「31は偶数ですか?」という投稿から始まる疑問
こんにちは、たまです。 こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今回はですね、私がXで見かけた、いつもXの話を紹介してるけど、
これは何?って思った話があって、紹介していきたいと思うんですけれども、
31っていう数字があるじゃないですか、30の次ですね。
31という数字に関して、とある生徒がいて、
たぶん小学生ぐらいなのかなと思うんですけど、
生徒から先生、31は偶数ですか?って聞いて、
先生が偶数ってどんな数だっけ?って言ったら、
スラスラとその子供は、1の位が0,2,4,6,8の数ですって言って、
先生が、じゃあ31は偶数って言って、
それは親が見逃してる、勉強できない子ってこんな感じ。
言ってることは正しいから、親は理解できてると勘違いしてしまうのは、
実際はそうではないという話なんですね。
私はこれを見て、実際は自分が言ってる言葉の意味を理解できてないっていう子供っていうことらしいんですけど、
自分がそうだったことがないし、
正直、自分の周りにもこういう感じのことを言う人っていなかったので、
宇宙人を見るような目で思ってしまって、
これはなんでこうなるんだろうって、
マリカさんにシェアしたら、実はそれが日常茶飯事の話だったということで、
マリカさんに詳細をシェアしていただこうと思います。
丸暗記と本当の理解の違い
私とタマさんのTwitterXのタイムラインは同期されてますので、
私も当然これを見ておりまして、
私にとっては、私は理解できないけど、
あまりにもこの現象がすごいよく起きるので、
確かになんでなんだろうなと思って、
私の手元にいるあらゆるAIちゃんに相談をしながら、
その内容をちょっとまとめて、なんとなくわかったことがあるのでお話をしたいんですけど、
多分なんですが、偶数の場合は、
1の位が0,2,4,6,8だよって言ってるっていうのは、
その意味がわかっているというよりは、
多分漢文を丸暗記したもの、
百人一首とかを丸暗記したものを、
口から出しているだけであって、
意味というのがわかってなくて、
フレーズとして覚えてるっていう感じだと思います。
具体的に、ルールみたいなのは言葉としては覚えてる。
31を偶数か奇数なのかっていうのを判別するっていうのは、
まず1の位が何かをチェックして、
それが今回は1だね。
1ってことは今回のルールは1の位が0,2,4,6,8だから違うね。
偶数じゃない。つまり奇数だね。
実はものすごい小さいプロセスをたくさんやらなきゃいけないんだけど、
例に照らし合わせて具体的なものを判断するっていうもの。
要はその抽象的なルールを具体に落とし込んでいって、
つまり抽象で言うと奇数だよねっていう。
具体的に抽象で行き来をしている状態なんですけど、
多分ここが一定苦手なんだろうなと思います。
多分最初に偶数としてのテーマの話をしているから、
子供からしたら偶数って先生言ってたな、みたいな。
よく聞こえてるなって思って、
31話あって言われたら口から偶数って出てるみたいな感じで、
偶数だと思って言ってるというよりは、
偶数って言ってたし偶数って言っとこ、みたいな。
すごくAIの多分これがさっき言ってたからこうだろう、
みたいな推論で言っているという感じで、
本当の意味でわかっているわけではない。
ツギハギで覚えなきゃいけないフレーズだけを丸暗記で出力をしているけど、
本質的な意味ではわかっていないということだということが、
皆さんのAIから理解ができまして、そんな感じでした。
初期ChatGPTとの類似性と人間の理解
いやー、ちょっと多難だな。
初期のチャットGPTみたいですね。
今はもうそうじゃないんですけど、
最初の方のチャットGPTってすごい賢いっぽそうな回答してくるんだけど、
初戦AIなので、こんな感じで偶数、これって偶数みたいな感じで言ったら、
最初の方に言ったことに引っ張られて、
その後の本来だったらこういうロジックで答えるはずっていうのを答えてこないんですよ。
31は偶数ですとか言って違うでしょみたいな感じで、
ごめんなさいとか言うみたいな、
そういう本質的なところは何も理解していなくて、
それっぽいことを無駄に瞬発力が高く言ってしまうみたいな、
それとすごく似てて、
AIだったらそれは本質的に理解するってことは機械なのでなさそうな印象だけど、
人間だったら、本来だったら自然と理解できそうなところがそうではないってことですね。
具体的な体験を通じた理解の重要性
基本的に考えるというよりは、フレーズだったり言葉だったりを丸暗記して、
それを口から出すっていうことを多分やりすぎていると、
そのルールの本当の意味を理解する。
2で割れる数のことを偶数と言っていて、
2で割ると1余る、もしくは割れないのを奇数って言うんだなみたいな話。
例えば具体的に10個のおはじきとかがあったら、
10個のおはじきは2人には分けられるけども、
11個だと分けられないねみたいな、
そういう経験値から偶数と奇数の理解を本当はしていくべきなんだけども、
ただその丸暗記で呪文として偶数の1の位があっていうことだけを言っていると、
それが何も使えない生き物に書いてある呪文だけにすぎないというか、
それを本当は多分本質の話をする機会があったりとか、
あとはそれをじゃあ実際の具体的な数に当てはめてみよう。
実際の数もやっぱりそもそも数って抽象的なんですよ、見えないから。
確かに。
数っていろんな中学時代の単元の中で結構みんな苦手で、
規則性の話とか、例えば24番目の数字は何でしょうみたいな規則性の問題とかも結構みんな苦手なんですけど、
やっぱり数っていうものそのもの自体が結構抽象度が高いので、
実は結構難しいのは確かにそうなんですよ。
でもじゃあそれが難しいんだったら、
例えばおはじきを実際に並べてみて2個分けてみよう。
分かれるとき、こういうときは偶数っていうんだよっていうのを、
多分具体物で丁寧にやってあげないと、
多分本当の言ってる言葉と具体的な数字とっていうのの意味がつながらないので、
ここは多分集団で授業をして、
はい偶数はこういう数ですよって言ってテストやらせてっていうだけでは、
多分永遠に理解、本当の理解はいかないので、
多分丁寧なケアが必要なんだと思います。
小学校1年生の時とかにおはじきを授業で使わされたイメージはあるけど、
あれはごく確かに初期の方だけですもんね、おはじき使ってみたいな。
そうそうそうそう。
今先生の人材不足だったりとか、
特に一時期コロナ禍とかもあってオンラインでとかってあったりすると、
そういう具体的なものでケアしてあげるみたいな機会がなかなか、
昔我々はあったかっていうとわかんないけど、
そういうのが見落とされがち。
そのテストで記号で答えるだけだったらできてたりするから、
親とかからしても見逃されづらい、見逃されやすいのかなとは思いますね。
ゲーム学習の可能性と限界
こうやって私が一対一で対面して、
本当にわかっているかを私がすごい丁寧にヒアリングしようとすると、
ボロが出てくるっていうのが結構本当に日常として起きてます。
こういう子にフィットするかはちょっとわからないままなんですけど、
昨日インスタかなんかで見たやつで、
すごい潜在的IQが高い子っていうのが、
どうも親がIQテストをその子に受けさせる機会があって、
そしたらすごくIQが高いってことがわかって、
その時はそうなんだってなったんだけど、
お母さんが、IQが高い子は第一子なんですけど、
第二子の座りがすごい軌道すぎて入院している間に、
その第一子の子が数字系のゲームにハマって、
そうしたら何々の2乗とか3乗とか、
スクエア、キューブとかやってて、
すごいバカすかできるようになった状態になってたみたいな、
1ヶ月ぐらい入院している間にっていうようなことがあって、
ゲームで実感することによって、
その子の場合は数学のものすごい速い計算とかが
すさまじくできるようになっちゃったみたいなケースがあったんですね。
今回の話みたいな、
分数とかの実感がない子って、
ゲームとかで楽しく身につけるっていうのってできるのかなっていうのはちょっと思いました。
どうなんだろう。
一体的なところまでくればゲームもいいと思うんですけど、
やっぱりその手触り感というか、
オンラインの家庭教室の限界って結構見えるなと思っていて、
ある程度実物で触って、私が言語で伝えても想像ができる人っていうのは
オンラインで授業問題ないんですけど、
やっぱり隣にいてあげて、
字を隣で書いてあげるとかそういうことがしないと、
舞台と住所が行けない人にとっては、
オンラインってすごい向いてない。
そうなってくると、やっぱりその実物の、
例えばスーパーに行くにせよ何にせよ個数みたいな話とか、
これが何個入りで何円だからこっちの方が安いよねみたいな話とか、
日常の会話から何個みたいな具体物をいかに触れてるかっていうところがないと、
空虚なままゲームで、
本質は分かってないけど、
何か分かってる風になるっていうよりも、
なりかねない気がする。
ゲームで勝てるようなまるごと。
ゲームでめっちゃできてるんだけど、
それを説明させると何も説明できないっていうモンスターみたいになってしまうのかなという気もするので、
そこは見極めが必要な、
プリントでドリルをたくさんやらせるのが苦痛だったら、
ゲームっていう選択肢は多分面白さというか、
見た目も可愛いし、視覚的にもできるからいいなと思うけど、
使いどころ、具体物なのかゲーミフィケーションなのかっていうのは、
そのほかどこまで到達してるかによる絶妙な見極めが必要な気がしたわ。
AI時代に求められる「自分の頭で説明する力」
こんだけデジタルとかAIとかが進んできても、
結局自分の頭で丸腰で説明できるかっていうのが、
意外と重要になってくるっていうところですかね。
今だからこそ驚くさい経験だったり、
失敗だったりとか理解とかをしておかないと、
そもそもAIから出した産物が合ってるかどうかの判断もできないし、
そうなってくるとむしろAIに言われるがままに作業をする側になってしまうというか、
結構過酷な時代にはなっちゃうけど、
でもやっぱりそこって親なり大人なりが、
本当は多分何をしてあげるのが正解か分かんないけど、
多分本当の理解をするためのプロセスっていうのを、
分かるっていうののプロセスを本当は膝を付き合わせてやらなきゃいけないっていうのがあるんだけど、
みんな忙しいから大変ですね。
AIによる学習支援への期待
AIが寝がわくば進化してくれて、
そういう親の忙しさの、
忙しい理由があって忙しいのじゃないとなるといいなって思いますよね。
そうね、だからAIでうまく対話してくれる、
そういうふうなこと理解の対話をしてくれるような、
ボット的なものができれば、
忙しい人たちの代わりに本当に分かるっていう、
理解を助けてくれるAIみたいなものがきっと出てくると思うので、
そういう意味でいうとAIの進化っていうのはやっぱり、
堂々してほしいなというふうには思います。
一応なんかGeminiの学習ガイドっていう無料でも使える機能があって、
それポチって押して勉強したいことを入力すると、
これってこうだと思いますか?みたいな感じで、
自分で入力しなきゃいけない質問を投げてきてくれるんですよ。
で、何々レースとか言うとちょっと惜しいみたいな感じで、
対話形式で何かを学ばせてくれるっていうのはあるので、
あれの上位互換でいろんな、
それぞれの習熟度とか年齢とかに合ってるものが出てきても、
全然おかしくないとは思う。
今後に期待って感じですね。
そうですね。
じゃあ本日は以上にしたいと思います。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。