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イグジットした起業家はなぜ不幸せになるのか?-『比較と執着』を超えて-
2026-02-09 23:11

イグジットした起業家はなぜ不幸せになるのか?-『比較と執着』を超えて-

オープンチャット「This is令和スタートアップOC」

https://line.me/ti/g2/hQ6dJIGjMHwD7gGYruUYQBgUj8uxWgiDGFHYCA?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default


■トピック

・M&A後の空虚感:なぜ成功の直後に「不幸せ」を感じるのか

・目標の喪失と「燃え尽き症候群」のメカニズム

・苦しみの源泉としての「三つの比較」:他人・過去・別世界線

・SNSが加速させる「妄想」と自己否定の正体

・仏教の「割愛」とストア哲学に学ぶメンタル管理術

・人生を変えるための「物理的遮断」と環境の移動

・シリコンバレーの山奥で鹿を眺め、心身を整えた実体験

・執着を手放し、次の好奇心へ向かうための処方箋


■キーワード

M&A, イグジット, 起業家, メンタルヘルス, 燃え尽き症候群, 意思決定, 哲学, 比較, 執着, 割愛, ストア哲学, セネカ, マルクス・アウレリウス, SNS断ち, 環境の変化, 大前研一, シリコンバレー, ポルトラバレー, ミクシー, ターンアラウンド, 自己肯定感, 身体性

感想

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This is 令和スタートアップ ソロ編。
この番組は、うまづきベンチャー投資家 Yusuke Asakura が、スタートアップに関するよもやま談義を一人でつぶやきながらお届けいたします。
ゆるりとお聞き流しください。
今日は一人でブツブツお話をする回です。
先日ですね、This is 令和スタートアップのLINEオープンチャットでアンケートを取りまして、
で、配信で聞きたいテーマはどんなんですかっていうのをですね、いくつかカテゴリーに分けて送ったんですけど、
送ったというか、募ったんですけど、結果として1位がですね、経営者の意思決定と哲学という話だったんですね。
あ、そっちなんだみたいな驚きがあって、もう少しそのスタートアップの実務だとかそういった話がいいのかなと思っていたんですけど、
なんかそういうなんていうかやや精神論明いたものが、なんかあのご期待いただいているのかなっていうのが発見ではありました。
で、こういうテーマ設定、まあ質問として自分が加えたんですけど、
まあ加えてみたもののこんなこと話せることあったっけっていう、そんな感じでどうしたもんかなと思っているんですけど、
今日はこの経営者の意思決定と哲学に少し関連づくかなと言いますか、
特に経営者の方を念頭に置きつつ、メンタルを平穏に保つ方法といったほうがいいかもしれませんね。
まあこれたまたま経営者の方を題材にしているだけで万人に当てはまることかもしれませんけれども、
そんな話をしていきたいと思います。
で、何かというとですね、最近よく直接的にもまた間接的にも見聞きする話として、
自分の会社をM&Aしましたと。で、まあある種それを狙ってやってきたわけだからよかったなと思うんだけれども、
結果なんかあんまり幸せになっていませんっていう。
張り合いがなくなってしまった。そういう話を耳にする機会が多くなったんですね。
で、M&Aっていうのもね、必ずしも全く同じ状況とは限らない。
最初からM&Aを狙っていてうまくいったっていうケースもあれば、
当初はIPOを狙っていたんだけれども、なかなかそれが難しくなって、やや救済に近いような形で、
なんとかM&Aに漕ぎつけて一段落着いただとか、いろいろケースパターンはあるわけですけれども、
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共通して言えることとしては、それまでずっと目の前で取り組んできたことがふっとなくなるわけですよね。
で、中にはね、すごいまとまったお金が入ってきて、本当に大きい人が一生、生活のために働く必要性はないなっていう程度のお金も入ってくるケースだって、
場合によってはあるわけですけれども、そういう人にしても売った直後は嬉しいんだけど、
なんかちょっとしばらくすると空白が訪れるとか、またあるいは翌日から急にすることがなくなってしまいましたとか、
なんか燃え尽きて次が見えないとか、なんかいろいろM&Aして、それをやりたいと思ったんだけれども、
なんというか心にぽっかり穴が開いてしまう。張り合いがなくなってしまう。やや燃え尽きてしまう。
そういったことを聞くケースっていうのがあるわけですね。あんまり幸せになってませんよと。
で、もちろんね、そうじゃない人もいるわけですよ。本当によかったと、ハッピーハッピーっていう人もいるんでしょうけど。
で、これは自分も少し似たような経験ってしていて、それも2回しているので、お話ししても差し支えないんじゃないかなというか、
話す立場として間違ってない人間じゃないかと自認をしているんですけれども、
私の実体験で言うと、やっぱり自分で仲間たちと作った会社を売却した。具体的にはミクシーに売却したといったことがありましたし、
またその後、ミクシーの代表に就任して、いわゆる短波ランドをやったわけですよね。事業構造の転換っていうのがやってきて、
もうその前と後ろで全く別の会社になったなというふうにしみじみ思うわけですけれども、これを代表やっていてそれを辞めた。
これM&Aとは違いますけれども、そこをグーッと打ち込んでたものからもう完全に一線引いたっていう、こういう時が2回あってですね。
ある社のやってる時はね、スタートアップやってる時も短波ランドやってる時もものすごい高負荷なわけですよ。
ずっとハイテンションでアドレナリン出てエンジンかかっていて、その分ものすごい疲労とやっぱりちょっとメンタルすごい来るところはありましたけれども、
責任と緊張感の狭間で活動していたわけで、当然そんなの長続きしないしずっと長くやってたいって思うわけでもないんだけれども、
だからそこから何とかしてそれをちゃんと決着つけたいという思いありながら、何とかもっとうまく好転させられるようになりたいというふうに思っていてですね、やっていたわけですけれども、
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実際ある種M&Aの成功にしたって、ターンアランドの成功にしたって、もともと自分が目指していたことだし、ある種高負荷な状態っていうところからはだいぶ解放されるわけですよね、そこからふっと消えると。
それはそれですごく良かったんだけれども、同時にやっぱりね、少し自分の気持ちの糸が切れるような時っていうのもあるわけですよ。
目的がふっと消えたら、M&Aなんか特にそうですよね、もう明確にゴールがあって、そこに向かっているわけですから、そういった感覚があるわけです。
それによって自分自身で言うと、僕は結論から言うとあんまりすごい、あんまりなんか不幸せになるというか、落ち込むことはなくて、うまくやり過ごすことができたなというふうに自認をしているんですけれども、
ただ一般的にはね、結構そこで気持ちが切れてしまう人っていうのがいらっしゃるというふうには聞きますね。
いくつかこれって要素あるんだろうなというふうに思っていて、そのある種の虚無感みたいなものを感じてしまうんだと思うんですけど、
例えば一つは目標が消えてしまうということ。もともとこれやろうと思って実現するんだって思ってやってきたんだけど、それが終わった瞬間、果てと我に返ってしまう。
分かりやすいところだと大学受験とかに近いかもしれませんね。第一志望の志望校に何が何でも合格するんだって目標を持ってやってきたんだけど、合格したらあれどうすんだっけみたいな。
でなんかちょっと自堕落の生活に入ってしまうっていう、よくあるパターンじゃないですか。それも近いかもしれませんね。
あと2点目はその評価軸が消えてしまうっていうのもあるんだと思います。その毎日のKPIだとか、まあそれこそ業績みたいなものだとか、
まあ勝敗っていうものが消えてしまうので、なんか自己評価が宙に浮いてしまうっていうこと。
あと共同体ってものも変わりますよね。一緒に活動しているチームがあったり、ある種まあ仮想的というか競争相手、競合がいたりだとか、
まあそういった比較対象の夫人が変わったり、あとそこでガーッと一つのことに没頭しているが故に通じている同じ現場での共通言語っていうものがなくなってしまう。
話せる内容っていうものが打ち込んでたものがね、ふとなくなってしまう。こういったある種の共同体が変わるという要素もあるんだと思うし、
同時に時間の密度が落ちるっていうのもありますよね。忙しいってなんかきついんだけど、ある種それによって満たされている人っていうのもあるわけですよ。
そこで何か目標に向かってものすごい時間を没頭している、それだけ自分が必要とされているっていうある種自己肯定感の源泉でもあったりして、
これが行き過ぎるとね、本当にあの心身のバランスを崩してしまうこともあると思いますけど、これがなくなってしまうと逆になんか自分が必要とされてないのかなっていうような、
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ある種気持ちが空洞になってしまうようなこと。これM&Aっていうことを具体的な入り口として話しましたけど、別にM&Aに書き出すなんでもあることかもしれませんね。
経営者に限る話ではないのかなと。特に象徴的なのはとはいえ、そういった経営者のメンタリティないし、M&Aをした人に起こりがちなことなんじゃないかなというふうに思います。
これは僕やってる中で絶対そういう状態になるなっていうのは元々思ってたんですよね。思っていて、で、予期はしていました。
あの実際、自分が会社を売るとか会社を辞めるとかいう決断をするときに。それはあの周りの書先輩とか見ていてもそうだったし、物の本読んでいてもだいたいそうだったから。
そんな中でやっぱり思ったのは、全ての苦しみの厳選って、全ては言い過ぎだな、全ては言い過ぎです、嘘です。だけど結構多くの苦しみの厳選って比較にあるんじゃないかなと思っていて。
なんかその比較をどうやってなくすか、捨てるかどうかっていうのが、捨てることができるかどうかっていうのが、まあ平穏を保ちながら、心の平穏を保ちながら充実したネクストステップに向かう方法なんじゃないかなというふうに思うわけですね。
人が苦しくなるときの典型って、だいたい比較だよなと。で、比較っていうのもね、いくつかパターンあって、他人と比較してしまうとか、過去の自分と比較してしまうとか、あるいは今の自分と違う別世界の自分と比較してしまう。別世界線パラレルワールドですよね、自分と比較してしまう。
こういったところがね、いろんな苦しみの燃料になってるんじゃないかなというふうに思うんですね。で、例えばですね、他人との比較っていう意味で言うと、まあやっぱりわかりやすいのはこのSNSですよね。
例えば、M&Aした人であったとしても、同じ時期ね、M&Aで会社売却した人でも、なんか同じような事業やってんのにあいつはなんか自分の10倍の価格で売れたとか、まあね、ないこともないわけですよ、そういうことって。
とか、別に出発点そんな変わらなかったのに、なんであいつの方が報われてるんだみたいな話。まあこれもね、あの、なんというか、思われてる方も良い迷惑だし、ある種、残念なあんまり気持ちの良い発想ではないけど、ただやっぱりどうしても人間そう思ってしまうことってあると思うんですよね。
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そんなこと考えるのっておかしいよなって自分でも思いながら、だけどどうしても結果がね、なんで自分がやってきたものと比例してないんだ、インプットとアウトプットが比例してないんだっていう風に思ってしまう。
特になんか同じ業界にいる人とか同級生とか友人とか後輩とかね、そういう近い領域の人とほど、よりそういったことを思ってしまうっていうのはあるんじゃないかなと思います。
あとはまあ過去の自分と比較してしまうことですね。あの頃の自分っていうのはものすごい全身全霊を込めて戦っていた今の自分はそうではないだとか、過去の自分の方が価値があるように見えてしまって、現在の自分っていうのがみじまりに思えてしまうようなこと。
あともう一つ大きいのはこっちですね。あの時会社売らなかったらどうなってたかなとか辞めなかったらどうなってたのかなとか踏みとどまっていたらとか、なんか違う世界の自分っていうものを考えてしまう。そしたらもっといい状態だったんじゃないかっていう。
まあ都内の芝生は青いじゃないですけれども、今の自分とは違う選択をした自分っていうのはもっと輝いていたはずだっていう。こんなのねわかんないわけですよ。比べようないわけだから。実際そんな自分は存在しないわけだし絶対比べられない。自分の頭の中に存在する脳内にしか存在しない自分なんだけど、それがなんかある種都合よく美化されてしまう。まあ都合は良くないですね。不都合に美化されてしまうと言った方が正しいのかな。
まあそういったことですね。相対的に自分が惨めに思えてしまうということ。まあここらへんがね、結局こうした苦しみの源泉なんだよなと思うわけです。
で、まあこうした非核っていうのはね、結局ところ情報がある限り起こってしまうことで。で、非核が起きるとなんかずっとね、その自分の中での妄想っていうものがどんどんどんどん増殖していく。
あの時ああしていればみたいな。時間の曲でそんなやつありましたけど。あ、そらにんだ。なんかそういうのがね、どんどんどんどん増殖していって、結局自分自身を縛ってしまうっていう。自分自身を不自由にしてしまうという。そういう話ですね。
で、なんて言うんでしょうね。可能性っていうものが、今の自分とは違う可能性っていうものが常に良いものだっていうふうな。まあそういう発想をね、どうやって止めるか。ここらへんがポイントなのかなと思ったりします。
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で、これってなんか昔の人っていうのも結構言ってて、仏教だとね、よくあのこれ渇愛っていうんですかね。あの渇いた愛。なんかもっとこうしたいとか、もっと別の何かがあるはずとか、こうあるべきっていう渇きが、まあいわゆる執着を生むっていう。
これ仏教のテーマですよね。この執着からどうやって離れていくのか。執着っていうのは、そういったもっともっとっていう渇きを対象にしがみつく状態。手放せない状態。まあこれからどう離れていくのかっていうのが、まあオリジナルな仏教の教義なのかなと思ったりするわけです。
で、まあM&A語っていうのはやっぱりね、こういった渇愛が生じやすいんでしょうね。もっとうまくできたはずだとか、今続けていたらもっと良かったはずだっていう。まあこういったこと。あるいはストア哲学っていうのもそうですね。
これは昔のギリシャ、ローマから続く哲学でして、まあいろいろ有名な人たちが、まあストア哲学の、例えばセネカとかマルクス・アウレリウスとか、まあそれこそ今のね、自己啓発本とかのコーナーに置いてそうな、今でも。
まあそういった人たちが信奉していたものですけど。昔の人も同じようなこと言ってて、結局まあコントロールできるものとできないものを分けましょうと。コントロールできるもの、自分の行動とか注意の配分とか情報接種とか、会う人生活習慣みたいな。まあこれはコントロールできるから書いていこうと。
ただコントロールできないものってありますよね。過去の意思決定だとか、あるいはM&Aで言うと他人の売却がきっかけだとか、まあ過去の改定だとか。でまあ別の世界線ってのはもう本当に良かったかどうかって永久にわからないんだから、これだってコントロールできるものではない。
だからまあコントロールできるものに集中しましょうよというのがまあ基本的な、まあちょっとそれこそストイックですけど。ストア派ってストイックの語源何でしたっけ。まあそういうものの考え方ですね。なんで、あのう、まあ嬉しいことに、嬉しいというか幸いにしてですね。
こういった、まあM&Aってのは象徴的な話ですけど、してきちまったがゆえに、しんどくなるとか、むなっさを感じるって、今の令和を生きる日本人のだけ生じる話では決してなくて、もうそれこそ古代ギリシャの時代からずっと繰り返され続けてるテーマ、仏教が生まれた頃から悩まれてるテーマであって。
そこに対して一定の処方箋というものは示されているわけですね。ですので、まあこういったことを取り入れていくのがいいんじゃないかということです。で、これ現代風の解釈としてはですね、僕はいくつかおすすめで言うと、やっぱりその比較の元となる情報だとか環境っていうのはどうやって立つかっていうことだと思うんですよね。
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情報だとこれ遮断になるし、環境っていうところで言うともう本当に極端な話環境を移動してしまうってことだと思うんですけども。で、ここでかつてあの、なんだろうな、もう僕自分のポッドキャストで絶対に、なんだっけ、間違いなく幸せになる方法だっけみたいなめちゃめちゃ煽り気味なタイトルの配信をしたことがあったんですけど、これは本当に今でもそうだなと思うんですけど、
ポイシーの方だったかな。やっぱりね、SNSですよ。これはかなりここに気持ちを持っていかれる。いくつか段階あると思うんだけど、もう本当に時間帯制限してそれ以上は使えないようにするとか、もう本当にスマホからもうアイコン消しちゃう、アプリ消すぐらいの勢いですよね。
もう本当に一定期間、時間帯制限よりさらに踏み込んでもう一切見ないみたいなやつ。あともしもね、本当にM&Aとかして時間とお金に一定程度余裕がある人なんだったら、少し生活の環境を変えてみるってのもありますよね。それこそ自分が知っている人がいないような、だけどちょっと今まで行ってみたかったような、わかんない北海道沖縄みたいなちょっと楽しそうなとこに住んでみるのもいいかもしれないし、海外行くのもいいですよね。
海外行くのが一番手っ取り早いかもしれませんけど。よく大前健一がね、自分を変えたいと思ったら3つしかないっていうような時間の使い方を変える。これはSNS使わないっていうのに通じますよね。あと友人を変える。これもSNSに近いな。
あと3つ目は一番大きいのは、もう本当に住む場所を変えると。一番意味がないのは心を入れ替えることだっていうような話してますけど、逆でこれ本当その通りだなと思いますけど、実際私ミクシー退任した後2年ほどシリコンバレー住んでて、そこはそこでね、結局そこでもいろいろひと月あったのであれでしたけど、ただ今まで接したものとは全く違う人たちと触れる機会があり。
特にね、一時期本当ポルトラバレーっていうもの聞いたこともないでしょうけど山奥に住んでて、マウンテンライオンとか出る世界ですからね。朝起きたら家の前に毎日必ず鹿がいるっていう。そんなところに住んでいて、ここまでね、遮断するといろんなものが物理的に遮断されるので。
これだから別にそうしようと思って何かを遮断しようと思って言ったわけでは実はないんですけど、結果としてめちゃめちゃ効いたなというふうには思いますね。
それもあって割と心を穏やかに過ごすことができたので、もしもそういったことを迷われる方にとってはオススメなんじゃないかなというふうに思います。
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まあその上でね、じゃあ最終的に今ぽっかり穴が開いてしまったんだけど、その次どうすればいいかわからないし、何かしたいという気持ちはあるんだけど、なんかなかなか気持ちが動かないっていう人に関して言うと、
まあしばらくそういう遮断の期間を設けることで、なんか勝手にね、むくむくっと気持ちが湧いてくることもあるんじゃないかなというふうに思います。
人によってはそれが好奇心なのかもしれない。何か小さなテーマ試してみようっていう実験だったりだとか。あるいはこれ責任かもしれませんね。誰かに必要とされているとか。
あと結構ね、バカにしちゃいけないのがやっぱり身体を整えるということですね。規則正しい睡眠をとって、ちょっと僕あの今年入ってまだ1日しか7時間以上睡眠できてないですけど、運動してとか。
まあ生活リズムを取り戻すということ。なんかね、こういうので人間どこまで行っても動物ですから、あのいろいろ気持ちもまた吹っ切れて戻ってくるんじゃないかなというふうに思います。
ということで、ちょっとNイコール1の僕の体験をベースにお話ししているので、どこまで広くはまるかどうかわかりませんし、
またM&Aを終えてなんというかコムになってしまっている人ってもうリスナー層としてはものすごく極小だとは思いますけれども、
まあとはいえそうじゃない方にとっても何らかご参考になるんじゃないかなと。
まあ執着どうやって捨てるかということですね。これはちょっとなかなかお釈迦様でもなければ難しいことなんだと思いますが、
まあけどそれに近づくような簡易な努力はできるんじゃないかなと思います。
ということで本日はこれ何の話だったんだろうな。主にM&A語のコムということをテーマにしながらお話をしていますけれども。
何かそういった虚しさだとか虚無感だとか燃え尽き感だとか、そこから生まれてくる執着というものに抗う方法というお話でした。
ということで今日はここまでです。おしまい。
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