと
私は弱いお方は嫌いですよ
御殿さまは戦が怖くなったのでしょうか
1:48:02
戦が怖いように見えるのか
私は命のやりとりを怖がっているのではない
そんなこととは違う
私は戦が好きなのだ
きっと性に合っているのだろう
戦は分かりやすくてよい
勝った者が強くて負けた者が弱い
まるで子供のようなことをしたるのですね
生まれつきの性分さ
難しいことや余計なことは何も考えないで
その時その時その場その場
目の前にある事態をどうやって切り抜けるか
とっさに選び決断を下して実行する
上手くやったら皆が喜んでくれる
下手を打っても私の評判が落ちるだけだ
他の誰かのせいにはできない
だから戦は楽しい血が騒ぐ
血が騒ぐ
この時のために生まれてきたようにさえ思えてくる
戦が楽しいのでしたら
ご出陣は結構なことではございませんか
お殿様は何がお怖いのですか
戦が楽しいから
怖くなるのだよ
前に父上に言われたことがある
お前たちは足利家をいつか危うくすると
私が大将軍を任されて出陣して
大軍を動かしたりしたら
その時その場の勢いに任せて
とんでもないことをやってしまうのではないか
私は戦よりそのことの方が怖くて仕方がない
まさかお殿様の取り越し苦労ではございませんか
そうは思えぬ
私はな足利の老爺は老爺
弟たちに任せて出家遁世したいとさえ考えておるのだ
俗世の愛しさとは縁を断ち切り
書を読み歌を読んで心静かに暮らしていたい
ところが今の私の立場がそんな願いを許してくれぬ
ああ鳥は酔いな
どこへだって好きなように飛んで行けるのだから
お殿様は先の味方とは戦いたくないのですね
さてどうして遠子殿はそのように重いなのだ
私は妻ですもの
先の出陣からお帰りになってからというものを
お殿様は塞ぎ込むことが多くて
お声をかけても上の空
もしや先の味方にお心を寄せておいてなのでしょうか
どうだろうか
ただ先手が沖から戻ったとの一方を知らされた時
私はとても驚いたのだ
恐れたのではない
よくやったなと心が動いた
感嘆した羨んだと申してもよい
お殿様が先の味方をお羨ましいと
先手は途方もないことをなされた
1:51:02
並の者では望んだところで到底かなわない御宗挙だ
もしも私が同じ立場に置かれたとして
先手と同じことができるかどうか
そんなことを考えていたら
私は無性に先手がお羨ましくなった
人は誰だって強いお方が好きですもの
そうだ先手はお強い
このまま出陣したとして
鎌倉の大将軍として
私は先手に立ち向かえるだろうか
先手のお強さに心を奪われて
今は思えもよらない大変なことをやってしまわないか
私はそのことがたまらなく怖いのだ
お殿様
桃子は育児のないお方は大嫌いです
はっきりと申したな
西国追悼の大将軍を育児なしだと
育児なしではございませんか
とんでもないことでも大変なことでも
先の味方のせいにはなさらず
お殿様がご自分で選んでお決めになったらよろしいのです
何をおためらいになられているのですか
私が大好きなお殿様は
跳ね返りで怖いもの知らずで
手のつけられない暴れん坊のはずでございます
そいつはひどい
まるきりバサラ呼ばわりではないか
お殿様は戦が楽しいと仰いました
でしたら存分に楽しまれて
なされたいようになされればよいのです
勝ちでも負けでもうまくやったと
桃子は喜んで差し上げます
喜んでくれるのか
そうか
それはありがたい
では私は桃子殿から嫌われない男として
振る舞ってみせよう
足かがのせがれ
羊をしぶりにしぶって
重い腰をようやくあげおった
臆病風に吹かれたか
まことに戦おうと思っておるのか
人質や
城楽の間足かがの妻子は
鎌倉にとどめるように申し付けよ
それから
双心の泣きよ
希少問をとっておけ
鎌倉を出発した東国勢は
東海道を西上して
やがて大見の国鏡宿に達しました
これは鏡宿での出来事でございます
兄貴ご覧ください
上杉から
母上のご実家から
このようなものが送られてまいりました
まさか
これは先帝の
五大御邸の隣人ではないか
沖に黄金天皇の御用
1:54:09
正経二年
二月二十八日
沖の御拝所を密かに出た先の御門
五大御邸は
この日
奉旗の国の豪族に奉じられて
千条さんに御臨行になったのでございます
先の御門に御味方する者
鎌倉方に組みする者
近隣の国々からは
御家人
悪党
悪法師が大勢集まり
千条さんを囲み
敵味方に分かれての激しい合戦が
この時から始まりました
がなはちびなやか
がなはちびなやか
悪人
悪行
即死退散
超敵
覆滅
恩敵
超悟空
相模入道よ
法上が子孫
高時法師よ
真が生きて世にある限り
仁義をもって天命は覆らずと
思い知るがよい
先帝の御先座は
直ちに関東に伝わり
驚愕をもって受け止められました
千条さんからは諸国の武士に向け
八次早に臨時が発せられて
討伐挙兵への参加を促していたのです
幕府はこの事態を重く見て
表情にはかり
千条さん討伐の軍勢の出陣を決定いたしました
この時の決定には
時の鎌倉の支配者
法上高時様の御意向が
強く働いていたと申します
関東八州から兵を集い
直ちに討手を差し使わせ
討手の対象は
名声終わりの間
あしかが自分たちに命じる
両人を直ちに上落させよ
天下の大乱は一重に
先帝の御範囲から起こったこと
千条さんを落とさずして
戦乱は終わらぬぞ
三月中に鎌倉を出た東国勢は
東海道を西条して
四月の下旬に至って
京の都にようやく入りました
都からは二手に分かれて
一方は山陽道を
もう一方は山陰道を進み
北起の千条さんを
強撃するという軍略です
東国勢が都を出発したのは
1:57:00
同じ月の末になってからでございます
当初の軍略に従って
山陰道の追悼軍を
任された私の御子たち
高宇寺殿と忠義殿は
老井の坂を越えて
丹波の国の忍村の将に
ひとまず着陣いたしました
忍村の将は
足利家の将縁でした
兄上呼びかけに応じて
近隣からは続々と兵が
馳せさんじております
鎌倉の威厳は
まだまだ大したものですぞ
どうかな
恩勝目当ての兵士たちどぞ
鎌倉が本腰を入れて
追悼に乗り出したとみて
今は遺産で集まってきたが
戦を長引かせて
千条さんがなかなか
落ちないとなったら
皆の考えは変わる
強いと思ったほうにつく
結局のところは
孫徳の感情次第だ
誰だって勝ち馬に乗りたいと
考えるのが忍将だろう
侵略なのですね
兄上は
戦にしろ
子供の遊びにしろ
人のやることに
大きな違いはないからな
子アッパの頃から
散々見てきた
知りませんでした
そんな風に兄上は
皆を見ていたのですか
私はてっきり
誰に対しても兄上は
心が広くて
気前が良くて
そんな兄上だから
皆が慕っていると
考えていましたよ
皆気の良い連中ばかりだったさ
難しいことは考えず
その時その時の
自分たちの心に正直だった
威勢が良いうちは
一緒に笑い合って
私にどこまでも
突きしたがってくれる
今から思えば
そのことが嬉しくて
大きな励みになって
だから私は
皆から喜んでもらえるように
振る舞ってきたのだな
勢いのある方を選んで
利になる方に従えばいいなんて
そんな切磋のない考え方は
私には感心できないですね
兵たちの心を
引き止めたいのなら
大きな戦いに
勝ち続けることだ
戦という奴は
勝った者が強いんだ
同じ頃
足利勢とは別に
戸羽口から都を出発して
山陽道を進んだ追悼軍は
山崎の手前
小仮縄手の地で早くも
先の帝に従う都の軍勢に
進軍を阻まれることになりました
はっはっはっはっはっはっ
2:00:00
寄せ手の大将を
ただ一夜にして言おうとしたり
続けや皆の衆
鎌倉の頭はそう崩れだ
まさか山陽道の追悼軍が
たった一戦で壊滅しただと
六原短大からの急使でござる
大将軍は会えなく打ち死に
負け戦で兵の大半は
散り死になって逃げていったようです
まずいな
詳しい話が伝わったら
兵たちに動揺が広まる
早いうちに私たちを
山陽道へ兵を進めますか
それともここは一旦
兵を引きますか
出陣をやめたところで
戦況が好転する見通しはない
宮方はますます勢いづく
ですが今のまま
育成望んだとして
宮方との戦に勝てると
兄は大向きですか
時の勢いは今
宮方にある
だが今のうちなら
鎌倉方がまだ巻き返せる
直ちに出陣したなら
この人中に集まった軍勢だけでも
戦場産を落とすくらいはできるだろう
ただ
ただ何なのですか
ただよしよ
私は
せがれの戦獣王に
お家を継がせてやりたい
兄上
突然
あなたは何をしちゃうのですか
だが私は
お家を継ぐ立場ではない
生まれつきの血筋が違い
身分が違う
日陰者の身分なのだ
足利の家にとって
私は一時の中継なぎ
そのうちに着陸に
お戻しすることになる
足利家は戦獣王に
戦獣王に継がせてやれる
お家ではない
この戦をどう戦うか
ここで覚悟を決めておくことにしよう
古代御邸の臨時ですか
乱を払いて
死海を沈むるは
武神の刹那里
上杉の一族は全く
大変なものをよこしてきた
関東征伐の策をめぐらし
天下聖筆の功を挙げよと
ここにある
お前はこれをどう思う
鎌倉武士としては
裏切り者の悪名を
かぶることになるでしょう
ですが
先手の見事なりに
従うわけですからね
大義を立つ
そんなことを
尋ねたのではない
でしたら
兄は何を考えなのです
私たちは今
老井の坂を境にして
都からはほとんど
目と鼻の先の場所にいる
そして
私の下には
戦場さん討伐のために
集められた兵たちがある
よいか
この時
この場所
たった今都の間近にあって
最も強力な軍勢を
動かすことができるのは
六原灘内でも
都でもない
他でもない私たちなのだ
ええ
2:03:00
そのことは
兄上の申される通りですが
ここから都へ引き返して
六原灘内へ攻めかかったら
都を抑えることができる
天下の形勢は
先手の側に大きく傾くぞ
皆の考えは変わる
宮方の勢いは
もう止まらなくなる
兄上
あなたは恐ろしいことをお考えだ
恐ろしいと思うか
忠義は
恐ろしいですとも
先手の拷問が成就するか
武家の世が
今のまま続くのか
鎌倉方か
ここでお味方をした方が
生じすると
兄上はお考えなのでしょう
言い換えるなら
どちらを勝たせるか
今なら兄上が決めることができる
御賢人の本文は一所懸命
家と諸領を守りぬくこと
亡き父上のお言葉だ
しかし
我が子のため
孫たちのためだと申すなら
私は
これまでの足利と同じではない
ずっと立派なお家を残してやりたいのだ
恐ろしいお考えです
兄上は一体
何がお望みなのでしょうか
これから行おうとすることに
賛同をお求めですか
それとも
私は
兄を乙女するのがよろしいのですか
何を申すか
鎌倉方に従っていても
今までの通り
鳥籠の中で変われるような生き方は
何ら変わらない
だったら
一層宮方についたほうが
御自分の手柄を高く売りつけることが
叶う
宣二王殿を
善とも開けるとお考えになったのでしょう
それは虫の良い考え
というものです
兄上は鎌倉を討って
先帝を
後代御帝を天子の位に再び
お目指しできればよろしいのでしょうか
鎌倉幕府の支配は
傾いてきたとはいえ
御神聖が始まれば
天下が無事に治まるということにはならないはず
今までよりもずっとひどい
末世がやってくるかもしれない
それでも
兄はよろしいのですか
やめないか忠義
口が過ぎるぞ
やめませぬ
前にもいつか申し上げましたが
兄は心を動かされている
いや
兄へ御自身の中にある
願いや望みを
先帝のお姿に重ねてみようとして
いらっしゃるのです
けれども
先帝と兄は同じではない
そんなお考えだ
私の願い
私の望みを先帝に
そうなのか
他の者の目からは
そんな風にも言えるのか
お気を確かにお持ちください
近所にあるから
2:06:01
考えなしに従えばよいというものではないでしょう
足利家の御当主は
兄上なおです
兄上御自身のお考えで
この戦をどう戦うか
お選びください
私の考え
桃子殿にも同じことを言われたな
私自身の考えで選び
どうするかを決めたらよい
そうしください
討伐の臨時に従うか
従わないか
だから
私は自分の考えで選んだのだ
どうするかを決めたのだ
あ、兄上
よい方だよし
今、天下は私の手の中にあるのだぞ
天下を私の手で
動かすことができる
足利家の日陰者として生まれた
この高渕の手で
潜在中の
二度とない機会ではないか
足利の家
足利の所領
幕府の御恩を頼みにして
退化なく御所を大事に
報告を務めていけるのが
御家人として八幡太郎義家公の
光栄として誇りにたる
生き方と言えるのか
いいや、そんなはずはない
日陰者の生き方は
うんざりなのだ
兄上、落ち着いて
あなたは舞い上がっているのです
そうさ、忠義
お前は胸が騒がないのか
私たちがどう戦うかで
これから先の天下が動く
天下が変わる、いいや
後先はどうでもよい
私の望みはただ一つ
この手で天下を動かし
天下を変えてやることだ
今だから、それができるのだ
とんでもない跳ね返りですね
あなたというお人は
鎌倉に背くのですよ
これから先は
帰る場所を失うことになる
だったら
手塚ら作ってやればいいのさ
新しい御家をな
そこまでの覚悟は
おありでしたら
よろしい、私はもう止めませんよ
兄上のやりたいように
おありなさい
それでうまくやったら
皆は喜んでついてくることでしょう
ああ、一番どりだ
夜明けですね
さあ
これからは毎日が
慌ただしくなる
そうだ
私には望みが
もう一つあった
何でしょうか
日本一の武士になりたい
武家の統領になりたい
六大様の
御意言ではないですか
また大きな望みだ
母上の願いだった
幼い頃から何度となく
聞かされてきたものさ
お前は日本一の武士になるのです
とな
なんだと
2:09:01
橋掛けの者たちか
はい、奥方、御子息をはじめ
一族の者たちはことごとく
鎌倉を出ました
信じがたい
出陣中の鷹児殿から
差し継がったか
御子賢、直ちに御手を掛けますか
いや、その必要はない
捨てておけ
しかし
捨てておけ
女子供の行方を追うよりも
その前に手配する大事が山子だろう
これから鎌倉は死ぬほど騒がしくなるぞ
はい
どうやら私は鷹児殿を
見誤っていたらしい
この森時は
中杉の執権職を全うして
幕府を支えることができれば
良しと考えておったが
鷹児殿は私とは違い
中杉の党史程度に
収まる器ではなかったのだ
さて
そうなると私は
ところもない男に
力と機会を与えたことになる
思いかけないところで
足元を救われたものだな
皆の者
心して聞くがよい
今から我が軍は
老井の坂を越えて
京の都へ引き返す
そのまま楽中を横切り
真っしぐらに
六原団内へ
攻めかかる
ただいまこの時をもって
天朝の神言として
我らは立つ
日林は今まさに
天上の高みへ登らんとしておる
いざ
日林のもとへ迎え
老井の坂へ進め
朝敵は都にあり
都の東向こうの
六原に
万土かばくらの地に
こそあり
五月七日早朝
丹波の国
篠村八幡宮の境内で
倒幕の旗を挙げた高宇寺殿は
宮方の軍勢を
急合すると
その日のうちに三院堂を
引き返して
京の都へ総攻撃を仕掛けました
死中を
やけの腹にする合戦は
昼夜に渡り
六原丹大は奮戦むなしく
翌朝を待たずに
ついにやけ落ちたので
ございます
六原丹大の陥落が
伝わると
関東においてもあちらこちらで
御家人の離藩が相次ぎ
反乱の兵力は
たちまちに数万余りの
大軍に膨れ上がったのでございます
そして
5月22日
反乱軍は
鎌倉へとうとう襲いかかり
2:12:00
死中の至るところに
火を放ちました
皇上高時様は
この時まで
突き従った御一も
御家来衆ともども
皇上志母大寺の
当省寺に本人を
御写しになり
人ごとく御最後を
遂げました
その数870人
余りであったと伝わっております
燃える
鎌倉の街が
燃える美しいの
これほどに
他にある
わしはこれを見るために生きてきた心地が
するぞ
いよいよ戦が
寺まで近づいてきた
犬合わせはずいぶん楽しんだが
これはまた
格別
死に物狂いの人同士の
合戦だ
とやつも
犬よりも浅ましく
しみとろで殺しあっておるわ
楽しめ
心ゆくまで楽しめ
生きておることを楽しめ
こんなに
愉快な一日は
かつて覚えがない
いやおもしろしい
ひとさし
この入道が
殿楽を披露してやる
はかなき
夢のよう
うつうつと
済むぞ
迷い
なる
高時宝師の
天命はすでに
遂えた
鎌倉は
落ちた
都へ観光を
なるぞ
今の礼は
昔の神儀なり
鎮が神儀は
未来の先礼
たるべし
五大御邸が仙城山から降りて
今日の都へ
御観光になったのは
この年の六月六日の
出来事でございました
同じ日
鎌倉幕府と決別してから
都にとどまっていた高内殿
忠義殿は
朝敵討伐の
主訓者ということで
内省殿を許されて
五大御邸との
越見に臨むことになったのです
帝は一体
2:15:03
どのようなお方かな
今さら何を申しておいでなのですか
兄は
大噂を耳にするばかりで
廃絶の機会を賜るのは
これが初めてだろう
帝の隣人にあわせて従いはしたものの
私が承知することと申したら
並の者では
到底敵わない
途方もないお方ということばかり
私だって同じですよ
当国の御家人の
冷積みの日陰者が
帝にこうして廃絶が敵うなんて
なんだか堅実感がない
私が心に思い描いた
通りのお方なのか
大違いか
裏切られることにならないか
確かめるのが
いささか怖くなってきた
兄は悔やんではいませんか
悔やむとは
何のことだ
帝に御味方をしたことをです
鎌倉の御家人のままでいたほうが
たとえ窮屈でも
退化のない一生を過ごせたかもしれない
その話か
後になって悔やむから
後悔と申すのだ
あんなことはやめておいたら
よかっただの
お前は何を血迷っていたのだの
後回しでよいなら
いくらでも悔やんでやるさ
私は腹をくくった
前を向いて
どこまでも突き進んでやるだけだ
それでこそ兄上らしい
兄は今も
根っこは昔のまま
コアッパの頃から変わらない
バサラ者だ
今になって
ようやく気がついたか
足利の子せがれ
又太郎殿は
跳ね返りで怖いもの知らず
手のつけられない暴れん坊の
バサラ者よ
この時から
五大御邸の御神聖
世に言う
剣武の神聖が始まりました
この神聖がどのような天末を
たどったのか
また高宇寺殿と
忠義殿は
その中でどのような役割を
果たすことになったのか
それはまた
別の物語でございます
ボイスドラマで学ぶ
日本の歴史
シーズン5
足利高宇寺
夜明けのバサラ
いかがでしたでしょうか
一族としては
本家の長男の
次に生まれた
足利高宇寺
本来なら表に出ることのない
生涯を
送る立場の人間ですが
最終的には
時代を動かす
一手を
2:18:00
手に入れ
鎌倉幕府を
滅亡させるという
時代の長寺になりました
父 貞宇寺は
足利家を
存続させるために
北条家との
血縁を大事にして
何かと問題を
起こす
高宇寺を
虐げておりました
そんな境遇に
高宇寺は
ある意味ひねくれた
というのですかね
そういった
熱とした気持ちが
少年期
青年期に
たまっていったのではないか
と思います
そして
なんという
運命のいたずらか
そんな
高宇寺が
本家の着難が
厳復するまでの
松上の
仮の
党首のタイミングで
後醍醐天皇の
放棄という
出来事が
起こります
この後醍醐天皇の
境遇も
高宇寺と似た
松上の
仮の天皇
というところが
高宇寺の
共感を
生んだのでしょうか
はたまた
幕府の軍を
偶然にも
自分の手で動かすことが
出来る状況に
興奮して
あえて
カオスを
引き起こそうとしたのか
あるいは
自分の息子
千住王に
自分と同じ
日の当たらない
境遇を
味合わせたくないという
親心が
働いたのか
物語を聞きながら
高宇寺を動かした
色々な境遇が
巡っていましたよね
さてこの
後の高宇寺なんですけれども
一旦は後醍醐天皇の
天皇を中心とした
政治
いわゆる
建物の神聖を
指示します
しかし
武士という存在を
ないがしろにする
後醍醐天皇の
やり方に
反発を持った
武士たちに
持ち上げられて
2:21:01
後醍醐天皇を
京都から奈良県の
新しい別の天皇を
建てて
室町幕府を
起こします
南の後醍醐天皇と
北の室町幕府を
中心とする
南北朝時代が
始まります
高宇寺は
鎌倉幕府を
滅亡させ
幕府を起こして
平和な余生を
続けていたと思われる
人もいるかもしれませんが
実は
この南北朝時代も
ずっと
戦乱の中だったんですね
南北朝が
終わるのは
高宇寺の孫
足利義満の
時代になります
高宇寺は
この南北朝の
騒乱の中
平和な時代を
見ることもなく
53歳で
生涯を
閉じています
鎌倉幕府を裏切り
倒幕という
混乱を引き寄せ
さらには
味方についた後醍醐天皇を
も追放し
死ぬまで
戦乱の中にいた
高宇寺
今回の
全反省の
境遇もそうですが
生涯を通して
あえて
この混乱した世の中を
自ら
作り出していたのか
その本当の真意は
高宇寺本人しか
知ることができませんが
私たちは
それを
この後世の時代から
見ながら
いろいろと想像を膨らましていく
というところに
歴史の面白さを
感じるのではないでしょうか
このボイスドラマで
学ぶ日本の歴史
シーズン5まで
ご紹介してきましたが
このドラマの
形式での放送は
シーズン5で
一旦
お休みとなります
現在
続編として
新しい形での構成を
考えております
またその時に
お会いいたしましょう
この番組で
ナビゲーターを務めさせていただいたのは
熊谷陽子でした
2:24:11
高石信
演出
岡田康
出演
足利忠
三尾
赤橋森時
忠勇気
天岳宝師
菊川秀樹
西木浩二殿
菓子谷翔子
北条貴時
五大御殿の
田辺雅樹
スタジオ協力
スタッフアネックス
選曲
甲賀
音楽協力
HMIXギャラリー
アマチャ
プロデューサー
富山正明
制作
株式会社
ピトパ
02:25:28

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