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やめる・やめないのグラデーション
2026-05-27 04:14

やめる・やめないのグラデーション

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📝補足

そういうタイトルの本

『日本人は「やめる練習」がたりてない』 著: 野本 響子

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サマリー

今回の声日記では、新しい家電の設置トラブルが解決した安堵感と、苦手な集まりに無理せず部分的に参加するという新しい形を見つけられた喜びについて語られています。また、物事を「やめる」ことへのためらいや、「やらない」という選択肢を活かせなかった反省も述べられています。

家電設置トラブルの解決と安堵
ふじこひろです。 14時52分、ひとり声日記です。
今日は午前中、家電の設置を新しくしまして、 動作がうまくいかなくて、宿泊してたんですけども、
さっきようやく終わって、 一息ついています。
普段から使う家電なので、使えない日々が続くのは嫌だなぁと思っていたんですが、
これまで通り使えることができそうで良かったです。
苦手な集まりへの新しい参加方法
先日なんですけれども、やめてみて良かったなぁと思う出来事がありました。
とある集まりがあったんですけども、 それが私はだいぶ苦手でして、
例年だましだまし行ってたんですが、 今年いよいよもうちょっと厳しいなという状況になり、
前の日になってかなり具合が悪くなりまして、 その集まりに行くか行かないかという二択で考えてたんですけども、
ちょっとしたきっかけがあって、 全く行かないというわけでもなくて、
部分的に参加するという方法を取ることができまして、
結局自分はその集まりの場には行かなかったんですけども、 事前の段取りだけしておいて、
それで行かないでみたらすごく体が楽になって、
なんで今まで行くか行かないかの二択しか考えてなかったんだろうなというのをちょっと反省しました。
自分はその集まり自体はもう早くなくなってくれないかなといつも思っているぐらい苦手なんですが、
他の参加している人たちはそうではない人たちがいるのも知っていて、
それぞれが気持ちいい形で参加したり参加しないことを選ぶ方法ってないのかなと思っていたんですが、
今年初めてそれができるようになって心のどこかで喜びを感じていました。
それができたのは自分だけじゃなくて他の人のおかげで、
他の人の一言で周りが動いたからというのもあってとてもありがたかったです。
そしてその集まり自体も昔はもっと長時間やっていたんですが、
コロナ禍を挟んだことによりだいぶ時間短縮されたらしくて、
それは自分にとってはとてもありがたい変化でした。
「やめる」ことへの反省と気づき
今日はいつもより遅めの時間に洗濯をしています。
午前中に洗濯をするのをすっかり抜けてまして、それで今からやっていました。
どれぐらいマイクに音が入るのかなという実験も兼ねています。
話は少し戻りまして、
やめること、勇気とまでいくと大げさなんですけども、
やめるのが足りてないなあというのを思った時に、
そういえばまさにそういうタイトルの本を読んでたのに、
活かせてないなあというのも反省しました。
というのと自分がいかに一回やったらやめてはならぬという考えに縛られているかも
思い知らされたなあと思います。
何でもかんでもやめるんじゃなくて、
自分に合わないこととか、どんどんやめたいよねというメモを残したくて、
今日はしゃべりました。
声日記の締めくくり
今日の声日記はここまでです。
04:14

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