こんにちは、Asakuraです。今日は一人でお話を進めていきます。
もう1ヶ月近く前になってしまいましたが、2月にスピーダのスタートアップ情報のウェビナーを森さんと一緒に行いました。
半年に1回恒例のやつですね。
おそらくこの配信をしているタイミングであれば、まだPodcastVoicyの方でウェビナーの内容をお聞きいただくことができると思います。
期間限定で配信をしていますので、よかったら聞いてみてください。
そのウェビナーが終わった後、毎回アンケートをいただいていまして、非常に多くアンケートをいただきました。
ウェビナー中にアンケートを回答してくださいねってお願いしておいて本当によかったなと思うんですけど、毎回すごいアンケートをもらうんですよ。
めちゃくちゃありがたいなと思ってますし、全部読んでいます。
皆さんおおむねご好評いただいたようでありがたいなと思ったんですけど、
1つ目を引いたアンケートのコメントがあったんですね。
これ一つそのまま読み上げてみます。
どの立場でなぜこのような見方をしたのかきちんと説明されていたので、鵜呑みにせず情報を取捨選択できるのでよかった。
まあこれ感想ですね。
その後、VC側の立場としてはリターンで評価されるのは当然だと思うが、
ゲーム感覚をあまり強調されるとスタートアップ側としては自分たちがまるで不動産や債権になったような気分がして辛いが、
忌憚のない正直な意見を聞けるのは良い機会だと感じた。
こういうコメントをいただきました。
でですね、これね、なんかちょっとこういう言い方をするとなんか上から無線的な聞こえ方してしまうかもしれないので、
そんなことないですよとお断りした上でなんですけど、なんかねめちゃめちゃ本質をついた良いコメントだなというふうに思っていてですね、
あのすごい魔神を食ったお話だなというふうに思いました。
で、あのおそらくこれ回答された方はスタートアップ側とおっしゃっているので、
企業家の方かもしれないし、スタートアップで働いていらっしゃる方なのかもしれないんですけれども、
ベビナーっていうのはね基本的にそのスタートアップのファイナンスに関する話なので、
どうしてもその客観的に各スタートアップこんな資金調達しました、今構造としてこういったスタートアップに資金が集まりがちです、
そういった投資家方側はこんなことを求めていますだとか、そういったことを私もちろんVCという1プレイヤーなので、
どうしてもあのバイアスから逃れることはできないということは理解してますけど、
まあそんな中でなるべく自分としてはですね客観的にコメントしたいなといつもトライはしているところです。
で、そんな中ですねある種ちょっと機械的な説明をしてしまっている節もあったと思いますし、
あとゲーム感覚って言われるとどうなんでしょうね、ひょっとしたらまあまあ寛容句として何かその力学構造のことをよくゲームに例えたり、
ゲームっていう風に言ったりしますけれども、なんかそういう言い方をしたのかもしれません。
あのもしもねそこであの気分を返されたらちょっと申し訳ないなというふうに思うんですけれども、
なんかねただこれすごく本質だと思うんですよね。
で、どうしてかというと大きく2つ、
まあ企業家が感じるその情緒的な痛みっていう話と、
投資家側がどうしても持たざるを得ない金融的な視点、
この両方がこのコメントに凝縮されているなというふうに思っていて、
まあなんか向き合わなければいけない論点だなと思ったので、
ちょっと膨らませて今回取り上げようと思いました。
で、当たり前の話ですけど企業家だとかねスタートアップに関わっていらっしゃる、
特に創業初期メンバーにとって会社っていうのは篠川やった存在です。
で、一方で投資家にとっては最終的にはリターンを問われる投資対象である。
で、この2つってね、ある種なんか矛盾する関係にあるように聞こえるかもしれないけど、
まあ実は両方とも本当なんだよねという、
まあそんなコンセプチャルな話なので、
興味がない方はまたちょっと抽象的な話してるよということで、
興味ない方は一旦ここで閉じていただいていいと思うんですけども、
けどこれなんか僕はとても大事な話だなというふうに思います。
で、まず最初に申し上げたいのは、このコメント書いていただいた方の気持ちというのは、
あのこれすごいよくわかります。
あのー、企業家だとかスタートアップに携わっていらっしゃる投資者からするとね、
別に会社って単なるアセットじゃないし、
自分の時間だとか、もっと言うと人生?
あとそれ以外にもその仲間との関係だとか、こういうものを生み出すんだっていう信念だとか、
まあ場合によってはね、なんかそこにまあちょっとゲマインシャフトと言えばいいのかどうかわかんないけど、
家族的な感情まで乗っているものですよね、対象ですよね。
そこに対して外から、この会社が対象としている市場はどうだとかね、
場合によってはちっちゃすぎるとか、バリエーションは適正なんだろうか、高すぎんじゃねえかとか、
このラウンド通るのかとか、回収確率どうなのかっていう言葉が入ると、
なんか自分たちのその血の通った営みっていうのが、
すごく無機質な記号に還元されたように感じてしまうっていうのは、
これはね、よくわかるんですよ。めっちゃ心情的にはわかります。
で、この感覚自体は僕は決して甘えだとは思いませんし、
それはそれで人間固有の情緒、人情としてかなり正常な反応だと思うんですよね。
で、なんかまあなんでそう感じるのかっていう点で言うと、
これはね、やっぱり起業家はある種会社を血の通ったもの、
生き物として捉えている部分があるからなんじゃないかなと思うわけです。
まあもちろんこれ人によりますよ。
もっとめちゃめちゃ冷徹に判断してる人もいるかもしれませんけど。
だけど少なからぬ起業家にとって会社って単にも自分比率だとか自家総額だけでは表せないもので、
よりね、そのビジョン専攻で事業やってる人、
まあみんながみんなそうじゃないかもしれないけど、という前置きを受けつつですけど。
まあ起業家にとって、むしろ何を実現したいのかとか、
なんでこのテーマをやるのか、誰とやるのか、何を世の中に残したいのかとか、
そういうある種の意味の束として存在しているわけじゃないですか。
そういったパーパス系じゃないけど、そこに思いっきり体重を乗せているというか、熱を込めている、
そういうビジョンのある会社に人って惹かれるんだと思うし、
まあそういう存在として捉えている人って多いんじゃないかなと思うんです。
だけど、まあそうであるがゆえに、なんか投資家がそういった血の通った面っていうのを飛ばして、
単にね、投資案件としてだけ語ると、なんかね、人間不在っていうか人間が消えてしまったなっていう風に感じるのって、
無理もない話だなっていう風に思うんですよね。
これはすごいよくわかるなと思います。
で、僕の話っていうのも基本的にはマーケットの構造を語るっていうウェビナーですから、
当たり前ですけど、別に一個一個の会社についてそこに血の通ったものとしては当然、
その世界ではウェビナーの前提では話しませんので、
それをそっくりそのまま真に受けると、なんだろう、随分となんか本当ゲームのコマ扱いされてるなとか、
あとはこのコメントをいただいた方の言葉に乗っかると、なんか不動産や債権になったような気分がしてしまうっていうのは、
これはなんかね、すごい端的に表している表現だなという風に思うんですね。
で、そう感じるのは別に、このコメントくださった方が未熟だとかそういったことじゃなくて、
なんかまあそもそも見ている対象が違うっていうことなのかなという風に思うわけです。
例えば、企業家の方っていうのはある種会社を育てている感覚で見ているってことがあるんじゃないかなと思っていて、
よくね、会社のことを自分の子供に例える方っていますけど、気持ちわかりますよ、すごい。
一方で投資家っていうのは会社を、なんていうかまあ評価している感覚で見ている。
まあ評価するっていうとね、まあ偉そうに聞こえてしまうかもしれませんけど、まあそうせざるを得ないわけですよね。
だって、それでちゃんとリターンを得られるかどうかっていう感覚で見るわけだから。
なんかこの時点で、なんか視点の重なりっていうのが最初からどうしても限定的になってしまう側面っていうのがあるのかなという風に思うわけです。
で、まあちょっと今の話の延長なんですけどね。
まあ投資家の立場からすると、対象をリターンで見るっていうのはこれは避けられないと。
で、いうのが、まあやっぱり金融のリアリティでして。
で、投資っていうのは、これ不動産であれ、債権であれ、あるいはベンチャー投資であれ、
お金を入れてそのお金が自己増殖的に増えて返ってくることを期待する行為なわけですよね。
例えばこの会社とてもいいことやってるからお金を投資してくださいと、僕たちがやってること意味あるから投資してくださいっていうのは、
で、まあそれに対してね、いいな、いい活動だなと共感してお金を投じる行為、
まあこれこれであるのかもしれないんだけど、それはなんだろうな、どちらかというと寄付であったりだとか、
ある種は、あるいはなんかそういったところにお金を投じることによって感情的な満足を得られる、
まあ消費なんじゃないかなと思うわけです。
別に寄付を全く否定はしていませんし、消費を全く否定していません。
っていうか当たり前ですけどすべてやってます。これは私自身も。
だけど投資は寄付とも消費とも違うっていうことですね。
であるがゆえにVCっていうのはどうしても当たり前の話ですけど、この会社って伸びるのかとか、
どれだけ大きくなるのかとか、どのタイミングで回収できるのか、
あるいは他の投資機会と比べてどうかという見方をすると。
ちょっと厳しい言い方になってしまうんですけど冷徹な言い方になりますけど、
投資対象として見られること自体っていうのは、
これはもう資金を受け取る世界に入った以上もう原理的には避けられないことだなと。
特にこれVCから資金調達を得るっていうことを前提としているスタートアップの場合は、
もうこれはもう絶対に避けては通れない道だと言わざるを得ないと思います。
投資判断上は他の資産クラス、不動産だとか債券だと、
ある種同じく比較対象として見られてしまうということではありますね。
ちょっとこれは話外れてしまうかもしれないけど、
別にスタートアップでなくとも、
どうしても資本主義で生きるっていうのはそういうことなのかなというふうに思ったりもするわけです。
一方ね、ちょっとVCっていうのがある種スタートアップを評価する立場であるっていうようなことを言って、
ちょっと漏悪的な言い方をしてしまいましたけど、
同時に私含めた我々VCもまたさらに上流の方からある種評価されている対象なわけですね。
VCの場合はこれLPの方であるということです。
だから我々VCもね、LPの方から見ればある種投資対象であって、
不動産の方がいいじゃんとか、
こんだけ利回り上がってんだから債権で十分安全に運用できるのになんでVCに投資しなきゃいけないのとか、
同じオータナティブでも、バイアウトファンドこんだけ儲かってるよ、なんでVCなのっていう、
そういう見られ方をしているわけですね。
でも僕はそれこそ子供の頃、子供の頃って言っても10代の頃ですけど、
世の中の仕組みっていうのにすごい興味があって、
なんだろうこういった資金の循環だとか、なんだろう世の中を支配しているのは誰なんだろうみたいな、
それこそね、ディープステイトじゃないけれども、あるいはなんかロスチャイルドの野望とか、
そんなんじゃないけど、どうなってんのかなーってことを思ってたわけですよ。
世の中にもあるしね、黒幕っていうのがいるのかなと。
だけどこの資金の循環というものの原理を追ってみたら、
LPっていうのもね、例えばVCの場合であれば、LPっていうのはさらにその先をたどると年金基金だとか、
社会全体の資金の委託を受けている。
考えてみたら年金って、私たち一人一人が国民として収めているとか、あるいは労働者として、
誰かに運用を委託しているものなんですよね。
だからなんかあれ、考えてみたらこれ、黒幕誰なんだろうってずっとたどっていると結局自分に立ち戻ってきてるじゃんっていう、
なんかこういう構造になってるんだなと。
なので何が言いたいかっていうと、別に企業家だけが物扱いされてるっていうわけではなくって、
これは私たちVCもある種評価される、あえて言うと物扱いされている状態なわけだし、
ひとしたらLPさんもそうなのかもしれない。
その先の人たちもそうかもしれないし、それをぐるっとたどり着くと、我々一人一人にたどり着くっていう。
こういう資本が繋がっていく世界全体の構造っていうのが、資本主義そのものなんだなっていうふうに思うわけです。
だからね、本当にマルクスってすごい人だなと思うわけですけど、
ここに人間性の欠如っていうのを見出すことは確かにできるかもしれませんね。
だから社会主義革命なんだっていうのは、心情というか思考のジャーニーとしては大変よく理解できるなというふうに思っているわけです。
あえて言うとスタートアップだけがコマではない、世の中のコマではない。
VC我々もコマですし、LPさんもひょっとしたら別の意味でコマであるという、そういうことですよね。
自分たちがある種物を扱いされてるんじゃないかなというふうに感じるとするならば、
それは何かある種映し鏡で、僕たちもひょっとしたら何かを物として見てるかもしれないということです。
変な話ね、僕個人で資産運用当然していますし、
過去10年間なんてどのセクターに張っていても資産運用してたら大体負けてないっていう世界。
もちろん何をベンチマークとして取るかだと思いますし、
そのベンチマークをBとしているかどうか、特にSP500に勝っているアメリカのVCってどれだけあるんだっていうのはアメリカでもよく議論になる話ですけど、
何はともあれマイナスになることはなかなかないなという中において、
私唯一負けているアセットクラスがあるんですよね。
VCなんですよ。
VCのマイナスになっちゃってて、これ日本というよりはアメリカのVCなんかに自分一部入れてるのはありますけど、
帰ってこないんだよなぁ、VCだけマイナスになってて他全部買ってんのに。
もうね、これお金出す立場からしたらもう本当にふざけんなって思いますよね。
だけど、そのふざけんなって思っているVCの先にはそのスタートアップがいるわけで、
っていうこの循環じゃないですか。
逆に言うと、私たちも失敗するとふざけんなっていうふうに誰かに思われてしまう。
だからなんかね、この構造そのものが本当に写し鏡だなっていうふうにつくづく思うわけです。
まあこれが全体の構造かなと思うわけですね。
で、ここで大事だなって思うのは、資産として何かを見るということ。
ここではあえてスタートアップっていうふうにわかりやすく言いますけど、
スタートアップを資産として見るっていうことと、人間性を無視していいっていうことは、
なんか全く別だということ。これがすごく重要なポイントだと思ってるんですね。
で、投資家って数字で判断していいし、無視をしなければならないと思います。
でもだからといって、そこに至る努力だとか営みっていうのを Y 消化しちゃいけないし、
痛みを見ないとか、投資者性を茶化すだとか、そういったことはあっちゃいけないなと。
これが僕やっぱりXとか見てて一番気分が悪くなる話ですね。
もちろん構造として語るときにおいては、一社一社っていうのは客観的に見てコマとして語らざるを得ないんだけど、
だけどね、それをずっとそういう思想でいるっていうのが人としていいのかっていうと、
なんかそれも違うよなと思うわけです。
なので何だろうな、必要な冷静さとなんか不要な冷笑っていうのは違うと思うんですよね。
なんか投資家って冷静であるべきだと思うんだけど、冷笑的であっていいわけがないと思うんですよ。
その点で今回そのコメントを見て、僕は改めて感じたのは、
なんかその内容だけじゃなくて、語り方にもある種のなんか倫理というものがあるなということを改めて気づかせていただいた。
僕自身はそんなに何だろう、ことさら悪く扱ってるつもりもないんですけれども、
そして構造上そう語らざるを得ないところはあったと思うんだけど、
やっぱりそこにねものすごく大きなコンフリクトがあるんだなってことを感じたという点だと思います。
少しなんか自分の話になりますけど、これね振り返れば私もずっとスタートアップ経営してたし、
あと売却先で上場企業の経営もやっていました。
そんな中で特にね、未上場のスタートアップの場合は向き合う投資家の数というのも限定的ですけど、
上場企業経営とかなるとね、もう無数の株主からもう散々数字で評価されてボロカス言われるわけですよね。
基本的に見ちゃいけないというので見ないようにしてましたけど、
Yahoo株式掲示板とかひどいじゃないですか。見たことない人いたら是非チェックしていただきたいんですけど、
すごいボロカス言われるなと。
あと外部のIRのミーティングとか内装の皆さんとのミーティングっていうのもね、非常に厳しいご指摘を受けて、
それ一つ一つね、とても耳を傾ける点っていうのは、傾聴すべき点っていうのは大いにあるんですけれども、
ただ一方でね、なんか自分たちの人生を誰かの記号のように扱えてる違和感っていうのがあって、
おそらくこれコメントくださった方も同じようなお気持ちなんじゃないかなって思うんですけど、
これはね、僕は本当によくわかります。うん、めちゃくちゃわかります。
まあなので、普段行動するときはなるべくそういう印象を持たれないようにっていう、
これは自己保診という意味においてもね、気をつけてるつもりではいるんですけども、
まあただ今回のウェビナーのように、なんかマクロで業界全体を語る場になると、
どうしてもその個別の知育っていうのを、車掌した方にならざるを得ないなと。
でそれが副作用としてゲームのコマのように見ているって受け取られたんだろうなーってことは、
思いましたね。うん、まあこれある種、まあ仕方ないんだよなーっていうところと、
まあとはいえ気をつけなきゃなーっていう反省、両面思ったところです。
でね、結局のところね、なんか物事見る距離によってやっぱ景色って変わると思うんですよね。
ミクロで見ればスタートアップって人間の集まりであり、
何か自分たちの理想を実現しようと思う熱を持った人たちの集まりであり、
意思と執念の産物であり、物語じゃないですか。
ただマクロで見ればスタートアップって資本主義に組み込まれた存在であり、
もっと言うと僕は社会全体のR&Dのコマだというふうに思っているんですね。
それは自分自身がスタートアップやってた時もそういうふうに思いました。
だからね、これ投資と事業っていうところを振り切ってやると、
結構この振り子をとても両側に利きすることになるなーというふうに思うわけです。
どちらか片方だけを真実だと思うと、
それはちょっと歪みを思うなというふうに思うし、
起業家側は思いだけ見てくれっていうのは、それはそれで危ういと思う。
一方で投資家側が数字しか見ないっていうのは、
これもなんか良くないなと思うわけですね。