空手の試合と経験
朝のコーヒー、夜のビール、ときどき武術。
こんばんは、Takeです。
今日も楽しく話をしていきます。
今日は、努力は報われないという前提で、人生を組み立ててみよう、と題してお話しします。
本日は、一日ですね、空手の試合のお手伝いをしてきました。
私は記録計測係というのを一日担当して、
今日は審判ではなくて、会場のサポートをしていました。
実際には、コートの運営を手伝いするということで、
時計係、記録係みたいなのを統括するということをやっていたんですけれども、
つぶさにね、子供たちをやっぱり見ることになるわけですね。
私なんかは今、長男が今年は試合に参加していないんですけれども、
お手伝いにぜひ行きたいなと思って、今回は志願して参加しました。
なんでかというと、道場の自分らが息のかかったというか、
関わっている子供たちが楽しみにしている試合が今日だったからなんですね。
すごく強い道場ばっかり呼んできて、竜波の大会をやるんですけれども、
客員でね、強い道場を呼んでくるんです。
そこと一緒に試合をするっていうのがね、本当に彼らのためにもなりますよね。
そして見ていると、日頃頑張っている子たち、すっごい上手くなったなと思っているんだけれども、
全国の競合が集まってくるわけですよ。
全国といっても一番遠いところで、どこですかね、岡山県でしたかね。
すごい強い子いましたけど、岡山県の道場が来てました。
そういうところと一緒にやると、同じ学年で同じ道場の子たちとは全然違う強さがあるわけです。
本人たちが得意だと思っていたスタイルでは通用しないとかですね、
相手はもうめちゃくちゃ毎日毎日練習しているような子たちだけなんですね。
週に3回ちょっと組手の稽古しているみたいなのとは違って、練習の質、緊張感、プレッシャーもあるでしょうね。
その中を超えてきたという気持ちが全然違う感じがしました。
僕が今日思ったのは、その気持ちが強いっていうのもそうなんだけれども、
上には上がいるなっていうのをやっぱり思いますね。
自分が世界で一番ではない限り勝負をしたら、勝てないことの方が多いわけですね。
世界の場合は負けが増えるわけですね。そんなことをすごく思いました。
努力は報われないっていう言葉を思い出しましたよ。
努力はするんです。だけど、どうしても最後自分の思い通りにならないことはあるだろうというふうに僕は思っています。
そこで投げちゃいけないんです。
努力は報われないけれども、そこから何が自分ができるかっていうところにつなげていけるかが、
自分の人生にとっての価値があることかなと思っています。
スポーツだけで見れば、スポーツでうまくいかなかったとて、そこで得られた何かを他に生かすとかもありますし、
スポーツで報われなかったとしても、その相手との付き合いが自分のレベルを上げることによって、
例えばですね、自分は日本で2番だったのが世界で2番になれるかもしれませんよね。
引き上げてくれるおかげですよ。そんなこともあるかもしれません。
なので、努力は報われないっていうことで、ある程度大人は理解しておかなくちゃいけないかなと思います。
努力の価値と見解
もちろんね、子供たちは自分を超えていくという意味で、努力は報われると思ってやってほしいんだけれども、
報われなかったときに全てが終わってしまったではないんですね。
必ず自分に残るものがあると。
僕たちが残してあげたいもの、子供たちに残してあげたいものは空手の成績ではないんです。
って僕は思ってます。
それがね、他の先生たちとまだコンセンサスが取れているかはちょっと難しいところでもあるんだけど、
僕は必ずしも成功体験が必要なんではなくて、成功しなかった体験の中で得られたものというのも価値があるんじゃないかなと思っています。
もちろんね、勝ちにめちゃくちゃこだわって最後までガツガツやるっていうのは本当に大事です。
ギリギリギリギリギリギリに粘って粘ってですね、勝ち切るってこともあるし、負けないっていうこともありえるんでね。
滑り込み人生を生きてきた私としてはそこも大事にしたいんですが、
では負けたら全てが終わってしまうのかというところについては、もう少し大人も寛容になってあげたいなと今日はちょっと思いましたね。
指導者の先生の中でめちゃくちゃ堅してあげたいと、もっと練習したいということを言ってましたけれども、
僕は練習は量もさせたいんだけれども、なんかちょっと自分たちの自己満足になってはいけないんじゃないかっていう思いもしています。
今日はここまでです。
日曜日の終わりには試合があったのでね、思うことがいっぱいありました。
明日からまた会社始まりますので、ガッツ出していきたいと思います。
ではおやすみなさい。バイチャ