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2026-03-07 18:29

あなたを閉じ込めているのは「思い込み」だった

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「自分が言っても大したことないし」——それ、いつ決めましたか?

グルジェフという思想家は「牢獄にいることを認識しない限り、脱出のチャンスはない」と言いました。僕たちが気づかないうちに自分を閉じ込めている「思い込み」。それを心理学では「地図」と呼びます。地図は生きるために必要なもの。でも、それが唯一の現実になったとき、選択肢が消える。

あの「もやもや」は、実は牢獄の壁のヒビ。そして脱出の鍵は「観察する」というシンプルな行為。今回は、思い込みの外に立つということについて話しています。

## 話していること

オープニング
導入——グルジェフの「牢獄」
僕たちは「地図」の中に住んでいる
「大したことないし」という思い込み
「もやもや」は牢獄の壁のヒビ
秘密の鍵は「観察する」ということ
頭ではなく体の感覚に問いかける
あなたはもう気づき始めている

## 関連リンク

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Good things starting now. Settling, we'll show youhow.
Take a breath and join us now. こんにちは、ぜいぜいです。よろしくお願いします。
今日もたゆたう探究ラジオエピソード3と題してお話をしたいと思います。
今回の内容というのは、グンジェフという人の言った牢獄と脱同月課という話ですね。
ゆっくり進めていきます。
今日は、ウスペンスキーという人が書いた奇跡を求めてという本がありまして、そこからちょっと気になったことを話してみたいなと思います。
ウスペンスキーという人は誰かというと、ロシアの哲学者ですね。
ウスペンスキーは、そもそもロシアの哲学者でグルジェフという人がいて、その人は失踪家なんだけども、
そのグルジェフという人が、東洋と西洋の知恵を融合させた、ちょっと不思議な人物なんですね。
その人の記録をウスペンスキーという人がお弟子さんとして記録していたという、そんな話です。
そこでちょっと面白そうな文章があったので、コンペ抜粋してみました。
次のページがあれだったんですね。これがさっきのやつ。
もし牢獄にいる者に脱出できるチャンスがあるとするなら、まず何よりも彼は自分自身が牢獄にいるということを認識できていなければならない。
これを認識していない限り、つまり自分が自由だと思っている限り、彼には脱出するチャンスはないと。
なかなか鋭い言葉ですよね。
で、なんかこれ僕でもちょっとピンとくるんですよね。
そう、この自分がどこかに閉じ込められているっていう自覚がそもそもないのであるならば、出れるわけもないっていう話で、
これは何の比喩・暗優かというと、僕らの当たり前の思い込み、つまり牢獄の正体っていうのは、私たちを閉じ込めている当たり前の思い込みの枠組みだと思うんですよね。
でね、これをさっきの文章を読んでいて、僕はこれ知ってる、わかるって思ったんですよ。
牢獄っていうと僕たちの普通の当たり前のことなんだなと思ったんですよ。
思い込みってあるじゃないですか。思い込みがあるとなかなかそこから出れないので。
で、なんでどういうことかっていうと、僕たちは日々の思い込みを通じて、日々の体験を通じて自分の思い込みを作ってしまって、
自分はこういう人間だとか、こういう場面ではこうなるもんだっていうふうに無意識の枠組みを作っちゃう。
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そのことをここでは地図って呼んでいます。
ここに書いてある牢獄っていうのは、私たちの普段の当たり前のことであると。
これ決して鉄格子ではなくて、日々の体験を通じて作られた自分なりの思い込み。
自分はこういう人間だとか、こういう場面では普通こうするもんだっていう無意識の枠組みがあって、それが自分の当たり前なんですよね。
だからこの繰り返しこそが本当の牢獄っていうふうに捉えてみました。
これで言うと、現実を解釈するための地図っていう話なんですけども、
アレフレット・コーディブスキーっていう人がいまして、この人はマップイズノットテリトリー、つまり地図は現地そのものじゃないんだよと。
あくまでも地図は解釈なんだよっていう。地図は現地ではない。マップイズノットテリトリーって言った人なんですね。
これ面白い言葉ですね。僕たちの観念の地図とか知識の地図、心の地図っていうのは、生きていく上でやっぱり必要なものではあると。
でも現実そのものではないんですよ。これめっちゃ大事なんですけども、
ここのこれにあるように、現実の出来事の世界と体験から作り上げた僕たちの解釈の世界って別にあるんですよね。
でも僕たちって、自分の経験とか自分の考えとか思い込みそのものが、もう人生だ、世界だってどこかで思い込んじゃう癖があって。
だからコーディブスキーが言ったんですよね。いやいやいや、それは地図だから、現地じゃないからっていうことなんですよ。
地図っていうのは生きていくためには必要なツールなんだけども、現実そのものじゃないんだよということを彼は言ったわけですよ。
なんとなく伝わりますかね。僕たちは全ては二度作られる。全ては二度作られると。
一つ目はステップ1はリアルな体験なんですよ。その瞬間に五感を通して誰それと話したとか、何か手に取った、何か感じたとか、
本当に自分の生きている体験そのものですよね。でもそれを記憶してそうだったなっていうふうに献献していくと、だんだんと解釈とそして思い出す。
あの時ああいうふうに言ったな、あの景色綺麗だったな、あんな体験あったなっていうふうにだんだんと、あの時こんな感じだったなっていうふうに記憶と解釈に変わってくるんですよ。
一回目はリアルなんです。二回目からは思い出しているだけなんですよ。人はでもずっと悩み続けたり、ずっとしんどくなる理由の一つはずっと地図を見ているからなんですね。
ずっと解釈と思い起こしの世界にいる、それ全部二回目なんです。一回目は実際に体験しているから、一瞬うーと思ったりすごいと思ったり、それはリアル。
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でもその後に良くも悪くも反数して地図の世界に入って、ああ美しかったなとか嫌だったなとかを何遍でも繰り返せる。これ地図の世界なんですね。
マップイスのテリトリー、それは本当の現実じゃなくてあなたの地図なんだよってこと。
だから二度目の解釈が繰り返されて、良いものだったら良いかもしれないんだけども、良いものにしても悪いものにしても、自分の中でカチッと固まったものが傷になっちゃうから、ある種は閉じ込められてるんじゃないのっていうところですね。
例えば、この解釈でいうと、例えば会社、僕も会社員だったときのことを思い出しながら話してるんだけど、朝の打ち合わせとか会議とかね。会議で発言やめるときってありません?
打ち合わせでもいいし、何かの集まりでもいいんだけど、周りの話題を聞いてて、こういう相手がある、でもこういうことってどうなんだろうというふうにふと浮かんでも、全体の流れを見ながら、やっぱり今言わなくていいかなとかね。
自分が言っても大したことないし、誰か分かってる人いるから言わなくてもいいかなとかね。
そういうのっていつ頃からそういう癖がついたのかなと。
もう多分何年も前に実際の体験があって、それを何度も自分でこうだったしな、ああだったしなっていうのを無意識で体験して地図がだんだんはっきりしてきて、その地図が絶対になっていくとね。
絶対になっていくと、だんだんその地図以外の選択肢が見えなくなってるし、気づかないうちに自分の心の中の地図、こういうもんでしょ。
現実は地図に行動が制限されてしまう。
最初はそうじゃなかったはずなんですよ、最初の時の体験ではね。
でも今はもう、こう来たらこういうもんだと、発言しない方が自分っぽいかなとかね。
なりゆきを見守ってみようかなっていうこの枠組みが自分になりすぎて、もうそういうもんだというふうに疑いもしなくなってくる。
こんな感じにだんだんなってくっていうね。
この観念とか地図そのものは悪いもんじゃない。
問題は僕たちがその自分が経験で作った地図の中に自ら閉じこもってしまって、これしかないんだっていうのが唯一の現実になっちゃうっていうのが一番もったいないなという。
知らないうちに地図が主になって自分の行動を地図に決められちゃってるみたいな。
本当のフレッシュな経験が最初はあったはずなのに、全部そういう経験の地図が出来上がって、今度は地図で判断するようになって、地図というその枠組みの牢獄の中に閉じ込められちゃってる。
だから最初にグルジェフが言ったように、僕たちは心の中の地図とか牢獄の中にいるってことに気づかないと、もう出ようとさえ思わない。
だって世界はそういうもんだ。人生はそういうもんだ。普通そういうもんだっていうふうにそういうもんだの地図の中に暮らしてるので、まさかこれが自分の地図に過ぎないある種の牢獄に過ぎないってことを聞けばなかなか気づけないんですよね。
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っていうところなんです。
それがさっき言ったグルジェフの言った牢獄なんですよね。でもね、そういうことをしてると命の中のモヤモヤが始まるんですよ。
モヤモヤっていうのは、僕は別の動画ではモヤモヤブースターとかいうことをつけたんですけども、モヤモヤっていうのはこの牢獄の地図にひびを入れてしまうチャンスなんですね。
違和感っていうのは脱出のチャンス。今これしかないと思っていた自分が勝手に作った地図が揺らぐんですよ。脱出のチャンス。
じゃあその牢獄からどうやって出るのかっていうとやっぱりモヤモヤにヒントがあって、例えばいつもと同じように仕事をしてるのに今日はやっぱり会議中黙ってる自分が変だなと思うようになったりとか。
あと人と話をしていて、なんかうまく言葉にできないけど、なんか言いたいことがあるんだなとかなんか違うんだなとか、なんか違うっていう言葉になる手前の感覚をちゃんとしっかり持っておく。
そうすると少しずつひび割れてくる。地図がだんだんこう歪んでくるというのかね。絶対的だった自分の経験が絶対的なくなってくる。
なんか違うっていうような曖昧な感じとか、いつもと同じなのになんか変だなと感じるとか、地図のリアリティが揺らいでくる。
もっと新しい現実が、新しい体験が風が吹いてくる。これが成長とか発達とかが起きてくる気がしなわけですよね。
何かに自分が閉じ込められているとか、自分自身に自分を閉じ込めているんじゃないのかななんてことに気づくチャンスだったりすると思います。
だからこそ僕らが自分で作ってしまった地図に苦味とか違和感とか発生する。そうするとさっき言ったように地図のリアリティが揺らいでくるんだと。
これが絶対じゃないんだって自分にちゃんと目が覚めてくる。脱獄のチャンス。
実は成長とか発達っていうのはまさにこの地図が歪むときなので、地図が絶対的なもんじゃないんだというふうな感じで揺らいできて壁にヒビが入ってくる。
これこそが脱出できるチャンスなんですよというところなんですよね。
てな感じでね、脱出の秘密は観察にあるんですね。どうやればそのひび割れするかっていうとね、観察ってすごい大事なんですよ。
ただ誤解しないでほしいのは、その場その場でどうかなと思っている現実のその瞬間にずっと自分のことを観察しなきゃいけないよとか、その場でもっと冷静に見なきゃいけないよとかいう話でもないんですよ。
そういう難しい話じゃない。
僕たちってその瞬間瞬間現場で生きてる、一生懸命生きてるので、ずっと自分を観察し続けるってなかなか難しいと思うんですね。
できるようにこうしたことないけどやっぱり難しいじゃないですか。
さあ自分のことを観察しようと言うと相手との対話がオルスになっちゃう。
ここに没頭しちゃうと自分がオルスになっちゃう。
自分にちゃんと意識向けると相手との対話がオルスになっちゃう。
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よくコーチングとかカウンセリングとかのトレーニングのときにそういう経験ある人はわかると思うんだけども、
あとそれか、僕は過去営業をやってたからね、営業トレーニング、営業ってそのロールプレイングをするんですよ。
その時もそうなんだけど、見てるのはね、その相手のことに会話に集中してちゃんとしようとすると、
次どうするかとか、今自分がどういう状態かとか、裏方で自分をこうマネジメントすることが難しくなる。
かといって自分のことをちゃんと見ようと思うと、次何言うんだったっけとか、
相手は今どんな感じとか、観察ができなくなっちゃう。両方ともって大変なんですよ。
じゃあどうすればいいかというと、その瞬間その瞬間にさ、何とかしようじゃなくて、
後からね、別に一人反省会でもいいから、後からあれ、あの時何でそんなに必死なんだかなとか振り返ることとかね、
何かもいいし、何かさっき言った営業のロールプレイングのときもね、カメラで撮影してるんですよ。
終わった後にそのVTRを自分で見て、さっきここでちょっと焦ってたなとかね、後からわかったりする。
だから同時でやるの大変なんですよ。だから後からやってもいいんですよ。
それとか時間を置いたり、距離を置いたらいいだけだから、あの時どうしてそう思ったのかななんていうのを、
後から家族とかね、あるいは気のおけない人に話して、話しているうちに、
自分はこんなふうに本当感じていたのかとかね、話しながらわかる人もいますよね。
この一人反省会とか話すとかもそうだけど、これが立派な観察の一つなので、
だから僕たちがやってきたことは無駄じゃない。観察する行為は、
観察することによって自分がその状態から脱出して、眺める側に回れるから、
ちゃんとだんだん心が発達していくんだけれども、
その瞬間瞬間に何も全部やらなくても構わない。全部わからなくても構わないということですね。
もう少し深振りすると、頭ではなくて体の感覚に問いかけるっていうのも結構大事で、
何が自分があの時操作したのかなとかね、その動機づけは一体何だったのかなとかね、
自分の中にどんな感覚があってそうしたんだとかね、例えば胸がキュッとするとか、肩が重たいとか、
なんかそんなふうに後からでもいいから、その自分の感覚に追体験してみると、
この体に残っている感覚を通して自分のことがまたわかったりする。
この感覚を観察していると、そこからも脱動率ができて、
これも地図の一部だったから地図をちょっと眺めて、いつもこんなふうに反応してるんだ、
それはきっとこんなふうに自分のことを思い込んでるからなんだっていうふうに、
だんだんと地図がワイドに見えてくる感じで、だんだん自分のことがわかってくるんですよね。
これが結構大事な手明かりになります。
無意識の思い込みに気づくことが結構重要な手明かりになるんですよ。
見えない地図を見える化するというところの一つですよね。
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ここからがちょっと面白いところなんですけども、
これをさっきから言っている脱動率かって言うんですが、
こうやって振り返っている最中にふと、あれこれって自分の思い込みだったのかもとかね、
他の見え方もあったのかもってだんだん自分でわかってきますから。
例えばさっきの打ち合わせとか会議とかの例え出しましたが、
発言をやめた、その時言うのをやめた、自分のことを振り返って、
さっき書いてましたがお胸がキュッとするとかね、
ああと言ったらよかったのか、言ったらよかったなと思ってるなとかね、
自分の発言なんて大したことないと思ってたんだとか、
そういう反応を後から見たらわかってきたりするんですよね。
さっきそのロールプレイングを後からカメラで見たらわかるっていうのと似てますよね。
そんなふうに気づいてそこにいる、気づいてちゃんと自分とともにいる、
それだけで思い込みのロゴから出れますよっていう、
結構簡単な理屈だったりはします。
ということで、こういうふうに長年頼りにしてきた地図がだんだん揺られてくると、
不安とか自信の喪失が起きてきますよね。
ここで一つ大事なことを言いますと、こうやって自分の思い込みに気づいてくると、
不思議なことにムズムズしたり、逆に自信がなくなったりするんですよ。
もうどうしようもないっていう感覚に至ることもあると。
何でかっていうと、今までこう来たらこうなるもんだとか、
自分はこうだっていうふうに思い込んできた地図があったのに、
観察することによって、あれ自分ってどういう人間だったっけとかね、
なんか揺られてくるときがある。
これまでは私はこうだから、私はこんなふうな人間だから、
こうすればいつもうまくいって無難にいくんだとか地図があったのに、
だんだんそれが観察対象になってくると、あれじゃあどうすればいいんだっていうふうに、
なんか揺らいでくるときもありますね。足元がぐらつくとかね。
もうそれも自然なことなんですね。
だってそれは思い込みが崩れていくチャンスなので、
サイナーでフリー枠組みからデフォートしちゃうということなんですよ。
で、ここですね。ムズイ目の始まりは、本当にそうかなっていうところ。
今日のこの話を聞いて、なんかわかる気がするなとか、
確かに私の中にも思い込みがあったなとか感じた方がいたら、
チャンス、もう始まっていますよということなんですね。
普段の自分がもうこれでいいんだが、
なんとなく本当にそれで良かったのかなとかね、
うじゃぎ出す、これで結構発達とか成長のチャンスだったりします。
本当にそうかなっていうこの萌実は、
あれが自分の思い込みの外に片足が出てるチャンスなので、
ぜひそれを喜んでくださいと。
この片足が思い込みの外に出たら、
それがその向こう側に自分をさらに方向づける何かがありますから、
その向こうにまだ言葉にならない何かがありますので、
これが転生の方向性だったりしますので、
これが目覚めの始まりだったりしますので。
18:02
今日のこの短い放送を聞いて、
何か言ってることがわかるように思える意味があって、
確かにそれを地図と呼ぶならあれが地図か。
地図を確かに眺めると本当にそうかなというふうに揺らぎ始めてるね。
これはチャンスだと思ったらしいんですよね。
話でした。
ちょっとあっという間に駆け足で説明しましたが、
何か響くものがあったら教えてください。
また次回よろしくお願いいたします。
ではでは失礼します。
18:29

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