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2025年9月3日、水曜日毎度お気に入りタートルでございます。よろしくお願いいたします。
刺さる言葉の意味
誰かの言葉を聞いたり、文章を読んだり、歌の歌詞を読んだりした時に、「刺さるわー!」とか、「深く刺さったー!」とかっていう言葉の表現があるじゃないですか。
あの、「刺さる」って何なんかなーってちょっと考えたんです。イメージ的にはね、なんか自分の
心、ハートみたいなものがあって、その言葉という名の矢が飛んできて、そのハートにグサッと刺さるみたいな、なんかそんなイメージでしょうか。
心ってどこにあるんでしょうね。心ってどこにあるんでしょうね。 その刺さるっていうのが
自分に足りなかったものはそれなんだって納得するっていうことなのか、
そういうことを考えようとしていたけど、初めてその言葉として聞くことができた。 自分から表現はできなかったけど、人の言葉として聞けた。
ことの閃きをもって矢が刺さるっていうのか、 矢とは言ってないな、刺さる、刺さるわー!みたいな。
それを考えた時に、刺さるって何か、なんとなく使うし、言ってることもわかるけど、言葉としておかしいなって、なんとなく思ってね。
それはキャッチすることなんやなって思ったんですよ。 自分がもともとそういう需要体を持っていて、それをキャッチすることができたんだと。
スパイクと需要体の関係ですよね。 だからこそ自分が需要体を持っていないものに関してはキャッチしない。
つまり刺さらないからスルーし続けて自分のものにならないっていうね。 なんかそういうことなんちゃうかなぁと思いました。
いや、ことの発端はね、面白い表現にしはるなと思ったのがイージーさんだったんですよ。 この間僕がイージーさんのNFTを買ったんですね。
そのことについて喋ったら、イージーさんも自分の放送でありがとうございましたって言ってくれはって、僕その時にクラファンとNFTを一緒にやって、これは購入したのか応援したのかなんなんやろうっていう話をしたんですよね。
クラファンに関して言うたら、もう一回幕開けの高橋さんの
酒かすで肌が整う洗顔石鹸、これを買ったんですね。買ったんですよ。 応援したんじゃなくて買ったんですよ。
それなぜかと言うたら、幕開けのクラファンページ見たら購入するって書いてあったんですよ。 もう購入するって書いて持ってるやんって。だから僕は購入したから買ったっていうことですよね。
クラファンってほら、支援して、金銭的支援をして、その支援金が集まればこのプロジェクトは成立しますよと。
ここからそのお金でもって製造プロセスに入りますよみたいなことじゃないですか。
多分ね。だからそのお金を支援する応援する代わりにリターン品として
物をいただくということなんでしょうけど、もうのっけから購入するって書いてあったんで、購入しました。
購入ってことですね。NFTも購入なのか応援なのかみたいなことを言ったんですけど、
まあでも仮想通貨、暗号通貨を使って自分のものにしてるから、買ってると言えば買ってるんですよね。
で買いましたとか買ってくれはりましたとかいう言葉でもあるように、そこに売買が成立していると。でもなんかその
物というかデジタルデータですけど、それを買うとか売るとかっていう
なんか表現が
なんか その通りではあるんですけど、それだけで終わらせたくないなっていうのがあるのか。
買う側、売る側で売買が成立して、それでありがとうございました、毎度ありで、関係が終わるのが面白くないから、
なんかその応援という言葉に結びつけてしまっていたNFTの日本の文化があるのかなと。
つまりはその購入金額のこの暗号通貨でもって、そのプロジェクトをまた発展させてくださいねっていう応援。
さっきのクラファーと同じですよね。
っていう放送をこの間僕がしたんですけど、僕も言いながらもね、購入なのか応援なのか、でも応援っていう言葉もおかしいなと思ってたんですけど、
ずっとそういう言葉でやってきたから、その言葉を言ってたら、そのイージーさんの放送で
流れだと言うことを歌って、 タートルさんは応援っていうことを言ってくれましたけど、
雰囲気を届けてくれたみたいなことを歌ったかな。 僕が発した風にイージーさんの葉っぱが揺らいだって歌ったんですよ。
めっちゃなんか詩的で、 ポエム的で、なんか素敵な表現やなって思ったんですね。
これが、 誰かが発したことに自分が反応するっていうのが、いわゆる最初に話した、
刺さったその言葉がみたいなことですよね。 矢が刺さるんじゃなくて、葉が揺らぐって、めっちゃ素敵な表現やなと思ったんです。
で僕が発した風に、 イージーさんの葉が揺らいだ。でもね、その前にNFTを出しましたっていうイージーさんの風があったから、僕の葉が揺らいだんですね。
葉っぱがね。 だから、イージーさんの風で僕の葉が揺らいで、僕のところへ来た風がまたイージーさんのところへ帰って、イージーさんの葉っぱが揺らいで。
で、この2人の関係だけじゃなくて、
物理的に京都から青森に風が吹いているわけではないんですけれども、 その間には人がいるわけじゃないですか。
で、その間にいる人たちもこの風を浴びることができるし、 それをスタイフに聞こえたら、この2人のやりとりを聞いてくださっているそれぞれのリスナーさんがいるわけですよね。
で、その人々もその風を受けて葉が揺らいでるんだと思うんですよね。 だから、
それでもって、 例えばまた別の方がそのNFTを購入するということになり得たり、
風を感じて、自分の葉が揺らいだ時にその反応、それが反応ですよね。
そしてそれがまたその風が元に戻っていくって循環するっていうね。 やっぱり世の中は循環やなぁと思って、これ素敵なことやなって
思ったっていう、なんか複雑のようで複雑じゃないようで、 あまり言葉にできてへんから複雑になっただけでっていう
そんな思いを風に乗せて皆さんの元へお届けしています。 風に乗せるは比喩表現なんで、本間は電波に乗せて配信をお届けしております。
ヤギの香りがすれば、その風はイージーさんのから来る風でしょう。
僕からの風の匂いは特にないでしょう。
まあそのような風の循環のお話、風の循環の話やったんかな、なんかいい言葉やなって思いました。