なるほど
絵しかるな家人ですね
そう絵しかるな
絵しかるな
そうなんですけど
なんかその点単価とかめっちゃいいですけどね
短いから
絵しかる31文字
そうなんですけど
結構自分の家庭がやばかった時とかも
かわいそぶって来る人嫌だったんですよ
心配してる振りをするみたいな
人とかってかなり
お前は安全地帯からいいよなみたいな
気持ちが当事者としては結構あって
だから私はその
同じように身を削ってくれたり
血を流してほしいっていうのが
自分が窮地に陥った時の結構マインドとして
持ってたんですけど
それで言うと
なんか自分病気した時ツル来たら
かなり高見の見物かよみたいな
高見のね
思っちゃうかもしれない
この方は手紙はいいと思ってるんですよね
この方は実際には手紙を書いてて
手紙はこの方の理論上オッケーというか
適してる
私も手紙はオッケーです
面白い
金ではないじゃないですか手紙は
そうですね
なんなら紙という点では一緒だとして
でも枚数が
枚数が違う
違うかも
枚数が違う
なんていうか
めっちゃセンパズルの悪口言っても大丈夫ですか
いきましょう今日は
なんか日本って苦労したら報われる的な思想が
他国よりちょっと強いじゃないですか
その集大成が千回ツルを折ることに集約されてる気がするんです
素振りみたいな
そう
でも素振りの効果あると思うけど
わかんないけど
味合わなくていい苦労によって何か報われる気がしてしまう儀式のような感じがめっちゃするんです
センパズルって
でも私はそんな労力をかけるんだったら
相手を元気づける言葉選びだったりにかけた苦労の方が絶対価値があると思うから
手紙はいいんですよ
確かに
みたいな
確かにね確かにちょっと違いますよねアプローチとしては
そうなんです
何か込めてる気持ちは似てるとしても
だから物質としてフィジカルで掛けた時間の行為が目に見える化してるから送る側としてはいいって思っちゃうんでしょ
そういうのありますよね
これだけの時間をかけてます
だからほら同じような行為として例えばお百度参りとか
というのがあるじゃないですか
でお百度参り行ったってやったよって言われても本当かなって思っちゃうというか
証明しようがないから
それの証明の一つとして何かこういうものがあるんだろうなっていう感じはする
確かに途中からその何か回復を祈る気持ちよりこの1000羽織ることに
なんか虚無ですらあるなっていう感じもする
確かにね
なんか私あれとかがちょっと話は微妙に違うかもしれないけど
その結婚式とかに参列する時になんかピン札じゃなきゃダメとか
ありますよね
なんかそもそも封筒なんかすごい豪勢なやつとかにする意味がわからなくて
それとかどっちかに
なんかその伝統意味あるみたいな伝統
儀式制みたいなものもなんかあるのかな
じゃあどうですかこれ
でもなんか自分もどっちかっていうと合理的な方というかなので
精神的には理長理系だしなんですけど
ちょっと否定しきれない部分があるなっていう風にちょっと思ってしまって
そこに自分はちょっとそこまで否定するのにちょっと躊躇してしまう
でも一方でいやもらってもっていう気持ちもめっちゃわかるっていう感じなんですけど
うかやさんはどうですか
なんかね千バツルをその相手に渡すから変なことになるんですね
なるほど
祈りって多分本来届かない相手のために祈るものだと思うんです
届けてんじゃんって
だから
あーそっかそっか
押し付けがましくなってる
そうそうそうそう
ちょっとアピール感が出ちゃうってことですね
苦労しました
そうそうそうそう
喜んでねみたいな
確かに感情の強要感がある
だからもらってどうすんのって感情が生まれてしまう
めっちゃありますね
そうそうそう
じゃなくて本来もっとなんかどうしようもない気持ちというか
無力な自分やけど何かしたいけど何もできひみないための
多分千バズルとかお百度万里とかっていうものが多分あると思うんです
なるほど
はーん
はーん
はーん
マダムがなんか出てきちゃった
なんかえでもその無力さに耐えかねて何とかって言って
鶴を追っている人はとっても美しいとは思う
すごく素敵だと思った今
すいません資源の無駄とか言って
だから何もできないけどせめて
そうそうそうそう
何かしたい
確かに祈りって無力の工程から始まるよね
そっかそっか
そうだよね
いやなんか単価でもそうだわ祈りって言葉使うとき
うん
なんか届けられなかった言葉とかが単価になりやすいんですけど
そういう作品は往々にして
これは主体の祈りであるみたいなことをよく言われるから
届けちゃいけないんだ
そうそうそう
そっか
えじゃあ千バズルどうする家飾る?
確かにね
この折らないとねっていう言い方もちょっとその
なんていうんだろ祈りたいみたいな気持ちより