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This is 令和スタートアップ。この番組では、猫大好き森厚子と馬大好きYusuke Asakuraがスタートアップにまつわる話題についてゆるふわっとお話をしているのですが、
今回は森さんがおらず、Asakura一人がスタートアップにまつわるトピックについてゆるふわっとお話ししております。
今日はキャリアに関するようなお話をちょっとできればなと思います。
こないだ参加したイベントの打ち上げがあってですね、大きなイベントをやっていて、それのスタッフ打ち上げをやっていたんですけれども、
なんかね、すごい律儀なことに、そこでイベントの運営スタッフの人たちがそれぞれ、自分たちはそのイベントにおいてどういう貢献をしたのかということを、
なんか一人一人ピッチするみたいな、そんな場があってですね、なおかつそのピッチに順位を付けをするというような、
余興というとなんですけれども、なんかそういう、余興というとちょっと軽く聞こえるかもしれませんね。
ただなんか真剣な成果発表の場と言えばいいんですかね。
まあそういった企画があって、なんか自分もそれを聞いていました。
で、なんかね、大きく分けて、これなんか2つのパターンがあるなというふうに思ってですね、
具体的にはその人に向かっている視点で語っているということと、ことに向かって語っているということ。
大きくピッチがこの2つに分けられたなというふうに思います。
これ何言ってるかっていうと、人に向かうっていうのは、これもう少し具体的に言うと、
自分を主語にして、自分はこのイベントでこんな困難に打ち勝って自己成長を果たしただとか、
これを自分自身は何としてもやり遂げたいと思ったみたいな、
そういう自分軸、自分を主語にして語るケースと、
あとそれとはまた別にこと、ことっていうのはそのイベントにおけるある種の目的だとか、
あるいは課題にどうやって対処していったかっていったことを、
大きく分けてこの2つにそのピッチが対別できたなというふうに感じました。
どっちもそれはそれで素晴らしかったんですけれども、
僕自身は何となくことに向かう説明の方に興味関心が向いたんですね。
ピッチの話としては、ある種自分を主語にして話した方が、
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なんだろう、すごいドラマチックだし、分かりやすいじゃないですか。
ヒーローズジャーニーじゃないけれども、
主人公がいて、主人公が旅立って、すごい困難にぶち当たるんだけど、
それを何らか乗り越えて、だいたい仲間との協力があって乗り越えて、
一回り大きな自分になって帰還しましたっていう、
すごくよくある典型的なストーリーにはまりやすいので、
人に向かうタイプの話の方が感情移入はしやすいし、面白くはないがちであります。
ただ一方で、なんだろうな、これはあくまで僕のものの見方ですけれども、
その人の自己成長だとかって、それはあくまで副産物であって、
あくまでイベント、そのことをどうやって成し遂げるかってことの方が、
本質的にはより重要だし、それを理解した上で、
自分たちの自己成長みたいな話は脇において、
いかにして目的、課題に取り組んだかっていったことを語り、
そこで何かの達成があったというような、
そういう語り口、つまり主語が自分じゃなくて、
目的だとか課題になっているというタイプの語り口ですね。
こっちの方が自分はいいなって思ったんですね。
要は共感したという話です。
これは単にイベントの打ち上げにおけるちょっとした一幕だったので、
それ自体大した話ではないんですけど、
この手の話ってやっぱりキャリアにおいてもよくある話だなというふうに
思ったりもしたというのが、本編というか話したいことなんですけどね。
よく仕事を通じて自分はこんな自己成長をしたいということを熱く語る方っていらっしゃいますよね。
特に若手のビジネスパーソンなんかそういう人が多いんじゃないかなと思います。
この向上心自体はすごくいいことだし、大事なことだと思うし、
別に私自身だって40過ぎたって未だに成長したいだとか、
そういう向上心というのは人並み以上には持っているつもりではいるので、
その心意気自体が何か悪いという話ではないんですけれども、
一方で仕事って何のためにあるんだっけということを考えてみたときに、
別にそれはその人の成長のためにあるわけではないよねと。
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別にあなたのための成長に仕事があるわけではなくて、仕事の向こう側にはお客さんがいるわけで、
お客さんがいないビジネスってあり得ないわけですから、やっぱり主語はお客さんであるべきだと思うんですよね。
ないしはそのお客さんが抱えている問題、課題、これをどうやって解決していくか。
これが語り口の起点になって然るべきなんじゃないかなというふうに思っており、
この点であまりにも自己成長ということをすごく言われる方を見ていると、
なんだろう、だけどそれって本当にことに向き合えているんだろうかというふうに思ったりするわけです。
これって人に向かっているかことに向かっているかという話って決してゼロイチの話ではないので、
何らかグラデーションだとは思うんですよね。
別に自己成長って言っても、当然それは全く興味のない仕事を通じて勉強したいと思ってだけやってるわけではないでしょうし、
また同時にあくまでことに向かうという思いを持っている人でも、
同時にそれはその仕事を通じて自己成長したいという気持ちが矛盾なく同居することって全然あると思うし、
それが普通の姿だと思うので、別にそういった自己成長、自分が主語になるっていうことを否定しているわけではないんですけども、
要はそれをどこまで自分が打ち出すか、
自分を主語にする強度っていうのを、強度ないし濃度っていうのをどれぐらいにするべきなのかっていうのはポイントとしてあるんじゃないかなというふうに思います。
例えば面接のタイミングでそういうことを言うと、雇用する側としては当然、
別にあなたの自己実現のためにこの場が自分たちの会社があるわけではないというふうに思われてしまうでしょうし、
また顧客にとっても、お客さんに向かって私はこの仕事を通じてこんな自己実現したいんですっていう人はさすがにいないと思いますけど、
だけどコンサルタントとかにたまにあるんだな、これ通じて自分はこれを学べると思いますとかいうことを割と平気でお客さんに言ってしまう人。
別にお客さんは知らねえよそんなのっていう。
もうお金払ってやってんだから、仕事なんだからちゃんとやれよ仕事としてっていう。
ちょっと古臭いものの考え方かもしれませんけど、仕事ってそういうもんでしょっていう、そもそも論。
あなたの自己成長とかできてはいいけど、別にそれが目的じゃありませんよというふうに思われてしまって当然だと思うし、
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やっぱりそういう人になかなかいい仕事って回ってきづらいんじゃないかなというふうに思ったりはします。
実際、自分を振り返ってみても逆説的なんですけれども、
何か自分の自己成長のためにって思っている時よりも、
何とかして自分がこの課題を乗り越えなければいけないって思っている時の方が、
結局自己成長につながった機会が多かったなというふうに今振り返ると思うわけです。逆説的ですけど。
僕も新卒でコンサルティングファームとかに入った時に、
やっぱり多分にこの仕事を通じて自分はどういう創業を身につけて、
一発のビジネスパーソンになっていくのかっていう、そういう意識ってすごく強かったと思うし、
それが決して否定される話じゃなかったと思いますけど、
ただ、お客さんとの向き合いっていう、ことに向かう意識と、
人に向かう、自分自身に向かう意識のバランス感っていうのが本当に程よかったかっていうと、
今振り返ると甘かったかもしれないなと思う節はありますよね。
一方で自分が後から振り返ってみて成長につながったなって思う経験って、
何かを学ぼうとしていた時ではなくて、
体系だって何か社員研修を受けたとか、教育機会を受けたとか、
何かオンザジョブトレーニングで素晴らしい教えを受けたとか、
そういう時ではなくて、
とにかくがむしゃらに方法論も何もわかったもんじゃないけど、
とにかく今目の前で課題があるから、
それを何とかしなければいけないってアクセクしていた時、
そういう時ほど自分は結局成長していたんじゃないかなと思ったりするわけです。
具体的にはスタートアップで経営者やってた時だとか、
上場企業で経営者やっていたりした時ですよね。
ある課題とか問題に直面して、
どうすればいいんですかっていうふうに誰かに尋ねようと思ったとしても、
誰かに指示を仰ごうとしても、
考えてみたら指示を仰ぐ人がいないわけですよ。
そっか、これ俺決めるんだったっていう。
これは結構大きかったですよね。
特に最初のスタートアップで3年ほどコンサルティングファームで働いて、
その後自分たちが学生時代に作ったスタートアップに出戻って、
こんなにいい加減に物事決めちゃうの?みたいなことだとか、
これどうすればいいんだろう、誰かどうすればいいんですかって聞こうと思っても
振り返っても誰もいないみたいな。
そっか、俺が決めなきゃいけないんだったみたいな。
こういう時ですよね、結局。
後から振り返って自分がすごく成長したなって思える。
話がちょっとくどくなりましたけど、
結局何が言いたかったかというと、
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仮に自己成長したいっていう気持ちが強かったとしても、
それはやっぱり事に向かうっていう気持ちを持ってる人の方が、
周り回って自己成長してるんじゃないかな、ということです。
これはあくまで跡地絵ではあるんですけれどもね。
なので、昔ね、ほんと10年近く前、
仕事は学校じゃねえんだよと、職場は学校じゃねえんだよだっけ?
なんかそんな、ちょっと嘲笑気味な流行り言葉がありましたけど、
けどそれほんとそうだと思いますよね。
別にお客さんは一位従業員であるあなたの成長のために
商品を買ってるわけでもサービスを買ってるわけでもないし、
企業だって別に、企業に貢献するがために
その一位従業員が成長することは促すけれども、
だけど純粋にその一位従業員の成長のために
会社が存在するわけではないということ。
この点は吐き違えずにいたほうがいいんじゃないかなと。
特に今から就活シーズンでもあると思いますし、
また4月から新社会人の方々が世に出てくるわけですけれども、
この点はね、意識したほうがいいんじゃないかなと思いますね。
その点では、やっぱり何か自分が仕事するにあたって
そのことに全然興味を持てない職場っていうのは
あんまり良くないんじゃないかなと。
なんとなく、これ私がファーストキャリアとして選んだのが
経営コンサルティングの仕事で、経営コンサルティングのキャリアってのは
僕はなんかね、世の中であまりにも増えすぎたから
すごく悪く言われすぎてる節があると思うんだけど、
これはこれで極端な議論で、そんなに悪くなかったというふうに
思うんだけれども、ただ人々が何か違和感を感じることがあるとすれば
こうした点、要は主語が自分なのか、あるいはことであるのか、
何かお客さんの課題、問題であるのか。
コンサルタントってそもそもお客さんが個別具体的に想像されてないじゃないですか。
個別具体的なお客さんの課題を解決したいと思ってない人たちが
つくのがある種コンサルタントだと思うんですけれども。
特定のセクターにどっぷりやりたいと思うんだったら
最初からそういうセクターに行けよっていう話だと思いますし。
この点で言うとね、何となく人々が経営コンサルティングという仕事に対して
なんか危機感を感じるのは、こういった側面にも一端があるんじゃないかなというふうに
感じたりはしますね。
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そんなこんなで。
人間の成熟度合いってことを考えるときに、
ちっちゃいときって、世界の中心は私で、
私すべて物事一人称で進んでいたけれども、
だんだん成熟するっていうことは、そこから自分はあくまで相対化されているものであると。
いろんな人と人との関係性の中に紐づいている位置なんだろうな、
接点でしかないということ。
そうした状況から自分を客観視できるかどうかっていうのが
ある種成熟していくってことなんじゃないかなというふうに思うんですね。
言うはやすしてこれすごく難しいことではあるんですけど。
なんで、いつまで経ってもそういう一人称、
自分が世界の中心っていうふうに気分を引きずっていると、
結構、後々しんどいことになっちゃうんじゃないかなというふうには思いますね。
逆にこれね、自分がすべて受け身で、
言われたかままにやっていくしかないなって思うのは、
それ以前の論問題であり、それはそれで大変なんだけれども、
あくまで自分が能動的に何かやるってことを意識しつつ、
自分はとはいえ社会の相対的な位置要素であるという意識を持って、
自分を客観視できるかどうかっていうのが、
その上でことに向き合うってことが回り回って
自己成長につながるんじゃないかなという話です。
いつになく抽象的な話になりましたが、
あれか、いつでも抽象的な話ばっかりじゃないかというふうに思われるかもしれませんが、
先日参加したイベントの打ち上げで、
なんとなくそんなことを思ったというお話でした。
これはあれですね、就活生の方だとか、
あるいはこれから新社会人になるという方、
俺のボイシーポッドキャストでそんな20代前半の人ってほとんどいないと思うんですけど、
そういう人に届いたらいいなというふうに思っています。
ということで、今日はこんなところでおしまい。