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こんばんは、しばちょんです。この放送は、日々の出来事や僕が気になるトピックを通じて、皆さんの生活に役立つかもしれない情報や視点をお届けします。
はい、今日は3月6日、金曜日ですね。
今週も1週間お疲れ様でした。
はい、今ですね、仕事の休憩の合間に収録しているんですけれども、一言も喋っていないので、喉の調子が悪いです。
お聞き苦しいかもしれませんが、最後まで聞いてくださると嬉しいです。
今日の本題は、ギバーと自己犠牲と自己肯定感というお話をしたいと思います。
与える人、ギバーと言いますけれども、とても良いことだと僕は思っております。
ただ、ある瞬間に自己犠牲に変わってしまい、その分かれ道になるのが戦挽き、そして自己肯定感ではないかというお話なんですけれども、
ギバーというのは、先ほども言いましたように、与える人、時間とか知恵とか気遣い、応援、誰かの役に立ちたいという気持ちが行動に出る人ですね。
一方で、自己犠牲とは、同じように相手のために動いているように見えても、自分の心とか体とか生活、時間、そういったものが継続的に削られていく状態なんですね。
外から見ると、どっちも優しい人なんですけれども、全然違いますよね。ギバーは自分で選んで与える。自己犠牲は断れなくて与えている。
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この自己犠牲のモードに入ってしまう時っていうのは、だいたい動機が怖さなんじゃないかなと思います。
例えば、断ったら嫌われてしまうかも。ここで対応しないと見捨てられてしまうかも。役に立てていない自分って価値がないのかなっていう不安が強いと、
せっかくの与える行為が善意ではなくて、だんだん関係を守るためだけの取引みたいになってくると思います。
ここで大切なのが自己肯定感です。自己肯定感って聞くと、自信満々とか、自分大好きとかそういうイメージがあるかもしれませんが、
僕は断っても自分の価値が下がらない感覚。これがギブに当てはめると、自己肯定になるんじゃないかなと思います。
自己肯定がある人というのは、役に立てない日があっても、今日はそういう日って戻ってこられる。相手の機嫌が悪くても、全部は世話なくていいって思える。
いい人じゃなくても、関係って意外と壊れないよねって感じられる。こういった感覚があると、ギブをするときに自然と線引きができるんですよね。
今日はここまでなら出せます。それは今週じゃなくても来週ならできる。それは自分が抱えるより別の人に頼った方がいいんじゃないかと。
そんなふうに、時間とか体力とか気持ちを配分できる人、逆にこの自己肯定が揺れているときは、ギブすることで自分の価値を証明しようとするから線引きが消えてしまってるんですね。
その結果、心が疲弊したりしてしまう。そうなるんじゃないかなと思います。
なので、ギブをし続けてそれが自己犠牲に変わってしまわないようにするには、与えるのをやめてしまうということじゃなくて、線引きをしながら与え方を設計するのが大事なんじゃないかなと。
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これでギブする気持ちは長持ちするんじゃないかなと思います。
この線引きが消えかかっているときのサインとしまして、次の3つ、これに当てはまったらちょっと自己犠牲に陥っているかもしれません。
1つ目は引き受けた瞬間に、嫌だけどという気持ちが出てしまうとき。
2つ目はギブをする動機が怒られたくないとか嫌われたくないになってしまっているとき。
3つ目はギブをして感謝されないとイライラしてしまう。見返り待ちになってしまっている。
こういった感情がふっとよぎったときは、もしかするとギブしているつもりがちょっと自己犠牲が入ってしまっているサインかもしれません。
これはですね、別に攻めるとかそういう話ではなくて、今線引きを見直す、作り直すタイミングだよというサインだと捉えた方がいいかなと思います。
ギバーが燃え尽きてしまうのは、優しさが足りないんじゃなくて、この自己犠牲との線引きが消えているときです。
この線引きを支えてくれるのが、断ったりしても自分の価値は下がらないという自己肯定感。
だからギブの量を減らすんじゃなくて、線引きをしながら与え方をちょっと考えてみましょうというお話でございました。
ちょっとややこしい話だったかもしれませんが、この放送を聞かれている皆さんはですね、多分とても優しい方ばかりなので、
応援とかギブとかそういったことを日常的にされていることが多いと思います。
ただその中でそれが疲れてしまって、疲弊してしまうこともやっぱあるかなと思うんですよね。
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その時の感情をうまくコントロールできたらいいなと思って、今日この放送を撮ってみました。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。
それでは失礼いたします。