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日々考察-ヒビコウラジオ。このチャンネルでは、広島でサラリーマンをやっているたしづんが、日常の出来事について、あれこれと考察をしていきます。
第381回の放送、ということで。 今回のテーマがね、縁についてです。
縁という言葉ありますよね。 皆様この縁っていう言葉を、どのような意味で使っていますか?
何となく定義付けができていますでしょうか? まあ人との出会いに対してね、これは縁だねっていうことはよく
聞きますよね。 まあね、この縁っていうものに対して
二通りの、 何て言うんだろうな、二通りの解釈があるというか、人によって意味が二通りに分かれてるんじゃないかなと
思ってですね、今回はそんな話をします。 まあ結構
スピリチュアル界隈という言い方をしていいのかはわかんないですけど、 人と人との縁っていうのを、これは偶然ではなく必然であると
いうふうに解釈をすることがありますよね。 要は、この人と出会ったのは運命である、最初から決まっているものである
という感じですよね。 まあ
こういう考えの人って世の中結構多いかなって思います。 ですから
まあね、 このこの縁を
どう受け取るかみたいな、この運命をどのように感じるかはあなた次第ですよと。 そういった話の進め方が多いんじゃないかなと
思っています。 私はそっち派ではないんですよね。
縁という言葉は使いますけれども、それは運命として決まっているものという解釈ではなく、
出会ったことっていう、その出来事、結果を表す、 その結果に対して縁という言葉が便利なので使っています。
つまり、何らかの人と出会ったっていう、その出来事のことを縁と呼ぶ。
せっかくこの人と出会えることができたのだから、その縁を大事にして、今後どのような振る舞いをしていくかというのを考えていきたいなと、普段からそう思っています。
実はこのお話は、もうかれこれ2ヶ月くらい前から、いつかこの話をしようとして、メモ書きにずっと残していました。
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この度、この話をしようと思ったのが、ある人との出会いですね。
これが日本一周のペコパンさんという、サンドFMもやられている人です。
本当にね、この人とは偶然出会ったんですよね。
すぐ仲良くなって、日本一周をされているんですけれども、ずっとね、この長いことずっと、もうすぐ2年くらい日本一周をされている中で、
ちょうど、いつぐらいですかね、半年くらい前に広島県を通ったんですよ。
なのでそのタイミングで顔を出しに行きました。
そこからですね、なぜかペコパンさんが福岡県福岡市にいるというタイミングで、私も幼児で福岡に行く機会があったので、なぜかその訪問先でもう1回会うということをしました。
あれ、面白かったですね。
その後はね、会いにみんなで集まろうという話をしてて、
いわみTVひだかさんのお家に泊めてもらう形でですね、ペコパンさんと会った。これが3回目です。
どうしてもね、鳥取県を案内したかったんですよ。
鳥取県ってすごく素晴らしいところがたくさんあって、回りきれないんだろうなと思ったので、
タイミングが合えばもう1回どこかで会いましょうという話もしていました。
それでこのゴールデンウィンク中に会ってきました。
ということでね、本当にたくさん何回もオフ会をしたんですけど、なぜするかというと、
縁をすごく大事にしているからです。
せっかくこのスタンドFMというSNSで出会った人で、なかなかないと思うんですよね、偶然。
こんだけたくさんアカウントがある中で偶然出会えるっていうのもなかなか珍しいことです。
しかも年齢も同い年なんですよね。
人柄がね、ペコパンさんがもう一度会いたいなって思わせてくれるような、本当に素敵な人間性の方なんですよ。
そういうこともあって、こういう素晴らしい出会いをしたのであれば、
その縁を大事にして自分から会いに行きたいなということを考えていました。
本当にね、素敵な人柄ですごく会いたいなと思って、タイミングが合わない人が何人もいるんですよね、このスタンドFMもそうです。
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前者の、今日の話の縁についての解釈で、前者の人って要は運命とかそういうふうなのを信じる人なので、
いくらやってもタイミングが合わない人のことは縁がない人だっていうふうに勝手に決めつけちゃう嫌いがあるかなと思ってるんですよね。
私の場合はあんまりそういうふうなのは考えないんですよ。
だから、もう出会ったっていうことが縁だから、いつかタイミングが合う日を信じて、またどこかでお会いできたらいいなっていうのをずっと、それを考えてずっと過ごしていくっていう。
そのスタンスは変えないっていう感じ。変にね、運命みたいな感じで変な意味付けをしてしまって、自分の可能性を狭めるっていうことをしたくないんですよ。
ですから、これまでタイミングが合わなくて、なんとなく縁が遠いなって思ってる人でも、次に会える機会がないかなっていうのを積極的にね、探すようにはしています。
せっかく出会ったんだから、いい関係を作りたいなと。こんな気持ちがね、子供の頃からずっとあって。
ですから、私と以前からSNSでつながっている人は、私のことを人間にすごく興味がある人だと、そういう評価をするっていうことが多いです。そういう評価をいただくことが多いです。
まあね、人間そのものに興味があるとか好きっていうのもあるんですけど、やっぱりせっかくこんだけ日本全国で1億人っている中から偶然出会えたんであれば、その出会った人と関係性を良くしていきたいという、そういう気持ち、なんかもったいない精神みたいな感じですよね。
なので、やっぱり会社の同僚ですごく後輩にパワハラをしたり、先輩に対して失礼な態度を取ったり、まあその両方をしているやつもいますけど、私的にはちょっとそういうのってありえないなっていう気持ちですね。
もう会社の中でせっかく会ったんであれば、良好な関係を作りたいと。そう思ってね、しっかりと関係づくりの努力は欠かさずやるということです。それを常に意識しています。
また、逆にね、相手がそういうふうに思ってくれない、私のことを無限に扱う人もやはりたくさんいます。そういった人に対しては、やっぱりその縁を大事にするがために、あまりそういうエネルギーをかけたくない相手っていうのもしっかりと作る必要があるかなと。
なんて言うんだろうな、エネルギーをかけたくない相手にわざわざエネルギーをかけてあげないということです。
これはやっぱりね、大事にしたい人にエネルギーを注いであげたいからですね、体力も時間も有限なわけです。
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なのであれば、やっぱり無駄遣いをしてしまってはいけませんから、時間だったりエネルギーをかけたい相手にしっかりとかけてあげるっていうのを、そういう気持ちでいるからこそですね、あえて全ての人に同じようにエネルギーをかけてあげるわけでもないと。
こういうことはね、色々と考えながら日々過ごしています。
以前、後輩の子に教えた内容で、配信の中にもどっかに残ってるんですけど、やはり守る必要がなかったり守るべきじゃない相手を守ってしまったがために本当に守りたかった人とか本当に守りたかったものが守れなくなるという現象、これをね私はたくさん見てきました。
例えば後輩にパオハラをするそういう先輩社員、この人を厳しく指導ができなくて、その結果その先輩社員が原因で後輩が2人も辞めてしまいました。
これ実際に私の会社であった出来事の事実です。私の自分自身の解釈は入っていません。
そういう状況で、じゃあ本当にその先輩社員を守ってあげるっていうことがそんなに重要だったのかっていうお話、私はそこに疑問を持ったんですよね。
でもやっぱりそれって個人個人でもね、個人個人の生き方でもそういうことってたくさんあると思うんですよ。
ですからやっぱり守るべき人、しっかりと見極めていって、そういう人を守ってあげると。守るべきじゃない人は守ってあげないと。
それは今までね、出会ってきた人の良い縁、悪い縁っていうのを考えて、良い縁をしっかりと大事にしたいってことですよね。
そういう気持ちがあればね、おのずと答えは出てくるものだと思います。
自分を粗末に扱う人に、別に喧嘩したり嫌われに行く必要は全くないんだけど、こちらからあえてエネルギーや時間をかけてあげる必要はないかなっていうふうに思っていますね。
縁について話が膨らんでしまいましたけれども、縁っていうものに対する考え方、2パターンあります。
これね、一つの言葉にまとめると、時間が未来に向いているか過去に向いているかだと思います。
今回の放送の冒頭で言ったような、運命論者の人は縁っていうものを未来に向けて使っているっていう感じじゃないかな。矢印が未来に向かっているって感じですよね。
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その人と会うのは運命だったから元から、その縁によって元から出会うことが決められていた。
だから、将来、同じように将来出会うべき人っていうのは決まってるんですよっていう発想ですよね。
私のような考え方は過去に向いている、その出会ってしまったという出来事に対して縁という概念を使います。
だからこの人と会ったのは良い縁だったとか、先ほどのような嫌な人と会ってしまった場合はこれは良くない縁だったなっていう捉え方をして、縁を切るということも最終的には必要になるかなと思います。
とにもかくにも、私としてはそういう運命みたいなものはないと思っていて、
だからこそ世の中は全て必然性のある出来事は科学的に証明ができます。
だから直感みたいなのもちょっとよくわかんなくて、私は以前の放送で直感は経験則に基づく統計学であるというお話もしています。
そんな感じで、世の中、結果が決まっている物事っていうのは全て科学的なものであり、逆に言うと科学で説明とか証明ができないことは全て偶然性の中で生まれるものだと思っています。
ですから人と人との出会いなんてのは、そういう必然性なんてものはないわけですよね。
ですからいい人とばっかり出会う方法っていうのも科学的に証明はできないし、たまに嫌な人とばっかりと出会うみたいな人もいます。
私のかつてリスナーさんの中にも、人間関係がずっと悪くて自分はそういう運命の下で育ったんだっていうことを言っている人がかつていました。
でもやはりそれってなぜそんな運命になっているってわかるんですかっていうのは、その結果論でしかないですよね。
だからやっぱりそういう運命なのかどうかっていうのが決まっているか決まってないかっていう話をしても、やっぱりあんまり意味がなくてですね。
そうではなく、科学的に証明できないのであれば全ては偶然の中で起きている出来事です。
だからその偶然起きた出来事に自分がどのような気持ちを馳せるか、そしてその結果を将来に未来にどうつなげていくかっていうのは自分で選ぶ、これが必要かなと思っています。
Cっていうなら、自分の周りには嫌な人ばっかりが来るようになっているっていう、そのようなタイプの人って、あえて科学的に証明ができる内容を話すのであればコミュニケーションの問題だと思っています。
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要はコミュニケーションの中で、例えばこういう状況でこのような言葉遣いをする人は必ず嫌われます。これは統計が取れています。こういうことってありますよね。
なのである程度科学の範囲で証明だったり予測が割と高い精度でできるっていう、そういうのがコミュニケーションだと思うんですよ。
だから、そういう自分は人との縁に恵まれないなと嘆いている方は、ぜひコミュニケーションをしっかり勉強して、もっともっといろんな出会いをまずは増やしていくと。
で、なるべく人から嫌われる、嫌われる確率が高い行動は取らないということです。
その中で出会いを増やしてからは、私のように大事にすべき人とそうじゃない人っていうのをしっかりと選別をしていくっていう、
ある程度科学的なアプローチをすれば、変な運命みたいなことに振り回される必要もないんじゃないかなって思っています。
ちょっとね、今回話がかなり脱線してますけど、その縁というものに対して、私は結果に対して縁という言葉を使っています。
その縁を生かすというか、いいものにしていくために自分がどう行動するか、これを普段考えながら生きていると。
そのようなお話をいたしました。
ちょっとね、話がごちゃごちゃになってしまって大変申し訳ありません。
何かね、これを聞いて思ったことがあれば、またコメントとかレターで教えてください。
はい、ということで、日々考察日々考ラジオ第381回の放送、縁についてというお話をいたしました。
ここまで聞いてくれてありがとうございました。