■トピック
・ シリよろ(https://open.spotify.com/show/0LubGrEuTNqvkOoZVIjRTT?si=1f251b7b4f6341a2)の収録で考えたこと
・ グローバルリモート採用の話から生まれたポジショントークへの疑問
・ ポジショントークの語源と本来の意味の考察
・ やらされ仕事のマインドとポジショントークの関係性
・ スタートアップ起業家の善なる動機とポジティブなポジショントーク
・ 社会への積極的関与としてのポジショントークの価値
・ VCとしての発信とディスクレーマーとしてのポジショントーク
・ 批判的態度は大切だが、レッテル貼りで思考停止せず対話する姿勢の重要性
■キーワード
シリコンバレー, グローバルリモート採用, 利益誘導, 投資家, やらされ仕事, スタートアップ, 起業家, 課題解決, 社会貢献, VC, 批判的態度, レッテル, 発信者, 受動者, 対話, 信念, 責任
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感想
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This is 令和スタートアップ ソロ編。
この番組は、うまづきベンチャー投資家、Yusuke Asakuraが、スタートアップに関するよもやま談義を、一人でつぶやきながらお届けいたします。
ゆるりとお聞き流しください。
はい、今日は久しぶりに、ひとりがたりのコーナーです。
なんか久しぶりな気がしますね。
4月は割と出張が多かったりだとか、5月はゴールデンウィークもあったりして、あまり関係ないのかな。
何にせよ、ちょっと久しぶりのひとりがたりのコーナーです。
本当、お口直し程度にサグッと終わる話なんですけれども、
今日話したい内容、最近ぐるぐる考えていることなんですけど、
ポジショントークについてですね。
思っていることを話したいと思います。
この間、シリオロを収録していて、
あのポッドキャストで、シリコンバレーで活動している、
ノックスの小林紀夫と、
あと、Anyplaceの内藤くんと、
3人でやっているポッドキャスト、ナイシポイシーですけれど、
それで話をしていてですね、
グローバルリモート採用の話をしたんですね。
この紀夫は、ノックスという会社で、
今、グローバルリモート採用の仕事をしているので、
話の中で紀夫の授業に触れるような、
そんな話もしたんですけれども、
その収録が終わってから、
理事に紀夫から連絡が来て、
なんかすごい宣伝みたいになってたらだったりだとか、
あるいはポジショントークみたいになってたら、
その部分削っていいよみたいな、
そんなことを言ってくれたんですね。
そういうふうに言ってくれたのは、
ありがたいんですけど、
ただ考えてみたら、
それって紀夫がいいと思っているから、
やっている事業なのであり、
そのいいと思うことの内容について、
説明しているんだから、
何も問題ないんじゃないのっていう話をして、
その話はそこで終わって、
ポジショントークっていうものに対して、
すごいネガティブな見られ方、
感情の持たれ方ってするじゃないですか。
例えばこれが、
会社の関係者が発信している内容であれば、
自分の会社の利益誘導であったりだとか、
政治家が発言した内容であれば、
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それも何か自分の支持者に対する利益誘導型の発言を、
さも公益性があるかのような、
そういう装いで言っているんじゃないか。
そういう疑いの目ですね。
もともとポジショントークって、
投資家の人たちの発する言葉というのが語源なのかな。
投資家の方々って、
自分はどこそこの株を保有しているとか、
あるいはショートしているっていうそのポジションがあって、
自分が持っている会社の株の評価が上がれば、
自分は当然儲かるわけで。
持っている会社の株を、
あんまり自分がその会社の株を持っているっていうことを明かさないまま、
この会社いいよって言うと、
これやりすぎると風切のルフっていうことになるんでしょうけど。
これがある種ポジショントークっていう言葉の、
本来の意味なのかなというふうに思うんですけど。
それが今となっては、より幅広い言葉として取り扱われている。
要は、自分に対する利益誘導型の発言を、
一般論で語っている、公益性を持って語っているっていう、
そういうことですね。
そういった発言している人の背景に、
どんな思惑があるのかっていったことに対して、
疑いの目を持つこと自体は、
これはある種の情報リテラシーの基礎ですし、
何も悪いことじゃないというか、
非常に慎重な態度なんじゃないかなと思うんですけれども、
あまりにもあらゆることに、
ポジショントーク、ポジショントークって言って、
はい見抜きましたみたいな、
そういう態度を取るのって、とても稚拙で恥ずかしいなというふうに思うんですね。
そもそものそのポジショントークって、
そんな悪いことなんでしたっけということを思うわけです。
何を言ってるかというと、
自分たちに対する利益誘導っていうことに対して、
まあ悪いっていう、
本当は自分たちはこれは悪いものだと思っているんだけど、
世の中にとって悪いことだと思っているんだけれども、
さもそれを良いことのように語る。
なぜならば、その発信によって自分たちが得をするから。
これが典型的な批判されるポジショントークのあり方ですよね。
これは確かに良くないだろうなと。
なんだけど、
全てのことを発言発信というものをポジショントークというふうに割り切ってしまう背景として、
例えばね、これがビジネスであれば、
仕事っていうものを何か生活のために我慢してやるものとか、
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喰いきのものだったりだとか、
あるいは世の中のために良くないものを無理やり売ること、
これが仕事であるっていうような、
そういう前提というか隠れた背景、
思い込みがあるんじゃないかなというふうに思うわけですね。
なんだろう、やらされ仕事のマインドで世界を見ている。
つまり、自分がやっている仕事っていうのは、
ないしは自分が売っている商品、サービスっていうのは、
本来全然世の中のためにならない、
お客さんのためにならないものである。
それは 自分も分かっている。
なんだけど、生活のためには それを売らないと。
会社から評価されない。
所属している組織から評価されないから、
これは 客のためにならないと 思いながらも、
これ むちゃくちゃ 良いでしょっていう、
口発調 手発調な、
そういう発言をすること、売り方をすること。
普段の仕事で、そういう言動をとっていると、
それは、自分自身がある種、
よからぬポジショントークをしているからこそ、
他の人たちの発言っていうのも、
自分に照らし合わせて、
よからぬポジショントークだというふうに、
解釈をしてしまう。
こういったことが前提にあるんじゃないかな、
というふうに思うんですね。
これはまさに、やらされ仕事の骨頂ですよね。
本来、自分は良いと思ってないんだけど、
生活のために仕方なくやっている。
苦意気である。
これが前提にあると、
すべての売り文句っていうのは、
ネガティブな意味でのポジショントークに 見えてしまうと思います。
一方、僕が普段接することの多い、
特にスタートアップの企業家の人たちっていうのは、
基本的には何かしらの課題解決をしたい。
それが何なのか、
各仕事のテーマによるわけですけれども、
何か自分が思っている世の中の負を解消したい。
そういう思いを持って、
事業に取り組んでいる人たちが、
非常に多いわけですよね。
動機がそもそも善であるということ。
これあったらきっとみんな喜んでくれる。
世の中すごく良くなる。
効率的になるとか。
そういう思いを持って取り組んでいるわけです。
そうであるならば、
それってもう言うなれば、
やらされ仕事ではなくて、
自分で選び取った仕事であって、
信念を持ってその事業をやっているわけであり、
自分がやっている良いと思うものを、
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より世の中に広げたいから、
それをすごくポジティブに語ることって、
確かにポジショントークっちゃ、
ポジショントークだと思うんですけど、
結果、自分のビジネスに対して利益誘導になるわけですから。
ただそもそもそれが、
自分が扱っているサービス、
商品というものが、
世の中にとってプラスだと思っているからこそ、
そのことを、その思いという信念というものを、
ストレートに語る。
これって何かそんな悪いことなのかなというふうに、
思うわけですよ。
考えてみたら、
社会の中で責任を持って仕事をしている人というのは、
多かれ少なかれ何かしらの立場だとか、
利害というのは当然あるわけで、
そういった思いを持って発信すること、
それが結果としてポジショントークというレッテルを
貼られてしまうわけだけれども、
何も悪いことじゃないよねというふうに思うわけです。
むしろそういった責任を持たない中で、
持たない言葉しか話せない人って、
何だろうな、
社会に何か自分から積極的に関与しようという思いがないという意味におきて、
アパシーですよね。
完全に無気力でやはり、
無責任なんじゃないかなと。
僕が、
何だろうな、
ことあるごとに、
誰か他人の発言に対してポジショントーク、ポジショントーク
っていうことを、
鬼の首を取ったかのように指摘する人を見ていて、
何か恥ずかしいなって思うポイントっていうのは、
ここにあるんじゃないかなというふうに思うわけです。
ポジショントークと、
一見レッテルバリされてしまうものっていうのは、
自分が何か社会に対して、
より積極的に自ら働きかけようというふうにしているという意味においては、
本来誇りに思って叱るべきことなんじゃないかなと思うわけですね。
もちろん世の中にはそうじゃない、
典型的なネガティブなポジショントークっていうものもあるわけなんですけど、
ただそれと同じぐらいポジショントークっていうものがあるんじゃないかなと。
こと、私が関わっているスタートアップの世界の人たちが発する発言、
時としてこれがポジショントークと言われたいだとか、
もっと言うとポエムって呼ばれるわけですけれども、
こういうものって、
何だろうな、誇りを持ってやっていてとてもいいんじゃないかなというふうに思うわけです。
往々にしてね、金融サイドの人、完全に投資サイドの人たちって、
こういった能動的に事業そのものをやっている人たちに対して、
極めて批判的な目で見る。
これ自体すごく真っ当なことだと思うし、
何か自分が騙されないようにしなければいけないという、
そういう警戒の念を持ち、
またそういったある種悪意を持った人たち、
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事業を行っている人たちに対して批判の矛先を向けるというのは、
これはあってしかるべき、厳正の書き方だと思うんだけれども、
ただ何だろうな、
完全にそういう態度、マインドセットというものが染み付いてしまって、
自分が世の中を評価している立場、ジャッジしている立場、
これ要は受け身の立場ですね、
になってしまうことって、僕は悲しいことなんじゃないかなと。
だから社会を肯定的に、社会に対して積極的に
関与しようとしている人たちを指差しながらポジショントークというふうに
受け身で言っている人って、
僕はあんまり好かんという感じでしょうかね。
僕もVCとしていろいろ発信することもあるわけですけれども、
それはポジショントークという点ももちろんあると思います。
例えば投資先でこんなところに投資してますというとき、
それは当然その会社がいい、いいというのは、
一つはやっている取り組んでいる事業がいいと心底を持っているし、
取り組んでいる事業が良ければ、
それが世の中に受け入れられて、きっとその事業は儲かるであろうと。
その事業が儲かるということは、
回り回って自分の投資にも良い影響をもたらし、
自分自身が儲かるだろうというふうに、
そう思って日々活動しているわけですけど、
それをあんまり外すべきでもないかなというふうにも思う。
そうじゃなくて、逆にあんまり客観だとか中立を装っても、
仕方ないし。
ある種、僕もよく自分のポッドキャストなどで、
ポジショントークですけれどもっていうことがありますけど、
ポジショントークですけどって言っているときの意味は言って、
これはある種自己ひげ的な感情も含めているんだけれども、
ディスクレーマーなんですよね。
自分はあくまでこういうポジションを持っていますよと。
その上でこういう話をしていますという。
だけど信じてますよと。
自分が言っている内容というものを世の中の人たちが真に受けたら、
自分はプライベートで得をする立場にあるけれども、
ただそれっていうのはパブリックにとってもきっといいものをもたらすというふうに、
少なくとも僕は思っているし、
それを信じてもらえるかどうか分かりませんけれども。
ただそれをプライベートな理解関係というものを明かさずに言うのは、
フェアじゃないかもなと思って、
半ば自己ひげ気味にポジショントークというふうに言っているということです。
じゃあそのポジショントークっていうのが悪いものなのかというと、
全然そんなことないでしょということですね。
なので、
引き続きそういった批判的な態度っていうものは僕は大事だと思うし、
どっちかっていうと、
私自身はともするとどんどんそういう批判的な、
見方っていうものの見方、
表現仕様によってはひねくれているということなんだと思うんですけど、
それが染み付いているのでそっちに流れがちではあるんですが、
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ただやっぱりそれってポジショントークでしょと、
冷証的に切り捨てて、
レッテルだけ貼ってそこで思考停止に陥るんじゃなくて、
その人の立場から生まれた言葉に耳を傾ける姿勢っていうものを、
受動者としても持っておきたいなというふうに思うし、
また発信者としても堂々と発信していけばいいんじゃないかなと思っている。
そんな今日この頃でございます。
ということで今日はここまで。
おしまい。
15:32
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