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米粒一粒、最後まで食べろ!大事に食べなさい! お百姓さんが一生懸命作ったんだから!と、私は育てられてきました。
みなさんは、いかがでしょうか? 思考は完成させなくていい。
TheThinkingTrack~気になったテーマを深掘り。 改めまして、今回は物質的豊かさと心の豊かさは、なぜ連動しないかをテーマに進めてまいります。
これ食材の話なんですけども、 賞味期限が来ちゃったものとか、食べきれなかったもの、ポイポイポイって捨てちゃう。
いいのだろうか?ってね、私は疑問があって。 まあ、物は豊かだけど心が貧しいんじゃないでしょうか?なんて感じるわけです。
貧困に愛儀ね、食べるものを飢えてる人は、そんなこと絶対しませんし。 戦時中の日本だって、そんなことはなかったと思うんです。
でも生活苦しくあろうとも、家族の中では心の豊かさがあり、日々何か楽しみを見つけたりして、お互いの存在を認め支え合っていたのが過去の話。
でね、話戻しますけども、なんでこうなっちゃうか。 一つは人間の脳の仕組みに関係している。
人間ってすぐ環境に慣れてしまうんですね。
物が不足していた時代は、食べ物があること、安全であること、家族がいること、その存在そのものが価値を持っていましたが、今は何でも溢れている。
物が溢れ、当たり前になっている。 心理学で言うところのヘドニックアダプテーション、快楽順脳に近い現象が起きている。
豊かさが増えると、幸福が増えるのかと連動するのかと思いきや、そうでもなくて、ただ単に幸福の基準が上がってしまう。それだけなんです。
だから、満たされることによって感謝が増えるのではなく、満たされることでも感謝の対象から外れてしまい、次の欲望へ向かってしまうということなんですね。
人間の欲望って恐ろしい。
気象性が生む意味っていうのもあります。不足していると渇望感、飢えているので、あらゆるものに重みが出てくる。
めったに手に入らないからね。一杯のご飯になって、とてもありがたみがあるし、家族が無事であることだって当たり前でない。
今日もなんとか生き延びられた、的なやつです。
でも今の豊かで平和な社会では、その意味が気迫化しちゃってるんです。当たり前すぎて。
そして選択肢、いろんなものが食べられるとか、その選択肢が増えるほど満足度が下がっていく。
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一杯のご飯に対する満足度、例えば。選択のパラドックスって言うんですか。
気象なものに強い価値が生まれていく。
無限にあるから、無限にあると心理的な価値が下がっていく。
さっきのポイしちゃうのは、いくらでもあるからポイしちゃうわけです。
めったに手に入らないと、気象なもので価値が高くなる。
そういう気象性の問題が失われているので、ものが豊かになると気象性がなくなって、価値が下がってしまうってことです。
あとは、みんなで手を合わせる、共同体って言うんですか。家族がいるだけでよかったって言う。
一人で生きていけない時代は仲間がとっても大事。
生存のためにみんなと手を結び支え合わないといけない。
分け合うことも必要。依存、頼ることもあるでしょう。
ここをお互い様でやっていくことによって、自然に心の繋がりが深まり、強化されていく。
でも今はどうでしょう。隣に住んでいる人たちは分からない。
一人で何でもできちゃう。
その環境が整った結果、誰にも依存しない、頼らない、支えもしない、結びつきが弱まっていく。
この便利さって、実は逆説的ですけども、効率を促進している側面もあります。
そして欲望の性質も変わってきます。
物質的欲求って、満たされると終わりが来る。
ご飯、腹いっぱい食べたら満腹になる。
ね、もういいや、ご馳走様。
家あれば、もう家住めるから十分。
服着れるから十分。
着るもあるし、なる。
ところがですよ、物はそうなんですが、心理的な欲求はキリがない。
欲深い。
承認欲求、もっと認められたい。
他人と比較して勝ちたいとか、優越感に浸りたい。
あるいは、うわぁ不安だ不安だから解放されたいってやつ。
それが心理的欲求。
物質的に豊かになると、今度は人はね、生きるための競争から他の人よりもっていう比較の競争に移ってしまうんです。
生きるための競争が相対的な、周りに比べて自分の立ち位置を上げていくって方に行っちゃうわけです。
ここが、この方向に行ってしまうと、満足しにくいもの、物があったとしても満たされないってことで、満足感を得るのが難しくなっていくのかもしれません。
じゃあ、貧しい人はみんな心が豊かって言うと、そうでもないです。
貧しい中でも心は豊かですけど、それも必ずしも比例相関しなくて、戦時中だってね、暴力とかはあるし、あとね、窃盗とかね、そういう略奪なんかもありますよね、不安定な環境だと。
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で、お互いを疑って、心理的に荒廃していくこともある。
あくまでも、貧困で心が豊かなのは家族単位とか、支え合っている人同士の中での話に限られるかもしれません。
そこはね、ちょっとね、そこもやっぱり比例相関がないことなんですね。
ただ、一人で生きていけないからこそ、仲間とは連帯化が深まっていく。それは間違いのないことですね。
はい、ではまとめていきましょう。
なんで、物が豊かになることと心の豊かさって比例して伸びていかないのでしょうか。
一つは、人間は慣れる生き物だから、慣れていっちゃうんですね。ありがたみを連れていっちゃうんですね。
で、希少性が価値を生むから、当たり前になってどこにでも溢れると価値が下がってしまう、相対的にね。
で、あと困っているときこそ、一人で生きていけないから仲間を大事にして関係が強化される。
うん、あとは、物と違って心理的な欲求はキリがない。無限。
で、さらにどんどん比較して豊かになればなるほど、より豊かにということで周りと比較してその気持ちが増幅してしまうってことなんですね。
だから、豊かになることそのものが問題なのではなくて、満たされていることが当たり前になっちゃうこと。
で、当たり前すぎて意味の重みが軽くなってしまうこと。
で、さらには比較が加速してしまう。
で、結果、心がどんどん痩せていくということなのかもしれません。
いかがでしょうか。今回はこの辺りで。
最後にお断りです。
この配信では身の回りでセイラージーが感じたことを基に、ネットやAIなどから得た情報を参考に構成しています。
正確性についての保証はいたしかねますので、くれぐれもご自身で最終判断をしてください。
疑わしき情報やお気づきの点がございましたら、お知らせいただけると助かります。
The Thinking Truck
思考は途中にこそ価値がある。
ここだけの話ね。
これもともと娘の話なんです。
冷蔵庫に色々買ってきて、賞味期限過ぎても消費しないんです。
結果捨てちゃう。
食べきれなくて捨てるっていうのもあるんですけど。
そもそも買ってきたことすら忘れて、また買ってくる。
食べられる有り難い。
欲しいってきたつもりだったんですけどね。
仕方がないのです。