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#99 一度知ったら知らなかった時にはもう戻れなくなってしまったことは?
2026-05-01 42:28

#99 一度知ったら知らなかった時にはもう戻れなくなってしまったことは?

(話者:のぞみ、ゆん、上水)

知ってしまったことで世界の見え方が変わった話。会社員に戻れなくなった人、結婚の理想が洗練されすぎてしまった人、フィギュアスケートの裏側を知ってしまった人。知ることの光と影。

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みなさん、こんにちは。のぞみです。ゆんです。上水優輝です。
討論カフェは、お題についてみんなで語り合う価値観の交換の場です。
この番組を聞いている間、ほんの少しだけ余白を持って、さまざまな意見に触れる時間を楽しんでみてください。
さて今回は、一度知ったら知らなかった時に戻れなくなったことというお題で価値観の交換をしていきたいと思います。
お願いします。
今日は新たな雰囲気ですね。
そうですね。久しぶりですよね。その3人で撮るの。
そうだね。1月に収録したぶりじゃない?
今まで毎月やってたもんね。
そうですね。結構メンバー入れ替えながらやってましたけど。原点回帰。
原点回帰って言うほど離れてもないけど。
2ヶ月ぶりぐらい。
ただオンラインで僕だけいて、2人が対面でいてっていう、このハイブリッドな感じは初めてじゃないですか?
そうですね。
でも一応テーブルのここにパソコン置いてるから。
東京と大阪…大阪じゃない。東京と福岡ですけど。
一応同じテーブルにはいる感じはする。
なるほど。
僕が死んだらこんな感じになるじゃないですか。もう画面の中で。
でも2050年とかになったらあり得ますよね。全然あり得ると思いますね。
確かにね。やったら生きてる体でリーダーを残せるね。
ですね。
死ぬとは何かになってくるね。
なってくるよね。
人々から忘れ去られたら死んでいるという説が濃厚になりそうだな。
確かに。
今日は一度知ったら知らなかった時に戻れなくなったことっていうのなんだけど、
これはね、お友達に現代アート批判をしてる友人がいるんよ。文章を書いたりして。
すごく面白くて、で、芸術とは何かを、私アートとか芸術とかちょっと正直わからんじゃけど、
その子に何?って聞いたら、芸術とはね、一度知ったら知らなかった時に戻れなくなるレベルのものが芸術なんだって言ってて、
おーって分かったような分かってないような感じなんだけど、
みんなが一度知ったら戻れなくなったことをいっぱい聞いたらまたより深く理解できるかなって思って、
今日出したよん。
映画とかでよく言われますよね。なんか、もう記憶なくしてもう一回見たいみたいな。
すごい良い映画の感想でよくありがちだなと思いますけど。
というより、見た前の自分には戻れないっていうぐらいの衝撃。
03:05
だっけ、映画を見ても、あ、でも価値観変わってるってこと?
まあ、価値観まではどうなんだろう、変わってないと思いますね。そういう意味で言うとね。
どっちかというと、この映画のオチを知らずにもう一回見る。
知らずにもう一回ってことですよね。じゃなくて、世界の見え方がそれを体験する前と後で変わってるってことですよね。
そういうこと、そういうこと、そういうこと、そういうこと。そういう出来事とか、そういう、なんなら芸術として見たことあるか聞きたいし、なんかこう、ちょっとそういう意図ですね。
いっぱいでもありますけどね。
本当、私なんかパッと浮かばんのよね。みんなの話聞いよったら、私もあるかもって思えるかもしれないなと思って。
まあ、就職することとか、人生の大きなことって大体そうなりがちというか、結婚すること、離婚することとか、借金したこととか、そういうのって全部そうなんじゃないかなっていうか。
知らなかった時に戻れなくなるだから、知らなかった時は幸せだったのにってこともあると思うよ。
知ってしまったがゆえに、なんか確かにね。
意外とでも少ないですね。知らなかった時、知らない方が幸せだったことって、なんか。
よっぽどの衝撃ですよね。なんか、さっきユン君が言ったみたいに、結局いろんな経験って結婚する前と後でも別の世界にいるけど、自覚としてそうかってのと別じゃないですか。
例えば、借金一つとっても、借金したことで借金するってどういうことかっていうのを知っている自分と、借金する前だと自分は別物だから、もう戻れないし、借金という解像度が上がっちゃってる状態、リアリティみたいに持っちゃってる状態っていうのからはもう戻せないから、変わってんだけど、変わったなって自覚できるかは別ですもんね。
だから衝撃もセットなんじゃないですか、この場合。
なんか、確かにそれをできなくなったじゃないって怒られたことがあったわ、そういえば。なんか、若いときにおばさんにフィギュアスケートめっちゃ応援してて、で、なんか、私、習い事があんまできなかった家に育ったけ、なんか、そういう嫌味もあったんかもしれんけど、
なんでお金持ちがやってるフィギュアスケートを私たちみたいな貧乏人が応援するんだろうって言ったら、おばちゃんが、もう楽しめんくなったやないねって言われたんよ。
06:06
はいはい。
で、なんか、ちょっと素朴な疑問だったんだけど、その、おばちゃんはそれからなんか、もうフィギュアスケート楽しめみたいな感じで言われた。
みんな思ってるんじゃないですかね、それ。
思ってる?
それに関して言えば。
思ってなかったけん楽しめとったのに、その、別に構造を知りたくなかったっていう。
その当時は、なんか、なんか言われたぐらいだったけど。
確かに、構造に、その裏にある構造とか、なんか、背景みたいなものを知った瞬間変わるって結構ありそうですね。
あの、あれとかもそうじゃないですか、コーヒー豆をさ、労働作品されてる人たちがいて、みたいなことを知った瞬間、なんか、ちょっと飲みづらくなった。
確かに、フェアトレードのね、ことを知らないときは、あ、安い、うまいって飲んでた、みたいな。
フェアトレードで、あの、ちゃんと仕入れたコーヒーですよって歌って売ってるものってあるじゃないですか。
それ知った後は、確かに、あの、ちょっとなんか、いい気分で飲めなくなったコーヒーもあるけど、より、あの、いい気持ちで飲めるようになったフェアトレードのコーヒーもあるわけじゃないですか。
だから、なんか、思うのが、その、洗練されてるだけで、不幸になることってほとんどないんじゃないかなと思うんですよ。
え、じゃあ、さっきのおばちゃんは、不幸にはなってないと。
うん、だから、俺から言わすとですよ、本来、楽しまなくていいフィギュアスケートを楽しむ必要がなくなったっていいじゃないですか。ぐらいに、なんか、思っちゃうんですよね。
だって、そういう裏側も知ってこそ、知って、それでも、フィギュアスケート好きだったら、本当に好きだって思っていいと思うんですよ。
言っていいと思うんですよ。
確かにね、別にフィギュアスケートそのものがね。
そう、そんなことで揺らぐんだったら、所詮その程度しか好きじゃなかったんですよ。
だから、そのフィギュアスケートを追いかけてた時間、別のことに使えるじゃないですか。本当に好きなことに使えるんじゃないかなと思うんですよね。
本当の好きに出会うね、一歩になったとも言える。
と思うんですよね。なんかその、結婚、離婚、まあ離婚とかっていうのも本当にそうだと思うんですけど、結局結婚ってこんなもんだなとか離婚ってこんなもんだなっていうのを知れば、より男女関係に関して深く理解することができるわけじゃないですか。
まあでもそれでも、やっぱ結婚っていいなって思うのか、自分には結婚ってあんまり意味なかったなっていう。
まあでも確かにさ、それをやらなかった時にはもう戻れんね。
そうなんですよ。
離婚しなかった自分には戻れんね。
09:00
離婚したその瞬間は確かに不幸かもしれないですけど、でもその後の人生考えたら、より洗練された世の中の見え方で生きていくことができるわけですよね。
まあでもその時に、その認識だけは洗練されて、でもそれによって社会のレールから外れていくみたいなこともあるじゃないですか。
例えば僕っていうと、もう二度と会社員できないと思うんですよ。
それは会社ってこんなもんだなとか、大体組織とか人が集まってとか、こうなるとこうなるなっていうのが、一個の事例じゃなくて何十みたいな事例を外部から見てきたりとか、
自分も働いてみて思ったりとかして、もうめっちゃ再現性のある、人間が集まると所詮こんなもんかなみたいな諦めが出てきた時に、もう会社員できるなっていうのはすごくある。
認識としては洗練されてるけど、生きづらさでもあるじゃん。
確かにさっきのフィギュアスケートが好きな方が、みんなと共有できたよね。あの人が優勝したねとか。
でもみんなと共有できなくなるっていうマイナスが。
ただ毎朝会社に行けば、毎月給料振り込まれるっていう生活はもう、いい面もあるじゃないですか、実際。それをすることはもうできなくなったわけですよね。
そうそう、ストレスに。
だから自分で一生懸命考えて何が金になるかっていうのを、いろいろ考えて偽善に稼いでいくっていうやり方しかできなくなっちゃったわけですよ。
道が一個なくなっちゃったっていう感じがするよね。
そういう意味だ、確かに。
で、あと自分で言ってってさっきその話、結婚のお話に戻るんですけど、これまた婚活史上でよく言われる話ですけど、
特に男性もあると思うんですけど、特に女性で、ずっといろんな人に出会いまくると、だんだん理想だけが洗練されていって、
でも実力は、年齢はいけばいく、どうしても下がっていく、人気はなくなっていくので、理想だけがどんどん洗練されていった結果、結婚という目標に届きつけなくなってしまうっていうことはよく聞きますよ。
目だけ超えていくってやつでしょ。
そうそうそうです。
確かに。
それこそが言ってたことなのかな、お題の。
お題がね、意外にそういうことはたくさんある。
やっぱよくよく考えたらあるなと思います。なんか洗練された結果、悪くなることって。
それで言うと、自分は組織に勤めたことないから、永遠に働いてみたいなって思ってしまってるから、働いた瞬間も、自分がみんなと働いてみたいな頃には戻れなくなるってことよね。
12:12
そうですね。いろいろ思い描くこともできなくなりますよね。こういう感じなんかなとか。
そうそうそうそう。なんなら自分も意外にバリバリやれるんじゃね?とか、そういう期待はもうなくなるよね。
確かに。
構造を知るとか現実を知るとかっていうのは、ちょっと戻れんくなる一個の事柄かもね。
選択肢があればいいんですけどね。結婚しないという、まあ選択肢はあるけど、認識としても結婚しなくていいやって思えたら、
なんか婚活でいっぱいいろんな人を見て、嫌な思いを例えばしたとしたらとか、なかなかマッチしないなっていう現実を直面して、
結婚いいかなって思えたら何も問題ないけど、結婚をでもしたいんだよねって思い続けてると苦しいとか、フェアトレードの豆を買うお金がないとか、
辛いみたいな。コーヒーを飲みたいけど安いコーヒーしか飲めないみたいな。
正義を貫きたいけど、こっちに実力がないと正義を貫き続けることはできないってことですよね。
そう。
ということは実力がないうちは知らない方が、知らぬが仏ってこと?
本当そうだと思うんですけど、子供の教育においてですよ、例えば性教育とかお金の教育、これは意見分かれるところですけど、とかをあえて教えないとかってあると思うんですよ。
お金とか性のことって使い方間違えたら大変なことになっちゃうんで、だから一旦は例えば中学生になってからとか高校生になってからとか、早い段階から教えないっていうことは実際ありますよね、教育現場においては。
なんかそれで言った、私高校生の時に人権的な授業があったの覚えてる?なんか、童話学習だっけ?
ありますね。
今あるのかちょっとわかんないけど。
あれって全国やってるんですか?
やってる。
九州だけ?
わかんないよ。
自分もやりましたよ。
北九州とか田川だからやってるとかじゃなくて、全国やってるのかな?
全国、いやでもわかんない、基本ここには北九州と田川の人しかいないので、わからないけど、なんかその時私は先生に、私知らんかったのに、知ったら余計色眼鏡で見ちゃうじゃんみたいな、なんでわざわざ教えたみたいなことを、なんかすごい批判したんよ。
この地区の人がブラックだみたいなやつですか?
そうね。
てかそのブラックの人がいますっていうレベルで知らなかったのに、わざわざそれを教えることで、私は急にその人たちを意識してしまったじゃないかと。
15:07
今まで全くそんな人がいるって思わずに友達になり、関わってきたのに、みたいな、いらんことして、みたいなことを先生に言ったんよ、授業中に。
そしたらその先生が、のんちゃんの言いたいことはわかるよ、みたいな、20代の女の先生やったんやけどさ、でもね、本当に差別的に思っている人に教わったりするのを避けるために、今できるだけ、その先生曰く正しい認識を伝えるんだよって言われた。
なるほどですね。男の子がアダルトビデオで教育、性教育を受ける前にちゃんと学校から教わるっていう。
その通りです。
確かに。
その通りです、本当に。だから、知らないっていうのは、最初に出会う人が教師になってしまうっていうことを先生は尊く。
面白いね、確かに。
ビジネスとかもそうじゃん。最初に出会う人は、ビジネスってこうだよって言われたらさ、そんなもんかとか思ってしまうと思うよ。
だから、結構、基本の部分は知っとったほうがいいんかなとかも、今は思うけどね。
でも、その先生、めちゃくちゃそうだな、本当に。いいこと言うな、その先生は。完全論破された。
私もだよ。だから、その時、グーノ・デモデンクって、わーってシューンってなってる。
でも、言ってよかったと思う。教える理由をある意味言ってないから、向こうの。
でも、やっぱりね、そういうパンって言われたときに返せる言葉をあんまり私は持ってないから、おーってなったね。
その返しはなかなかできないですよね、確かに。
でも、ずっと考えてたかもしれないですね。自分でも先生自身も、なんで自分がこれを教えるんだろうっていうのを考えて、でも教えないといけないから、何とか折り合いつけた結果がその答えかもしれないですね。
確かに。あと、その先生、大学の時、文学を専攻してたんだって。
だから、言葉とかそういう伝えるとか、結構深い理解とか学びがあった人なんかもなって、今思うけどね。
だっけ、でも今思えばね、余白持っとけば結構いいんじゃないって、この人はそう言ってるなって思うほうが、なんか重要な気もするんよね。
そっちのほうが結局コードだから、多分できないんでしょうね。
18:02
なるほどね。それどう教えるってことやろ。この人言ってることもそうかもな、違うかもなって思いましょうとかいうことのほうが教えるのがむずいってことよね。
多分そうなんでしょうね。しかもそう思ってたらやっぱ熱狂できないんでね。
そうなんですよ。
熱狂できないんですよ。
どういうこと、熱狂できない。
例えば最近の流行りで言うと、外国人移民、移民反対とかにすると、でも移民いいかも、本当は反対やけど、でもいいかもとか思ってたら、熱狂しないからデモとか起きないんですよ。
ダメだって思い込めないから。
ダメだって、移民は絶対ダメだって思い込まないとデモは起きない。
それがいいかとかはちょっとわかんないですけどね。
でもデモは起きるけど議論はできんよね。
そうですね。
かといって、じゃあ日本中みんなで議論できんけさ、デモのほうが効果的よね。
効果としてはデモはいいと思うけど、それが考えられた結果なのかみたいなのが結構ある。熱狂してデモに参加してる人もいるじゃないですか、特に考えてなくて。
なんか熱狂せんな参加するのは難しそうじゃない。
だから論理的にちゃんと考えて、これデモが効果的だから、よしアイドルってやってる人っていうのがどれくらいいるのかって言うとあんまりいなさそうだなっていう雰囲気はしますよね。
中数の人たちはそうなのかもしれないけど、なんか結構ムーブメントみたいになってるときって、もうほぼ意味わかってないけど熱狂して、なんかさっきの外国人の例であれば、なんかもう雰囲気でそう思って、そうだってなってるけど、じゃあ説明してって言ったら説明できないみたいなことがよくありそう。
でもそう言われてみれば、自分はあんまり熱狂するタイプじゃないかもしれないなって思う。
そういうの冷めてるっていうのかな。
冷めてるわけではないと思うんですけど、冷めてるようには見られるでしょうね。
肌から見たら。
心の底から楽しめるってなると、なんか音楽に乗るとか、身体的なものでしか無理で、誰かが身体的にやってることとか、論理で出来上がってる政治の世界とかは、なかなか熱狂できるんだよね。
わー雪だーとかまだ熱狂できるっていうか、わかる?わー私の好きな音楽がかかったとかいいけど、なんか単純に政治とかで熱狂できないし、誰かがスポーツしてるとかでなかなか熱狂できないっていう。
21:03
ちなみにですけど、自分は、わー人が集まってるって熱狂できるんで。
してるよね、いつもしてるよね。
何主張してるとかはもう関係ないです。人が集まってたらもうおもろいじゃないですか。
でもなんかその、なんだろうな、信じ込んでるっていうよりは集まってる盛り上がりになんか参加してるだけでしょ、それは。
まあ自分はそうですね。だからもうあの。
乗ってるだけよね。身体制に近いよそれ。わー人がいっぱいいるって雪が降ってると一緒で。
近い近いです。
熱狂に参加するのおもろそうみたいな感じですよ。
そうです。だからもう全然あの話はそれるってところではあるんですけど。
いやいやでもわかるよ、なんかでも非日常に対してなのかなと思うもん。
うんうん。
そうですね。
なんかついつい矢島してしまうもん、いろんなものに。
うん。
めっちゃ消防車来てるって言ったらわざわざ行っちゃったりするんよ。
行きますね、自分も。
上水くん行く?
わざわざ行かないですね。来てるなーって言ってちょっとざわつきはするけど、わざわざ行かない。
でも台風の日とかは出たくなるかも、家を。
あー。あとなんだっけ、あの自己物件のサイト知ってる?
はいはい。
自己物件のサイト見るだけでなんか収まんなくて見に行ったことあるよ。現地に。
いいっすね。
外から?
うん、外から。あのなんか本当は真っ黒やんとか言って、そういうのとか見に行ってしまう。
なるほどね。
うん。なんやろうね、あれね。洞窟とかあったら入っちゃうタイプやもん、たぶん。
洞窟とかも、でも何個も入ったらもう興味なくなるんだろうなとか思ったりはしますけど。
そうやね。
どうせずっと細い暗い道が続いてるだけっていうのを一度で、それこそタイトル通りですけど、一回知ってしまったら。
知ってしまうとさ、人にさ、洞窟入ってみたいな、いや大したことない、全部一緒だからとか言ってしまうんじゃろうね。
そうなんですよね。
確かにね。
え、経験ある?上水君。
いやもう何とでもありそうですよね。だから洞窟一つとしても、なんかちっちゃい頃防空壕みたいなのがアトッチみたいなのあったから入ってましたけど、やっぱりもう大体こんなもんか。
だから経験しちゃったことは大体こんなもんかって思ってしまうみたいな。
よくないんですけど、だって毎回違うはずだから全部、すべての防空壕は違うはずなんですけど、でも過去見た防空壕とのなんか共通点を見出して、
大体こんなもんかってなるし、小乳洞に行ってもそうだよな、小乳洞に行って。
ここの小乳洞いいねえわ、やっぱマニアっていうか。
そうなんよね、本当に好きな人。
24:02
なっちゃうから、めちゃくちゃ興味がある。つまりめちゃくちゃ解像度が高くて、その差異がわかるものはいいけど、そうじゃないほとんどの物事については、
大体こんな感じだなみたいに思ってしまって、もう戻れなくなって、熱狂できなくなっているって感じですかね。
なんか汁系の遊びは、もうそうなっちゃうんでしょうね、たぶん。
いやでもわかんない、その、なんか10年とかゆすぱんになるけど、10年ぐらい同じことをやると、小さな差異がめちゃくちゃ喜びに変わるという感覚があるんよ。
うん。
だっけ、解像度がめちゃくちゃ細かくなって、みんなが気づかない小さな変化を自分だけが知っているみたいな、マニアなんだろうね、本当。
10年続けたくない。
いやでもね、なんだろうな、なんかこう、10年、20年スパンで続ける安定感って、その自分だけの知っている差異の中で生きていけるというか、
だからみんなから見たら同じことをしているように見えるんだけど、自分だけにある差みたいなもので満足できるから、
なんかその、なんだろうな、本当に自分だけの充足感を手に入れるっていう感覚だよね。
職人とかそうじゃないのかなって私最近思ってて、ずっと同じカゴ作ってます。
えーよくできるなって昔思ってたんだけど、わかる、毎日同じものを作ってるんじゃないんですよってそのカゴ職人の言葉が今すごい響くよ。
めっちゃわかるみたいな。
なんかだからその、誰もが見てわかる差異の中で、もう生きれなくなるって感じ。
だからその刺激が変わるんだけどね、たぶん。でっかい刺激とかじゃなくて、自分の中だけにある刺激なんだけど。
なんでそのでっかい刺激、小さい刺激に反応できるようになるっていうのはわかるんですけど、でっかい刺激が無理になるのかわかんないですよね。
無理ではないけど、その、なんだ、みんなが知ってるっていうことにあんまり、あーそうそう刺激やねーみたいな。
なんか、自分だけがわかる刺激にたぶん充足感があるんじゃないかな、説。
自分だけっていうのが重要ってことですか?自分だけが知ってるっていうのが。
まあ共有できないという悲しさってかあるのか知らんけど、相当興奮するっていうのはわかる。
あ、やば、なんかもう20年やってるから。
27:01
具体的にどんなことですかね。
難しいな。
事務所の前の様子とか。
ありますよね。のんさんが言ってるやつもなんかわかるっていうか、僕で言うと2年半くらい毎朝Xのスペースでライブ配信してるんですけど、朝礼みたいな感じで時間決めてやってるけど、
その中身みたいなものがずっと、もともとは誰かと話さないと間が持たないとか、台本がないと間が持たないみたいになってたのが、今は何にも決めずにスイッチオンしたら15分間さらで喋れるとか、
だんだん自分の中、極端な大枠の変化を言ってるけど、毎日ちょっとした変化みたいなのが起こってて、同じ15分であってもなんか変わってきたなとか、朝起きるの苦手だったけど自然と朝起きてる自分がいるなとか、変化みたいなのがじわーっとあるみたいな喜びとかはわかるけど、どうなんだろうな。
でもね、どの説明をしてもその人の中にしかないから、多分共感はできないよね。例えば今の上水くんのXのスペースの朝礼も、自分が別、全く異なることで想像することはできるんだけど、上水くんがやったXに思いを乗せることは不可能じゃない。
だから、いやーなんだろう。
あれに近いんじゃないかな。目盛りを100まであるとして、目盛りが。0から100まで。で、大きいイベントとか100とか。日曜が10、20とか、結構大きな振れ幅があるみたいな。
だけど、その今言った朝礼だとか、日々の営みの中でってのは、10と11の間を行くか行かんかみたいなことを毎日やってると、その1のところが100ぐらい刻み始めるみたいな。10と11の間で十分刻むから、今度100とか行っちゃうと、80と100の区別がつかんみたいな。
もう、10と11の区別でめちゃくちゃそっちに行っちゃってるから、意識が。80っていうのはもうちょっと桁がわけわかんない感じになってくるから、バーンって。だから80と100ってすごい派手なんだねみたいな、今度買い物が荒くなっちゃうみたいな振れ幅に。
祭りみたいなくくりになっちゃうとかなんか。フェスとこれとこれとこれとは全然違う祭りでとか。
そういうことか。なんか途中で。
なんかそういう単位が変わるんじゃないかな。
ねえ、ちょっとわからんけど。
0.何歩刻みを見るときと10刻みを見るときで、たぶん脳が切り替わってるかもしんないですね。
どっちが好きかとかどっちが慣れてるかとかによってどう反応できるかが変わってくるってことですかね。
30:04
どっちもバランスよく取り入れてる人とかどれくらいいるのかがちょっとわかんない。どっちかに寄ってる気がしますよね、なんか。
どっちも取るのがやっぱ人生楽しそうやけどね。
もちろんもちろん。
どっちも取れるのもいいけど、でも向き向きがあるんじゃないかなって思うんですよね。
とよりね、手に入れることと、さっき言った改造1から、何だっけ、1.5?ちょっとごめん。
そのメモリがめっちゃ細かい方は結構長い年月を必要としてるから、
老後のためにやるみたいな体力がなくなったり、大きな刺激を得られなくなる準備として、小さなメモリを20年間で育んでおくみたいなのはおすすめ。
ごめん、どうでもいいね。なんでおすすめしようかわからんけど。
なんか、わーとか旅行に行けんくなったけど、めっちゃちっちゃなメモリで幸福にもしなれる、幸福っていうか充足感、私的には。
充足感が得られるのなら、それは何歳になっても得られる。だから職人ってほら、最後までやったりするじゃん。
若さに関係しないっていう意味で、自分はすごい良いなと思うけど、めっちゃ習得するのに10年以上はかかる。でも2年、3年でも得れるものあると思うし。
そのゾーンはずっと単位が細かくなり続けるから達成がない。道はそうですよね、なんとか道は。
そうかもね、なんとか道がそうかも。
まだ完成してなくて、ずっと解像度が上がっていくから、いやいや、まだ最初の歩き方からやってます、みたいな。そこからやるんすか師匠が、みたいなことがある。いやまだ完成してなくて、みたいなことがよくある。
そうそうそうそう。
完成がない世界ですよね。
でもやっぱりホームランとかいう世界じゃないから、誰かと共有したりとか、誰かにホームランだねってなんないじゃん。
なんないですね。
だから加護職人も不機嫌そうに言ってたもんね、質問されて。毎日同じことやってんじゃねーよ的に言ってたから、イラッとするのかもしれんけど、共有はできないからね。
共有はできないですよね。
派手さがないですもんね、周りが見たときのね。
だからユンとかはほら、DJとかやってるから、もうDJやってない自分には戻れないでしょ。DJのない世界。
うーん、まあどうだろう。まあ趣味で続けてますけどね。DJ、いや戻れる気がするんですよね。別に。もちろん好きなんですけど、好きでやってるんですけど。
33:25
そうか、戻れることまで話せんかったね今日。刺激を受けた、驚きを受けた、けど戻れるってのもあるね、確かに。全然あるわ。
だからやっぱそれを知って世界が変わったみたいな、見え方が変わったみたいなことだと、戻る戻らないっていうか、戻れないよねっていうやつだと思うんで。
なんかそれをし続けることに負担が大きいと、まあこれでいいや、今ちょっと思った例え話で言うと、すごい高いヘッドホンを使ってすごい良い音出るとするじゃないですか。
でもずっとそれ使いたいけど、でもそのヘッドホン重いし、夏とか暑いし、まあ出かけるときはこのiPhoneに付属してるイヤホンとかでいいか。戻れてる。
だからその、それをし続けるのに負担が大きいわけですよ、いい音を聞き続けるためには暑さとか不快に耐えないといけないというか。
たしかに、たとえばお金がかかるとかもあるよね。もう一度来たこのセーター、着心地良すぎてでも高いってなると、もう戻るしかないよね。
そうなんですよ、負担がかかると。で、実際そのしょぼいイヤホンとかまあ安いセーターで、まあそれなりに快適だったりするじゃないですか、結局。
で、いつの間にか戻ってきたなみたいなことは結構あるかなと思ったんですよね。
でもその、わー、このiPhoneに付属してるイヤホン、いいわーには戻れん。妥協してますってなるじゃん。一度知ってしまってるから。
最初からうわーいいわーとはなってないでしょ、たぶん。そもそも安いものだってわかってるから。
まあ金額の割に結構ちゃんとしたねとは、たぶん最初もそうだし、戻ってきてからも同じような感想を抱くんじゃないかなと思いますけどね。
でも自分結構それだから、メモリが長いんじゃない?100均のイヤホン付けてた人からしたら、わーいいわーってなるんじゃない?
まあ機能の差は結構難しくて、現代はね、割と安くてもちゃんとしてるやつとかは、たとえば80点出してて、100点を頑張って目指してるヘッドホンがあってみたいな、この20点の差とかだったら妥協できるし、なんとかなるかって感じだけど。
36:06
まじクソみたいなイヤホンで、20点でこれいくんだったら重たいけど100だなみたいな、差が明確だったらいいけど、じゃあ差がつかなくなってる気がするよね、そこまで。
機能系は戻れるね、確かに。
もうちょっとだからさっきのノーじゃないけど、音に乗りたいが乗るってことがわからない世界と、乗るってことがわかった世界みたいなのは、まあわかってんだけど乗れないねみたいなことは乗らないねっていうのがあんまりないというか、乗る感覚があるからこそ、なんとかなるか、今日は乗れなかったとかっていう、なんかちょっと感じが出てくる。
その乗らずにノーをやろうとはもうできないかもね。
ねえねえねえ。
でもノー自体をやめるってことはできるっちゃできる。
それは全然できるんじゃないですか。
行為の話だから。
てか最後人は死ぬから全部やめるんだと思うんで。
基本的にはやめれるんだと思うんですよね。
そういう感じ。全部持ってくんじゃなくて全部やめる。
やめざるを得ないからやめちゃうんだろうなと思う。
しんどいなとかなるから。
そうね。だから俳句とか仙流とか最後までできるんだろうね。
脳みそ動けばできるので。
でもそうね、脳みそ動けばだね。
どうでした?今日話してみて。
一度知ったら知らなかったとき戻れなくなったこと。
まあいっぱいあるってことか。
無数にありますね。これって結局。
でも美術館行ってそれを感じたことはまだ私ないじゃんね。
私やっぱり芸術にまだ疎いのかも。
それぐらい洗練された人になりたいですね。
美術館で感じれるぐらい。
美術館で感じれない。
美術館に来てるということは分かってんだけど、
ノート一緒よ多分。
10年通えば分かるんじゃない?
かもしれないですね。
美術館に。
でもダメ。構想を見ちゃうかも。
逆に戻れなくなるかも。
アイディア的な面白さが感じられなくなっちゃうかもしれない。
技法ばっか見てみたいな。
一回だけ思ったことがあるのが、
地下鉄に書いてましたみたいな、
キースヘリングの
来てますとか言ったことあるんだけど、
読めば読むほど、キースヘリングさんは
大衆に見てほしいみたいな。
芸術は大衆のためにあるんだみたいな主張がすごい書いてあって、
今大衆見れんとこに飾られとうなって思ってしまったよ。
でも別の美術館ですよね。
入場料はやっぱり2、3000円しちゃうし、
まずそれをやってるってことを知らなきゃいけないし、
これは地下鉄七駒線に飾ったほうがいいんじゃないかって思うぐらいの主張やったよ、キースさんが。
39:05
だからグラフィティーやったってことですよね。
そうそうそうそうそう。
だからあれ?美術館は美術を理解して、
芸術家のことを理解してるとするなら、
これは七駒線に飾ったほうがいいのでは?
でもこの絵は輸送され、お金がかかり、いや無理かって思ったら、
美術館を楽しめなかった。
なるほどね。
基本でもそう考えると、アート界隈とか閉鎖的で保守的で、
すごく村社会みたいな感じだと思うから。
そうなんだ。それ知りたくなかった、今。
それは全部、医療系もそうだし、教育系もそうだし、
すごい閉じた村のしきたりで勝手にやってるなみたいな感じがある外部から見ると。
それに気づいたら、もう参加できない。
僕、コミュニティに参加できないのはそれですからね、基本的に。
無駄だな、みたいな。なんか嫌だな。
なるほどね。
閉鎖的に自分たちのルールで何かやってるなって思っちゃうから。
もちろんそこの積み上げたやつあるけど、あるし、
それを守っていかないといけないみたいなのもあると思うけど、
すごい内輪だなと思って。
でも集まっている本質的な意味すら変わっているときは、
それはもう集まっている意味はあるんだろうかって私は思ってしまうよね。
時と場合に言うけど、さっきのノンさんの例とかはまさに本末戦闘じゃないですか。
作家はその外に飛び出してやったのに、結局その閉じた場所で飾られて、
ありがたいものみたいにしてるけど、
大衆に開かれた作品だったんじゃないのかっていう部分みたいなのは、
気持ち悪さが残りますよね。
そうね。
今上水くんの言ったことを聞きたくなかったから、戻れんかな。
なんかアートはそんな利権とか感じてなかった、私は。
利権とか閉じた村。ノンってそうじゃないの。閉じた村になってるんじゃないですか。
どうしてもしょうがないけど。
脳は閉じてるね。
しょうがないけどね、それは。
言って方を守ってやっていくためには閉鎖的にならざるを得ない部分ってあると思う。
そうだね。
そうです。
ということで、今日はちょっと疑問が残った。
いろいろまたお題に飛び火しそうな感じだな。
また考えとくね。
最後まで聞いていただきありがとうございます。
お聞きのポッドキャストアプリで討論カフェを番組フォローしていただけると番組更新のモチベーションになります。
ぜひお願いします。
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