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ずっと2人でしゃべり続ける委員会のメンバーとどのように意見交換すればいいのか【ふたりがたり3】
2026-04-29 42:03

ずっと2人でしゃべり続ける委員会のメンバーとどのように意見交換すればいいのか【ふたりがたり3】

意見交換できない委員会の悩みから始まり、組織が人で動くかルールで動くかまで話が広がる。一人で立ち上がれば粛清される。耐えれば心が疲弊する。その間をどう生きるか、選択肢を持っておくだけで、少し楽になれるかもしれない。


⁠⁠⁠ふたりがたり⁠⁠⁠」は、ディスカッションの学びの空間「Dコート」で子どもたちが発した印象的な言葉をテーマに、のぞみと上水が語り合う企画です。


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サマリー

このエピソードでは、委員会のメンバー間で意見交換ができないという小学生からの悩みをきっかけに、組織におけるコミュニケーションの難しさや、人がルールで動くか人で動くかといったテーマについて深く掘り下げています。特に、少人数の委員会で一部のメンバーがずっと話し続けてしまい、他のメンバーが意見を言えない状況は、大人でもよくある会議や職場の人間関係にも通じる問題として議論されます。単に我慢するか、あるいは反抗するかという二極端な選択肢だけでなく、状況を観察したり、無理なく参加したり、あるいは「行かない」という選択肢を持つことの重要性も語られます。さらに、組織の運営においては、ルールや図で明確に定義された「ルールで動く」組織と、カリスマ的なリーダーシップに依存する「人で動く」組織のどちらに偏るのか、そして日本においては「人で動く」傾向が強いこと、組織図の理解や活用が難しい現状についても考察されています。最終的には、人形を使ったケーススタディのように、抽象的な人間関係や組織の問題を具体的に「見える化」することで、より建設的な意見交換や問題解決につながる可能性が示唆されています。

委員会の意見交換ができない悩み
みなさん、こんばんは。ふたりがたりのお時間です。 小中高生対象のディスカッションの習い事Dコードの中で印象に残った言葉をテーマに、のぞみと上水の2人で価値観の交換をしていきます。
お願いします。 今回はずっと2人でしゃべり続ける委員会の生徒とどのように意見交換すればいいかについてお話ししていきたいと思います。
はい。ちょっと全然、わかるようなわかんないような。
そうだよね。これはね、小学校5、6年生だったと思うんだけど、の女の子の悩みだったんだけど、なんか小学校も委員会があるらしいよね。
ちょっと詳しくは私も。
あったような、なかったような気がしますね。我々の頃もね。
生徒会ではない感じだった。なんか、なんとか委員の集まり。
理科委員と図書委員とかですかね。そういうやつ。
何委員だった?
僕、図書委員と理科委員ととか、いろいろやりましたよ。あと委員長もやりましたよ。
え、すごい。
小学校のときに委員があったか覚えてない。
なんか私ね、委員の記憶が。
係みたいなのがあったでしょ。
そう、生き物係だった、私は。
だから、生き物係みたいなことがいたりするんだろうなってのは、ありましたよね。係がね。
委員ってのは、ちょっとわかんないな。
まあ、とにかくでも、そういう担当している委員が、
そのときはね、たぶん4、5人のイメージで話してたと思うんだけど、その委員自体はね。
で、そのうちの2人がね、委員の2人がとっても仲良しらしくて、
ずっと2人でしゃべり続けるから、その4人で意見交換みたいなのができないんですっていう、
なんかね、そういう相談をね、されたんよね。
で、まあ、私たちは長くディスカッションやってるけど、やっぱりその状況もわかんないし、テーマもわかんないし、その2人もわかんないから、
答えを出すというよりは、一緒に語り合い、どうしたらいいんかね、みたいな感じで話したんだけど、
まあ、これ上水くんどう思うかなと思って、今日持ってきたって感じ。
これさ、子供だけじゃない気がする。
ちょっとなんかね、その委員会みたいなものを、仮にこういうものとするっていうのは、ちょっと言いたいしたいですよね。
じゃないと、生徒会でもないんでしょ、だって。
生徒会でもない。
でも、生徒会みたいなもんと思ってたらいいんですかね。
そうね。でも、いいんじゃない?
学校のことを、4人ぐらいが何か決めなきゃいけない場。
ちょうど生徒会って、一般的にそんな感じじゃないですか、会長と副会長と初期副党みたいな感じで、4人とか5人のとこ、結構あった気がしたから、
そのイメージで話していきましょうかね、いったんわかんないからね。
そうだね。
で、そのうちの2人が仲良しで、ずっとしゃべってる。
そう。
このときのしゃべってるが、関係ないことずっとしゃべってるのか、
生徒会に関係あることを、2人がもう事実上決めていってて、みんなの意見を聞いてもらえないのか、でも、ちょっと話が変わりそうな気がしましたね。
そうだね。内容だよね、しゃべってる内容だよね。
でもね、そのとき聞いたときの、一応話ではおしゃべりみたいね、やっぱり。
だけど、全く関係ないとも言えないみたいな、わかる?
委員会で話してるのを派生した話もあるじゃない?
ありますね。
だから、なんていうかな、注意するにはきわどいけど、かといって確実にその委員の意見交換ではないってことは確か。
なるほど。
いや、難題を持ってるよ、ほんとに。
あとは、いま一般的に委員長とかね、そういうのがあるのかちょっとわかんないんだけど、その子は自分が委員長だって感じはしなかったよね、言わなかったよね。
けど、その会には参加してる。
イメージ、生徒会にたとえるなら、生徒会長と一人初期とか一人副会長とかがめっちゃベラベラしゃべって、決めないといけないこと決めず、自分は初期ですみたいな感じなんじゃないの。
権限はないけど、そこまで。けど、一応、その中の一人みたいな状況。
そうかもね。
で、そのような生徒会で、そのような生徒とどのように意見交換すればいいのかっていうのは、
本人はちゃんと決めていきたいなって思ってるのに決まんないなっていう不満ってことなんですね。
そうだね。でも、ずっとむやむやしてて、
多分Dコートに通って、4人が4人で話すっていう経験をしたから、不満になり始めたのかもしれない。
ここではこんなにできてるのに、学校の委員会を思い出してみると、なんだこれは?ってなったけど。
ってなっちゃったかもしれない。だから、今までずっと腹が立ってたというよりは、
そういえば、あの委員会が2人でしゃべり続けてるな、なんかここでやってるみたいに4人で話せないかなみたいな、結構前向きな質問でもあるけど、
なるほど。
でも、やっぱりとっても難しそうな顔はしてた。
なるほど。こういう感じで委員会でもしゃべれたらいいのに、みたいなことか。
だと思う。
組織におけるコミュニケーションの難しさ
例えば会社の会議でも、例えば課長と、なんかよく一番課長と長く一緒に働いてきた人がひたすら2人でしゃべってて、
あとの人は黙ってるっていう会議が、なんか当たり前になってるとこも普通にあると思うよ。
で、なんか外部には、うちの社員しゃべんないんですよね、って言ってるやつでしょ。全然意見がなくて、主体性が、とか言ってるやつでしょ。
で、なんか、例えばだけど、そういって、もうバンバンみんなで意見交換してる会議を初めて見たときに、
あれって、うちの会議って会議じゃなくない?みたいな感じに似てる。
なるほど。闇深いやつだね。
そう。だから、何を話してるかで言うと、たぶん本当の意見交換だったら、私たちって入り込めるんかなっていう疑問もあるよね。
だから、空気を変えなきゃいけないぐらいの質問だと思うよ、これは。
そうですね。
だから、テクニックというよりは、もう本当に委員会の空気を変えないと。
そうね。その空気を変えるのに、本当に1、プレイヤーが頑張ってできるのか問題はちょっと感じますよね。
もうこれ、無理ですとは言えんやん、でも。
もちろん、もちろん。考えますよ。考えるんだけど、一般的に会社を想定すると、
だいたい権限がないとか権力を持ってない人が、正義観で何か目的がこうなってますよねっていうところから頑張って真面目にやっても、
面倒だなみたいな感じの扱いをされて、粛清されるっていうのが基本シナリオですよね。
だから、そうならない方法を考えると思うんですね。どうしたらいいのかを考えると。
でも、一つは、めっちゃ大前提やけど、自分はこういう、こういう、なんていうかな、
もう空気を変えるレベルでやらなきゃいけない状況のときは、
いったんこの状況を変えることはとても難しいことである。
それでもこのチャレンジをするかしないかみたいな。
なんか、いったんそこの決断がめちゃくちゃいるかもね。
なんとなくで、戦える相手じゃないぐらいの気持ち。
それでもしますか?
そうだね。要は何も変わらないかもしれないけど、それでもやったとやりきるぐらいの覚悟で臨むんですかと。
うん。
たしかに、それはそう。
だから、ある意味、ずっと2人でしゃべり続けているという、2人の日常をこわすことってもあると思うよね。
それでも重要な目的だと。
そうね。だから、自分の経験でいうと、中学校とかは、おかしいなと思いながらも、
一切声をあげずに、ただ耐えるっていうのを、また部活動ですけどね。
先生の言ってることは全部おかしい。人権の観点から見ると全部おかしい。
けど、言ったとて、むしろよりひどい人権侵害を受ける。
だから、そういう抵抗をする人もいたけど、ひどい目にあってたのを見て、同じことをするかって言ったらしない。
やるとしたら、みんなで講義に行く。
全員で行けば、部活が消滅するから、インパクトがあるはずだと。
デモと一緒ですよ。民衆で立ち上がろうって話は何回もしてるけど、誰も立ち上がらない。
今日こそ!って言うんだけど、放課後が近くなってくると、みんなトーンダウンして、
みんなで、今日は辞めるって言いに行こう、こんなのだったら辞めるって言いに行こうって言ったのに、
掃除時間とかが終わる頃には、今日も部活やるかって、
結局、3年生が引退するまで、それをやったんですよね。
理不尽を戦う予定はあったけど、
僕はそういう気持ちはあったけど、一人でやっても、粛清されるのが目に見えてたから、あまりにも強さがあったからね。
でも、無理だなって思って、3年間苦しみに耐えるざるを得ないっていう感じがあったんですけど、
それ以降の人生っていうのは、もう二度とそんな思いをしたくないなって思って。
声を上げてきた?
上げてきたというか、上げるべきタイミングで上げようみたいな。
上げるべきタイミングっていうのは、自分にとっては、思ったら言うとか言うのではなくて、
さすがにこのライン越えると、誰も幸せにならんやろって自分が感じたら言うみたいなスタンスで来たわけですよ。
じゃあ、自分だけが嫌だじゃなくて、その体制によって多くの人が犠牲になってるときとか?
そう、例えば会社なら会社で、その会社全体みんなが疲弊してて、あなた以外全員疲弊してますよみたいなこととか、
サークルでもいいし、コミュニティでもいいんだけど、あなたは気持ちがいいかもしれないけど、それはみんなの犠牲のもとに立っているから、
そしてそれはもう持続可能ならいい、ちょっとした犠牲のもと、みんなが犠牲になることもそんなに苦しいと思ってないとかだからまだいいけど、
明らかにみんな苦しいって思ってて、それこそ僕の中学校時代でしょ、みんなでやめようっていう気持ちなんだけど、
一人でやめると過度が立つし、後の生活がしづらくなるかもしれないとか、いろいろ考えて、
やめたくて仕方ないけど、一人じゃ抜け出せないみたいな状況になってたりするわけですよ。
これはよくないって思うから、そのラインに入ったなとか、入りつつあるなってときにはもう言うって決めてるんですよ。
いくつかの場面で言ってきました。ライブハウスとかベンチャー企業とか、いろんなとこで言ってきましたけど、あとコンサルでクライアント人とか、
だいたい全部、粛清されてます。
じゃあ、もう乱で終わったってこと?
なんかめんどくせえことを言ってきたなっていうので、あんなやついないほうがいいっていうことになっていくっていう。
なるほどね。
耐えるか、立ち上がるかの選択肢
だから、やっぱり権力者に逆らうっていうのは、やっぱり一人なんかいたとて邪魔者になってしまうので、
この場合も5人いて、2人がすごく仕切っている状態なんだとすると、
強いからこそ2人でしゃべり続けられるんだろうね。
で、残り3人のうちは自分が一人ですよね。で、2人は黙って傍観してるわけですよ。
で、どれぐらい不満かっていうのはちょっとわかんないから、2人が。
もしかしたら、めちゃくちゃ不満だったとしても、ひっくり返す意思があるかは別で、
耐えてたほうがまだいいっていうこともある。
このさ、耐えぬくっていう人たちが、結構私の周りにも多いんだけど、どういう感覚なのかなって。
嵐が去るのを耐えるみたいなのって、嵐が去るって信じてることでしょ?
そうですね。
すごくない?
でも、ここであったら、学生だから学校の終わりはあるし、たとえ会社員になっても定年退職で終わるじゃないですか。
移動で終わるとか。だから何年間かとか何十年かで終わりがあるって思ってるんじゃない?
なるほどね。
だから、耐えるという道もあるというか、卒業がある。
私の説ね、耐えてるうちに慣れてんのかなって思ってた。
終わりがあるから耐えられるんじゃないですか。
でも、また新しい状況にきっと出会うはずなんよ。
出会ったときにまた始まったなって。
それは私からすると、永遠に耐えてるんよ。
僕もそう思いますよ。
だから、あれ?慣れたから耐え続けることが可能なんかなとか。
いやでも、選択肢がやっぱないんじゃない?
粛清されてまで立ち上がるぐらいなら、耐えたほうがいいっていうのは場合あるじゃないですか。
そっかそっか、例えばグループから追い出されたりとか、罰を与えられたりとか、
すごい恥ずかしい目に合わされたりとか、何が起こるかわかんないもんね。
耐えるっていうのは自分の心だけは疲弊していくけど、何かイレギュラーなことは発生しにくいというか。
そうそうそうそう。だから一人になるっていうか、群れからはぐれるって結構本能的に怖いと思うんですよ。
そうだね。
だから、この委員会で、ざっくり4人としてよ。
この4人の関係はもうあと1年ぐらいで終わるから、じゃあもうやめよう、耐えぬこうっていう選択肢は、まず第一候補としてあるよね。
だと思いますね。だからこそ、世の中に権力が集中するんじゃないですか。
確かにね。でも、小学生の女の子が、何かできることはないかなって思ったそれをさ、選択肢の1つとして耐えぬくはあるけど、
なんかちょっと他の選択肢が少なすぎる気もしとるんよ。もっと考えたいみたいな。
覚悟がなくてもできる手段っていうのを提案したいですよね、今日は。
そう、だから別に私も、私はちょっと戦っちゃう系だし、破壊系だから、それも選択肢の1つだけど、ちょっと両極端なわけ。我慢するか破壊するかみたいな。
そうですね。僕も粛清を覚悟したときにだけ立ち上がるみたいなことしてるから、結局やっぱり覚悟決めたときに立ち上がってるみたいになってるから。
そうじゃない選択肢を改めて考えてみたいですね。
我慢でも破壊でもない中間的な選択肢
本当にこれはね、私の価値観だけど、やっぱりね、世界のレベルで極端にどっちかに行きがちだと思うよ。
なぜかっていうと、わかりやすくて、ある意味考えずに選択できるっていう意図もある気がする。我慢か破壊かみたいなのは。
でも私としては、こんだけみんなさ、言語も持ったし、比較的さ、話し合う時間もあるから、その間をたくさん考えたいんよ。一緒にね。
そこの間を考えずに、いつも破壊か我慢かみたいな世界に、実はすべてがそうなってんじゃないの?っていうときがある。
でも、あれはあるんじゃないですか、ひとつ。がんばらないっていうやつ。
なるほどね。
我慢でもなくて、やったふりをするとか。
そうだね、無理しない。
本当に心をそこに込めずに、返事だけ元気にやるみたいな。
とか、委員会に目的意識あまり持たない。過ごす。こんな経験もしたなぐらいで、コミットしすぎるから、我慢とか破壊とかになるのかもね。
2人がしゃべってる話にコミットすればいいじゃないですか。委員会にコミットせずに。
それは新しいね。
2人の話が、別に委員会としては何も前には進まないかもしれないけど、その時間はやっぱ苦痛に感じてるわけですよね。
だから、委員会とかも一旦置いといて、この場を楽しむ。
2人のしゃべり続けてる話にめちゃくちゃ興味持って、入っていかなくてもいいんですよ、究極。
入ってほしくないかもしれないから、2人が。けど、楽しく聞いてるとかでもいいし。
いや、入ってっていい気がする。
2人が良ければね。
なんならもう1つあるね。もう1人のことしゃべりまくる。
あー、確かに確かに。いいかも。
で、もう1人のことめちゃくちゃ盛り上がる。一生の親友になるかもよ。
その場をとにかく楽しむって路線に切り替えていくのは、いいかも。
これはだってさ、2人がしゃべり続けてるだけだから、僕のさっきの部活の例とかは、
顧問から支配されてて、いろいろな命令をされるわけじゃないですか、ひどい。
確かに。
だから、相当もういるだけで迷惑かかってる状態だけど、
ここだったら、本当は進めたいことが進まないぐらいの感じでしょ。
で、究極このプロジェクト進まなくても、別に何も世界は変わらないから、
まあまあ、こういうこともあるんだなっていう経験として、楽しく過ごせばいいのかなっていう。
そうね。で、逆にさっき言った2人の話に入ってくか、もう1人のことしゃべるってなると、
人を知るという経験はできるしね、このクラス以外の委員会の人の考え方とかさ、
そういうのを知る機会になるから、
なんか形式的に、はい、何か決めましょうみたいなコミュニケーションって、
意外にその人自身は知れなかったりするから、
形式的にやるべきだっていうのもないしね。
でももう1個、私だったら、案をもう考えてきて、
投票とかにする。
今日これ決めたくて、なんかアイディアが、
もう事前に1人ずつに聞いといて、
集まって話し合うんじゃなくて、ロビー活動する。
確かにね。
ないないさん何がいいんだ、ないないさん何がいいんだ、みたいな。
確かに。
うん。
それはいいかもね。
ここで例えば60分あるとして、
50分間雑談してもらって、
じゃあちょっと時間、きょうじょに決めないといけないからこれだけっつって、
そうそうそうそう。
結果を発表してもらって。
実はみんなから事前にいろんな声をもらっていて、みたいな。
取りまとめを別のところでやるはあるね、確かに。
うん。
いいかも。
意見交換できてるかってちょっとあれだけど、
でもまあ委員会が変革に進めてみればすごくいいやり方かも。
そうね。
てかこれ多分主流な気もしてきた。
会社員の方々は、できる仕事の組織人はやってるんだよね。
会議では決まらないから、会議の前に決まっていて、
いいか悪いか置いといて。
一応決まったよねって合意の会議で決めてないみたいな。
そうだね。
だからさ、その。
飲み会で決まってますから。
そうそうそうそう。
で、一応みんなの意見聞いてるからね。
半分民主主義なんだよね。
やはり透明性のない民主主義みたいな感じはするけど。
人間って感じですね。組織ってなんだと思うと、
まあでも人間のコミュニケーションって感じがします。
もう一つちょっとこう、あんまりおすすめはしないが、
組織のあり方:ルールか人か
いかないっていうのも一応選択肢にあっていい気がする。
どうすんの?体調が悪いとか?
いや、もういかない。
しゃべり続けるんだったら、私はいかないぞってこと?
何も言わずいかない。来てない、来てないみたいな。
普通に嫌われるんじゃないの?大丈夫ですか?
でも自分は守れるから。
ああ、その時間を無駄にしなくていいってことか。
ああ、確かにね。
いかないという選択肢を持って生きることは大事だと自分は思ってる。
嫌われる覚悟はしないといけないでしょ?
それは今の小中高生に進めにくいのは、
コミュニティがそこしかないからね。
でも大人になったら、その選択肢は結果次の入り口になるから。
大人になったらね。
無理してそのコミュニティに続けるっていうのは、
意外に自分のためにいかないという選択を持っとくみたいなのは、
選択肢持っとくだけよ。別に常にその選択をするというよりは、
その選択肢があるだけで、あるんだってことは知っときたい、自分は。
確かに。選択肢持ってるつもりはないけど、いかないときあるもんだ。
ベビーズ君はね。
笑ったらちょっといかないですっていうときありますもんね。
例えば私も、自分がコミットできなさそうだなっていうグループに2,3回、
たとえば幼稚園の会とかで、お母さんたちが一緒にやりましょうみたいなのとかで、
1,2回話してみて、これは私がちょっとどうも力を発揮できなさそうだ、もしくは合わなさそうだとか、
いろいろ感じることがあるじゃん。
そのときに相当早めに、すいません、ちょっと自分難しそうでって抜けるみたいな。
問題とか関係性ができてないうちに抜けると、変わった人ぐらいで終わるよね。
仲良くなってしまって抜けるのは、たぶんめちゃくちゃ難しいっていうか。
理由がけっこう明確に必要ですよね。
別にその人たちが嫌いとかでもなくて、ここはどうも自分と合わなそうだみたいなのを、
決断遅らせれば遅らせるほど、その組織への否定になるっていう、その難しさがあるなって。
そうかも、それはあるね。
でもそれをね、実際そのことどうするって言ってたのは、やっぱりあれだね。
まずなんか、委員会だるいねって。
どうする?委員会。
で、委員会のだるさをみんなで語るとか、
その委員会そのものにどう思ってるかみたいなのをまず話さないと、
いや、このままでいいって思ってるのか、委員会に来たくもなくて来てるのか、
なんかちょっと委員会に対してどう思ってるかを聞くみたいな作戦は考えてた。
それ本人も、あ、そうだなってなっててましたね。
というより本人のアイディアなんだけど。
すごいね。
まあいろんなアイディアを言ってるうちにね。
そんな感じなんだから、いいやったらいいと思う。
それさえもできない空気だったら、ちょっと何に真面目なこと言ってんだろうってなりそうだから、
なんかその空気次第ですね、そこは。
でも、委員会だるいよねって言いながら聞くは私のアイディアだから、
その子は聞き方はちょっとわかんないよ。
でも、なんかまず委員会どう思ってるか聞きたいみたいなのは言ってたね。
それはすごいいいアイディアだと思ったんだけど、ただ、
でも結構確信部分だから、聞き方がすごく重要だと思うんですよ。
この会社についてどう思う?とかさ、うちの部署についてどう思う?とかって結構、
聞き方によっちゃめちゃくちゃ、これの回答によっては大変なことあるぞと思って、
みんな本当のこと言わないみたいなことになるじゃないですか。
そうね。
例えばね。
この会議どう思う?とか言われて。
大事な会議なんじゃないですかねっていう人と、正直なんか話されてないし、
別にこの場合いらないんじゃないですかと言ったら、
どういうことだ?とか言われてる人がいて、やばい、こんなこと言っちゃダメなんだみたいなさ。
でも聞きそびれたけど、そこに先生がいるのか説で変わるね。
確かに。
先生がいたらさ、委員会だるくない?とか言えないもんね。
結構、人間関係って小学生時点から難しいね。
そうね。
上下もあるし、横もあるし、役割もあるし、簡単にはちょっと回答できんね。
物音、結局円滑に進めるみたいなときに、
ルールで、仕組みで設計して、その設計がわかるような人たちが、
自分ここのポジションですねって言ってやれるみたいな、放置国家みたいなパターンか、
一人のカリスマが、この人が言うんだったら全部聞きますっていうような、
人に権力が集中してる、別に書かれてはいないけど、
この人が言ったら決まるみたいな方向化っていう、
人が治めるか、ルールで治めるかどっちかじゃないですか、大枠で言うと。
あれはでも、目的が一致してる人が集まるみたいな。
でもそれ、目的っていうものを認識できないといけないですよね。
でも、ルールで縛るか、結局それもカリスマがいそうだね。
その目的を、声高らかに言わなきゃいけないから。
その目的を、めちゃくちゃプロジェクト検証みたいなものを書いて、
いや、今回のプロジェクトのスコープにそれ入ってませんよ、みたいなことは書かれてないから入ってないよ、みたいな話になったりとかする。
っていう書かれてる路線で言うか、それこそカリスマリーダーが、
それこそやろうって言ったらやる、みたいなこととか。
結局それは人が治めるのか、書かれてることの範囲で解釈してやるのかってことだけど、
これはやっぱりチームの、何でしょうね、
5人なら5人がどっちで動いてるかは認識しないとバラバラになりますよね。
例えば、リーダーが絶対的に強いってなったら、
事実上何が書かれてるか関係ないって、中小企業の社長さんとか結構多いじゃないですか。
組織図とか、全部無視して決めとるぞ、この人、みたいなのあるけど、
社長が言ったらそうだよね、っていうので動いてたりする。
書かれてることを無視したほうがいいことになって、あんまりこれ気にしなくていいっていう世界観になっちゃってる。
けど、ルールはルールだからって、やるんだったら別に誰が言ってるか、声が大きいか関係ないですよ、みたいな、
このプロジェクトってこういう役割分担してこうなんだなっていうので、
どっちが優先されるチームなんだっけみたいなことは考えたいけど、
どっちがイレギュラーかよね。
イレギュラーは多分、書かれてあることに沿って動けるっていうのは多分、何でしょうね、
全国の10%ぐらいしかいない気がするんですよ。
そうね。
だいたい何が書かれてるかよくわかってないみたいな人が多いと思うんで、
そうすると、やっぱり人にひもづいているので、誰が力が強くて、
この群れのボスは誰かみたいな感じになっていくんじゃない?
確かに。
でもむしろ10%がイレギュラーな可能性だよね。
そうだと思う。
9割が文字で組織や仕組みを理解なんかしないのが普通で、
この人を信用するみたいなのの連鎖。
この目の前の人を信用する。
目の前の人が信用してる人ならきっと信用できるだろうって言って、
信用するみたいな。
本来その連鎖で作ってきた組織と、
結構欧米的にちゃんと文字で、組織図で管理してきたみたいな、
その世界はもともと違ってたかもね。
世界観みたいな。
だから欧米の人も組織図を理解して動いてるみたいな人が多いのかな?
そうじゃないじゃないですか。
できる人はそうやってるだけで、できない人は別にやらないっていうか、
そこがめっちゃ分けられてるんじゃない?
出来もしないのにいないみたいな。
日本だとその側だけポンって入ってきちゃってる会社が多い気がするから、
めっちゃ書いてめっちゃ組織図ってなってるけど、
これ論理破綻した組織図だなとか、
なんならその組織図無視してるなとか、
もうじゃあこのいらんやんこれみたいなことがあるわけですよね。
なんかでも、組織図しっかりしてても売上げ上げれなかったら意味ないみたいな価値観はあるかもね。
だから売上げ上げて、売上げがしっかり上がるようになって、
安定したから組織図作ろうってなってるけど、
私は結構逆タイプで、
まず組織図作って、その組織図で今売上げがこれぐらいでっていう、
一番最初に組織図って作る感覚があったんよ。
結果を出し続けた結果、組織図とやらで整理する必要があるらしいっていう順番自体が自分にはよくわかんなくて、
だから規模が大きくなるから必要だってみんななってると思うんだけど。
実際ボスみたいな人の指示で動かせていたけど、人数が増えてきて売上げも増えてきて、
この人数だとちょっとボスが全部管理しきれないから、仕組みでちゃんとやらなきゃねってやってるけど、
今までボスの言うこと聞いてきた人がいきなり仕組みで動けるわけがないっていうのが僕の考えですね。
そしたら全部入れ替えた方がいいって思うって感じ。
仕組みで動ける人に入れ替えましょうって感じ。
でもそんなことはできないじゃないですか。
これまで積み上がってきたのはボスの言うこと聞いて、がむしゃらにやってきた人たちが積み上げてきた取引先だったり文化だったりするのに、
じゃあ仕組みが変わったら人全部入れ替えますよって。
そんな会社もやっぱ人ですから、そういうことでもないから。
組織図の理解と見える化の重要性
でもそれで言うとさっきの委員会の話に戻ると、委員会自体がどういう組織なのかって別に学生時代に見せられたこともないから。
なんか組織の真似事やってるんだと思うんですよ。
そうだと思うよ。
異性都会があって。
体験ですよね。組織体験じゃないですか。
だからそれが何なのかっていうのは、学校が設計できてない気がするので、
自分でやっぱりこの生徒会で何かやるということは、決めないといけないことがある期限までに、
学校という組織のためというかその全体を見て、個人のためじゃなくて、
学校のことを考えて何か意思決定をするチームで動いていくという経験以上なんじゃないですか。
でも本当は、別に理解するかしないかわかんないけど、
こういう組織図ってのがあってね、今あなたたちはここで話し合いをしてますだけでも認知させてくれたら、
小中高とさ、もう約十何年間、組織図というものと今自分のいる委員みたいなのを裸感では感じれると思うよ。
で、実は国家すらそういう組織図があるじゃない。
だからいざ自分が選挙するときとかも、やっぱり組織図も何もわかんないっていう状態よりは、
なんとなく認知できるっていうのは結構重要な気がしたけどな、今。
そのもう正確にわかるっていう話っていうよりは。
いやだから、結局難しいのは、定義としてこういう区分けをして、このような権限はここにありとか、
階層これぐらい作ってとかってやってるけど、その通りになってないみたいなことが多すぎるから。
現実がね。
そう、その通りになってないっていうのが、ここ目指してるんだけどちょっとはみ出てるねじゃなくて、
全然違うことやってるみたいな人が結構多いから、じゃあこの図って何なんだっけって言って、
もう実態の方によって行けば行くほど、社長の声を聞いてたら間違いがないかなって言って、
組織図のことをわかってない社員の人とかもいるじゃないですか、結構。
もちろん。でも、てか、組織図私も全然、なんかここ10年ぐらいじゃないかな、認識できたのは。
なんかそういう、会社っていうもの自体が、その、売り上げ、事業作って売り上げ上げてっていうところが主だったからね。
そんな組織とかいう認識すら私にはなかったよね。
10人とかだったら別に組織ってよりはチームって感じがするから、
誰が何してるかなんとなくわかるし、いいけど、やっぱり100人いて、
よし走るぞって言ったら、絶対走ってない人いるわけじゃないですか。
いや、でもね、その、事業を作る力と組織を作る力は全く別の能力だと思ってて、
それをその、なんか事業を作ってきた人に求めるのもむずいなっていう気はしてるけど、
どっちかと言うと、その、組織図って何のレベルは触れてきてないっていうのが私は原因かなと思ってて、
なんか誰が生徒会長になるかなとか、あの委員やりたくないなのレベルでしか考えてきたことないから、
その図のどこに自分がいるかとかは見た記憶もないっていうか、
Dコートとかもそうだけどさ、人間関係すらよ、わざわざ人形でさ、関係をこう俯瞰できるようにしとるよね、ディスカッションで。
それはやっぱりなんか、そういう人形ってこの人が二人ここにいるとか、この人とこの人が離れたとか、
その物理的に認識するだけで、なんていうかこう、俯瞰して冷静に物事が見れるんだけど、
やっぱどうしても人間関係のディスカッションってヒットアップしやすいよね。
今のはあれですよね、別にディスカッション、Dコートのディスカッションというよりはディスカッションの手前に人間関係のケーススタディみたいなのをやってて、
なんかこういうシチュエーションでこうでこうでっていうのがあって、じゃあ人形を使ってこの人とかあったかっていうのをシミュレーションしながら、
それぞれの立場を考えて、こういう可能性もあるし、こういう可能性もあるよねとか、
こういうまさにこの委員会のケーススタディだとすると、どういうパターンがあるんだっけとかのを検討するっていうプログラムですよね。
そうそうそうそう。だからそれはやっぱり、実際ほんとに人間関係のことを話すこと自体が、やっぱみんな共通認識がやっぱなかなかないとかさ、
その関係図みたいなものを見たこともないし、なんかこうそれぞれが作り出してる関係図がバラバラの可能性もあるわけよね。
だから中高生コースではね、そうやってやってるけど、もう小学生から始まってるんだみたいな気持ちは、こういう問いをもらうとさ。
いやでも今思いましたけど、会社でDコートやったらいいんじゃない?
いやいやその部署の課題とかを、バカにせず人形を使って、今この経理部とこうなってるよねみたいな、ここでここが詰まってるよねみたいな、
物理的に示しながら話したら、どこで詰まってるのかとか、どこがどううまくいってる、いってないだろうかとかが、問題がもうちょっと見える?
そうそう、というか誤解が減るしね。
分かったふりをするやつらがいっぱいいるじゃん。
分かったふりはね、しちゃうの、たしかに。
だからもうちょっとこう、人形とかを使ってみると、いやいやこの人じゃなくて、このサブのこの人が実は問題で、とかいう話はできるけど、
それを空中で言葉にしようと思うとめんどくさいから、あ、あ、あ、あ、あ、つって。
めんどくさいがゆえに、分かったことにするみたいなことが多い気がする。
だからひたすらさっきの委員会の話で言うと、じゃあまずさ、みんなにこういうことを言って、なんか決めにしたらどう?
あ、事前に3人に声かけて、アイディアだけもらって、当日もうあなたが決めちゃったら、とかっていうアドバイスって、結構むずかしいアドバイスやね。
人形に、事前にこの人に、この人に、手で動かしながら伝えると、あ、事前にやっていいんですか?とか。
だから生徒会議室じゃない場所にちょっと移動させて、これはちょっとまだ過去です、みたいな。数日前の廊下です、とか言ってやればよいでしょう。
なるほどって、映像が立ち上がりやすくなると思うので。
そうだね。
ちょっと僕たちもこの収録、ちょっと人形使ったほうがいい気がしますね。
なんならその人形だけ動画で見せないかね、みんなに。
確かに。この人は。
いや、面白かった。むしろすごくね、いわゆる小学生だから、中学生だからじゃなくて、
人間関係は、私たち大人もみんなつながってたり、同じ問題を抱えてたりしてるんだなっていうのを感じれた。
だから抽象的なものを共有できないんだと。
だからどれだけ物理世界に落とし込んで、みんなで共有できる状態を作るかっていうのが、実は意見交換を図らせる。
だとすると、よりリアルが大事になるね。
そうだと思いますよ。会議室にみんな人形を持ってきたほうがいいと思う。
人形って言ったらあれですよね、何?
木のね、木で何センチ?5、6センチの人形を。
コマみたいな。将棋のコマみたいな。
チェスみたいな。
チェスのコマみたいな感じで、設定を与えるわけですね。
これはAさんだよね、Bさんだよねとかして。
これがこうだよねっていうのは、身体性を伴うそれだと、結構理解が共有できしやすいんじゃないかな。
だから結構中高生とかも、自分のケースを話させてくれってなるよ。
見える化したいんだと思う。
確かに。
それもそうですよね。言葉で自分のケース話させてくれって結構重たいけど、
ふかんせると自分自身も客観視しながら話せるみたいなね。
すごくない?人形。
結構ね、ユンクのアイディアなんだけどね。
人形を使ったコミュニケーションの可能性
僕そのプログラムだってね、その頃にあんまり現場に入ってないから、あんまりやられてなくて、やりたいですね。
ぜひぜひ。
福岡入った時はぜひ参加してください。
ケーススタディみんなで、むしろ上水くんのケーススタディをしゃべったらみんな喜ぶよ。
しゃべりたい。
今日やっぱりあれだね、メンバーの発言ってこんなに広がるんだね。
また準備してきますんでね。
ぜひぜひ、気になった発言があったらここで検討できたらと思います。
ぜひ皆さんからもね、何か思ったりしたら教えてほしいです。
最後まで聞いていただきありがとうございます。
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