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363 日記 | TanaRadio Piを作る意味とは
2026-06-21 19:49

363 日記 | TanaRadio Piを作る意味とは

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サマリー

たなさんは、インターネットラジオ受信機「TanaRadio Pi」の制作を通じて、その行為の深い意味を探求しています。ChatGPTに過去の文字起こしを渡し、なぜこの電子工作に惹かれるのかを分析してもらったところ、単に音声を聞くのではなく、音声が現れるまでの過程を自分の手で取り戻すこと、そして手間をかけることで音声との関係性を築くことの重要性が浮き彫りになりました。また、どこでも聞ける便利さが失わせる「場所」の感覚や、AI時代だからこそ手作業で理解可能な機械を作る意義も指摘されました。たなさんは、この制作過程を「旅」に例え、ポッドキャストを従来のラジオのように偶然の出会いを楽しむメディアに変えたいというビジョンを語り、リスナーとの共有を続けていく意向です。

導入と制作の動機
たなです。
2026年6月21日日曜日午後5時20分です。
声日記を収録します。
このところ、TanaRadio Piというインターネットラジオ受信機を作る、
その過程をある種の実況中継的な形で収録しまして、声日記として配信していますけれども、
今回はちょっとまた別の趣向で収録したいと思っています。
私はこの一種の電子工作のようなことをやっているわけですけれども、
なぜこれをやっているのか、これをやることの意味は何なのかということを少し深く考えたいなというふうに思いました。
第一には、ともかくこういう工作が好きだということがありまして、子どもの頃は工作ばかりやっていたんですが、
大きくなるにつれてあまりやらなくなりました。
でも、なぜか最近無性にやりたくなって始めたということがあって、
実際やってみると確かに楽しいので、気晴らしとしてはとてもいいなというふうに思って毎日少しずつ続けているんですが、
でもこれは単なる趣味ではなくてもっと重要な意味があるのではないかと勝手に思っていまして、
ただそれをうまく言語化できないので、ちょっとこれをChatGPT、チャッピーに考えてもらおうかなと思って、
これまでTanaRadioで配信したエピソードの文字起こしを渡しまして、
それで、私は何でこんなことをやっているのかということ、その意味を考えてもらいました。
ChatGPTの分析:音声体験の再構築
AIは聞きますと何でも答えてくれるので、その答えをちょっと読んでみたいと思います。
このように答えてくれました。
文字起こしを読む限り、このなぜだろうには既にいくつかの答えの芽が出ています。
答えを一つに絞るより、複数の仮説として持っておくのが良いと思います。
私ならこう整理します。
まず短く答えるなら、たなさんが惹かれているのは、単に音声を聞くことではなく、
音声が現れるまでの過程を自分の手と場所と機械に取り戻すことなのだと思います。
スマホで聞けば音声はすぐに出ます。
でも、その便利さの中では、音声がどこから来たのか、どう届いたのか、
今ここで聞いているとはどういうことかが見えにくくなります。
TanaRadio Piは、その見えなくなった過程をあえてもう一度見えるものにしています。
ということで、その過程が列挙されていますが、
電源を入れる、起動する、TanaRadioの画面が開く、ボタンを押す、つまみを回す、音が出る、
場合によっては電波で飛ぶ、ラジオで受ける、このような過程ですね。
この遠回りによって音声は単なるデータではなく、出来事になります。
聞く行為の身体性と関係性
以上が短い答えなんですけれども、次からが長い答えです。
1.聞くことを身体的な行為に戻したい。
文字起こしの中でかなり重要なのは、スマホで再生してBluetoothスピーカーから鳴らせば、
一応ラジオで聞く気分にはなるが、スマホをいじくって鳴らすのがしっくりこないと語っているところです。
さらに機械のボタンやつまみで聞きたい番組を聞けるようにしたいと述べています。
ここに確信があります。
スマホ操作は便利ですが、基本的に画面を触る行為です。
ラジオ操作は機械を扱う行為です。
この違いは小さくありません。
スマホではどんな音声も同じ画面上のコンテンツになります。
でもラジオでは音量つまみ、選曲、スイッチ、スピーカー、筐体があり、聞く前に構える感じがあります。
つまり、TanaRadio Piは、ポッドキャストを画面上の情報から手で扱う音の道具に変えようとしているのだと思います。
2. 手間は無駄ではなく関係を作る。
効率だけで見れば、Raspberry PiもFM送信もラジオ受信も不要です。
でも効率的に聞けることと、満足して聞けることは別です。
ここははっきり言ってよいと思います。
人間は最短距離で目的物に到達したいだけの存在ではありません。
例えば、コーヒーもコンビニで買えばすぐ飲めます。
でも、豆をひいてお湯を沸かしてゆっくり淹れる人がいます。
それはカフェイン摂取ではなく、コーヒーと自分との関係を作っているからです。
TanaRadio Piも同じです。
スマホで再生することは音声コンテンツの消費です。
Raspberry Piで作り、設定し、部品を選び、つまみを回して聞くことは、音声との関係を作ることです。
手間は邪魔者ではなく、関係を濃くする媒介になっています。
3.どこでも聞けるは逆に場所を失わせる。
場所の再発見とAI時代の創造
世界中どこでも聞けることは、配信技術としては素晴らしいです。
でも、どこでも聞ける音声は、裏返すとどこにも属していない音声になりやすい。
たなさんが音声ZINEやTOKU BOOKSとの関係で考えていることにもつながりますが、
特定の場所でしか聞けない音声には、そこへ行く理由が生まれます。
場所に縛られることは不便です。
でも、その不便さによって音声は、アクセス可能なデータではなく、そこにあるものになります。
これはかなり重要です。
本屋でしか買えない人、ある棚でしか見つからない本、ある場所でしか聞けない声、
そういうものは効率的ではありません。
けれど、出会いの記憶が残ります。
TanaRadio Piの長期構想にも、周波数を合わせるのではなく、
本棚を選ぶ感覚でコンテンツを切り替える、
さらに声の本棚として機能するというイメージがありました。
これはまさに音声を場所や棚と結びつける発想です。
スマホのポッドキャストは、自分が選んでタップして取りに行く感じが強いです。
一方、ラジオには、つける、待つ、合わせる、流れてくる、偶然耳に入るという感覚があります。
これは受動性ではなく、迎え入れる姿勢です。
TanaRadio Piが面白いのは、
ポッドキャストという本来オンデマンドなものを、少しラジオ的な経験に戻そうとしているところです。
つまり、TanaRadio Piは、ポッドキャストを選んで消費するものから、生活空間の中で立ち上がってくる声に変えようとしている。
これはかなり強い動機だと思います。
5.AI時代だからこそ、手で作ることに意味が出ている。
今回の文字起こしでは、AIサービスへの依存や、突然使えなくなる不安についても語られていました。
高性能なAIやAPIに頼ると、それが止まった瞬間に作業が止まる。
その経験から、いつ止まっても困らない形で使うことの大切さを感じていると述べています。
ここもTanaRadio Piの意味に関わります。
Raspberry Pi、ボタン、抵抗、LED、FM放送、ラジオ受信。
これらは決して最先端ではありません。
むしろかなり素朴で枯れた技術です。
でもその素朴さが安心につながっている。
AIやクラウドは便利ですが、ブラックボックスです。
TanaRadio Piは不便ですが、少しずつ自分でわかるようになる。
ここに現代的な意味があります。
TanaRadio PiはAI時代の反AIではありません。
むしろAIに助けられながら、自分の手元に理解可能な機械を作る試みです。
ここがとても面白いです。
制作過程がもたらす深い洞察
6. 「作ること」は、自分の注意を取り戻すことでもある
配信の中で、フェーズ3は、電源を入れるだけでTanaRadio画面が表示されることが目標として語られています。
実際には、Unlock keyringで詰まりながらも、
最後には自動表示と音声再生まで確認し、堂々とフェーズ3完了となっています。
この過程自体が大事です。
完成品を買えば、問題は最初から解決済みです。
でも、自分で作ると問題に出会います。
なぜ画面が出ないのか。
なぜキーリングが出るのか。
なぜ音が出ないのか。
なぜこの向きなのか。
なぜこの抵抗が必要なのか。
このなぜの連続が自分の注意を深くします。
効率的な道具は、こちらに考えさせないように作られています。
自分の道具はこちらに考えさせます。
だから、TanaRadio Piは音声を聞く機械であると同時に、
注意を取り戻す装置でもあるのだと思います。
7. 暫定的な答え
今の段階での答えはこう書けると思います。
私はポッドキャストを単に便利に聞きたいのではない。
声がどこから来て、どの機械を通り、どの場所で鳴っているのかを感じながら聞きたいのだと思う。
スマホで聞く音声は便利だが、便利すぎるために音声との関係が薄くなることがある。
Raspberry Piで再生し、場合によってはFM電波として飛ばし、
ラジオで受信するという遠回りは、
音声をもう一度物や場所や行為と結びつける。
それは音声を消費するための効率的な方法ではなく、
音声と関係を結ぶための方法である。
TanaRadio Piはポッドキャストをラジオのように聞く機械であると同時に、
便利さの時代になぜ人はあえて作り、手間をかけ、遠回りするのかを考えるための実験である。
私の見方(私というのはチャッピーのことですが。)
かなり率直に言うと、このプロジェクトの本質は懐古趣味だけではありません。
もちろんラジオ的なノスタルジーはあります。
でもそれだけなら既製品のレトロラジオで足ります。
TanaRadio Piの本質は、配信、AI、クラウド、スマホによって見えなくなった媒介を、
もう一度自分の手元に取り戻すことだと思います。
そしてそれを深刻な思想ではなく、部品を買い、失敗し、光らせ、鳴らし、つまみを回すという形でやっている。そこが強いです。
考えすぎる前に作る。でも作りながら考える。この順番がいいです。
このなぜだろうは、答えを急がない方が良いです。
むしろフェーズ4でボタンが反応し、フェーズ5でつまみが効き、
さらにFMで飛ばして本物のラジオから声が出てきたときに、また別の答えが出てくるはずです。
おわりに
以上がチャッピーの出してくれた答えでして、
私の方ではなんとなくモヤモヤとしていたことが言語化されてかなり納得しました。
いろいろ書いてありますけれども、やっぱり便利すぎるとスーッと終わってしまって面白くないという感じでしょうか。
旅に例えるといいと思うんですけど、
旅というのも単にある目的地へ行くことだけが目的ではなくて、
それの準備をしたり、時間をかけてその旅程を味わいながら進んでいくことに旅の楽しさがあるわけですよね。
ポッドキャストの音声を聞くというのも、そういうところが面白いんじゃないかというふうに思い始めたということです。
単にいろんな音声を聞きたいときに聞くというだけならば、
それはもう今ある手段でかなり実現できて、実際にそれを楽しんでいるわけではありますが、
でも私はそれと同時に普通のラジオ、基本的にはAM放送、特にNHKのラジオ番組を毎日聞いているわけですけれども、
その聞き方はですね、ポッドキャストとは全然違うんですよね。
単純に起きたらスイッチを入れ、流れてくることを聞く。
また寝る前にスイッチを入れ、ちょっと聞いて眠くなったらスイッチを消して寝る。
それだけなわけです。そのときに聞こえてくるものをただ聞くわけでして、選んでいるわけでは全然ないんですね。
それでもラジオを聞くということがとても楽しい。
偶然なんかいろんなことを知ることができる。
そこにラジオの面白さがあると思うんですけど、ポッドキャストもそうなるといいなと思うんですね。
ポッドキャストはなまじっか選べるために自分の好みのものばっかり聞いてしまうというところがあるわけですが、
それは別にいいんですけれども、でもそうじゃない
偶然性によって新たな情報、新たな配信者、新たな声に出会うという経験もしたいなというふうに思って。
だからあえて選べないインターネットラジオ受信機、多少は選べるようにしたいと思いますが、
でも基本的にもう勝手に流れてくるだけというのを聞けるときに聞くというですね、
個人的なFM放送局を作って、自分だけがリスナーとして聞くというようなことをやったらどうなるだろうかということを実験してみたいんですね。
そうすると、私がNHKのAM放送を聞いているのと聞く形は同じになりますが、
でも内容が全然違いますので、また新たな楽しみになるんじゃないかなというふうに思っているということなんですけれども、
いつになったら実現しますでしょうか。
まだまだこの旅、TanaRadio Piを作る旅は続きますが、その過程をリスナーの皆さんと共有したいということで、声日記で配信していきたいと思います。
それではまた。
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