みなさん、こんにちは。のぞみです。 ゆん,上水優輝)みずかみゆうです。
上水優輝)上水優輝です。
討論カフェは、お題についてみんなで語り合う 価値観の交換の場です。
この番組を聞いている間、ほんの少しだけ余白をもって、
さまざまな意見に触れる時間を楽しんでみてください。
さて、今回は、「あなたにとって逃げるとは?」 というお題で価値観の交換をしていきたいと思います。
お願いします。
まずは、今日のゲスト。
なんて紹介したらいいんやろ。
ゆうぽんです。
人類学実践者、みずかみゆうさんでございます。
文化人類学ですかね。
文化人類学を専門としています。
最近一緒に活動していて。
公演ですか。
公演活動をアートの文脈で社会に提案していこうと。
芸術祭とかにいろいろ送っているんですよ。
公演するみたいな。
その時に一緒にやっているメンバー。
一緒に申請書書いたりとか、公演する現場をビルドワークしたりとか、
そういうのをしています。
それでね、上水くんがつなげてくれて、
今日は討論カフェにも。
今日はいっぱい出してください。価値観を。
二人もね、福岡で一回。
一回ね、すごい素敵な喫茶店でね。
その喫茶店でね、本当にいろんな人見てるもんね。
どこどこどこだったっけ。
人類学の人だなって。
私何も見てなかったよ。
別のテーブルの人の様子を。
喫茶店のマスターっていうか、コーヒー入れる人がおばあちゃんなんやけど、
そのおばあちゃんの動きをほぼ見てた。
見やすかった席っていうのもあるけどね。
いやいや、私があの席でも見ないです。
本当にすごかった。
だから今日は、いい意味で価値観が割れるんじゃないかと思って楽しみにしてます。
見てる人と見てない人ってこと?
見てる人と見てない人が何を感じているのかですね。
逃げる。
逃げる。あなたにとって逃げる。
全然終われそうなテーマですね。
そうね。まず何から逃げるのかっていうところもあるから。
今日はあっち行ったりこっち行ったりしていいけどさ、
逃げやすいとか、逃げ足が速いとか、自分的に逃げるで。
あんまり物理的に危険な場面?
例えば、何でしょう。火災が起こっている。目の前で。
そこから逃げるみたいな意味での逃げるっていうのをあんまり使わなくなってきた気がするっていうか、言葉として。
そういうシチュエーションはあんまりないからかもしれないけど、生活してて。
物理的に命を守るために逃げるみたいなことは日頃ないもんね。
日本に暮らしたらなかなか災害とか目の前で起こったりとかそれと違うんでしょうけど、日常の中であんまり。
確かにね。あんまりやったことないかも。
やりたくないことから逃げるはある。
そういうのが多いよね。だからもうちょっとイメージする逃げるは。
体を動かさない逃げるってことね。
そうそうそう。精神的に逃げるみたいな。
そういうこと?私パソコンをピタンって閉めて逃げる。逃げ出す。
体を動かして逃げる。
それあるでしょ。
パソコンパタンは閉めないですね。開けたまま逃げます。
開けたまま逃げれるのがすごい。
別のことをする。パソコンで。
すごいね。
Aという課題から逃げてBをやっちゃうみたいな。
宿題しながらテレビを見るみたいな。
試験勉強の前に片付けする方じゃない?
そういう感じかもしれない。
片付けはせんでいいのにしちゃうってことでしょ。
で、なんかやってる気になるでしょ。
だけどパソコン閉じないといけない。
そうなんですか?
逃げてるなって思うよ。
そういうことね。
閉じたら。
そうなんよ。
でも閉じた方がリフレッシュしそう。
なるほどね。リフレッシュまで持ってなかったら逃げてる罪悪感がすごすぎて。
でもなんで開いておけないんですか?開いておけるってことじゃない?植下さんはね。
やっぱパターンっていうのが逃げてる感じだよね。自分の中で。
シャットダウンするみたいなのがあったこと?
そう。請求書送らないかんな。
送らないかんなってパソコン開くやん。
いや無理。パターンみたいな感じなんですよね。
その時に別のとこに行くっていうのよりは一個一個で処理してるのかも。
一個一個で処理するっていうのはどういう?
一個一個で処理するっていうのは食べたくない食べ物をお皿の横に置いとけなくて捨てるみたいな。
もう見えなくしないといけないってこと?
自分の視界から消さないと。
逃げたことにならない?
ならない。
なるほどね。
それは逃げてるんですか?パターンさんからすると。
どういうこと?
さっきリフレッシュみたいなのが始まったじゃないですか。
一旦そこを見ないようにすることか、逃げるというよりはそこと向き合うために一回向き合わないみたいなこともあるじゃないですか。
僕は完全に逃げてる感覚があるんですよ。Bの方。
意識からすごく反らせてる感じがある。
反らすね。
いやいや戻ってくることは考えてないんよ。一旦。
シャットダウンやけ。
捨ててるんですかね。
逃げ出しているって。逃げ出して頭が落ち着いてきたら。
そういえば請求書があったなって思い出すこと?
いやもう明日それしかできないカフェとかに行ってやろうとかわからないけど工夫はせないかんね。
相当めんどくさいよだけ。
私講義とかも逃げ出しそうになったことあるもんね。
企業での研修の講師とか。
やばいもう無理。もう今日帰りたいみたいな感じになって物理的に逃げることが多い。
その上水君の精神?感覚?何なのそれ。
目をそらす。
そらしても見えるじゃん。
パソコンの中にね。
頭の中ではちらついてますよ。
やらなきゃと思ってるから。
逃げ切れてないじゃん。
そう逃げ切れてないけど精神的に逃げてるんですよ。
体は逃げ切れてないけど精神的に逃げてるっていう状態。
水上さんどうですか今の2人の。
まだ全然違いない。
物理的に逃げてる人とその場から逃げてないんだけど意識的にはもう完全に逃げちゃってる。
でもどっちもするな。
ゆえにしさんみたいにパソコン開きながら全然違うことするみたいなこともある。
でも本当に無理なときは家から出ます私は。
飛び出す系?
飛び出す飛び出す。
ケーキとか焼く。
なんか平和だね。
逃げていいじゃんめっちゃ。
逃げたらケーキができるんでしょ。
ケーキできるけど。
そうなんかそういうことたぶん片付けるのと一緒なんだと思うんだけど。
なんか手間のかかることをやりたくなって。
バター買いに行ってパウンドケーキ焼いたりとか。
編み物をほどいてするとか。
することありますよ。
急になんかあれじゃない。
フェミニンなお菓子作ったり。
でも掃除するのと一緒じゃないですか。
なんか自分の周りで。
でもなんか作ってない?
作るそうね確かに作りたくなるかも。
やっぱ作業みたいなのが。
でもやってる作業はやりたくないんでしょ。
ケーキは作りたいのに。
ケーキはそうだって決まってるからレシピ。
決まってる手順で何かができるっていうのは気持ちがいいみたいな。
私は結構そこに気持ちよさ感じるんですよ。
てか心が安定しそう聞いてると。
安定するかも感じがある。
だからなんか前私友達に言ってびっくりされたのは役所で並ぶの好きなんですよ僕。
すごい。
並びたいの?
結構あれが好き。
整理券取って待ってる時間。
その間何してるの?
待ってる。
ただ?
本読んだりする時もありますけど基本的には待ってて。
眺めてる?
受付で何するかなみたいな手順を考えたりとかしてます。
ある意味拘束されてるけど自由時間みたいなイメージ?
そうプロセスが進んでいるみたいな。
プロセスが進んでるだけで待ってるんでしょ?
進んでるのはあっち側だけでこっちは何も進んでない。
待って渋滞しますよ。
私は何で進まんのやってなる系。
なるらしいねみんなね。
でも全然待つの苦じゃないそういう意味では。
待つだけで仕事終わるなら楽だなみたいな感覚があって。
私綺麗に並ばせたくなるよみんなを。
一番こっちに。
一番ここ来てみたいなそれがモヤモヤするけど。
でも最終的には手続きは終わるじゃん。
だから終わりっていうのが明確なものなんじゃない?契機。
そうだと思う絶対終わるから。
でも私が逃げるタスクは請求書を送るとかは比較的私はできるから。
どっちかっていうと自由に何か考えなきゃいけないとかが苦手だから。
性格とか資料作るとか。
そういうのをスタートするときが本当にきつくて。
でも創作系はゴールないよね。
そうなんですよ。
永遠に完成してない感じない?
ある。
プレゼンの資料とかもそうじゃない?
そうなんです。
どこが完成なんだろうっていうか。
だからあれは作り始めてしまえばそれこそプロセスの中に入るから比較的私できるんですよ。
フォントサイズ育えたりとか。
ああいうのはいいんだけど。
01のところ最初に何か作り始めるところがすごい気が重くて。
だいたい逃げるときはそこ。そのときです。
なるほど。
そこって勝手に楽しいイメージがあったけど。
多分そこが違うんじゃない?私。
そうか。
そういうことか。
請求書がすごい苦痛だけど作るのは平気かもね。
てか日々作るための材料集めしない?
それはしてる。
でしょ?その材料バッて広げたときにワクワクしないんですか?
それがあんまりないですね。ワクワクしない。
もう手に負えないみたいな。
こんなにいっぱいあってどうしようみたいなことになる。
そっちのメンタリティの方が強いですね。
わかる?
戻りますけど、資料とかって受け取る相手がいるじゃないですか。
プレゼンもそうですけど。
具体的なこういう人に合格をもらえるようなものを出そうっていう。
そういうの全般に結構嫌さがある。
具体的な誰かのために準備してると合格か不合格があるじゃないですか。
期待に応えるのが苦手。
プレッシャーでやりたくないなって思っちゃう。
でも不特定多数の誰に届くかも分からないものを
捜索とかはすごいワクワクして
これって誰に届く?どんなふうに届くかな?とか
開かれてるじゃないですか、可能性が。
そういうものはワクワクしながらやれちゃうんですけど。
自己満で済むからね。
確かにね。それはそうかもしれない。
もしかしたら受け取る人がいるのかもね、その捜索物は。
大体いますね。
それはきついよね。
合格出しに行くときの
それは楽しいって思えたらいいんですけど思えなくて。
ジャッジとも言える
期待されとるだけなんやけど
ジャッジされる感覚もあるけ
その期待に応えるとか
ジャッジとかにことごとく弱いな、私も。
講義とかするときに
すっごい嫌そうに入ってきた人がいる。
めっちゃみんなやる気ないやん。
もう逃げ出したいとか
この人たちに話す
講師とかすごいと思う。
三浦さんもやってますよね。
やってるけど、私は
人が目の前にいるのは結構得意です。
その人たちをエンターテインしようって気持ちになるから
実際ちょっと笑ってくれたりするから
それがあると比較的できるんですけど
ズームで誰もいないと虚空に向かって話し続けるのは苦手。
リアクションがわかんないですもんね。
あれ一人ごとだよねほぼ。
私は一人ごとだと思ってる。
しかも画面見てるときみんなのリアクションすごくないですか。
もう微動だにしないけど
本人はすごく役に立ったって聞いてても
リアクションがないってわかるから。
私は最初絶対ズームで
エイエイオーとかしてもらわないとダメなんよ。
みんなで一緒にね。
スライドを出さずに
ちょっと今顔見えてるんで一旦動いてください
じゃないと静止がかもしれない。
人間がいるんだってことを一旦認識したいっていうのは自分の中である。
それは良いティップスを今得ました。
私も今度からやります。
エイエイオーでもいいし
なんかわかんないけど
みんなでテーブルとかね。
テーブルでもいいと思う。
今から一人ごとに入りますってスライド上げます。
だってそっからみんな見えんのやもんね。
スライド上げちゃったら見えないもんね。
そうなんですよ。何人か見えますよね。
その何人かがブスクレてたら最悪やけも消すんよ。
すごいよ。
私は苦手よね。
逃げるっていうのは
やらなきゃいけないことから逃げる系が多いかもね。
今話してる限りは。
なるほどね。
私はあんまり最初このテーマ選んだ時は
それのことはいまいち意識してなくて
私はどっちかっていうと中心的なものから逃げるみたいなことを
ちょっとイメージしてたんですよね。
この間もどっかで私そういう話をちょうどしたからなんですけど
自分の今までの人生を振り返ってきた時に
中心的なものに入りそうになると
また終焉に逃げるみたいなことを
繰り返しているなと思ったんですね。
中心っていうものがあると常に周辺っていうものがあるっていう
考え方があるんですけど
そうじゃないですか、普通に。
中心を規定すると
自分が中心じゃないの?
そう、自分が中心なんだけど
世の人が思う中心的なものってあるじゃないですか。
ここは中心だよねってみんなが思っている
東京とか?
そんな感じ。
お金を稼げる手段みたいなもの
これが中心的なもので
これが終焉的なもの
私がですか?
じゃなくて、毎回今中心はこれで素敵なこと
周りの人とか周囲の人とかが感じている
私たちって中心にいるよねみたいな感覚
ちなみに今の中心だよねみたいなのは
いろんな場面で起こるけど
学校のクラスを一つとっても
ここがクラスの中心のこんな感じだよね
うるさい人ってこと?
そういうクラスにもいるだろうから
学校にもいるだろうからって思いますけど
本当に地理的な位置でもいいんですよ
クラスでも中心的な人って
後ろの方にいたりとか前の方にいたりとか
いるじゃないですか
すごいな、私はクラスの中心は
学級院でしょって思ってないよ
分かる?
書かれているからだと
学級をまとめる人だから中心みたいな
学級院がめっちゃ嫌われてて
終焉に置かれてるパターンもあるじゃないですか
それが私ね
それが私なんだけど
だから中心
だからその集団の中で中心を見極めれない
なるほどね
だからそれはすごいことですよ
確かにそうかもしれない
私は結構それが中心に入りつつあるなって感じることが
分かるの?
あるんですよ、自分がね
だからそうするとそこからずれるように動く
それを逃げるっていう風に感じていることが多いです
そんな中心にいると何か不具合があるんですか?
ないですよ、むしろそっちの方が都合がいいことが多いと思う
なのに逃げるの?
そう
それなんでやろうね
だからそれが人類学っていう不思議な学問をしているゆえんでもあると思うんですよ
職業病的な感じ?
そう、ニワトリがタマゴが先はわかんないけど
そういう素質だったからそうなったかもしれんけどね、確かに
僕も今の話聞いて
中心とはちょっと違うけど
安定しそうになったら逃げるってのがある
作業量放置の資格を取るときも
取れるな、取ったらこうなりそうだなと思ったら思うほど
将来みたいなものがなんとなく見えて
可能性もそうじゃないけど
なんとなく方向性が絞られてくるじゃないですか
安定してくるじゃないですか
こういう生活が遅れそうだ、分かってくる
予測がたくさん
そこから逃げてめっちゃ不安定な方に行くっていうのを
ずっとやってる気がする
ずっとやってるね
ということはビッグツリーはずっと不安定ってことだもんね
ビッグツリーが安定しそうになったら僕はいなくなる
そういうカナリアのトリニック
レトマス試験にみたいな
でもそれは逃げるっていう表現を使うのは
何か意図がある気がしたんよ
確かに
そうね、何か意図っていうのは
なんかそこに行ってはいけないってことな気がした
逃げるって言葉だっていうのが
そうですね、そこに行ってはいけない
そこに行っては見えなくなってしまうものがあって
見えなくなってしまうことに対する危機感があるんだと思う
それは事前に分かるよね
事前にっていうか
常にそういう自分の身体に何が見えているのかを
意識しているから
中心的なところに寄っていくと
見逃すことが増えてくるんですよ
やっぱめっちゃ見逃してそうよ
それを聞いてて怖くなった
冒頭のやつにつながってきますよね
中心にいるから見逃さない
喫茶店の方も
そうか、そういうことか
何を見たいかしか考えていないから
見逃しているものがあると思っていなかったんですよ
それで今ちょっと衝撃を受けています、価値観として
見たいものを見るっていうのが自分中心じゃないですか
自分が今日何を見たいか
今2人でカフェにいて何を見たいかの
中心にいるからこそ選ぶ権利を自分が全権に入れているってこともありますしね
中心にいるとその権利さえ奪われている
そうだ、だから
それを見せてくれないのは
怒ったりするよね、だから
そういう仕組みよ、本当に
だから見逃していることがあるんじゃないかって
急に不安になりました
面白い、見るっていう観点と面白い
僕はさっきの安定で言うと
多分動きの方なんですよ
安定すると動きが取りづらくなる
不安定な方が自由に動けるみたいな
だから動きを確保したい
バランス取る方が生きている感覚するんじゃない
安定してバランス取る必要がなくなったら
動けないと生きている感じがしないんだと思う
動けなくなると生きている感じがしないから
動ける方が良くて
動けるってのは不安定な方が動かざるを得ないし
っていう状態で生きているなって実感が出てる
生きている実感を求めて
と思う多分
それは共感
私も生きている実感をめちゃくちゃ求めてる
でも安定した方が生きられるんですけど
生存的にはね
でも私、どうだろう
安定、生きづらい?
安定しやすい?
安定は幻想だと私は思ってるから
安定してるっていう人に会ったら
え?えぇ?って感じ
確かに、どの時間軸で見るのかとかもありますよね
もう氷河期入ってるらしいよ、大丈夫?とか
そういう話をしたくなる
安定してるのは本当に幻想ですよね
それ私もそう思うかな
だから私は多分見逃したくないという欲の方が強いんですよ
自分が見たいものを見るというよりも
思った
だからそういう意味で中心的な場所にいると
見逃してしまうものが多くなっちゃうから
終焉的なところに行っている
だから別に逃げるって言わなくてもいいんだけど
距離を取るって感じがしますけどね、聞いてると
そうですね
でもやっぱり逃げてるようにも見えるんだろうなという意識もある
他者から見てね
他者から見て逃げてるように見えるもの山ほどあると思う
自分も
例えばみんなから私マネタイズを避けてると思われてると思うよ
なるほど
理想を追求してるからみたいな
でもみんなからめちゃくちゃ避けてるように見られると思う
そういうのあるよね、絶対
中心ってやっぱりすごい引力がありますよね
そっちにみんなが引き寄せられてるから中心があるわけだから
それに逆らってる前でやっぱり逃げてる感じがあるかもしれない
エネルギーの逆方向に行くって相当の意思だから
逃げてるみたいな
エスカレーター乗ってたら中心に行っちゃうんだけど
でもそうだね、逃げるってそういう意図かもね
本来こうするよね、そうじゃない
逆に行く
冒険とかじゃないの?冒険とか
逃げるを別にネガティブな意味で言ってないです
そうですね
あんまりネガティブな印象じゃない?
意味ではないかも
逃げるように見えているだろうなという感じですね
なるほど
やっぱ自分は立ち向かうみたいなのが